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第四話 書庫

 結局、俺は夕方までみっちりと魔法の鍛錬を積む羽目になってしまった。

 おかげで日が暮れた頃には、まだ六歳の子どもだと言うのに全身が筋肉痛である。体中がだるくて、皮が突っ張ったような感覚だった。


 その日はとても書庫へ行く気にはなれず、夕飯を食べるとすぐに床についてしまった。そして翌朝、昨日と同じように朝食をとると、またメルと夕方まで鍛錬をし、くたくたになって床に就く。

 このサイクルを三日ほど繰り返すと、身体がそれに慣れてきた。子どもとはいえさすが闇魔族というべきか、過酷な鍛錬にどうにか適応してきたのである。筋肉痛や倦怠感が若干ではあるがマシになり、ようやく書庫へ行くだけの余裕ができた。


 夕食を終えてすぐ、俺は屋敷の一階西端にある書庫へと移動した。廊下の突き当たりにある小さな紫檀の扉。利用されることが少ないせいか、すっかり埃をかぶってしまっているそれをゆっくりと押し開く。扉の隙間から、冷気が漏れた。やがて俺の目の前に、ぽっかりと穴があいたような闇が広がる。


「えっと、スイッチは……ここか」


 つま先立ちになって扉の脇の壁をさすると、丸いボタンがあった。それを軽く押しこむと、たちまち天井のランプが光り始める。魔力灯――普通のランプに比べるとかなり高価だが、火を使わないことからこの世界で広く普及している照明器具である。


 橙の明かりに照らされた書庫の広さは六畳ほどで、壁一面が本棚となっていた。記憶にあった通り、抜き取られたのか棚にはまばらにしか本がないが、それでも書庫全体で軽く三百冊はある。これだけあれば当面は十分だろう。


「文字は読めるな」


 本のタイトルを見る限りでは、特に読めない文字はなかった。アルファベットの筆記体をさらに崩したような文字であるにもかかわらず、漢字とひらがなのようにすらすらと読むことができる。非常に不思議な感覚だが、これは助かった。


「さて、良い本あるかな?」


 並べられている本のタイトルを、右から順番に眼で追っていく。新説魔王と勇者、幾何概論、南方魔物生態学、オリハルコンの謎……。小説から料理本、さらには子供向けの絵本まで実に雑多な種類の本が棚には収められていた。俺はその中から『大陸近代史入門』という本を手に取ってみる。


「X946年か。結構新しい本だな」


 背表紙をめくり本の奥付けを確認してみると、レスター・メルクという名とともにX946と記されていた。現在の暦がX958年なので、今から十二年前に刊行された本である。地球の基準からすると結構な古本だが、たぶんこの世界の本としては新しい部類に入るのではないだろうか。紙の変色具合などからすると、この書庫にある本は結構な年代物ばかりのようであるし。


 書庫の端に置かれていた椅子。それに腰を下ろすと、本の表紙をめくりページを繰って行く。入門と書かれているだけあってその内容は平易で、予備知識のない俺でも簡単に理解することができる。さらにレスター・メルクなる著者は相当に文才のある人物らしく、その語り口は軽妙で読むにつれてドンドン引き込まれていった。


「ふう……」


 気が付けば、二時間ほど時が過ぎていた。半分ほど読み進めた本を一度棚に戻し、これまでにあった情報を頭の中で整理してみる。椅子に深々と腰を埋めると、重い頭を支えるように、ロダンの考える人よろしく頬杖をした。


 大事なことは二つあった。

 まず一つ目は、この世界には魔導師のほかにもたくさんの人々がいるということ。魔法を使わない彼らはノービスと呼ばれ、大陸全土に二~三億人前後も暮らしている。魔導師の人口が六つの属性すべて合わせても十万に届くか届かないかといったところなので、人口比に直すと三千対一ぐらいの割合だろうか。


 魔導師たちの暮らす魔都は、こうした人口比の問題からこのノービスたちが造った国家に組み込まれている。とはいってもそれは名目上にしか過ぎず、魔導師が国に従って動くと言うことはほとんどないらしい。逆に魔都の方が自分たちの戦争に国を巻き込むことはかなり頻繁にあるらしく、ある意味で魔都は国の上に立つ存在であるともいえる。


 国は当然このような上下関係を良く思ってはいないのだが、魔導師たちの力に逆らえないというのが現状のようだ。よって、魔導師たちの魔都とノービスたちの国家とは互いに対立しあっており、隙あらば……という関係らしい。俺も闇魔族の一員である以上、ノービスたちとの関係には気をつけなければならないだろう。


 二つ目は、この世界には錬金ギルドという組織があるということ。

 この錬金ギルドなる組織は、魔導師への対抗上、各国が共同で設立した国際機関らしい。その目的は魔導師に対抗できる新型の魔導武具の開発で、それをするために世界各国から資質のある者をかき集め、錬金術師を育成しているそうだ。錬金術師と言うのは、魔法武具専門の職人をそう呼ぶらしい。


 錬金術師はこの錬金ギルドに所属している人間以外にもいるらしく、魔都にも少数ではあるが居るようだった。錬金術師の技術自体は秘術でも何でもないらしいのである。これはもしかすると――。


「錬金術師か……」


 我が闇魔族は傭兵一族と言うその性質から、当然のことであるが、戦いのたびに大量の魔導武具を消費する。そしてそれらはすべて、外部から購入していた。もし俺が錬金術師になれば、闇魔族で消費する武具の大半を自給することができるだろう。そうなれば、俺が戦場に出ないとしても文句を言う者はいまい。平和なモノづくり人生万歳だ。


「よし、錬金術師になろう!」


 こうして俺は、これからの進路を非常にアバウトではあるが定めたのであった――。

勘違いを招きそうな表現があったので、一部修正しました。

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