12
とりあえず、蠢が言っていた、コンピュータールームに向かったが、誰もいない。
しばらく校舎を探していると、突然火災報知器がなりだし、頭上のだけ、スプリンクラーが作動した。
「つめたっ。な、なんだ?」
水でびしゃびしゃになっていると、目の前から教師の一人がやってきた。
「火楼先生、大変です。学校内の制御システムやネットワークに異常がおきてるんです」
「それはどういうことですか?」
「つまり、機械が誤作動したり、授業でつかうプリントの内容がめちゃくちゃに印刷されてたり、生徒の成績表が改ざんされてたり」
「なっ、大変じゃないですか。原因は?」
「学校の実働部隊が調べているんですが、どうやらウイルスのようなものに侵入されたようで。でもおかしいんです。うちの学校のシステムは、特別な場合を除き、物理的にインターネットには繋がっておらず、学校内のみのネットワークのはずですから」
規模の大きいこの学校には、魔物教室のある校舎に、特殊なクラスが他にもある。
一般の生徒にはあまり知られていない。
前回の理科室のような後始末、学校内での事件の処理、訓練などなど。
噂では、寮を取り締まるものも、ここに所属している。
「システム、ウイルス、まさか」
火楼の頭に一人の生徒がうかぶ。
「先生、もしかして、蠢さんなんじゃ……。私と同じ電子の魔物なら、パソコンの中に入れるのかも」
「中で暴れてるってことなのか?」
火楼が考えていると、また別の教師がやってきた。
「ここにいたんですか、火楼先生。なんだか、生徒達が騒いでいて」
「また何かあったんですか?」
「なんとも要領がつかめないんですが、風がふいたとか、何かが通ったとか、突然服が破れただとか、手に持っていた魚肉ソーゼージの揚げパンが消えただとか。もしかしたら、魔物のしわざなんじゃないかって」
「あーそれはうちの生徒だと思います。すみません、すぐ捕まえますんで。生徒には、戸締りをして、教室に待機するように伝えてください」
「心当たりがあるんですね。わかりました」
火楼の対応をみて、二人の教師は去っていった。
「別の校舎で暴れている鈴と、パソコンの中にいる蠢か。なかなか厄介なことになったな」
頭をかく火楼。
「すぐに鈴をおいかけよーぜ。なんなら、私が一瞬で凍らせてやんよ」
「ふん、あんたじゃあの動きは捉えられないわよ。あたしが本で閉じ込めてあげるわ」
「なにー?」
こんな時にも、諍いをはじめる夏雪と御神本。
「薬をのませれば、元に戻るんだろう。なら、一度捕まえないとな」
厳道が言う。
「あ、あのー、蠢さんのほうは、私が追いかけて、飲ませるしかないかもしれないです」
読奈美が、勇気を振り絞るように言う。
「確かに、あの中に入れるのは読奈美だけだが、大丈夫なのか?」
心配する火楼。
「はいー。頑張って説得してみます。それに、ちょっとだけ思いついたこともあるので」
弱々しくガッツポーズをとる読奈美。
ほんの少しだけ頼もしくみえた。
「よし。じゃあ蠢はお前に任せるぞ。こっちは二手に別れよう」
読奈美は軽く走って、コンピュータールームの方へ。
「じゃあミカモト、どっちが先に捕まえるか。勝負だぜ」
「いいわよ。負けたほうが罰ゲームなんだからね」
「お前ら、遊びじゃないんだぞ」
二人を窘める。
「よーし。ガンドーいくぞ。まずは第一校舎だ」
ビシッとその方角を指差す。
「わかった」
二人は走り去った。
「あ、強そうな方とられちゃった」
「ははは」
厳道をとられて若干肩を落とす御神本。
残された二人は第二校舎へと向かった。
「こっちにきたのは久々だけど、あんま私らの教室のある校舎と、変わんねーな。生徒もあんまいねーや」
「既に教室に避難してるんだろう」
第一校舎の二階の廊下をふらふら歩く夏雪と厳道。
何も起きずにここまできてしまった。
「おーい、スズー。いたら返事しろー。大人しく出てきたら、優しい夏雪さまが柔らかい胸でだきしめてやるぞー」
「……」
厳道は突っ込まない。
「は。もしかしたら、こっちの校舎にはいねーのかな。三分の一を外しちまったか。いや、いるかいないかだから二分の一か」
「そんなわけないだろ」
今度は突っ込んだ。
