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寮で一晩を終え、
『諸君、今日も無事朝が来た。太陽の光を無駄にするな、とっとと起きやがれ!』
といったような寮長の朝放送が流れ、朝ごはんを食べて。学校へ向かう女子生徒達。
夏雪と読奈美も、通学路を歩く。
「ふー、朝、人に起こされたのも初めてだぜ」
「ちょっとビックリしましたね」
「ガンドーのやつはまだ来てねえみたいだな」
「寝坊ですかね」
雑談しながら道をゆく二人を、見続ける者がいた。
先日よりも露骨で、さすがの二人も気づく。
「なんかすっげー見られてるんだけど……」
「わ、わ、わたし達に用なんですかね」
怯えつつ、読奈美がちらりと目を向けると、それは慌てて隠れた。
しかしはっきりと見えた。
「あれ? 彼女、確かわたしが前に通っていた図書館でよく見かけた子ですよ」
「そうなのか? あーなんかデカイ本持ってんな。もしかして人間じゃあねえのかな。私は見かけたこと無いし、標的はヨミナミか」
「ひ、標的って、別に誰かに狙われるようなことは、してないはずです」
「わかんねーぞう。いろんな奴がいるからなーこの世には。案外目的は、その眼鏡だったりして。でかくて珍しいからな」
「な、なんで眼鏡なんですか。普通こっちでしょう」
といって液晶パッドを目線に持ち上げる。
「頼まれても、あげませんけどね。これは絶対」
大事そうに液晶パッドを抱きしめる読奈美。
「どこまでついてくるんだろうな。学校の生徒じゃないなら、警備のおっさんに止められちまうか」
「でも、帰りも現れたりして……」
「そんなに気になるんなら、あいつに相談してみようぜ」
「あいつ?」
「ほら、私達には担任の先生がいるじゃないか」
「へっくしゅん」
あぁ、花粉症かなと、学校へ向かう中、火楼は思った。
「怪しい奴につけられてる?」
授業が始まる前に、夏雪と読奈美は火楼の元へ。
職員室の近くの廊下で、偶然みつけた火楼に、相談を持ちかけた二人。
「ああ、あれはヤバイぜ。獲物を狩るハンターの目だった。もしくは狼だな。気づいたら集団で囲って、弱そうな羊を食っちまうんだ。あの眼光で睨まれたら、羊じゃなくても体がすくんで動けなくなっちまうだろうけどな」
夏雪が手を頭の後ろで組み、楽しそうに言う。
そんな台詞に、読奈美は驚く。
「え、え、なんでそんな怖そうに表現するんですか。もう少し普通の子に見えましたけど。それにどうみても一人でしたよ」
「だって、そのほうが面白そうじゃん」
「そ、それだけですか」
火楼は考え込んでいた。
後半の部分は考えに没頭してよく聞こえていない。
(魔物が集まるのなんて珍しいから、注目されるのはわかるが……。怪しい奴が生徒を狙っているのか? そんな恐ろしい眼光をもつなんて、まさか、噂に聞く、魔物ハンターか? 魔物自体をよく思っていない人も、少なからずいるみたいだし。それでも、生まれたばかりの魔物しかいないうちの生徒を狙うなんて、なんて卑劣な。許せん)
「学校には入ってきてねーみたいだな。帰りにもいたら、とっ捕まえて話きいてみるか? 先生聞いてる?」
火楼はやや大きな声で、暴走気味に言った。
「お前たちは俺が絶対守るからな。誰にも手出しさせない。そんな怪しい奴がいるなら、今日から寮まで送って行ってやる」
そう言ったところで、チャイムが鳴った。
「とりあえず授業だ。お前らも準備しとけよー」
そう言って、火楼は職員室へ向かう。
「いやーやっぱ親切な先生だぜ。なぁ」
教室に向かう夏雪と読奈美。
「うーん。なんか先生、勘違いしてる気もしますけど」
「最近変な奴がうろついてるみたいだから皆気をつけるんだぞ」
と、火楼は朝のホームルームでそう伝えた。
授業がいくつか終わったあと、体育の時間になった。
龍之門中学校のグラウンドはいくつもある。
その中でも割と小さめのグラウンドに、魔物教室の面々は集まった。
制服は無いが、体操服は支給されている。
体育館の側の更衣室で、男女別れて、生徒達は着替えた。
黒いラインのはいった白いシャツに、女子はブルマ、男子は半ズボンである。
双子のものだけ、手錠の側がチャックで開くようになっている。
