プロローグ 眼が覚めてみると
「初陣で気絶するとは情けない」
「今日の戦は激しかったそうじゃないですか。ライゼンはまだ六歳なのですから、仕方ありませんよ」
「わしがこれぐらいの頃は、もう敵の一人や二人消し飛ばしたものだがな」
頭の上から声が降ってくる。おかしい、部屋に人なんているわけがないのだが……。
顔にまでかかってしまっている布団を退けて、ゆっくりと瞼を開く。すると俺の眼に、見覚えのない電灯が飛び込んできた。飴色の天井の中心で光る、旧式のランタンのような形をしたそれ。その形状は、量販店で購入した安物の蛍光灯とは明らかに違う。
「あれ……?」
「やっと気が付いたか。ライゼン、お前は気絶して半日も寝ておったのだぞ」
男が俺の顔を覗き込んできた。浅黒い肌をした三十代後半ほどに見える男で、彫の深い西洋風の顔立ちをしている。肩幅が広く、体つきもがっしりとしていて、肉体労働者を思わせた。
――誰だ、この人……?
二流とはいえ商社に勤めている会社員である俺に、こんな暑苦しい中年男の知り合いなんて居なかったと思うが。
「えっと、あなたは?」
「……何を言うておるのだ。わしはそなたの父であろうが」
「はい?」
親父は俺と同じで平たい顔をした、どちらかといえば冴えない雰囲気の人だったはずだ。身体もかなり小柄で、密かにシークレットブーツを欲しがるような人である。間違ってもこんな西洋風の、目鼻立ちのはっきりとした派手な顔立ちなどしていない。身体の方も頭一つ小さいであろう。
「ライゼン、私の顔は覚えていますよね?」
今度は女が俺の方へと身を乗り出してきた。瞳が大きく、日本人形を思わせる端正な顔立ちをした女で、歳は二十代後半ぐらいに見える。なで肩で腰が細く、全体として線の細い体つきをしているがそれに反するかのように胸元は大胆な曲線を描いていた。一度目にしたら忘れないぐらいの美人だが……全然覚えがない。
「うーん、さっぱり」
「まあ……」
「なんと……」
男と女は驚いたように目を丸くすると、互いに顔を見合わせた。
いやいや、驚きたいのは俺の方なのだが……。いったいどこなんだろうか、ここは。昨日はまっすぐ家に帰り、疲れていたのですぐに床についてしまったはずだ。けれどここは、明らかに俺が住んでいた家賃五万の安アパートとは違う。見慣れた家具や家電の類が一切ないし、第一に部屋が広すぎた。俺の部屋は六畳だったはずだが、ここは三倍ぐらいはあるんじゃないだろうか?
「あの、すいませんけどここはどこなんです?」
「ライゼン、そなた大丈夫か? ここはまぎれもなくお前の家だぞ」
「そうですよ、一体どうしてしまったんですか?」
ずいぶんと心配そうな顔をされてしまった。嘘を言っているとかではなさそうな雰囲気だ。どういうことなのだろう。俺はベッドから身を起こすと、今の自分の状態を確認してみる。すると――
「うわっ……」
身体が縮んでいた。平均ぐらいはあったはずの身長が三分の二ほどにまで縮んでいる。手足もぷにぷにと丸く、ジャガイモをつないだようだ。どこからどうみても、今年でニ十五歳になる男の身体とは思えない。明らかに小学校低学年ぐらいの子どもの身体だ。
「まさか転――」
転生したのか?
そう言おうとした途端、頭を激痛が走った。脳を直接金づちでぶっ叩いたような感覚。それが頭の側面を襲い、やがて全体へと広がっていく。そのあまりの痛みに俺はたまらずベッドへと倒れ、そのまま意識を手放した――。