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黒服達は一応銃を持たされている。
日本の警官がもつような、リボルバータイプの小型のやつだ。
魔物相手にもしものことがあったとき、ということである。ちなみに一発目は威嚇のための空砲、ではない。
今その銃が、厳道に向けられていた。
平日昼の繁華街、周りにはまばらに人がいる。
銃を構えているのは若い黒服。手が若干震えている。
向けられている厳道は、転んで倒れている女性に、手を差し伸べるところだった。
ツノと体格も相まって、若い黒服は、厳道が女性を襲っているものだと、完全に勘違いしている。
初老の黒服は銃を下げるように言うが、効果がない。
銃口はまっすぐ頭を狙っている。
これだけの距離ならば、外しようがない。
緊迫した空気の中、厳道は、
「おい、そんな物騒なもの向けるなよ。危ないだろう」
そう言って、手をかざす。
その動きをきっかけに、若い黒服がトリガーを引きそうになった瞬間、厳道は力を込めた。
物殺しの鬼、その力が銃の命を奪う。
かくして、銃は撃つ力を失い、ついでに中の弾も、火薬の力を失った。
「ふう、近くて助かったぜ」
と、嘆息する厳道。どうやら能力の射程距離はそれなりに短いらしい。
女性の証言で誤解も解け、平謝りする黒服達。
それでも、二人は厳道に用があることをつげた。
三人は近くの飲食店に入った。
よくあるチェーン店で客もそこそこいる。
黒服達のお詫びで、厳道はステーキを注文した。
「学校か」
話を聞き、一言。
「確かに生まれてからこのナリで、何をしたもんかと思っていたが」
黒服達が出したパンフレットをみやる。
「力仕事なら、何か見つかるかと思っていたが、人間が何もかも用意してくれるならありがたい。勉強なんてしたことないが、行くことにする」
そんな風に、魔物達は怪しい二人組によって、集められていった。
当の本人達は、現在下校時刻。
「じゃーなー。気をつけて帰れよー」
火楼が門で皆を見送る。
指定のカバンをひっさげて、家がある魔物は家へ、家の無い魔物は寮へと帰っていった。
夏雪と厳道と読奈美は、寮を希望した。
黄昏時、三人で帰りの道すがら、
「寮かー。二人はいままで夜どうしてたんだ?」
夏雪は尋ねる。
「俺は野宿だった。そのへんのベンチとかでな。冬は結構さむいもんだぜ」
「はあん、大変だなー。でも、夜にこんな大男が寝てるところを見かけた人間のほうが、よっぽど大変な驚きだっただろうぜ。で、そっちは?」
「わ、わたしはー、夜は図書館のパソコンの中で寝てました。だから寒くも暑くもなかったです」
「ほお、そりゃあ便利だな。そうか、電子なんちゃらだから、そんなことできんのか。ま、これが文字通りスリープモードってやつか」
「そんな満面の笑顔で言われてもな……。こっちとしてはお前がそんな単語知ってる事に驚きだ」
厳道は呆れ顔で突っ込む。
「えへへへ。夏雪さんは、どうしてたんです?」
「私か? 雪でな、かまくらなる家を作ったんだ」
どこか誇らしげに言った。
「でも最近は暖かくなってきて、雪も殆ど無いし、それでも作れることは作れるが、体力使うしなー、寮に住ませてもらうことにしたのさ」
空に片手を仰ぎ、どこか寂しげな顔をする夏雪。
「まあ、いずれ二人を招待できたらと思うぜ」
「そのかまくらは俺でも入れるのか?」
「たしかにガンドーはでっけえからなあ、頭ぶつけて壊れそうだ。はははは」
「えへへ」
「ふ」
三人の笑い声が夕暮れの空に消えていった。
こそこそと怪しい影がつけていたが、彼女らは気づかない。
人間の生徒と同じ寮だが、魔物教室と同じく、魔物達は隅っこの離れた部屋に集められていた。
学校と同じく、大きくて、個室も広い。
食堂はメニューが豊富で何人も座ることができ、風呂はサウナと露天風呂がついている。
