13
ここは今はまだ使われていない、何も置いていない某教室。
そこで、夏雪と鈴は対峙していた。
「寒いにゃあ。色々な場所に、ここへ誘導する紙が貼ってあって面白そうだから、来てみたけどにゃあ。一対一かにゃ?」
「ああ、そうだ。いいかげん探すのがめんどうだから、来てもらったぜ。私はここでずっと待機していたから、貼ったのは厳道だけどな。能力もスピードも役にたてないから、せめてこれくらいはだとか、しおらしいこと言いやがって。もしかしたら、今も貼り続けてるのかもな」
「そんな厳道っちを放っといて、夏雪っちは何を企んでたんだにゃ」
「別に何も企んじゃいねーよ。酔っぱらいの鈴一人くらいなら、私だけで余裕さ。いやー今まで対峙できなかったのが残念だぜ。会うのが早ければ早いほど、このイベントはすぐにかたがついたってのにさ」
「いつもにゃがら凄い自信だにゃあ。じゃあ僕にさわれたら、おとにゃしくするよ。おいかけっこ? おにごっこ? しばらくこの教室からでにゃいであげるにゃ」
そういって会話を打ち切るように、鈴は夏雪へ近づいた。
夏雪も反応し、氷をとばす。
が、当然のように当たらない。
「にゃはは、絶対当たらにゃいにゃー。さっきの自信はどうしたのかにゃー」
鈴はうろうろ夏雪の周りをうろつく。
夏雪は何も言わず、氷を飛ばし続ける。
「それじゃあいつまでたってもきりにゃいにゃ」
駆けまわる鈴。
「鬼ごっこってにゃ、別に鬼を倒してもいいとは思わないかにゃ?」
「はん、鬼はあいつだろう。しかしまあ、倒せるものなら倒してみろ。今だけは私が鬼を名乗ってやる」
「たっちされないように気をつけないとにゃあ」
そんなことを続けていると、鈴の動きが鈍くなってきた。
「あれ、足が」
鈴の吐く息は白い。
服はだんだん凍り始めている。体温は低下し、体力を奪う。
夏雪は氷を飛ばすのをやめた。
「いやあ、来るのが遅いからさ、待ってる間、ちょっと好みの部屋にしただけだぜ」
鈴が部屋に入った時には既に、室温は零度ほどだったが、戦闘中もどんどん下がっていた。
今やマイナス何十度だかわからない。
ついに鈴は動かなくなってしまった。
コタツでもないのに丸くなるように。
「よーし。捕まえたぜ。罰ゲームは何にしてやろうかな」
勝利を確信し、そんなことをいっていると、厳道が部屋に入ってきた。
「おーい。鈴来たか? って寒っ。何だこの部屋。しかもそれ鈴じゃないか」
「ああ、今終わったところだ」
厳道が鈴の様子を見る。
「おい、やばいぞ。早く温かいところへ移動させないと」
「え、え?」
すぐに近くにあった保健室へ連れ込み、春だけど暖房をつけ、布団をかけた。
保険の先生は用事があるのか今はいない。
「なぁ、そんなやべーのか?」
「ああ、あんな汗もすぐに凍るようなとこにいたら、いくら人間じゃなくてもな」
「そうなのか。私は全然平気なんだけどな。他の奴はそういうもんなのか」
納得するように言う夏雪。
部屋が暑くなり、夏雪が汗をかいたところで、鈴は目覚めた。
心配そうに見つめる、夏雪と厳道。
しかし目覚めた瞬間、掛け布団を跳ね飛ばし、鈴は逃げ出した。
「にゃははは」
笑い声がして、布団がふわりと、二人の頭に落ちた。
まだ酔っているようだ。
残ったのは空になったベッドと、唖然とする二人だけ。
厳道は頭に手をやり、何かを諦めたように振る。
夏雪はたまらず布団をどかし、叫んだ。
「こーらー!。スーズー!」
結果として、読奈美は無事だった。
相手がぶつかる直前に止まったのだ。
「えへへ。私はここでは悪いことしてませんからね」
焦りを隠すように、へへへと笑う蠢。