「えー、なんでだよ。目の前にはスズがいる校舎といない校舎があって、私がそれを確かめるまでは、二分の一でー。まぁいいや、そんなことより、厳道って腕ふといよなー」
あっさり話題を変える夏雪。
「お前の頭くらいはあるかもな」
「今度腕相撲しよーぜ。手加減はちゃあんとしてやっからよ」
「なぜそう変な自信はあるんだ」
「腕相撲ってあれだろ、机に手がつかなきゃいーんだろ? 地面から腕まで凍りついちゃえば、もしかして必勝なんじゃないか?」
「それじゃよくて引き分けだ。それに、腕折れてもしらんぞ」
そんなふうに雑談しながら、進んでいく二人。
教室の中の生徒たちは、青髪と大男の変な会話を気にせずにはいられなかった。
前方に下着姿の女子中学生がいる。
どうやら今さっき制服が破れたようで、その残骸が足元に落ちている。
中学生にしては発育がよく、スポーツブラを卒業していた。
ピンクに近いカラーで、フリルが多少ついている。
上下お揃いのようだ。
廊下には他にだれもおらず、女子生徒が火楼達を確認して、若干涙目になる。
トイレにでもいく途中だったのだろうか。
火楼がそれを視界に入れたかどうかのところで、目に本がぶつけられた。
「ぐは、なにをする御神本」
「見ていいわけないでしょーが」
目元を抑え、うずくまる火楼。
そんな火楼から、上着を強引に奪う。
「ほら服貸しなさいよ」
火楼の容態など無視して、女子生徒に近づく御神本。
「ほら、これで隠しなさい。一人で出歩いたら危ないよ」
そのまま教室に誘導する。
御神本が女子生徒を入れると、女子が庇ったり、中は軽く騒ぎになった。
「鈴ー。近くにいるんでしょ。でてきなさいっ」
被害者がいたので、当たりをつけてそう呼びかけた。
すると、彼女は姿を表した。
距離は大体十メートル。
「にゃあは。先生と、御神本っちじゃにゃいか。どうしたのかにゃ」
まだふらふらしている。
「鈴。おとなしく、これを飲んで、教室に戻るんだ」
立ち上がり、カプセルを見せる火楼。
「にゃら、つかまえてみるにゃ。課外授業だにゃ。鬼ごっこならぬ、猫ごっこだにゃあ」
「窮鼠が猫を噛む遊びってわけね」
御神本が得意げにいう。
「そんな授業はないし、そんな変な遊びもない。大人しく捕まるんだっ」
そういって火楼は全力で走った。
手をのばし、触れるかどうかというところで、鈴はあっさり避けた。
火楼がどう動いても、ふらりふらりと触れられない。
見かねた御神本が、三冊ほど本を出現させ、飛ばす。
軌道は正確だったが、三冊とも切り裂かれておちた。
見れば鈴の手から爪が鉄の鉤爪のように伸びている。
「この姿の爪は便利だにゃ。何でも切れるし、長さも自由自在。猫の頃は、短くて、犬相手にも苦労したもんだにゃあ」
遠くを見るようにいう鈴。
隙をついて、また数冊飛ばすが、簡単に切り落とされた。
「これならどうなのよ!」
まったく当たらない鈴に、御神本はキレたように言う。
前回の読奈美達相手のように、すぐに怒って奥の手を開放してしまう。
御神本が黒い本を両手でもち、前に掲げる。
すると、円を描くように本が出現し、それで鈴に狙いを定めた。
その円の中心から、大量の本が濁流のように飛び出した。
これでは切っても割いても、間に合わない。
当たれば全身打撲じゃすまないだろう。
極太のレーザーのように本が連なる。
火楼の掴みを避けていた鈴は、それでもなんなく体勢を直す。
「にゃはは。これはさすがに逃げるしかにゃいにゃ」
本が到達する直前、御神本の方に向かうようにして、猫のように手も使い、状態を低くして、壁を走った。
そして、そのまま天井まで走り、火楼達が元きた道を戻るように去ってしまった。
しかたなく、本をすべて消す御神本。
跡には本を避けきれず、ぼろぼろになった火楼が座っている。
「きゃっ、先生。ごめんなさい、怒ると周りが見えなくなって」
「はは、そういうところ、夏雪にそっくりだ。知ってると思うが、先生は、これくらいすぐ治るんだ。すぐ鈴を追ってくれ」
そうは言うが、口以外ほとんど動かせていない。
側に座る御神本。
「あたし一人行っても、どうせすぐ逃げられるわ。作戦タイムよ。べ、べつに先生が心配なわけじゃないんだから」
「わかったわかった。ありがたい。じゃあ、あの暴れ猫をどうするか考えようか」
