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火楼は小学生の頃、ほとんど友達がいなかった。
きっかけは、大怪我である。
十歳の時、大型トラックに轢かれた。
小さい町だったので、ニュースはすぐに伝わった。
火楼という子が、交通事故にあったと。
現場を見ていたものもいて、その凄惨さも噂になっていた。
腕が飛んだだの、骨が折れただの、血が沢山でただの。
それだけなら生きてさえいれば、いずれ治って学校に復帰して友達もできただろう。
しかし恐るべきことに、火楼は二日で学校に復帰した。
軽くバンソウコウをつけているくらいで、骨が折れている様子もない。
最初は皆、火楼の帰りを喜んだ。
大した事にはなっていなかったのだと。
しかし確かに、事故はあったのだ、
血だらけの現場、轢いた運転手、目撃した者たち。
それらは消えること無く、学校にも噂として広がっていった。
火楼君は異常だと。
火楼が誰と仲良くなろうとしても、皆遠ざかってしまう。
時間がたつにつれ、良くなることはなく、寧ろ噂はひどくなった。
なぜか他の子よりも事故が多い。そういう星の下に生まれてしまったのかもしれない。
それでも、すぐに治って登校を続ける。
目撃者も増えていった。
「やーい、ばけもの。昨日の傷は治ったのかよ」
容赦無い子供が、ばけものと呼ぶ。
昨日石を投げてきた子だ。
それでも、次の日には完治してる。
どうして僕はこんなに傷が治るの早いんだろう。他の子と同じように育ったのに、どうして他の子と違うんだろう。どうしてみんな逃げたり、嫌がらせをするんだろう。
父親も母親も働いていて、あまり話をしていない。
火楼の異常な回復力には原因があった。
先祖に一人、魔物がいたのである。
段々と血は薄れ、人間らしくなっていったのに。
大怪我をきっかけに、その力は先祖返りのように、発現した。
不死鳥の血だった。
その事を一家は知らない。
両親共に、うちの子は逞しいんだとか、医学の進歩だとか、運がいいだとか、事故の現場を直接見ていないので、そんなことを思っていた。
しかしさすがに、卒業間際になると、噂になっているのを知ったようで、中学を機に別の街に引っ越すことにした。
その時、ずっとやるせない気持ちで火楼を見ていた当時の教師は、卒業式の日に火楼に言った。
「すまない、最期の最期まで、何もしてやれなくて。でも、聞いて欲しい。君のその強さには、必ず意味があるから。できれば人を守れる大人になってほしい」
それを聞いて火楼は何かを納得した。
それからはなるべく事故に注意したり、普通を逸脱しないように、生活した。
幼い頃のトラウマを抱えながら、教師の道を選んだのだった。
平凡な日々の一コマ。
鈴にねだられて、厳道は能力を使っていた。
「ナァ、次はこれやってみて」
午前中の学校、二時間目と三時間目の間、二十分ほどある休憩時間。
そこで、三人は物殺しの能力の実験をしていた。
ノート、書けなくなった。ケシゴム、消せなくなった。定規、メモリが消えた。
コンパス、なぜか四角を描くようになった。そろばん、玉が全部繋がった。
灰色の絵の具、どこにも着色しなくなった。お菓子、ゴムのように、口に入れたらいかにも有害そうになった。
「あぁ、僕のお菓子が」
なんでこいつはお菓子を持ってきてるんだと、厳道は思った。
次のものに移ろうとした時、双子が通りかかった。
鎖の音が鳴る。
特にきにせず厳道は筆箱に手をかざす。
力を込めた瞬間、そこに鎖があり、殺してしまった。
どうやら破子が転んだらしい、その拍子に鎖が厳道の手元にいったようだ。
見る見る灰色になっていき、鎖がなかほどで千切れた。
ビシリ、と聞こえた気がした。
破子がよろけたまま、表情も固まっている。
結子も笑顔のまま微動だにしない。
「あー、おい、大丈夫か?」
厳道が尋ねる。
反応がないので、肩を揺すると、動いた。
「きゃああああああああああああああああああああ」
「うおっ」
この校舎中に響くかと思うほどでかい悲鳴がした。
普段は、破子はそんな大声絶対に出さないだろう。
「鎖、鎖があああ、どーしようどーすんのどーなるのこれ、結子ちゃんとの繋がりがちぎれちゃった。灰色になって、柔らかくなっちゃった。なんでなの、どんな悪いことしたらこんな目にあうの」
鎖をくっつけようと、断面を合わせる。
しかし手を離すとぽとりと二つにわかれて落ちてしまう。
そんな事を数回繰り返していた。
「な、なんだ今の悲鳴は!?」
火楼も教室に入ってきて、こちらに近づいた。
現場を見回す。
破子が落ち込み、結子が固まり、厳道が難しい顔をして、鈴は現実から目をそらすように、灰色の文房具で遊んでいた。