管理しているのは、三十代に見える女性の寮長先生と、若いメイドが数人だ。
「うひゃーでっけえ、今日からここで寝るのかー」
夏雪が手を広げて、寮の前で大きさを表そうとしている。
読奈美も寮を見上げている。
厳道は男子寮なので途中で別れた。
入り口を通ると、寮長が現れた。
女性用スーツに、肩までかからないくらいのボブカット、化粧は薄いが年齢を感じさせない。
後ろに笑顔のメイドが一人いる。
こちらはよくあるエプロン付きのメイド服だ。
「こばわー、今日からお世話になりまーす」
「こ、こんばんは」
夏雪の軽いノリに対して寮長は、
「おう、お前たちが例の魔物か。まったくけしからん格好だが、決まりなのでしかたない。しかし、ここの規律に従えん場合は何であろうと、捻り潰すぞ」
と、恐ろしく厳格な声で返した。
今までいろんな生徒を相手にしてきた寮長。
魔物であろうと、態度は変わらない。
「お、なんだもしかして」
夏雪がうれしそうに。
「おばさん、強いのか? ってあれ?」
夏雪が台詞をいい終わる前、読奈美が一度だけまばたきした瞬間、数メートルは離れていた寮長が、夏雪の眼球の前に包丁をつきつけていた。
そんなもの持ってる様子はなかったのに。
寮長が元いた場所の床には、はっきりとヒールの靴の跡が、片方だけ強く残っていた。
本当に、相手にしてきたのは生徒だけなのだろうか。
「なにか言ったか?」
夏雪を睨めつける。
「い、いえ。なにも」
雪の降る夜にも感じたことのない、氷のように体温が下がるのを感じた夏雪であった。
「えーとー、寮長先生はー、ちょっと危ないひとなのでー、なるべく怒らせないほうがいいですよー」
夏雪と読奈美は廊下を歩く。
メイドに部屋に案内されている途中だ。
「普段はー、良い人なんですけどねー。それに凄いんですよー。メイド長でもあるのでーなんでもできますー」
メイドは朗らかに伸びやかに言った。
「人間にも恐ろしいのはいるんだな。知らなかったぜ。それに、人間の女は年齢を気にするもんなんだな。こりゃー間違っても門限を間違えるわけにはいかねえな」
「そ、そうですね。あ、あんな目にも留まらぬ動きをする人、現実にもいるんですね。この物語にでてくる剣士みたいでした」
そういって読奈美は液晶パッドを見せる。
「ところで、あんたはあーいうのできるのか? メイドさん」
夏雪は聞く。
「うーん、私達はー普通のメイドなのでー、掃除したりー料理したりー洗濯したりーできるくらいですー」
「なんだ、そうなのか」
夏雪が少しがっかりしたとき、ごとりと音が鳴った。
音のしたほうに目をやると、メイドのスカートのあたりから落ちたらしき、黒光りする銃がそこにはあった。
例の黒服達が持っていたような小さいものではなく、大型のオートマティック。
「おっとー、また落としちゃいました。あ、大丈夫ですー。弾はゴムなのでー当たっても血はでませんー。ふふふ」
そういってメイドは、銃を足につけていたホルスターにしまった。
その動きは口調のようにゆっくりではなく、毎日訓練を積む、熟練の兵士のように素早かった。
スカートに隠れて見えなくなる。
「はははは」
「えへへへ」
二人の魔物の乾いた笑いが響く。
普通のメイドはそんなもん持ってねーよと、突っ込むものはいなかった。
「おーいヨミナミー、風呂いこうぜー」
夏雪が読奈美の部屋の前で呼びかける。
「は、はーい。今行きます」
読奈美が、風呂用具を持って出てきた。
もちろん液晶パッドも持っている。
風呂に向かう二人。
「それ、もしかして、風呂にも持ってくの?」
液晶パッドを指さしながら夏雪は尋ねる。
「ええ、大丈夫ですよ。これ防水なので」
誇らしげに言った。
「そうか。やっぱり手放さないんだ」
「夏雪さんのほうこそ、雪女がお風呂なんて大丈夫なんですか?」
「私は問題ねーよ。噂に聞くサウナにも入るつもりだぜ。燃える夏の女、夏雪とは私のことさ」
「ほほう」
