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第一話 現状理解

「三男とはいえ、誇りあるハルベルク家の人間だ。その名に恥じぬよう、鍛錬を積むのだぞ」


「はい、父上!」


「良い返事だ」


 森と人里との境界付近にある小さな広場。時折風で砂が舞うそこで、まだ三歳ほどにしか見えない子どもが、木刀を振るって風を切っていた。その脇で先ほどの男が、眼を細めて柔和な笑みを浮かべている。

 その光景を、俺は俯瞰的な視線で眺めていた。これは夢なのだろうか。いや、違う。これは記憶だ。俺が憑依している子ども、ライゼンの記憶が映像と言う形で俺の頭へと流れ込んできているのだ。


 ライゼンはハルベルク家と言う家の三男坊だった。なのでフルネームはライゼン・ハルベルク。

 このハルベルク家は闇の魔法を専門的に操る氏族、通称闇魔族の頭領を務める家柄らしく、身分はそれなりに高い。とはいっても、闇魔族という氏族は全部合わせても五百人ほどしか居ないようであるので、せいぜい大きな村の長程度だろうか。

 ちなみに父は先ほど見た男で名はローガン・ハルベルク。母も同じく先ほど見た女で、名はリリル・ハルベルク。どおりで、顔を覚えていないのかと尋ねてきたわけだ。


「ビルおじさん……!」


「泣くな、心を強く持て。戦場ではよくあることだ……」


 平和な場面が一通り済んだ後で、誰かの葬式の場面が頭を流れる。

 どうやら、ライゼンの叔父さんにあたるビルグ・ハルベルクという人物が戦死したらしい。まだよくわからないが、この世界はあまり治安が良くないようである。文化に関してはそれなりに発展しているのだが、世界規模での戦争が起きているらしい。


 ライゼンたち闇魔族はこんな戦乱に満ち溢れた世界で、傭兵稼業をして生計を立てている。各地を回って戦場を渡り歩いているようで、いまライゼンが住んでいるこの場所に引っ越してきたのも、記憶によればつい最近のことだった。屋敷については、主が居なくなって無人となっていたところを勝手に拝借しているらしい。


「出陣だァ!! 今宵は水魔の城で酒を呑もう!!」


「おおおッ!!」


 ライゼンの親父ことローガンの呼びかけに気勢を上げる闇魔族の集団。今度の記憶は出陣の場面のようだ。彼らは皆揃いの黒いマントを羽織り、背中や腰にそれぞれ武器を帯びている。その数はざっとみて百名ほど。闇魔族のうち戦える者は、最低限の防人を残して皆集まっているようである。


 広場に整然と並んだその群衆の最前列には、なんとライゼンの姿があった。驚いたことに弱冠六歳にして戦場デビューである。地球人基準で考えると非常識極まりないが……この世界では意外と普通らしい。魔法なんてものが使えるせいか、この世界の人間は恐ろしく早熟なのだ。今俺が乗り移っているライゼンも、生後一か月で歩いたというから恐れ入る。それでも、六歳で初陣を迎えると言うのは闇魔族以外はありえないらしいが。


「ライゼン様、私がこの身に変えてもお守りますのでご安心を」


 ライゼンの隣に立っている少女がそう声をかけた。彼女の名はメル・ローゼント。今年で十四歳になる、闇魔族きっての天才である。ライゼンの世話役兼魔術の師匠役をローガンから仰せつかっている人物で、彼の方も彼女に結構なついているようだ。


「展!」


 ローガンは懐から宝石のような球を取り出すと、勢いよく放り投げた。放物線を描いた球はその頂点で制止し、紅の光を溢れさせる。光は線となってうねり、曲がり。やがて複雑怪奇な幾何学文様――魔法陣が形成される。それと同時に陣の中心部に稲妻が走り、ぽっかりと空間に穴が開いた。ブラックホールを思わせるその穴からは、すでに黒い翼の先端のようなものが覗いている。


 そうして陣より現れたのは、巨大なカラスだった。紅の瞳を輝かせ、漆黒の翼が禍々しい。その身体は呼び出したローガンの背丈よりも遥かに大きく、いかにも凶暴な生物に見えた。しかし現れるや否や、カラスは恭順の意を示すかのように彼に頭を下げる。ローガンは足を振り上げてその背中に颯爽とまたがると、パンっとその首元を叩いた。


「カア!!」


 天に向かって一声鳴くと、黒い巨体がふわりと空へ舞い上がった。ばさりばさりと羽音が響き、カラスの姿はたちまち蒼穹に消えていく。それに続けとばかりに他の闇魔族の者たちも次々とカラスを呼び出しては空へと飛び立っていった。


「私たちも急ぎますぞ。展!」


 メルもまたカラスを召喚すると、その背中にまたがった。彼女はライゼンの身体をそっと抱き抱えると、そのまま空高く飛び上がっていく。

 ……と、ここで記憶は終わってしまった。どうやら、この先のことをライゼンは何も覚えていないらしい。気絶していたとローガンたち言っていたから、その関係だろうか。


 ――うーん、これは……。


 これまでに得た情報で、俺は自分の置かれた状況を何となくだが理解はできた。俺は何かの拍子にこのライゼン・ハルベルクという子どもの精神を乗っ取ってしまい、そしていま記憶を見て、ある意味彼と一体化したのだ。なんでこんなことが起きたのかは、さっぱりわからないが、とにかくこういうことらしい。


 そして今の俺、ライゼン・ハルベルクの置かれた状況なのだが……はっきり言って終わっている。社会的に人生が終わるとか、そういう次元の話ではなくて、物理的に命が危ない。このままこの闇魔族の一員として生活を続けていたら、将来確実に戦場の骨になる自信がある。日本では一般人にしか過ぎなかった俺が、戦場で生き残っていくなんて不可能に違いない。


 ただ幸いなことに、初陣さえ済ましてしまえばあとは十歳になるまでは戦争には駆り出されない。それが闇魔族のしきたりだった。六歳で初陣と言っても、あくまで儀式的なものなのだ。だからそれまでの間に、戦わないなら戦わないで自立する手段を見つけることができれば――なんとかなるかもしれない。


「絶対長生きしてやる……!」


 親父も母さんも既に帰ったのか、俺以外はだれも居ない部屋。そこで一人、夢から覚めた俺はこの世界での人生の目標をつぶやいたのであった。

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