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 人間たちの教室では、普通に授業が始まった。数学や、国語、英語などなど。

 しかし、魔物教室ではそもそも学校自体始めての生徒も多く、授業は難航した。

「なぁ、この教科書の漢字なんて読むんだ?」

「えっ、そ、それは『こくご』ってよみます」

「なるほど、つまり今こくごの授業ってことか!」

「さ、さっき火楼先生が国語の授業はじめますっていったでしょ」

 生まれてからさほど経っていない魔物、夏雪の低年齢な疑問に、読奈美が答える。

 電子書籍の憑き物だけあって、文字には強い。

 しかし他の数人は、夏雪と同じレベルだ。

 不意にぼそりと呟く声がした。

「ぷっ、馬鹿な子」

 即座に声のする方へ向く夏雪。

「あん? なんか言ったか破子」


 授業が始まる前に、こんな話が裏ではあった。

「うちは中学校ですが、火楼先生には例のクラスのすべての教科を担当してもらいます」

 申し訳なさそうに言う校長先生。

「全て、つまり小学校のようにですか」

「はい、なにぶん入学試験の結果がですね、まあこれは初めから受け入れる事がきまっているので、形式上のものですが……その結果、平均学力が小学生並でして。一部優れた成績のものもいるんですが」

「なるほど。しかしならば、小学校に入れたほうがいいんじゃないですか? 政府がきめたんでしたっけ」

「そういう意見もあったんですが、そこまで設備が整っているところがないのと、年齢層の幅広い小学生には、彼らは刺激が強いとのことで。それにもとより、あのクラスの授業は、あなたにのみお任せしたい」

「他の先生じゃ駄目ってことですか?」

「まあ丈夫な方がなにかと」

 である。

(まったく、校長先生は。丈夫丈夫って、生徒が襲ってくるわけでもあるまいに。彼らをなんだと思ってるのか)

 火楼が考え事をしている間に、教室がざわめく。

「怖い、結子ちゃん助けて」

「今のはどうみても破子ちゃんが悪いよ」

「おう、何しゃべってんだ。こっち向け」

 破子のゴスロリちっくな服の襟を掴む夏雪。

「ふんだ、暑苦しい。あなた本当に雪女なの?」

 それでも、まだ言う破子だった。

 ひくひくと半笑いの夏雪。

 夏雪の周りの温度が比喩ではなく下がっていく。

「どうやら体で教えて欲しいみたいだな」

 二人の諍いに気づき、火楼は急いで間に割って入る。

「お前たちなにやってんだ。ぶっ」

 瞬間、火楼の体が凍り付く。

 とっさに夏雪も先生に気づき、力を弱めた。

 それでも、服は冷気でぎしぎしと音をたて、火楼の胸のあたりは、どこにそんな水があったのかと思うほど氷に覆われていた。

(こうなることを予想してたのか校長。確かにちょっと危ないのかも……)

 火楼の意識はそこで途切れた。

「わ、大丈夫かよ先生! 先生って普通の人間なんだろ?」

 普通なら凍傷で皮膚が大惨事になるところだ。

 ぬるま湯で温めつつ、すぐに病院に送るべきだ。

 夏雪は氷を払い、服を強引にめくり、患部を確かめた。

 ところが、さほど大したことにはなっていなかった。

 氷が這い回ったとは思えないくらい、軽いしもやけのような跡だけ。

 クラス中が見つめるなか、火楼は目を覚まし、身を起こす。

「はは、なんか無事だったみたいだ。先生、他の人よりちょっと頑丈なんだよ。そんなことより、喧嘩はだめだぞ」

「そんなことよりって」

 夏雪は呆れる。

 しかし、すぐに反省した。

「そうだ、ごめんなさい。先生。ついカッとなって、熱くなって」

(凍らせたんだ)

