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『いただきます』

 そう言って、全員食事を始めた。

 焼き魚の切り身、小さいハンバーグ、野菜のおひたし、ひじき、白米、牛乳、スープ、ゼリー、箸とスプーン。

 箸がうまく使えないものもいて、握って突き刺して、食べたりした。

「はー、これが給食か。私をここに呼んだ怪しい人の言った通りだ。何もしてないのに食事がでてくるなんて、豪勢なこった」

 夏雪は食べ始める。

「ちょっとあちーな。それにこの棒、難しいぞ」

 給食に苦戦していると、隣から声がかかった。

「ナァ、ナァ、お魚くれナァいか?」

 鈴が猫目を輝かせて、夏雪にねだる。

「お、鈴。猫って魚好きなんだっけ? はいよ」

 すんなりと鈴の皿に移す。

「ありがとー」

 鈴は貰った魚をうれしそうにがぶりと頬張った。

 しかし、

「ナァナァッ、つめた、硬っ」

 さっきまで熱々だった魚の切り身は、このやりとりの間に、凍りついて、噛んだらしゃりしゃり音がしそうだった。

「あっはははは。この私から食べ物を貰うなんて十年早い。それでも、食いたきゃ食ってもいーんだぜ」

「こんナァ解凍してナァい冷凍食品みたいナァもの、十年後だって嫌だナァ。返すよ」

「わかんねーかなあ。この冷たさがいーんじゃねえか」

「熱いのも苦手だけど、凍ってるのも食べられないよ。そんなの食べられるのは夏雪くらいだよ」

 よくみれば、夏雪のだけ給食が冷凍もののようになっていた。

 自身の冷気で凍らせたらしい。

「それにしても鈴って意外と棒使うの、うまいな」

「ああ、箸かい? お婆ちゃんに教わったんだ。こんナァ姿にナァる前は、口を直接つけて、たべてたもんだけどね。いやあうまく使うのに、苦労したよ」

「なるほどな。ちょっと、教えてくれよ」

「いいけど、難しいよ? まずは一本を、薬指の先の横と親指の根本に置いて、もう一本を……」

 説明を聞き、夏雪は箸を持った。

「こうか?」

「それじゃあナァイフの持ち方だよ」

「じゃあ……、こうか?」

「ナァんで箸が十字を描くのさ」

「こいつぁ強敵だぜ」

「夏雪は結構不器用ナァんだね」

 一方で、厳道は、箸が止まっていた。別に箸が使えないわけじゃない。

 ただ、それがあったからだ。

 緑色や赤色で、つやつやして、繊維質で、苦かったり甘かったり。

 平たく言えば野菜。

「おい、これ、食ってくれないか」

 隣にいた蠢に頼んだ。

「ハは、オレはもうお腹いっぱいだ。デカイ体して、野菜が苦手なのかよ」

 あっさりとつっぱねる蠢。

 体格の差をもろともしない、軽口だった。

 相手が鬼でなければよかったのだが。

 厳道が無言で手をかざすと、蠢のスピーンがみるみる灰色になっていく。

 スプーンは命を奪われ、何も掬えなくなった。

 今まで数々の食べ物を掬ってきたというのに。

「アあっ、まだゼリーが残ってるのに、何しやがる」

 蠢がスプーンでゼリーを食べようとしても、どういうわけか、ぷるんとこぼれ落ちてしまう。

「ふん、知らんな。不良品だったんじゃないか?」

「ンなわけねーだろ、どんな事故がおきたら、こんなスプーンができあがるんだよ。これは事件だ。お前以外に犯人はいねーよ」

「ゼリーなんてスプーンがなくても食えるだろう、ほら」

 そう言って、厳道は口を上に向けて開く。

 片手にもったゼリーを口の側に持って行き、容器を殺した。

 つるんとゼリーがこぼれ落ち、厳道の口の中へ入っていった。

「ほら、うまいぞ」

「ダったらてめえのスプーンよこしやがれ」

 蠢は厳道のスプーンをひったくると、ぷりぷりと怒りながらゼリーを食べた。

 話が一段落ついたところで、読奈美が隣から言った。

「あのー、あの、お野菜、食べれないんだったら、わたし、食べましょうか?」

「おお悪いな。肉だったらどんな肉でも食えるんだが」

(どんな肉でも……)

