第二話 朝食にて
翌朝。無事に目覚めた俺は、屋敷の食堂へと足を運び、他の家族とともに朝食を取っていた。白いテーブルクロスのかかった長テーブルに、当主である新しい父ローガンを最奥にして、長男・次男・三男と並んで腰をかけている。
テーブルの右側が男、左側が女と割り振られていて、長男の前に母が、次男の前に長女が座っていた。うちは四人兄妹であるので、次女以降は居ない。
並べられている食事のメニューはパンとスープ。拳大ほどの黒パンが二つに、野菜がどっさりと入ったコンソメスープが一杯。さらに当主である親父はもう一品、パンの脇に焼いたソーセージが二本ついていた。
現代日本の感覚からするとこの量は普通のように思われるが、文化水準の低いこの世界で朝からこれはかなり多いだろう。さすが、身体が資本の傭兵稼業をしているだけに、食事には金をかけている。
「もう頭は大丈夫か? ずいぶんと具合が悪そうだったって、父上から聞いたが」
長男こと、レイアース兄さんが声をかけてきた。彼は頭の切れる人で、父からも後継ぎとして期待されている。まだ十五歳であるにもかかわらず、闇魔族の取りまとめ役としての仕事を一部ではあるが始めていた。あと二年もしたら、嫁を取って正式に父の後を継ぐらしい。
「ええ、まあ。すっかりよくなりました」
「本当かよ。聞いたぜ、お前、父上と母上の顔を忘れてたそうじゃねえか」
そういって笑ったのは、次男のクルーゼ。俺の記憶によれば我が家一の問題児だ。暇ができるたびに悪戯をして、闇魔族たちの悩みの種となっている。さらに十ニ歳になったこの頃では、性的なことに興味を持ち始めたのか、あちこちでセクハラまがいのことをして父によく怒鳴られていた。
「ほんとに大丈夫です。治りましたから」
「そうか? ならいいんだけどよ」
「それより父上、今回の戦をどう報告するの? 私たちはギリギリで勝ったけど、炎魔本隊はぼろ負けだったじゃない」
声を上げたのは長女のアリアナ、今年で十七歳。魔導師としての腕は確かで、器量も母譲りで優れているのだが、なかなか嫁に行かない人である。『千殺』などという物騒極まりない二つ名が付いている人でもあるので、もしかするとその関係かもしれない。
ライゼンこと俺は直接戦場へ行ったことが初陣の一回きりしかないので、実際のところ彼女がどのような戦い方をするのかは、見たことがないのであるが。
「カイゼル様が自ら報告してくださるそうだから、我らの責が咎められることはなかろう。闇魔族の代表として、わしが炎の魔都まで出向けばそれで済む」
父ローガンはそういうとスプーンを置き、大きくため息をついた。額には深い皺が刻まれ、心なしか眼光が弱弱しい。
「都の連中はうるさいもんねえ。一言どころか百言ぐらい文句を言いそうだわ。父上も大変ね」
「言うな、飯がまずくなる」
ローガンは再びスプーンを手にした。そして黙々とスープを飲み始める。その様子はどことなく現実逃避をしているように見えた。都の連中というのは、よほど文句の多い人種であるらしい。
ローガン率いる闇魔族の一党は、現在、炎魔族たちに雇われている。この炎魔族というのは炎の魔法を専門的に扱う魔導師たちのことで、その人数は軽く見積もって闇魔族の三十倍、一万五千は居る。彼らはその人口と魔法による圧倒的な軍事力を頼りにして、『魔都』と呼ばれる独立都市を形成していた。その魔都こそが、ここ数年来の雇用主なのである。
魔都は炎のほかにも、風・土・水・光の四つが存在し、互いに激しく争っていた。この戦争を舞台として、闇魔族は百年にもわたり活躍してきたのである。
「あの、父上……」
「なんだ? お代わりなら母さんに頼みなさい」
「そうではなくて、一つ頼みがあるのです」
「言ってみろ」
「昨日の晩、自分なりに考えたのですが……。簡単なものでいいので、学問をしてみたいのです」
そういった途端、場の空気が凍った。家族一同、食事の手を止めて呆気にとられたような顔をしている。俺、そんなにまずいことを言ったのだろうか……?