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第五話 兄の依頼

 その後、本棚を隅々まで漁った結果、俺は一冊だけではあるが錬金術に関係する本を見つけることができた。

 その名も『犬でもわかる錬金学』。なんだかトンデモ本の類のような名前だが、パラパラと流し読みした限りでは、一応まともな入門書である。他にも何かあればよかったが、あいにくとうちの書庫にはこれ一冊しかなかった。錬金術に関する書籍は貴重なのかもしれない。


 本を捜しているうちにすっかり遅い時刻となってしまったので、書庫から本を持ちだした俺はそのまま何もせず床に就いた。そして翌朝、いつものように家族そろって朝食を食べながら、父ローガンにお願いをしてみる。


「父上、ちょっと欲しいものがあるのですが……」


「言ってみなさい」


「欠けた包丁とか錆びた剣とか、何か金属はありませんか? 少し実験をしたいのです」


「金属……? 何に使うかわからんが、そういうものはこの間まとめて修理に出してしまったぞ」


 父ローガンは、申し訳なさそうにそう言った。

 ち、タイミングが悪かったか……俺は思わず唇をかみしめてしまう。錬金術の実践には、どうしても鉄をはじめとする金属が必要不可欠なのだ。それが得られないとなると、かなり具合が悪い。


「わかりました、ありがとうございます」


「ああ、なくてすまなかったな」


 仕方ない。

 俺はいつもと同じメニューの朝食を素早く食べ終えると、さっさと鍛錬を済ませるべく裏庭へ向かおうとした。だがここで、俺の肩がぽんぽんと叩かれる。驚いて振り返ってみると、クルーゼ兄さんが俺の方に小さな紙切れを差し出していた。その紙には幼稚園児のような字で『金属ならある。あとで俺の部屋へ来い』と書かれている。


「兄さん?」


「しーッ!」


 人差し指を唇に押し当てるクルーゼ兄さん。その目は血走っていて、やけに必死だった。どうやら、他の家族にばれたくない何かがあるようだ。それを理解した俺は、黙って頭を下げるとその場を後にした。




 夕刻。今日も無事に鍛錬を終えた俺は、急いでクルーゼ兄さんの部屋へと向かった。兄さんの部屋は屋敷の二階東側にある角部屋で、他の兄妹の部屋より若干だが広い。いびきがうるさいので他の家族から離れたところに部屋を用意したら、結果としてこうなったらしい。なんともまあ、うらやましいんだかうらやましくないんだかよくわからない話だ。


「来たよ、兄さん」


「おう、入れ」


 ゆっくり扉をあけると――そこはゴミの山だった。

 部屋全体をガラクタの類が埋め尽くしていて、床が見えないほどだ。服やガラクタが絡まり合って巨大な山となっている。いったい何をどうすればこんなことになるのだか。片付けが苦手だった前世の俺ですら、もうちょっとまともな部屋に住んでいたぞ。

 俺は顔をひきつらせつつも、ベッドの上であぐらをかいている兄さんの方に近づいてゆく。足元のガラクタをうまくかき分けながら進むのは、少し骨が折れた。


「兄さん、金属ってどれのこと?」


「ん、ああ……。その前に、ライゼンはなんで金属なんかが欲しいんだ? それを教えてくれないと、俺としても渡せねえよ」


「それは……その……。学問をするためですよ」


「学問ってなんの? 普通の学問をやるのに金属なんていらないよな?」


 とぼけた顔をしている割に、クルーゼ兄さんは鋭かった。いたずら者なだけで、馬鹿なわけではないらしい。とっさのことで答えに窮した俺は、思わずうっと声を出してしまう。


「……錬金術です」


「へえ、面白いことをやるんだな。わかった、いいぜ。ただ……他の奴には絶対に黙ってろよ。特に姉貴には、何を聞かれても答えるな!」


 やけに強い口調の念押しだった。もしかしてクルーゼ兄さん、またなにかやらかしたんだろうか?


「う、うん。言わない」


「よし、じゃあ見せてやる」


 兄さんはベッドに寝そべると、その下に向かって手を伸ばした。そしてもぞもぞと何やら赤い包みを取り出してくる。かなり大きな包みで、先端が鎌のように曲がった長方形をしていた。何かの武器だろうか? その形状には、どことなく見覚えがある。


「兄さん、これは?」


「……」


 兄さんは黙って包みを開いた。すると中から、白銀に輝く鎌が出てくる。濡れたように輝く怪しい刃。その付け根に刻み込まれた髑髏の意匠に、俺ははっきりと見覚えがあった。間違いない、これはアリアナ姉さんの鎌だ。何故こんなものがクルーゼ兄さんの部屋にあるのだろうか。


「姉さんのだよね、これ?」


「ああ。実はな……」


 そういうと、兄さんは軽く鎌を揺らした。するとその刃の先端が――ポトリと落ちる。


「ちょ、兄さん……!」


「部屋に忍び込んだ時、うっかり壁にぶつけて壊しちまったんだよ……。ライゼン、錬金術でこれを直してくれ! 頼れるのはお前しかいない!」


 兄さんはそう言うと、ベッドの上で見事なまでの土下座をした。シーツに額をこすりつけ、眼はすでに潤んで半泣き状態だ。さながら、チンピラに土下座する多重債務者のようである。


「そんなこと言われても……俺、錬金術初心者だよ? 直せるかどうか……」


「お願いだ、頼む。これがばれたら姉貴に処刑されちまう!」


 俺の手を握りしめて、何度も何度も兄さんは頭を下げる。その顔は悲壮感に満ち溢れていて、こちらとしても見捨てられないような気分になってくる。身内だし、正面切っては断りずらい雰囲気だ。


「メルと鍛錬してるから、十分な時間が……」


「わかった、じゃあ俺がメルと交渉して鍛錬の時間を少しだけ短くしてやる。それでいいだろ、な?」


「……ほんとに短くできるの?」


「任せとけ。メルをゆするネタならいくつかある!」


 兄さんは自信満々に断言した。ドンと胸を張る彼の様子は、嘘を言っているようには思われない。本当にどうにかする当てがあるようだ。

 うーん、鍛錬の時間がこれから短くなるなら……リスクを冒す価値はあるかもしれない。俺の中でやるかやらないかの天秤が激しく揺れ始めた。俺はベッドにもたれかかると、頭をフル回転させる。そして数分後――。


「……やれるだけやってみるよ」


「ありがとう、それでこそ我が弟だ!!」



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