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第三話 鍛錬

 父曰く「闇魔族で学問がしたいなどと言う奴は、お前で二人目だ」。

 俺の憑依先である闇魔族と言う氏族は、ことのほか学問とかそう言った事柄が嫌いらしい。ひたすら肉体を鍛え技を磨き、戦場で功績を上げることこそが人生最大の栄誉であるという考えが、頭の先からつま先までしっかりと染みついてしまっている。学問など、始めから頭にない人々のようだ。まさに生粋の戦闘民族というのが適切だろう。


「……駄目ですか?」


「駄目と言うことはないが……。わしらは特に何も教えられんぞ?」


 父ローガンのつぶやきに、俺以外の家族全員がうんうんと頷いた。先生役になれる人物は、残念ながらこの場には居ないらしい。


「書庫に本がありましたよね? そこで独学するから大丈夫です」


 俺たちが今住んでいる屋敷には、小さいながらも書庫があった。元の持ち主が屋敷を出る際に持ち去ったのか、そこに並べられている棚の大部分は空となっているが、それでもかなりの蔵書があるはずだ。幸いなことに最低限の読み書き計算だけはすでに教えられているから、ここに引き籠ればある程度までは何とかなる。


 父ローガンは腕組みをすると、ふうむと唸った。どうやらあまり乗り気ではないらしい。しかしここで、母リリルが助け船を出してくれる。


「いいんじゃありませんか? 何も鍛錬をしないと言っているわけじゃありませんし」


「……わかった、いいだろう。その代わり、学問をするのは鍛錬が終わった後だぞ。いいな?」


「はい、わかりました」


「うむ。さあ、早く食事を済ませて庭へ行ってやれ。きっとメルが首を長くして待っているぞ」


「はいッ!」


 半分ほど残っていた塩気の薄いコンソメスープを一気に飲み干し、パンをかじる。こうして者の一分ほどで皿を空にした俺は、大急ぎでメルのいる裏庭の方へと駆けだしたのであった。




 俺が今住んでいる屋敷は凹型をした二階建ての洋館である。かつてこの地方を治めていた領主が建てた館だそうで、二十人ほどの人間が楽々と生活できるほどの広さを誇っている。赤煉瓦と緑のスレートからなるその外観は長い歴史を感じさせ、武骨な闇魔族が住むには分不相応なほどだった。


 その瀟洒な建物の裏側。かつて色とりどりの花が植えられていた庭は、今の主である闇魔族の手によって、訓練用の広い砂地へと造りかえられていた。その埃舞う砂地の中央付近に、一人の少女が立っている。長い黒髪を後ろで束ね、凛とした表情で佇むその姿は間違いなくメルだった。彼女は俺の姿を発見するや否や、その涼しげな眼元を細める。


「ライゼン様、お待ちしておりました!」


「ごめんごめん、父さんと話してたらすっかり遅くなったよ」


「そうですか。時間もありませぬし、さっそく鍛錬を始めましょうぞ!」


 メルの瞳が燃えていた。動作も機敏で、恐ろしく気合が入っているようである。あれ、この人こういうタイプだったか……。ライゼンの記憶にあるメルの姿と、いま目の前に居るのメルの姿はいまいち一致しなかった。メルはそこまで熱血な人間ではなかったはずなのだ。


「メル、ずいぶん気合が入ってるね?」


「はい! ライゼン様が初陣で気絶してしまわれたのは、ひとえに私の指導が未熟だったゆえ。その責任を痛感し、これからは心を鬼にしてしっかりと指導して行く所存!!」


「は、はあ……よろしく頼むよ」


「では、今日は影操りの訓練を致しましょう。まずは私の動きを見ていてくだされ」


 メルは俺からやや距離を取ると、眼にもとまらぬ速さでステップを踏み始めた。プロのタップダンサーもかぐやという正確さと緻密さでもって、白い足が大地を叩く。その動きは洗練されていて、下半身をちぎれんばかりに躍動させていると言うのに、彼女の上半身はほとんどその場で静止していた。


 足印法――魔法の発動に必要な印の結び方の一種で、その名の通り足で印を刻む方法である。両手がふさがっていても印を結べるようにと考案された方法で、達人クラスになると印を刻みながら時代劇さながらの殺陣ができるらしい。


「影操りの法、展!」


 メルの掛け声とともに、紅い光が波紋のように広がった。

 光はたちまちのうちに星型と円形からなる緻密な魔法陣を描きだし、そこから溢れ出る炎を思わせる魔力が彼女の身体を覆っていく。白い身体はたちまちそれに包み込まれ、一気に燃え上がった。轟と激しい音があたりに響く。すると次の瞬間――彼女の身体から影が離れた。


「なッ!」


 俺は思わず驚きの声を上げた。その間にも、影はするすると地面を滑って行く。やがて影の軌道はぐるりと弧を描き、俺の後ろへと回り込んできた。そして――


「ライゼン様、こっちですぞ」


「あれ!?」


 目の前に居たはずのメルが、いつの間にか後ろへと回り込んでいた。一体いつの間に。移動したそぶりなんて、全くなかったはずだ。


「これこそが影操りの初歩、影移動。影と実体の位置を入れ替える術です。他にも影操りでできることはたくさんありますが、これが最も使用頻度の高い魔術の一つですな」


「へえ……凄いな」


「ライゼン様にはこれを、一か月でマスターしていただきたい」


「おッ、え!?」


 何と言う無茶ぶり。バラエティーに出演する芸人ですら、ここまでの無茶苦茶を言われたことはないんじゃないか。どうみても、先ほどの魔法は習得するのに時間がかかるだろう。三か月ぐらいは確実にほしいところだ。それに俺は、魔法の習得だけでなく知識の習得にも時間をかけねばならない。


「それはさすがに……きついんじゃないか? 俺、学問もしたいし……」


「何、学問ですと? ハルベルク家の男子たるもの、魔導が第一でございましょう。学問など、私と一緒に夕方までみっちり鍛錬してからにしてください!!」


 そういうと、メルは俺の肩を手でつかんだ。その白魚のようなほっそりとした腕は、見た目に反して鋼鉄でできているかのよう。俺は精いっぱい肩を揺らして抵抗しようとしたが、一ミリたりともその手は動かなかった。


「く、くそ……!」


 しまった、学問なんて言うんじゃなかった……!

 俺はもっとうまい理由を考えればよかったと後悔したが、もうあとの祭りだった――。

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