「悪い。俺のせいだ」
厳道が双子に向けて謝った。
「結子ちゃん。助けてえ」
ぶつぶつと呟きながら鎖をいじっていた破子が、結子に抱きついた。
固まっていた結子はやっと目を覚ます。
「あらあら」
まだそう言うのがやっとだ。
おとなしい破子が騒ぎ、結子は動かなくなるなんて、普段と逆だなと、厳道は思った。
ようやく元に戻った結子が説明に入った。
破子はまだ結子にだきついている。
結子が席につき、その上に破子が座り、机を他の皆が囲う形となった。
「ナんかおもしろーなことしてんな」
いつのまにか蠢もきていた。
「まず、この鎖の役割から。この鎖は私達を物理的につないでいるだけでなく、二人の運を調和してくれるんです。だから普段は何もおきないんですが」
「ホほう」
「つまり、どゆこと?」
納得している蠢と、よくわかっていない夏雪」
「この鎖が切れた今、破子ちゃんは不運になり、私は運気が上がるんです」
「ヘえ、なら結子にはいいことなんじゃねーか」
と、全く何の遠慮もなく蠢は言った。
キッっと結子が睨む。
「確かに運は良くなりますが、大事な破子ちゃんを不幸にしてまで、得るものなんてありません」
そう迷いなく蠢の言い分を切り捨てた。
そのとき、カキーンと遠くから聞こえた。
たまたま、窓が開いている。
数瞬して、野球の弾がとんできた。
それは双子の方に飛び、破子の顔ぎりぎりのところを通って、バウンドしたあと、床に転がる。
「うう」
破子は泣きそうになる。
全員が今のをみて、少し黙った。
厳道が咳払いをする。
「で、だ。その鎖、直せないのか? もしくは新しい物を用意するとか」
「ええ、それが、よくわからなくて。普通の鎖とちがって、今まで何が起きても千切れなかったし、千切れるはずがないと思っていたので。でも、私たちはそういうふうに生まれた魔物ですから、時間がたてば戻ると思います」
「それは良かった。どれくらいなんだ?」
火楼が聞いた。
結子は手錠があった部分を、手でさすりながら答える。
「この魔力の感じだと、おそらく三日くらいかと。破子ちゃんも感じる?」
破子はこくりと頷く。
「ただ問題があって、離れてる時間に応じて、だんだん運の調和が乱れていくと思います」
「つまり破子っちはどんどん?」
「どんどん運が悪くなっていって、どんな怪我をするかわかりません」
鈴の質問に答える。
「だから、皆さんには破子ちゃんを守って欲しいんです。私だけじゃとても」
「もちろんだ」
火楼は即答した。
あまりに早すぎて、安請け合いにも聞こえたが、火楼は至って本気だ。
「俺も、責任があるしな」
厳道も賛同する。
他の皆も乗り気だ。
そこでチャイムがなり、休み時間がおわった。
普通に授業が進む。
窓は閉め、授業中は物音や飛来物に注意した。
休み時間はさながらSPのように破子を守る。
鎖が切れてからは、常に手を繋いでいるので、前よりも生活しづらそうだった。
片手で書いたり、ケシゴムを使っている。
給食の時間。
既に双子は給食当番じゃなかったのが、不幸中の幸いだった。
そして夕方。
朝のメンバーが朝と同じように机に集まり、相談をはじめた。
「今日の破子の不運をまとめてみるか」
と、火楼。
「えーと、朝ボールが当たりはしなかったが、顔すれすれのところに飛んできて、三時間目以降全ての教科書を間違えて持ってきていて、給食には髪の毛が数本入っていて、別の人がこぼした牛乳を雑巾で拭いた後、持っていた奴がこけて雑巾が顔に当たりそうだったのと、トイレの紙も切れてたと」
そんな事が起きている間、結子にはそこそこの幸運が起きていたが、今それは問題ではなかった。
「雑巾はぎりぎりで止めれて良かった」
厳道が思い出すようにいう。
「トイレは私がいつも一緒だから、大丈夫だったわ」
いつも一緒なんだ、と皆が呆れて双子をみる。
元々鎖でつながれてるので、今更ではあるが。
「髪の毛が地味に一番嫌だったの」
「ああ、スプーンに何本も髪の毛が絡みついているのは、壮絶だナァ……」
げんなりしている破子に鈴が同意する。
「まあ、さほど大した事にならなくて、良かったよ。もう下校時間だけど、どうする?」
「できれば、三日ほど、うちに泊まってくださいませんか? 何が起きるかわからないので。もちろん、全員泊まれるスペースはあります」
「双子たちの家かー。どんナァんだろう、楽しみだナァ」
鈴は既に家の事を考えている。
「それはいいけど、いいのか? 男が」
そういって火楼は数える。
「三人も行って」
「ええ、もちろんですわ」
「ジゃあ、ちょっと連絡いれねーとな。うちのうるさいんだ」
そう言って瞬は携帯電話を取り出す。
