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無名探偵  作者: 真島 文吉
無名探偵3 ~探偵賛歌~
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探偵達 十二

 やがて、東の空が白んでくる。


 粉雪が舞うびるぢんぐの周囲には、横山という刑事が呼び寄せた警官達が忙しく立ち回り、現場の検証とヤクザ達の確保、負傷者の救助を行っている。


 東城達と直子、ミワさんに三村達、緋扇組の極道二人と、さらに御者の女形と共に玄関付近にいた田所は、青面のヤクザに殴られてわずかに腫れた胸をなでながら、こちらに歩いて来る男達に会釈えしゃくをした。


「なんとか全員取り戻せた。古烏組の組長は雲隠れしてるがな」


「なに、その内見つかるだろう。警察と緋田さんとこの若い衆が探してる……しかし、ひどい目に遭ったな」


 緋田と並んで立つ棚主が、東城と美耶子の姿を見て言った。


 壊された眼鏡のつるをしゃぶっていた東城が、不思議そうな顔で緋田を見ながら肩をすくめる。


「生きてるだけ儲けものだ。私も美耶子も、そこの間宮直子も、体のどこを失ったわけでもない。耳かき店をめちゃくちゃにされたのは腹立たしいがな。それも金で直せる」


「古烏組に協力した吉原の顔役を締め上げれば修理費ぐらい取れるだろ。必要なら手を貸すよ」


 棚主が東城と田所に、煙草のゴールデンバットを差し出しながら笑った。

 だが東城も田所も、負傷箇所をなでながら辞退する。

 代わりに横から美耶子と美津が一本ずつ取り、口にくわえた。


 何故か三村一派の万佐が魔法マッチを取り出し、従僕のようにひざまずいて女二人に火を差し出す。


 棚主は自分も煙草をくわえながら、田所に目配せで、警官達の中にいる森元を示す。


「彼は俺の友達だ。がちがちの正義漢だが、色々心得てもいる。あんたのことは良く言っておいたよ。小言は言われるだろうが、牢には戻らなくて済むはずだ」


「……こんな大事件に関わったのにか?」


「あんたよりもっと悪いヤツが山ほどいるからな。たかだか廃刀令違反と、ヤクザをぶちのめしたジジイを見逃したところで誰も気にせんだろ。ただ、三村」


 突然名前を呼ばれた三村が、ぎくりと肩をはねさせて棚主を見る。


 震える万佐に煙草を焼かせながら、棚主は薄笑みを浮かべて言った。


「古烏組が暴れまわって、警官を殺傷したおかげでお前やお前の部下がしでかしたことにも注目が集まる。死んだ元川や、まだ生きてる高岡に罪をなすりつけるのは勝手だが、お前には事件の体裁を整えるのに一役買ってもらわなきゃならん」


「な、なんだよ、獄には入らねえぞ!」


「だからそれはお前の口八丁次第だ。保身は好きにすればいい。だが、お前が間宮家にしたこと、古烏組に追われることになった理由はちゃんと警察に話せ。ここにいる人達に一切迷惑がかからんように上手くまとめるんだ。得意の悪知恵を駆使しろ。

 ……上手にできたら、今度こそ見逃してやる。さもなくばまた刺客に怯える日々に逆戻りだ」


 探偵棚主と極道緋田に同時に睨まれ、それでも三村は田所の様子を気にしながら「分かったよ」と口をとがらせた。


 元より、田所を人生をかけて恐れていた男だ。今更危害を加えようとはしないだろう。


 そこまで話が進んだところで、一同に森元警部補が近づいて来た。


 すっとぼけた仕草で煙草をふかす棚主に近づくと、森元は眼鏡を指先で押し上げながら咳払いをする。


「今夜逮捕した三人の男達は、いずれも元寄桜会系、古烏組の組員であると確認が取れました。現在事件の関与を疑われる組長、釘島の行方を追っています」


「御苦労様です、森元さん」


「……本来なら棚主さんも署に連れて行くのが筋なんですよ。他の方々もね。ただ事件の根底に警察官の不始末がからんでいますので、とりあえず今日のところは」


 棚主が台詞を言い切らない森元の肩に手を回し、煙草をくわえたまま声を落とす。


「手をかけさせてすまない。感謝してる。でも法や規則を足蹴にして正義に走ったあんたは、何かと頼りやすくてな」


「便宜を図るにも限界があるということをお忘れなく。所詮警部補です。山田秀人事件で我々についてくれた警察官も、けっして警察全体では高い地位にいるわけではない。

 義賊行為も一歩間違えば命取りになりますよ」


「それをあんたが言うかね。心配しなさんな、しくじった時はちゃんと一人で責任を取る」


 昔からそうさ。


 そう言って笑う棚主が、ちらりと田所と東城を見た。探偵ってそういうものだよな? 棚主の目が、そう問いかけてきている。


 田所は東城と顔を見合わせてから、棚主へ肩をすくめて見せた。



 粉雪が、勢いを増す風に乗って人々の体に吹きつけて来る。


 声を交わす人々の間をぬって、田所は壁にもたれる直子のそばに行った。


 虚空を眺めていた直子が、隣に並んで立つ田所にゆるく視線を向ける。


「……田所さん」


「怖かったろう。だが、無事でよかった。お母さんも辛い目には遭ったが、ケガはしてない。後で病院に会いに行こう」


「あの……依頼のことなんですけど。なんだか話についていけなくって。さっきあそこの人が三村って呼ばれてましたけど」


 田所が、ズボンのポケットをあさって、金の棒の入った紙袋を取り出す。


 それを直子の手に握らせると、冷えた頬をゆるめて言った。


「依頼は果たしたよ。一応ね。落ち着いてから詳しい話をする。君が納得できるかは分からないが……その時はまた、相談に乗るよ」


「…………そうですか……」


 直子は紙袋を見つめ、中身も確認せずに懐にしまった。そのまま壁にもたれ、また虚空を見つめて、ぽつりと、言う。


「田所さん」


「ん?」


「……ありがとうございました」


 本当に。


 そう続けてぎゅっと目をつぶる直子に、田所は短く「どういたしまして」と笑った。

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