 読奈美の顔から若干血の気が引く。

 一体どんな肉を想像したのか。

「じゃ、じゃあハンバーグあげます。食べきれないですし」

「ありがたく頂こう」

「でも、お野菜は体にいいらしいですよ。物語に野菜がでてくるときは、大抵そう書いてあります」

 珍しく読奈美はしたり顔で言う。

「そうは言ってもな……、食えんものは食えん。そういうふうにできている」

「そ、そうですか……」

「お前はあれだろ? 本のなんとか。本を食べたりしないのか?」

「た、たべませんよう。そういう方もいるかもしれないですけど、そもそも、わたしの持つ本には紙はないですから」

「そうか。そりゃそうか」

 そのあたりで話は終わったようで、二人は食事にもどった。

『ごちそうさまでした』

 全員が手をあわせ、言う。

 食器をひとつにまとめ、専用の台車で運ぶ。

 がらがらと、音を立てながら動いている。

 それを押しているのは手錠の双子だった。

「ひじき、嫌い」

「あらあら」

「結子ちゃんもでしょ?」

「そうねえ、クッキーと紅茶のほうが、いいわよねえ」

「帰ったら、また作ろうよ。お菓子」

「そういえば、新しいレシピ見つけたんだったわ。それにしましょう」

「わあい」

「ねえ破子ちゃん、学校たのしい?」

「うん、変な奴おおくて、面白いの」

「それならいいけれどね。本当は私たちは学校なんて来なくてもいいんだけど、あの怪しい人達がどうしてもっていうから。何か嫌なことがあったらすぐに言ってね。ずっと側にいても、わからないこともあるから」

「大丈夫だよ。結子ちゃんは優しいなあ」

 そういって、破子は台車を掴む結子の手の上に手を乗せた。

「暖かい」

 破子が言って、

「ふふ」

 結子が微笑んだ。


 怪しい人。

 彼らはなんてことはない、ただの魔物対策本部から派遣されてきた人間である。

 政府が増え始めた魔物に対する策として生み出した、魔物教室。

 そこに通わせるため、黒服にサングラスの人間たちが、魔物達に直に会いにいっていた。

 雪の日から目撃情報が増えてきた、青い髪の少女。

 物を凍らせていたという証言もある。

 黒服の二人組は、少女が住んでいるといわれる、郊外の空き地にたどり着いた。

 そこには、テントより一回り大きな、かまくらが出来ていた。

 もう外にあまり雪はないのに、かまくらの周りだけは豪雪地帯のように雪が積もっている。

 空き地の所有者は何をしているのだろうか。

 黒服達が声をかけると、中から夏雪がでてきた。

「なんだい? おっさんたち。私に用? じゃあ中においでよ」

 警戒心もさほどなく、簡単に中にいれる夏雪。

 三人は楽に入れる大きさだった。中は案外温かい。

 中にはラジオと懐中電灯がぽつんとあるだけで、他には何もなかった。

「ああ、これ? 拾ったんだよ。人間って意外と面白いよなー。リスナーからお便りを集めてるみたいだけどさ。ほんといろんな奴がいるもんだぜ」

 夏雪はラジオについて楽しそうに話すが、黒服達はつれない態度だ。

 薄暗い中、黒服達はさっそくここに来た目的を語る。

 まずは学校の意味から教えねばならなかったが、なんとか用件は伝わった。

「学校、学校ねえ。毎日同じ時間に通うのか? そーか。まあ普段やることも特にないしなあ」

 悩む夏雪。

 今日まで夏雪は、日々街をぶらぶらしたり、動物を追いかけたり、物を拾ったり捨てたり、そんな生活をしていた。

 食事は、親切な店に残り物をもらったり、雪を食べたり。

 特に雪は何よりのエネルギーになる。

 しかし一番の関心は、

「そこって面白いやついるか?」

 だった。


 猫耳のはえた少女の噂をきいた黒服達は、一軒の家を尋ねた。

 二階建てで、近代になって減ってきた、昔ながらの日本家屋。

 塀の上の猫が、こちらを見ている。

 この家の飼猫だろうか。

 呼び鈴をならすと、高齢の女性が出てきた。

 話を聞き、中に目的の少女がいるとのことで、家に上がる。

 窓辺で、ひなたぼっこをしていた鈴がそこにいた。

「誰かきたの? お婆ちゃん。え、僕に用だって? ナァにかナァ」

 お婆ちゃんと鈴の前で、黒服達は用件をつげた。

 鈴がわからないところはお婆ちゃんが伝えなおす。

「学校か、家の前も毎朝人間たちが、おんナァじ格好して通っているのを見かけるよ。そこに行く事でなにかいい事あるのかなあ? お婆ちゃん」

 鈴は子猫の頃から、このお婆ちゃんの世話になっている。急にひとがたに成ったときも、優しく受け入れてくれた。そんな親のような存在のお婆ちゃんに、意見を仰ぐ。

 どうやらお婆ちゃんは賛成らしい。

 鈴が他の猫と違って、この姿になったのも何かの縁だと。

「でも、お婆ちゃん寂しくナァらナァい?」

 大丈夫。鈴が楽しんで、幸せになってくれればそれがいいと、返した。

「じゃあ僕いくよ。学校かあ。動物の頃には考えたこともナァかったや」

 