「へー、蠢、携帯なんて持ってるのか。そういえば、どんな家に住んでるんだ? 寮ではないみたいだが」
「タだの人間の女の家だよ」
既に携帯電話を耳につけて応答をまっている。
「アぁ、オレだ。三日間帰らないから。じゃあな」
『えええ、どういうことそれ? さーびーしー』
二十代と思われるそんな声が電話から聞こえたが、蠢は途中できった。
「ナんかよくパソコンいじってて、しょっちゅうバグらせるんだ。そのせいかオレが生まれた。これも、学校がきまったとたん持たされたんだ」
そう言って携帯を見せる。
「はは、元気そうないいお姉さんじゃないか。いや、お母さんかな?」
「ケっ」
「たしかに、家の人に連絡は大事だな。鈴と厳道も携帯貸してもらって、電話入れなさい。厳道は、寮だったか。まあ、男子寮の寮長なら、特に止められる事もないと思う」
「わかったナァ」
「ああ、貸してくれるとありがたい」
「ホらよ」
と言って携帯をとりあえず鈴に渡す。
連絡を終えて、四人と双子は、家に向かった。
「うちよりおっきいナァ」
洋館の中では小さい方だったが、それでも二階建て日本家屋よりは大きいらしい。
玄関を通ると、四人は通れそうな階段が見えた。
二階建てで、一階と二階に四つずつ人が泊まれる部屋がある。
さらに書斎や、キッチンや、リビングだ。
「いやー大きいな、何十人も生徒の家庭訪問したことはあるけど、こんな家に入るの初めてた」
火楼も首を動かして、家の中を見る。
「お前たち以外に人はいないのか?」
六人が入るまで電気も消えていて、人の気配がなかったので、火楼は双子に尋ねた。
「わからないの」
「ええ、気づいたら二人でここにいたんですけど、まだこの家で誰も見たこと無くて。人が住んでいた形跡はあったんですが」
破子と結子が、開いている方の手を頬にあてながら答えた。
「なんだそりゃ。いったいどこにいっちまったんだ」
「ハん、お前たちが生まれたのにも、理由があるはずだ。待ってりゃそのうち戻ってくるんじゃねーの。それより、どっか座ろうぜ」
「ええ、そうですね。こっちがリビングです」
そう言って結子は案内した。
四人はリビングのソファーに座った。
火楼と蠢はキッチン側、鈴と厳道は窓側で、大きめのテーブルを挟む。
双子はお茶を用意している。
待ってる間に蠢が口を開いた。
「ナんか洋館でこうしていると、殺人事件でも起きそうだな。絶海の孤島だったり、嵐の中の山奥だったり、よくあるだろ」
「よくあるのは物語の中だけだ。そういうのばかり読んでるのか? 外は普通に街だし、晴れていて夕日がまぶしいよ、窓からみえるだろう」
「マったく先生はお堅いぜ」
蠢は両手を上げて肩をすくめる。
「ジゃあ、こういうのはどうだ? 薄暗い洋館、怪しい白い影、いつのまにか濡れて髪の毛のこびりついた枕、聞こえるひたひたとした足音。っ痛え」
ごす、と音がなりそうなチョップが蠢の頭に降ってきた。
ドクロの髪留めが揺れる。
「ナにしやがる」
双子がいつのまにか後ろに立っていた。叩いた方は結子だ。
笑顔だが少し青くなっている。
「今のは蠢が悪い。人の家を怪談のネタにするな」
厳道が言う。
「デもよ、オレたちみたいな魔物がいるなら、幽霊だっていてもおか……」
言いかけて、結子の威圧感が大きくなるのを感じた。
しかも震えながら、また手をあげはじめている。
「オかしいです。いるわけないです。すいません」
普段態度の大きい蠢も、さすがに平謝りだ。
「結子ちゃんは本当に怖いものが嫌いなの」
破子は涼しい顔でいった。
それから双子はキッチンに戻り、お盆にのせたティーセットを、それぞれ開いている方の手で持ち、リビングにきて机の上においた。
お互いの片手が少しでも高さを違えば、ティーセットは落ちてしまう。
凄まじい共同作業である。
彼女たちなら、二人羽織など余裕だろう。
揃って席についたので、今後のことについて話し合った。
「運のほうは何が起こるかわからないから、なんとも言えないが、三日間ここに泊まるとして、さすがに急に四人もふえたら、食事が大変だよな」
火楼がいう。
「一応、二人が生活できる分は元からあったんですが」
「そうだよな。よし、買い出しに行こう。えーと、誰かついてきてくれ」
「はぁーい。僕はいつも、お婆ちゃんの料理を手伝ってるんだ。食べ物のことナァら、まかせるがいいナァ」
鈴が立ち上がった。
「荷物持ちなら、俺も行こうか?」
厳道がそう言うが、
「オい、それじゃあオレと双子だけになるだろが。何かあったらどうすんだ」
体の小さい蠢が抗議した。
「わかった。先生が留守の間、破子と結子と蠢は、俺が守ろう」
「ソこにオレを含めるな」