小刻みに動き、蠢に向かおうとするワクチン。
しかし、読奈美が邪魔で通れないらしい。
諦めるのを待とうかと思った読奈美だが、蠢が声をかけた。
「オイ、どけ読奈ミ」
「どきませんよう」
「イイカらどけって。お前が邪魔で撃てねーんだヨ」
そう言う蠢のほうに、何とかして目をやると、彼は小さい体で、二脚を使い、対戦車ライフルを構えていた。
全長約二百二十センチ、重さ約五十キロ、六十五口径、最大で二十ミリの鉄板を貫通するという。
名前はラハティL-39。
「ひいいい」
そんな物騒なでかい銃をみて、一気に怯える読奈美。
それでもどかずに、言った。
「い、一発で止められないと、蠢さんが、あ、危ないですよ」
「ハン、この期に及んでオレの心配かよ。おめーはどいたらすぐ耳を抑えてりゃいいんだヨ」
「わ、わかりましたよう。いいですか? いきますよ? さん、に、いち」
合図とともに、素早くどき、身を屈めて耳を抑える読奈美。
蠢に突っ込んでくるワクチン。
迷わず蠢はトリガーを引き、ぶっぱなした。
射出された長さ十三センチの弾が、装甲を貫き、内部をずたずたに陵辱した。
かくして、ワクチンは動きを止めたのだった。
いつの間にかしていた耳栓を捨て、動かなくなった獲物を足で踏みつける蠢。
そうしてから、またハンマーを持ち、破壊活動を再開しようとした。
「ちょ、ちょっと蠢さん。同じのがまた来るかもしれませんよう。早く帰りましょ」
「マタキたらまた倒すだけさ。お前は帰ってもいいんだぜ。あんまりしつこいと、お前も壊すゾ」
頑なな蠢に、読奈美は言う。
「わかりました。そこまで言うのなら、奥の手だしちゃいます」
そういって液晶パッドをいじる。
「オマエにどんな奥の手があるっていうんだ。それだって電子書籍が読めるだけジャ」
画面を見せられて、蠢は固まった。
手に持っていたハンマーを落とす。
「私のこれは、別にそれだけじゃないんですよ。無線のネット接続で、通信だって出来ちゃいます」
読奈美が蠢に見せた画面には、蠢が一緒に暮らしている、二十代の女性が映っていたのだった。
髪は長く、茶色。ピンクのカーディガンを羽織っている
「きゃー蠢君。顔あかーい。かわいいー」
そんな声が、画面から流れた。
向こうの家にはカメラもあるようで、画面の女性は随分動いている。
ボディランゲージさながらだった。
「ナ、ナ、なんでお前が、これに映ってるんだヨ。ここはインターネットに繋いでないはずじゃア」
「学校は関係ないですよ。私の個人的な回線ですから」
「トイウかなんで、読奈美がこいつのこと知ってるんダ」
「驚いてる蠢君もかわいー」
画面では女性が手をばたつかせている。
「先日、鈴さんに聞いたんですよ。蠢さんが大人の女性と暮らしてるって。それで、ここに来る前、この方のパソコンから部屋にでて、協力してもらう約束をしてたんです。入り口はこの液晶パッドですよ。蠢さんも通れますよね? 今は直通ですから」
そう言って、液晶パッドを近づける読奈美。
「ヒッ、や、やメ」
押し付けられるように、画面の中に入れられた蠢だった。
その瞬間だけ、画面が大きくなったように見えた。
そして、蠢は女性の部屋に飛び出たのである。
女性は蠢を受け止めた。
大きな胸をおしつけたり、頬をこすりつけたり、キスしたり、蠢と女性は一つの塊のようになっている。
「あはは、蠢君からお酒の匂いがするー。大人だあ」
「オメーはなんで、酔ってもいないのに、そんなテンションなんだヨ」
「だってー、蠢君が学校言ってる間、寂しくて。ほらうりうり」
「ワップ、苦しいってノ」
胸の中で酸素を求める蠢。
画面から、読奈美もでてきた。
