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 第一章。

 春の朝、男は通学路を歩いていた。

 ところどころ桜の木が立っていて、花びらが地面に沢山落ちている。

 中学生のような制服の子供たちが、同じように道を行く。

 彼は、歳は二十代後半、スーツにメガネの見る限り普通の青年である。

 早朝なので眠そうだ。

 ぼんやりしていると、子犬が現れたので、青年は撫で回す。

 そんなことをしていると、急に変な格好の少女が青年の方を向いた。

「おい、そこのおっさん。龍之門中学校はこの道であってるのかい?」

 氷の洞窟をくぐったような高く冷たい、けれど、熱い意志を感じさせるようなそんな声だった。

 子犬はどこかへ行ってしまう。  

 背丈は青年の胸の高さくらい。ヘアピンをつけた髪は青く、服は赤い。ジャージのような上着にスパッツ。そんな少女だった。表情は明るい。

逆に、青年は複雑な表情で応じる。

「あ、あぁ。あってるよ。この道をまっすぐいけばいずれ辿り着く」

 といって道の先を指差す。

「そーかそーか。ありがとうよ。いやあ学校なんて生まれてこのかた初めてだからさ。じゃあな、おっさん」

「おっさんってほど歳はくってないよ」

 青年が抗議するも、既に少女は走って去っていった。

 しかたなく青年も同じ道を歩き出す。

(可愛らしい元気な子だったな。それにしても、学校が初めてと言っていたし、あのクラスの子かな。う、なんか冷えるな……)

 