 クラスの誰かが胸の内でツッコミを入れる。

「それに破子もごめん。胸ぐら掴んだりして」

 終始驚いてた双子も、声をかけられてハッとする。

「え、いいよ。私は結子ちゃんがいればそれでいいの」

「こら破子ちゃんそんな風にいったら嫌味に聞こえちゃうわ。さっき言ったことは破子ちゃんも謝らないと」

 素直に夏雪の方を向き、破子は

「ごめんなの」

 と、謝った。

 それをみて、パンッと手をたたき、

「よーし授業にもどるかー」

 と場の空気を切り替える火楼。

「先生服大丈夫ナァの?」

 傍観していた鈴が声をかけた。 

「そうだったそうだった。まあ、窓辺に置いとけばすぐ融けて乾くだろう。その間はジャージでも着てるさ。ちょっと待っててくれ」

 

(皆良い奴だなー。漢字はまぁ、何度か書き取りさせるか) 

 プリントを配り、様子を見る。

 うにゃりうにゃりと漢字を書いて少しづつ覚えていく魔物たち。

 綺麗な字のものもいれば、文字の枠をとびだしてしまっているものもいる。

 火楼はさりげなく、一人一人見て回った。

 それから単語の意味を少し教えた。

 しかし、書くのと喋るのはまた違うようで、読み書きほど悪い結果にはならなかった。

 途中、破子の頭を結子が撫で、そのまま勢いで双子がキスしようとしてるのを、火楼は注意して止めた。

 寝てる生徒にも、一言注意した。

 次の科目は英語だった。

(英語か。俺も苦手なんだよなあ。他の先生に、もっと教え方を聞いとけばよかったか。しょうがないとりあえず教科書をなぞるか)

 さすがに皆日本で生まれた魔物だけあって、苦戦する子が多かった。


 授業と授業の間の、休憩時間。

 トイレに行ったり、教科書を用意したり、喋ったり。

 鈴と夏雪も、時間を有効に使っていた。

「しかしあれだなー、よく人間の子供たちは、ほとんど全員学校に通うよなー。私は怪しい人に声かけられて、ほいほい話きいてたら、ここに来ることになったけどさあ」

「僕だってそうだよ。まあ僕は、お婆ちゃんを通してだったけどさ。……あまり知らない人についていっちゃ駄目ナァんじゃナァいかナァあ」

 鈴は呆れつつ、お婆ちゃんから聞いたような、台詞を言う。

「しょうがねえよ、毎日特にすることもなかったし。人間はあれだろ? なんつったっけ、ごみきょういく?」

「義務教育でしょう。その間違いは危ナァいよ……」

「そうそう義務。すげえよなあ、誰も彼も小さい時から、やることが決まってるなんてよ」

「まあそれが、人間が人間らしく成長するために、人間が決めたルールナァんだから。義務がナァくナァったらそれぞれ自分で決めないといけナァいみたいだけどね」

 鈴は難しい顔をして言った。

「そのルールに私らも巻き込まれたわけだ。こんな変な授業ばかりして役に立つのかねえ」

「授業ばかりが学校の大事なところじゃあナァいと思うよ、こんナァふうに同じ魔物同士集まってお喋りしてるわけだし、それも多分大事だ」

「ナァるほど。おっと、うつっちまったか。なるほどなるほど。まぁそうだよな。私はこれまで独りだったが、それを抜きにしても、こんなに魔物が集まったことなんて、おそらくねえよなあ。それが、人間にとっても、魔物にとっても、良いことなのか悪いことなのか」