「えへへ、蠢さん。いいお姉さんじゃないですか。この物語の姉と弟よりも、親密そうですよ」
そう言って、恒例となった動きをする読奈美。
「ウルセえ、みてないで、助けやがレ」
「こらこらー、お友達にそんな態度じゃ駄目だぞう」
と言って、瞬の腋の下で、手を動かす。
「ウヒャひゃひゃ、や、やメ」
それを放っといて、読奈美は大事なことをつげた。
「これじゃあもう悪さできないとおもいますけど、一応これ、酔い覚ましの薬です。飲ませてあげてくださいね。これがなくても、しばらくすれば覚めるとは思いますけど」
「えー、もういつもの蠢君に戻っちゃうの? でも、わかったわ。蠢君はわたしが責任を持って、預かります」
読奈美と女性の間でそんな約束が交わされ、読奈美が帰ろうとすると、
「ア、オい。置いてくな読奈美。今すぐ飲むから、その薬よこせ。そうだ、学校はちゃんといかねーとな。まだ今日の授業は終わってなイ」
蠢は焦る。
「えーまだ物足りなーい。あと十分、いや五分だけこのままでいて」
「ゼッタい嘘だろそレ」
「このまま時間が止まればいいのに」
「オソロしいこというナ!」
「えへ。ごゆっくり~」
言い残して、読奈美は去った。
鈴はとある場所にきていた。
そろそろ三時間目も終わりが近い。
給食室には、沢山の食料が運び込まれていた。
本日のメニューに、白身のフライがある。
それが、見るからに人為的に、大きなカゴに、山盛りになっていた。
匂いに抗えない鈴。
我慢しきれず、その山に近づき、フライを取ろうとした瞬間、中から手がでてきて、鈴の腕を掴んだ。
「んにゃあっ」
さらに山の中から、一応ビニールで汚れないようにして、寝転んでいた、火楼がでてきた。
「捕まえたぞ鈴。さあお薬の時間だ」
火楼は怪しい笑みを浮かべる。
鈴は逃げようと、暴れだした。
その瞬間、二人は暗闇に包まれた。
隠れていた御神本が、厚く大きな本で包み込んだのだ。
「さあ先生、やっちゃって」
御神本が言うのが聞こえたのか、本の壁の中から変な音と声がなりだした。
にゃふだの、ぐはっだの、んはっだの、ざしゅっだの、こいつめっだの、そこはだめっだの、尻尾は反則にゃだの、んふぅだの。
しーんとしたので、御神本が本を消してみると、そこには、血まみれの火楼と、安らかそうに眠る鈴の姿があった。
深いのも浅いのも、全部引っかき傷のようだ。
「やったの?」
御神本が恐る恐る、尋ねる。
「ああ、成功だ。薬は飲ませた。今は疲れて眠ってるみたいだな」
そう言って、火楼は鈴の頭を優しく撫でた。
鈴は目が覚めたら、ちゃんと元の鈴に戻っていた。
蠢も歩いて、学校まで戻ってきたようだ。
どちらも若干服が乱れていたが、魔物が生まれた時から着ていた物なので、勝手に元通りになった。
蠢の肌についたキスマークは、しばらく戻らなかったが。
鈴は制服を破いた生徒へ、蠢は職員室へ、火楼と共に、それぞれ謝りに行った。
その後、校長室でも反省した。
そうして、また平和な日常に戻る。
後日。
夏雪が罰ゲームとして、一日パッドをいれさせられて巨乳になっていた。
本人も案外楽しんでいた様子。
それから、蠢のバグの影響で、火楼の給料が一桁減っていた。
火楼は驚いたが、すぐ直してもらえたようだ。
少しづつ、勉強したり、交流したりして、人間の社会の常識を学んでいく魔物達。
それでも、まだまだ野放しになっている魔物は多い。
せめて目の届く範囲は守ろう。
人間だろうと、魔物だろうと、淋しい子供が一番いけないことだから。
そう火楼は思う。
「先生早くー」
「ああ、今行くよ」
生徒の呼ぶ声に、考え事をしていた火楼は答えた。