 目撃情報もあまりなく、人間か魔物かの判断もついていないが、怪しい匂いを嗅ぎつけて、黒服達はここにきた。

 街からやや離れたところにある、人通りの少ない場所。 

 誰の所有物かもわからないような、寂れた小さい洋館である。

 夕方なのもあいまって、怪しげな雰囲気をだしている。

 その中から出てきたのは、一メートルほどの鎖の、手錠でつながれた双子。

 あまりの美しさに、若い方の黒服がぼーっと双子を見つめる。

「あのー、何かご用ですか」

 初対面の相手にも、笑顔で応じる結子。

 破子は結子の後ろに隠れていた。

 黒服達は中に入れてもらった。

 洋館らしく、中も洋風だ。絨毯にランプに海外から来たかのような家具。

 どうやら電気も水も通っているらしい。

 双子は紅茶とクッキーを用意した。

「今朝焼いたんですよ。でも二人じゃ食べきれなくて」

 若者の黒服は嬉しそうだった。

 それを横目に、初老の黒服が用件を伝える。

「ええ、たしかに私達は人間ではありませんけど」

 結子の方が考えに入ろうとしたとき、

「ちっ」

 と、初めて破子が音を発した。

 もっとも、それは言葉にもなっていなかったが。

「こら、破子ちゃんどうしたの」

「だって、ずっと二人で幸せに暮らしてたのに、学校だなんて。それにこの人達も怪しいの。部屋のなかでもサングラスなんかかけて」

 破子は泣きそうな顔でいう。

「人をみかけで判断しちゃだめでしょー。学校に行ったからって、離れ離れになるわけじゃないのよ?」

「結子ちゃあん」

「よしよし」

 と、破子の頭を撫でる。

 そして、優しく抱きしめる。

 最期にキスをした。

 これには黒服達も驚き、引いてしまった。特に若い方は色々な意味でショックを受けた。

「ごめんなさいね。この子、生まれてから私以外と話したこと無くて。ええ、恐らく学校には行く事になると思います。いい機会だし、お友達も増やさないとね」

 

 この街はなかなか魔物の目撃談が多い。もちろん、そうでなければ、特別教室なんてものはうまれてないが。

 彼女はいつからか、街の図書館に毎日いた。

 比較的大きな図書館で、人の多い休日でもまだ席があまるほどだ。

 書籍もかなりの数で、この地域が教育に力を注いでる事が伺える。

 それでも、周りの本に目もくれず、液晶パッドで小説を読む少女。

 誰に迷惑をかけてるわけでもないが、職員は不思議に思っていた。

 入り口の見える位置に座る職員に気付かれず、いつのまにか席に座っていて、閉館間際にいつの間にかいなくなっている。

 あまりにも毎日欠かさずいるので、人々の噂になった。

 そこへやってきた黒服二人。

「え? わたしですか。は、はい、えーと、えーとはじめまして。仰るとおり、わたしは人間ではないはずです。す、すみません。取り乱しちゃって、なんか今まで人に話しかけられたことなくて、ちょっと何て言っていいのやら」

 声をかけたとたん彼女はしどろもどろになった。

 図書館だからだろうか、注目はされていても、声はかけられなかったらしい。

 用件をつげると、

「が、学校!? あの人が沢山いて、そうだ、こ、この話にもでてくるような和気藹々としたところで」

 そういってパッドをみせる。

 小説なので一見してもわからなかったが、話を聞く限り、どうやらそれは学園モノの物語らしい。

「おなじ、狭い部屋に、何十人もいて、男の子も、女の子もいて、スポーツもして、汗と涙の友情があったり、三角関係のような恋愛もあったり、一人のためにファンクラブがあったり、お祭りがあったり、お勉強したり、試験があったりする、あの学校ですよね」

 黒服は話をちゃんと聞いていないのか、ええそうです。ただし、あなたのクラスは全員魔物ですが、とだけ告げる。

「学校かあ」

 ぼーっとしだした読奈美に、黒服は気になることを聞いた。

 どうやって毎日職員に気付かれずに図書館に入ったのかと。

「それなら簡単です。わたし、パソコンのあるところなら、どこでも出入りできるんです。ほら、あそこに」

 段々落ち着いてきた読奈美はそう言って、近くにあったパソコンを指差す。

 なるほどここなら、受付からは死角になる。

「こんなこと些細なことですけどね、えへへ」

 黒服が納得していると、読奈美は決心がついたようだった。

「わたし、ずっとここで文字を追ってるのかと思ってました。それはそれで満足なんですけど、学校が物語の通りなのか、自分で確かめるのも悪くないなって」

 そんな三人を見てる少女がいた。

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