脱衣所で服を脱ぎ、読奈美は眼鏡を外し、二人はタオルを巻き、浴室へ入る。
いろんな学年の生徒がまばらに、風呂を楽しんでいた。
「うはー広い」
「銭湯みたいですねえ」
「うはー大きい」
「どこみて言ってるんですかね」
夏雪は完全に読奈美の胸を見ていた。
「ほら私のは、すとーん。ヨミナミのはぽよーん。背丈は同じくらいなのにな」
言いながら、自分の胸のあたりを、上から手を振り降ろす。引っかかるものはない。
さらに読奈美の背後から、同じように胸のあたりを手を振り下ろす。大きく弾力のあるそれに、手の軌道が変えさせられる。
最期に、頭のあたりで、背を比べるように、手を振る。
「さ、触らないでください。恥ずかしいです」
「いーじゃねえか魔物同士なんだし」
「それを言うなら女同士でしょう。よく出てくる台詞です。でも魔物同士でも女同士でも恥ずかしいですよ」
「あー、湯気でなんもみえねえなー、おっと柔らかいもの掴んじまったぜ」
「お、お、おっさんですかあなたは」
ついに読奈美は怒って、持っていた液晶パッドで夏雪の頭をはたいた。
「けち。まぁでも、大きさでいったら、あいつのほうが凄いよな」
「ああ、あのいつも寝てた方ですね。あの方は寮なんですかね」
「どうだろうな、まだ見かけてねえけど」
「いつかあの方の世話になる日がくるんですかね」
彼女の能力を思い出す読奈美。
「あんまりそれに頼ることになっても、良くないと思うけどな。ほら、体洗おうぜ」
二人は風呂用の簡単な椅子に座り、タオルにボディソープをつけて、体を洗い始めた。
「背中洗ってやるよ」
と、夏雪は読奈美の後ろに回る。
「しかし髪なげーな」
読奈美の髪は腰まで伸びている。
背中を洗う邪魔になるので、肩から前側に流した。
「生まれつき長いので、あまり気にならないんですよね」
「なるほどなっと。背中終わったからこっち向け」
「あ、はーい。って向きませんよう。何ナチュラルに言ってるんですか。前は自分で洗いました」
「なーんだ」
口を尖らせる。
「なんで、残念そうなんですか。次はわたしが夏雪さんの背中流しますよ」
二人は位置を入れ替えた。
「綺麗な背中ですねえ。こういうのを透き通った肌っていうんですかね」
「氷のように、か? それじゃあ中身みえちまうか。はは」
「あなたが言うと、笑い事じゃありませんよ。本当にそんな肌にならないでくださいね」
二人は体を洗い終わり、風呂場をみわたした。
「お、あの扉。サウナじゃねーか? 滾るぜー。一時間くらいなら余裕かなー。ヨミナミ、リタイアするなら早めに言ってくれよ。倒れられてからじゃおせーからな」
「どこからそんな自信が……」
二人はサウナに入る。
五秒後、夏雪がふらふらと出てきた。
「きゅう」
もう体から湯気がでている。
「はや、はやいですよ夏雪さん」
読奈美は倒れそうな夏雪を抱える。
「わ、私を置いて先にいけ」
「そんな台詞はもっとカッコイイシーンで言ってください。この物語のように」
びしっと液晶パッドをつきつける。
「熱い、赤い、蒸す」
「大丈夫ですか? あっちに水風呂ありますよ」
読奈美は夏雪の手を肩にまわし、連れていく。
夏雪は水風呂に浸かった。
「はー、きもちいー、この世の天国だぜ。いい湯加減だし、風呂ってものはいいもんだなー」
すぐに元気になった。
別段、冷たそうにしている様子はない。
「これお湯じゃなくて水ですよ。冷たいですよ。夏雪さんは、普通のお風呂入らないほうがいいみたいですね……」
「まあまあ、ヨミナミも入れよ」
「こんなところにずっと入ったら風邪ひいちゃいますよっ。わたしはあっちのお風呂いってきます」
そういって読奈美は露天風呂の方に行った。
「ちぇ、この良さがわかるやつはいねーのかな」
夏雪は天井を仰ぐ。
月明かりの下、露天風呂で電子書籍を読む、髪の長い読奈美。
不思議な魅力の画になっていた。
そんな二人の奇行に、周りの人間の生徒はちらちらと注目していた。