思いついた秘策の準備をしてから、読奈美がパソコンの中に入る
狭くも広くもなく、距離感がつかめない。
目の前のものに手を伸ばしても届かなかったり、遠くにみえるものに少し近づいたらすぐ触れられたり。
教科書やら文房具やらボールやらフラスコやら、色々と変なものが落ちていたり、浮いていたりする。
それでも、ネットワーク内の、どのパソコンからでも出られる。
そんな外とは違った空間を歩いていると、何かを壊すような音が聞こえてきた。
そちらに向かうと、顔が赤くなって湯気がでてそうな蠢が、大きいハンマーでその辺りを殴りつけていた。
外では、重くて絶対に持てないだろう。
さらに足元にはドリルやらチェンソーやらマシンガンが落ちている。
「ひゃあ」
驚き声を上げた読奈美に気づく蠢。
「ナンダ読奈美か。やっぱり来たのか。別に待ってたわけでもねーけどサ」
興味を失ったように作業に戻る。
「あ、あのー、蠢さんがそんなふうになっているのは、お酒のせいなんです。これを飲めば覚めるはずです。飲んでくださーい」
読奈美はポケットから、持ち込んだカプセルを取り出す。
「ハン、やなこった。今はなかなか気分がいい。見ろよこの道具。この中ならいくらでも出せるんだゼ」
「だ、だめですよう。こんなことしてたら、皆に迷惑かけちゃいます。さ、まだここのシステムも直ると思いますから、出ましょうよ」
「オレヲ入れたんだから、学校側も、これくらい予想してたサ。だったら、やりたいようにやるだけだ。それにしても、初日にあれだけ怯えていた奴が、変わったもんだナ」
蠢がそういった時、遠くから何か来た。
救急車のような、戦車のような、新幹線のような、何か。
赤いパトランプを光らせて、こちらに向かっている。
「もしかして、ワ、ワクチンプログラム?」
読奈美が一歩引いた。
逆に蠢は楽しそうだ。
「アレガこのシステムの用心棒ってわけだ。だったらそいつもバグらせてやるヨ」
そういって、ハンマーを構える。
ところが目の前に、庇うように読奈美が腕を広げて立った。
ワクチンはもうかなり近くまできている。
「オイ、邪魔だ。どけッ」
「どきません。わ、わたしのほうが、体が大きいお姉さんですから」
震えを我慢するように言う。
そのまま、ワクチンと読奈美は――。
火楼達は、いくつか作戦を思いついた。
その内の一つを実行するべく、火楼は待つ。
廊下にしかけたのは、紐を引くと網が降ってくるしかけ。
エサは魚肉ソーセージ揚げパンだ。
カレー風味をつけた魚肉ソーセージをパンで巻いて、揚げたもの。
購買で三番目に人気のパンである。
袋を開け、匂いを放たさせてある。
するとしばらくして、鈴がゆっくり現れた。
明らかに罠を見ている。
しかし、スピードに自信があるのか、ひょいとパンを拾い、食べた。
網の真下である。
「今だ」
火楼の合図とともに、鈴は本に閉じ込められた。
鈴を中心に、廊下の両側、手を広げるのも難しいくらいの距離で、大きく分厚い本が出現している。
「にゃ、にゃ、狭いにゃ」
「さあ、そこで大人しく、酔いが覚めるのを待つんだ。鈴」
火楼と御神本が出てきた。
廊下の外、窓のそばに隠れていたのである。
もとから網の紐など握っていない。
「先生、そんなとこにいたのにゃ。これで閉じ込めたつもりかにゃ」
「ああ、その本はさすがに破れないだろう」
窓越しに会話する二人。
「それじゃー甘いにゃ」
鈴は突進してくる。
窓を破るつもりだろう。
にやりとする火楼。
そして同じく鈴に突進した。
「この状況なら、誰だってそうするだろうさ」
「にゃっ」
鈴が窓を切り裂き、飛び出す瞬間、火楼はカプセルを持った手を、鈴の口に突き出した。
しかし、ぎりぎりのところで、躱されてしまった。
「にゃはは。危なかったにゃ。まだまだこの追いかけっこは終わらないにゃー」
嬉しそうにしながら、鈴はどこかへ逃げた。
作戦は失敗に終わる。
「悪い、御神本がこれだけ力を使ってくれたのに」
大きい本を出して、疲れ気味だが、御神本は言う。
「これくらい平気よ。しばらく休めばいいだけだわ。次の作戦の準備しましょ。先に夏雪に捕まらないといいけど……」
少しの間、二人は休み、その後ある場所へと向かった。