「いやあ、火楼かろう君が来てくれて助かったよ。なにせ今年から始まる特別教室にくるのは普通の生徒じゃないからね。普通の教師じゃあ、荷が重いと思う」

 龍之門中学校の校長室。ソファーにテーブル。壁にかけられた歴代の校長達の写真。恰幅のいい校長は言った。

「そんな、僕なんて人よりちょっと丈夫なだけですよ。普通の人とあまり変わらないです」

 さきほどの青年である。

 過度に期待されていると思い、萎縮する。

 火楼は自分に大した事ができるとは思っていない。

 特別頭がいいわけでも、身体能力が優れているわけでもない。

「それが大事なんですよ。それに、前の学校での評判もいいですよ。生徒の事をちゃんと考えられる先生だと」

 どうやら青年は、この学校に呼び出されたらしい。

 新しいクラスのためだけに。

「ええ、あなたのような方じゃないと辛いでしょう。なにせあのクラスは、魔物しかいないんですから――」


 龍之門中学校の広々とした体育館に数百人が集まった。

龍之門中学校。生徒数約千人、一学年三百人ほどで、建物の棟が4つに分かれる。

 門のそばには警備員が立っており、施設の中もセキュリティは他の学校より高い。

 テニスコートやプール、給食制なのに食品を扱う購買も完備されている。

 元々通常のものではないクラスがいくつかあり、そこに今年から新たに一つ加わった。

 今日は入学式である。

 小学校から中学校へ、新しく用意されたブレザーの制服を着て、身も心も変わろうとする日。そんな子が席に沢山集まる中、隅に制服を着ていない集団があった。

 他の生徒と差別化をはかるため、それに大きさもばらばらなので、制服はない。各々好きな格好で、体育館の椅子に座っている。

 長方形のふりふりしたヘッドドレス、ゴシックロリータ調の服に、お互いを手錠で繋いでいる、銀色のおかっぱの双子の少女。

 半ズボンに半袖、ヘアバンドをつけたボーイッシュな、猫耳としっぽのはえた小学生のような、ピンク髪の少女。

 この学校のものじゃない、黒いセーラー服を着た、小さい液晶パッドのようなものを持った、腰まである長い髪の、大きな眼鏡をかけた少女。

 薬のカプセルのようなイヤリングをつけた、巫女のような格好の、黒髪をまとめた背の高い女。

 頭に二本のツノがはえた、半纏をまとう、目付きの悪い大きな男。

 青い髪に赤い服の子や白衣の子などなど。

 全員が同じ中学一年生とは思えないくらい、小さい子や大きい子もいる。

 当然他の生徒からは格好の噂のまとだ。

「あれが、今年からできたっていう魔物教室かあ」

 ひそひそと、

「結構人間みたいな見た目だね」

 一人一人は小さな声でも人数が人数だけにわかりやすかった。

「気をつけたほうがいいよ。何されるかわからないし」

「あのこ猫みたいな耳がある……」

「私は魔物みたの初めてじゃないわ」

「おっきーい」

 もうじき式がはじまるというのに、話し声は止まらない。

 多感な年頃の子は好奇心旺盛だ。

「はん、随分注目されてるみたいだなー。しょうがないか、人間達の学校にいきなり魔物がこれだけ入ってきたんだからさ。なあ、あんたは人間と喋ったことあるかい?」

 青髪が隣に座る猫耳に話しかけた。

 眠りそうになっていた猫耳は、寝ぼけ眼で答えた。

「ふぁあ、僕は最近猫から変わったからね。それでも、一緒に住むお婆ちゃんとはよく喋るよ。それ以外の人間とはあまり」

 そう言って、目をこする。

「そーかい。まあ、私も最近生まれたんだけどな。どっちが年上なんだろうな……。それはそれとして、朝、親切な人間がいたぜ。怖がったり逃げたりしないで、ここまでの道を教えてくれたのさ」

「君は見たところ、変な髪の普通の人間と変わらないカタチだからね。良い人なら相手してくれるさ」

「変なっつったか。まーしょうがねえよ。この髪は生まれつきだ。お前は一見してすぐわかるから、それなりに苦労しそうだな」

「そうだナァあ。隠すこともできるけど、こんナァ生々しいものちょっとでも見られたら、一発だ。今みたいに噂にナァってしまう」

「いいじゃねえか。噂。なんか噂されるほど、力がみなぎってくるようだぜ」

「僕たちはもしかしたら、そういうものナァのかもしれナァいね。人の想いから生まれた、とかさ」

「もしそうだとしたら、どんな想いから生まれたんだろうな。ま、人間たちも、魔物については、まだよくわかってねーみたいだけどな」

「それにしても、春なのに肌寒いね。まったく、毛がほしいところだ」

 猫耳は腕をさする。

「それもしょうがねえ。確かにお前は薄着だが、寒いのは春のせいじゃねえよ。なんせこの私が隣に座ってるんだからさ」

 肩をすくめる青髪。

「?」

 猫耳が怪訝な顔をする中、青髪が座る椅子にはうっすら霜がおりていた。

 不意にじゃらり、と鎖のような音がなる。

「あなたたちうるさいの」

 談笑する二人の前に座っていた双子、その片方が振り返り、つぶやいた。手錠に繋がった鎖につられてもう片方もこちらを向く。

「ごめんなさいね、この子口が悪くて。こらこら破子はこちゃん。そんなふうに言っちゃったら、友達できないよ」

「破子は結子ゆいこちゃんがいればそれでいいの」

「あらあら」

 破子と呼ばれた方は、生気の薄い顔で、結子と呼ばれた方は、朗らかな表情だ。

 双子は既に後ろの二人を忘れて、お互いを見つめ合っている。

 双子の後ろにハートマークが見えそうだった。

 猫耳と青髪は、そんな双子に何も言えず、結果的に静かになった。

 その二人の後ろに座る、髪の長い少女は、手に持った液晶パッドで電子書籍を読んでいた。

 内容は王道学園モノである。

(うわあ、うわあ、なんか楽しそうな話してる。でも、でも、この小説も今いいところだし、内容は一字一句わかってるんだけど、それでも何度も文字を追いかけるのも楽しいし、でも、話しかければよかったかなあ。私なんかが話しかけて、怒らないかなあ、暴れないかなあ。あ、めがねずれそう)

 何やら悶々としていた。

 それでも、式が始まると生徒達は静かになり、つつがなく進行した。

 教員の紹介である。

 おじいさんのような人もいれば若い女性の人もいて、最期に魔物教室の担任として火楼がでてきた。

 隅の異質な集団に目をやる。

(あれが僕のうけもつ生徒か。制服をきてないせいか、皆随分個性的な姿をしてるな。一人残らず魔物だからって、一人残らずちゃんと接してあげないとな……)