そういう仕様でなければ、手錠を外せない双子は、着替えることができない。
鈴のものはしっぽを通せる。
双子や鈴だけでなく、体の大きな厳道や、そしてもう一人の子なども特注品である。
「やっぱでけえな。ほらヨミナミ、お前の胸よりでけえ」
「指さしちゃ駄目ですよう」
夏雪が指差す先に、身長百七十はありそうな背の高い女がいた。
目立つ薬のカプセルのようなイヤリング。まとめられた髪。
もちろん魔物教室の生徒の一人である。
「大丈夫だって。寝てるから気づかねえよ」
「そういう問題じゃないですってば」
名前は薬宮。彼女は、立ったまま寝ていた。
ジャージ姿の火楼がやってきた。
「おーし、集まってるな。まずは準備体操だよな。このテープを聞きながら、俺のを真似してくれ」
ラジオ体操第一、である。
他の生徒が、音楽に合わせて問題なくこなす中、双子はやや苦戦していた。
破子が左手を伸ばし体を横に曲げると、結子の右手が引っ張られる。
「変な踊りなの、これ」
「破子ちゃん。これは踊りじゃなくて、体をほぐすための体操なのよ」
それでもなんとかこなせた。
「じゃー次は二人一組になって、体を伸ばすぞ。うでを背中合わせに組んで、片方が前かがみになるんだ」
双子、夏雪と薬宮、鈴と読奈美、厳道と蠢、他という組み合わせだ。
読奈美は夏雪と組もうと思ったのだが、夏雪が薬宮の元に突進してしまった。
「なあ、私と組むぞ」
夏雪がそう言うと、聞こえているのか、ただの生理現象なのか、薬宮はこくん、と首を縦に振った。
目は閉じていて、寝息が聞こえてきそうだ。
夏雪の目線は薬宮の胸に向いていた。
先日の風呂の一件で、他人の胸に、興味が湧いたらしい。
そーっと手をのばす。
「こら、何してんだ」
触れるか触れないかのところで、火楼が止めた。
「えー、だってー、先生も触るか?」
「触るわけ無いだろっ。もういいから、体操してくれ」
寝てる女子の前で、危ない会話が繰り広げられていた。
仕方なく夏雪は、立ち寝している薬宮と腕をくんで、体を反らした。
小学生並みに小さい蠢と、二メートルはありそうな厳道も、背中合わせに腕を組む。
ぐいっと厳道が前かがみになると、
「タかいたかい、足全くついてないぞ、おい」
蠢がじたばたする。
「暴れるな」
逆に厳道が胸を反らすと、
「オもいだろが、乗っかるな」
蠢は潰れそうになっていた。
「まったく。注文の多いやつだ」
「イや、無理あるだろ……。この組み合わせ」
終わった頃合いを見て、火楼は次の指示をだす。
「じゃあ次は、馬跳びだ。やり方は、片方がしっかりと前かがみになり、片方が跳び箱のようにその人の背中を飛ぶんだ。飛んだらその人が、次の馬役になるわけだ」
それを聞いて、読奈美と鈴がやるのをみて、双子と蠢は声を揃えて言った。
『無理です』
陽が傾いた頃。
授業が全て終わり、皆が下校する時間だ。
約束通り、火楼は読奈美を寮に送る。夏雪と厳道も一緒だ。
車はないので、歩きである。
赤みがかった空に、雲がすこし差し込む。
しばらく歩いていると、影が伸びる電柱の後ろから、彼女は現れた。
赤い夕日よりも赤い髪のツインテール。
モノクル。右手に大きめの黒い本。長袖で薄手のセーター。ミニスカートに縞模様のニーソックス。背丈は夏雪より低い。
逢魔が時に、文字通り、魔物に逢った。
「そこのめがねっこ、あたしと勝負しろーっ」
彼女の第一声は、そんな敵意にみちたものだった。
いきなり現れた少女に驚く四人。
火楼がまず尋ねた。
「君は……、想像とちがうけど、魔物ハンターか何かかな?」
「魔物ハンター? 何言ってんのよ、あんた誰よ」
「僕は教師だよ。この三人の担任だ。名前は火楼。君は?」
「あたしは、御神本。そっちのめがねっこに用があるのよ」
「ひ、人を身体的特徴でよばないでください。た、たしかに、めがねっこはよくある呼び方ですけど、これとかこれとかっ」
そういって液晶パッドを前に出す。
人見知りな読奈美は、初対面の相手に震えている。
「わたしは、よ、読奈美です」
「読奈美、読奈美ちゃんね。いいから勝負よっ」
名前を聞き、何故か嬉しそうだ。
「な、なんですかそれ。なんでわたしがあなたと、勝負しないといけないんですか」
「理由なんてどうでもいいじゃない。そっちがこないなら、こっちから行くわよ!」