「それはこれからわかるだろうね。ただ今の僕は楽しいナァと思っているよ」

「ふん」

 と、夏雪が照れ隠しに一息ついたところで、チャイムが鳴った。


 数学の時間。

 読奈美が掛け算を理解できたころ、ベシリ、と何かが折れる音がした。

「ひい」

 読奈美が驚いて縮まる。

「悪い、先生、シャーペンを殺してしまった」

 低い声が響く。

 火楼はそちらの席を向いた。

 頭にツノが二本、半纏をまとう大柄な男が、折れたシャーペンを持っている。

「君は確か、鬼。殺物鬼さつぶつき厳道がんどうだったよね? つい指に力が入っちゃって、脆いシャーペンなんて気づいたら折れちゃってたか。力強そうだ」

「いや、先生。悪い癖なんだ。つい問題にイライラしてシャーペンを殺してしまった。もう使えないから折ってしまった」

「物を殺す……」

 壊すではなく、殺す。

「ああ、テレビは映らなくなり、刃物は切れなくなり、シャーペンは書けなくなる。すまない、予備がほしい」

「いいよ。それくらい。でも気をつけてくれ。殺したら、生き返らないんだろう?」

「そうだな」

 もともと生きていると言えるのか。

 火楼は折れたシャーペンを受け取り、別のシャーペンを厳道に渡した。

 ふと気づく。

「あれ? このシャーペン元から、灰色だったか? いや、元の色を知ってるわけじゃないが」

 そのシャーペンは、先っぽの銀の部分や、プラスチックの部分を含めて、全ての色素がよどみなく完全に灰色になっていた。

「俺が殺した物は、色を失い灰色になってしまうんだ。何故かは知らん」

「そういうことか」


 火楼は校舎を歩いていた。

 休憩時間のうちに、職員室に戻り、別の教科書をとりに。

 職員室も、魔物教室がある建物からは一番遠い。

「広いよなあ、この学校。前にいたところとは全然違う。政府が選ぶくらいだから、当然かもしれないけど」

 すたすたと歩いていると、生徒が通りかかった。

「おはようございまーす」

「ああ、おはよう」

 人当たりのいい笑みで挨拶を返す。

 独り言を再開した。

 さっきあった出来事を思い出しながら。

「それにしても、やっぱり人間とは違うんだな。あの子達。やっぱりといっても、それほど理解してたわけじゃないけど。でも、皆楽しんでくれればいいよな。学校ってものをさ。俺が通ってた頃のようには、絶対にしちゃだめだ」

 二階の窓から中庭が見える。

 ぽかぽかとした陽気。読奈美が木の下で電子書籍を読んでいた。遠目でも服が違うのでわかりやすい。

「たとえ人間とは違くても、子供が一人でいる理由にはならないよなあ」

 そしてまた歩き出した。


 当然、この学校は職員室も広い。

 職員全員分の机が並んでいても、人が通るスペースが十分にある。

 火楼が次の授業の準備していると、スーツ姿の中年の男性、一年を担当する国語教師が話しかけてきた。

「やあ、どうでしたか、火楼先生のクラスは」

「皆いいこですよ。勉強の方は、苦労しそうですけどね。はは」

「そうですか。私なんかは、もう怖くて怖くて、火楼先生は怖くないんですか?」

「全然、平気ですよ」

「相手は魔物なんですよ? ……やっぱり、若さですかねえ」

「そんな。言葉が通じないわけでもないし」

「まあ、頑張ってください」

「はい、ありがとうございます。それと、あんまり彼らのことを悪く思わないでやってください」

 火楼が笑顔でいうと、国語教師は苦笑いをして去っていった。

 まだまだ、世間では魔物がどういう存在か、安全なのかどうか、はっきりとは認識されていない。

 知らないものは怖い。

 それが人間だった。


「わーい。給食だー」

 夏雪がうれしそうに拳を上げる。

 龍之門中学校では初日から午後まで授業があった。

 給食、このクラスも生徒がマスクをつけて配膳するのは変わらない。

「さすがにメニューは他のクラスと変わらないか。うちのクラスには、人間の血じゃなきゃ駄目な子とかいないよな。そんな魔物も存在するらしいが」

 火楼が独りごちる。

「あ、破子。これ量少なくねえか?」

「一緒よ。ね、結子ちゃん」

「ええそうね」

 ゴスロリ服に、エプロンに、マスクという不思議ないでたちの双子が皿に盛る。

 とりあえず給食当番として選ばれたようだ。

「オレのは、少なくしてくれ。あんま食えねーからよ」

 蠢が白衣のポケットに手をつっこんだまま、片手で受け取る。

「沢山食べないと大きくなれないぞー蠢」

「ウるせえ」

 火楼の横槍を一蹴する蠢。

「はは。あんまり人に悪態をつかないようにな」

 賑やかに、全員分の給食が行き渡り、皆席についた。


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