「なんか普通の人」

「あんなのにつとまるのかな」

 そんな風に、どこからか人間の声がした。


 無事式も終わり、次の日。

 教室である。

 大きな窓から、光がよく入る。

 一階にある魔物教室は、人間たちの教室から離れていて、壁やら窓やら備品などが特別頑丈に作られている。

 暴れだしても大丈夫なようにだ。

 それに魔物を忌み嫌う人間も当然いて、それらから守るためでもある。

 勉強机に座る十数人の生徒と教壇に立つ教師が一人。

 皆、魔物ゆえなのか、服装は昨日と同じだった。

「えー、皆、おはよう。俺は今日から皆の担任になる火楼壮太そうただ。まあ、火楼先生とでも呼んでくれ」

 火楼は黒板に名前を書いた。

「じゃあまずは自己紹介をしてもらおうかな。皆、人間じゃないということで、どういう魔物なのかも簡単に教えてくれるとありがたい」

 それを聞き、まず青髪が立ち上がった。

「いやー、あの時の親切な人間がまさか先生だったとはなー。驚きだぜ。案外普通の人が担任なんだな。どんな鬼のような大男が担当するのかと思ったもんだぜ」

「ああ、昨日の子だね。よろしく。無事辿りつけたみたいで何よりだよ」

「よろしくな。私は夏雪かせつってんだ。人から産まれたわけじゃないから苗字はない。雪の日、気づいたらそこにいた。ふ、泣く子も凍る雪女ってやつさ」

 にやにやする夏雪が机に手をやると、ぴしぴしと表面が凍りついていった。

「あんまり部屋の温度下げないでね。はは」

 凍る机をみても、物怖じしない先生だった。

 夏雪が席につく。

 次に手錠でつながれた双子が立った。

 ふわふわとした服と、じゃらじゃらした硬質な鎖が、対照的だ。

「破子は破子。生まれついての不運というか不幸から生まれたの」

 片方が言って、

「私は結子よ。生まれた時から破子ちゃんと一緒にいるわ。ふふ。私といると彼女の不運は中和されてるみたいで、あまり大事にはならないわ。離れたことはないけど」

 片方も応じた。

「結子ちゃんと離れるなんて考えられないの」

 席につきながら、双子は手をつなぎ合って、お互いの存在を確かめるように、何やらくっつき合っている。

 鎖がこすれ合う音が鳴る。

「仲がいいことは素晴らしいよな」

 火楼はにこにこと言った。

 おずおず、おずおずと立ち上がる少女。

「わ、わたしは、読奈美よみなみです。な、なんか最近多いみたいでそれと一緒に生まれちゃった、電子書籍の憑き物です……。これで色々読めて便利です」

 と言って、手に持った液晶パッドを掲げる。

 それは、思い通りのページを直ぐに表示できる、科学とは異なる液晶パッドだった。

(い、いいのかな。おかしくないかな、こんな自己紹介で)

「先生も、小説は好きだぞ。かさばらなくて便利だよな。電子書籍って」

 ほっとしたように読奈美は席につく。

「はーい。次は僕だナァ。僕は、すず。普通の猫だったんだけどナァーんかいつのまにかこんナァ姿にナァってたんだ。みんなよろしくナァ」

 猫耳の少女、鈴が簡単に自己紹介した。

 尻尾が揺れていた。

 台詞に、ところどころ猫の鳴き声のような音がはいる。

 座るのをみてから、ドクロの髪留めをつけた、白衣の少年が立ち上がる。

 鈴と同じく、小学生くらいの背丈。

 それもあいまって、中性的にみえる。

 ただ、目付きが悪い。

「オレはコンピュータのバグの魔物だ。名前は、しゅん

 最初の一文字目が、バグを起こしているように、聞こえづらい。

 蠢がしゃべっている途中あたりから、読奈美ががたがたと震えだした。

 同じ電子の属性同士、恐ろしい何かを感じたのかもしれない。

「アんしんしろよ、読奈美っつったっけか。そんな文字を読むだけの機械をバグらせる気はねえ」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「ダからなにもしねーって」

 そういって蠢は座る。

 そんなこんなで、全員が自己紹介を終えた。

「ま、まあ皆仲良くな」

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