そう言って御神本が、片手を上げた。
瞬間、何も持っていない手に、何もない空間から、分厚い本が降ってきた。
御神本はそれを掴み、
「おい、まさか」
厳道がたじろぐ。
投げた。御神本の細腕からは、想像もできないほどのスピードで、本は飛んでいく。
それはまっすぐ読奈美に向かっていて、当たれば骨を折りそうで、そのまま、べきり、と嫌な音が響いた。
「本は投げるものじゃ、ごほ、ないだろう」
火楼が血混じりに言った。
たしかに本は背表紙のかどの部分が刺さるように、ヒットしていた。
火楼の胸の下あたり、肋骨を折る形で。
「せ、せんせい!」
庇われた読奈美が声をかける。
骨が折れた激痛に、火楼は崩れるように座る。
折れた骨が内蔵を傷つけてしまうかもしれない。
皮膚の方は内出血を起こしているだろう。
「どーだ。読奈美ちゃん。次はあんただよ」
御神本は腕を組んでふんぞり返る。
腕のおかげで、薄い胸が目立つことはなかった。
読奈美は怯えたようにそれを見る。
「いいや、次は私だよ。二人は先生をみててくれねーかな」
凍るようなだとか、凍えるようなだとか、そんな表現も氷の中に閉じ込めて忘れ去ったような声で、夏雪が言った。
「夏雪さん……」
「おい、生徒を危ない目にあわせるわけには、うぐ」
立ち上がろうとして、痛みで失敗する。
「無理すんなって。すぐにあいつを黙らせるからさ」
「俺もいくぞ」
そう言って厳道は前に出る。
「読奈美には恩があるからな、いい機会だ」
「えーと、それってもしかして、やさ」
「言わなくていい」
い、を言う前に厳道は遮る。
二人が二人を庇うように立った。
「なによー、仲良しこよししちゃって」
不満そうに、今度は本を二冊出現させた。腕を振り下ろし、標的に向かって発射する。
どうやら直接投げなくても、飛ばせるらしい。
とっさに夏雪は、大きい氷の壁を作りだし、二冊とも止めた。
「生意気なっ」
さらにバスケットボールほどの氷で、反撃する夏雪。
厳道も落ちていた本を投げ返す。
御神本のように能力で飛ばすのではなく、単純な腕力。
若くても鬼の力である。
御神本が出した本なので、御神本はその本を消したり操れるのだが、厳道はちゃっかり本を殺してから、投げていた。
読めなくなるだけじゃなく、付加されていた御神本の能力までも、本からは色とともに失われていた。
灰色の分厚い消えない本と、氷が飛んできて、御神本は焦る。
「わっ、危ないじゃない。もー怒った、そんな壁で、これは防げるかしら?」
ぎりぎりそれらが当たらなかった御神本は、邪魔な氷の壁を壊しにかかる。
黒い本をいそいそと腹側の服の中にしまい、両手をあげた。
「な、なんだ?」
何かをしてきそうな雰囲気の御神本に、構える夏雪達。
御神本は本の精霊である。
魔物教室の生徒と同じく、生まれたのは最近だ。
それでも、本ならばなんでも出現させ、操れる。
世界トップクラスの大きな本をご存知だろうか?
縦の長さ約4.5メートル、横の長さ約2.5メートル、厚さ約1メートル。
御神本本人よりも遥かに大きいそんな本を、掲げた手の上空に出現させた。
運がいい街の人は、これを見かけたかもしれない。
対する四人は開いた口が塞がらない。
目が点になっている。
物語にでてくるモノリスのようだと、読奈美はそんな場違いな事を、思った。
「おも、おも、おもいのよー!」
さすがに能力の限界なのか、御神本は手をぶるぶるさせている。
それでもなんとか、目的の場所に降ろすことができた。
大した能力による加速もなく、ただ落ちただけ。
それなのに、その瞬間、地面がえぐれ、氷が砕かれ、衝撃で夏雪も吹っ飛んだ。
この本、いったい何トンあるだろう。
「夏雪さん!」
倒れている夏雪の元に駆け寄る読奈美。
「あいつ、なかなかつええよ」
「大丈夫ですか? こんな、怪我して」
「ちょっと擦りむいただけさ。そんなことより、ここはこう言うべきなのかもな。わ、私を置いて先にいけ」
「なっ、確かに格好いいですけど、あの時見せた、物語の登場人物みたいに格好いいですけど、置いていけるわけないじゃないですか」
「そうは言ってもなー、ほら」
夏雪が指差す。
地面に刺さってぐらぐらしていた巨大な本が、そのままこちら側に倒れこんできた。
御神本は既にへとへとで、座り込んでいる。だからこれは偶然だろう。
このままだと、四人とも潰れてしまう。
みるみる本が迫ってくる。
本に埋もれて死にたいと思っているような人がもしいたら、彼女に頼むといい。
その時、厳道が両手で、本を止めた。
「お前ら俺を忘れてないか」
衝撃を止めた瞬間、厳道の足がやや地面にめり込む。
それでも二メートル近い厳道のおかげで、誰も潰れなかった。
ぎしぎしと、支え続ける。
太い腕に血管が浮かぶ。
「うおおおおおおおお」
突然、火楼の雄叫びが轟いた。
猛然と御神本に向かってダッシュする。
「生徒がこんなに頑張ってるのに、座ってていいわけないよな」
折れた骨はまだ完治していなかったが、それでも大分楽になっていた。
火楼自体は只の人間である。
氷を出せるわけでもないし、鬼のような力があるわけでも、パソコン同士を移動できるわけでもない。
ただ、火楼の先祖はただの人間ではなかった。
その血は水よりも濃く、火楼の体に影響をおよぼす。
何もできないと言い訳などできない。
それでは教師になんてなれない。
全力で走ってあっという間に御神本の前に立った。
火楼は御神本の肩を掴む。
その顔は生徒を傷付けられたからか、悪鬼羅刹のようだった。
「どうしてこんなことをしたんだ。理由を言いなさい」
恐ろしい声。恐ろしい顔。
大の大人の、その迫力に、御神本は半泣きである。
「ひっ、もう、なんなのよ。あいつも、あいつも、あんたも、読奈美ちゃんばかり庇って」
べそをかきながら、語りだした。
「あたしの方が先に生まれたのに、あたしだって図書館にいたのに、あの怪しい黒服達、読奈美ちゃんだけスカウトしていって」
いつのまにか巨大な本は消えていた。
厳道と夏雪が、こちらに近づく。
実を言うと、黒服達は、たんに大人しくしていた御神本に、気づいていなかっただけである。
世間に気づかれていない魔物はそう少なくない。
しかし、御神本はそんな事情など知らない。
「ずるいのよ!」
御神本は顔を赤くして、手をばたばたしている。
駄々っ子のようだった。
「なんだ、学校、来たいのか」
火楼があっさり言うと、御神本は、
「な、か、勘違いしないでよね、誰が行きたいなんていったのよ」
と、誰でも看破できるような、思ってもいなそうな事を言った。
口とは逆に、目は期待の眼差しだ。
「わかった。わかった。校長先生に相談しよう。明日の朝、学校の門の前で待っていてくれ」
「いいの?」
「ああ、学校に行きたい子供を、放っておく理由なんて何もない。だが、その前に皆に言うことがあるだろう」
御神本は皆の方を向き、
「ご、ごめんなさい」
しおらしく謝った。
「ああ、クラスに来たら、よろしくな」
「またバトろうぜ」
厳道と夏雪は快く答えた。
「読奈美ちゃんも、ごめんなさい」
座り込む読奈美のそばにいき、謝る。
「はい、同じ本の魔物同士、仲良くしましょうね、えへへ」
読奈美が片手をだして、御神本がそれに応じて、握手をかわした。
満足気に、御神本は帰っていく。
「よーし、俺たちも帰るか」
と言って、火楼は全員を見渡す。
読奈美だけ座り込んで動かない。
「え、えへ、えーと、違うんですよ。潰れるかと思って、びっくりしたわけじゃなくって、腰をぬかしたわけじゃなくって、ただちょっと座ってるだけなんですよ」
どうみても立ち上がれない読奈美。
「しょうがない、おぶって寮まで運ぶか」
「え、あ、ありがとうございます。でも、先生怪我は大丈夫なんですか?」
普通なら入院するような怪我を、心配する読奈美。
「これくらい、平気さ。先生は丈夫だからな、はは」
そう言って、読奈美を背中におぶる。
「先生、そろそろ門限があるから行こうぜ」
「門限? そんなものあるのか」
「え、男子寮はないのか? そういえば寝坊してたし、もしかして、決まりゆるいのか?」
「そうなのかね。そっちは厳しいのか」
「厳しいなんてもんじゃないぜ、包丁だぜ、銃だぜ」
夏雪は何かを思い出して震える。
「よくわからんが、大変だな」
騒いでいる二人を前に、火楼も歩き出す。
「結構軽いんだな。というか、ほとんど重さを感じないぞ」
読奈美をおぶる火楼の感想はそんなものだった。
「えへへ、電子書籍は、軽いんですよ」
そう誇らしげに言った。




