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 それからそれから。

「この前やったテスト返すぞー。間違えたところは見直すように。わからないところがあったら、聞きにこいよー」

「ちょおっとまったあ」

 火楼がプリントの束を持って教室に入り、配ろうとしたところで、夏雪が大声でまったをかけた。

 テストの事でざわついていた教室が一瞬静かになる。

「な、なんだ?」

 火楼はその声にたじろきつつ聞く。

「まーまー、そう焦りなさんな。遠足は変えるまでが遠足っていうだろ?」

「まあ、いうけど」

「夏雪さん、遠足行ったことあるの?」

 読奈美のずれたツッコミが入る。

「テストだって返すまでがテストだ。私とその紙切れの勝負はまだついちゃいない」

「ついてますよ。点数はもう決まっちゃってますよ」

 読奈美が小さく言うがどれほど周りに聞こえているのか。

「つまりっ、返し終わるまえに消滅させちまえば、私の勝ちだ」

「なにぃっ」

 夏雪は一歩近づいた。火楼はとっさにプリントを庇うようにする。

「ふん、そうだな。その手があった」

 納得したように言って、厳道まで立ち上がった。

「お、お前たち、いくらこれを破り捨てても、いいことなんでないぞ」

 夏雪一人でも止めるのは大変なのに物殺しの鬼まで加わっては、プリントを守るのはたやすいことではない。

「問答無用」

 二人はじりじりと近づいていく。

「先生、どかないと凍っちゃうかもしれないぜ。むしろ凍らせちまうぜ」

「先生の命まではとらないが、周りの物が命を落とすことになるぞ」

 このままでは、前回のような軽い凍傷ではなく、氷像のようになってしまうかもしれない。

 このままでは、服や黒板や教材が命を落とし、文字通り裸一貫の教師になってしまうかもしれない。

 しかし火楼はプリントから離れない。

「お前たちの分だけじゃない。他の生徒も全力で書いてくれたテストだ。絶対に失わせるわけにはいかん」

 教室内で軽い戦闘モードが巻き起こるも、

(ナァはは、ナァんだか面白いことにナァってるナァ)

(ナんならオレがこのクラスの点数をネットを通じて全国にばらまいてやろうか)

(ぐーぐー)

(結子ちゃん今日も可愛い)

(あら、破子ちゃんのまつげが一ミリ伸びてるわ)

 他の生徒はなんだかあまり関心を持っていないようだ。

「待ってください夏雪さん」

 ばっと手を広げ、読奈美は火楼と二人の間に割って入った。クラスでも武闘派な二人を前に、若干震えている。

「どうしたヨミナミ。まさかその紙切れの味方をする気か?」

「そうじゃありませんけど、夏雪さんはこんなことする人じゃないはずです。こんなの逃げですよ、八百長ですよ。そんな卑怯なことはしないはずです。夏雪さんは口では自信家でも、結果を認めないなんてことは無いはずです」

「ヨミナミ……」

「それに」

 一息でそう言って、間を置き、最後に一言。

「寮長先生に言いますよ」

 夏雪にだけ聞こえるくらいの小声で、読奈美は付け加えた。

 途端、夏雪は静かになる。何事かと周りが注目し始めた頃、顔を上げた。

「そ、そそうだよな。卑怯なことはいけねえ。人の道にそれたことしちゃあ、お天道様の下を歩けねえや」

 動揺のせいか変な口調になっている。人ではなく魔物だとか、太陽はむしろ夏雪にとって敵なんじゃないのかとか、突っ込むものはない。

「おうガンドーも身を引けよ。付き合ってくれただけだったら悪いな。もう卑怯な私はこの世のどこにも存在しない」

「なんだ、もういいのか?」

 厳道は本当に付き合っただけらしく、あっさりと夏雪の言葉を受け入れた。ノリのいいことである。

 その時、ひらひらと各生徒の手元に紙切れが落ちてきた。

「あ、結子ちゃん凄い点なの」

「あら、これは破子ちゃんの答案ね」

 双子が目の前のプリントに目をやり、渡し合う。

「あれ? いつのまに」

 火楼も気づかないまま、手元が空になっている。

「そろそろ一件落着かナァ。だったら僕が配るまでもナァかったか」

 周りが騒いでいる間に、いつの間にか鈴は火楼の手元からプリントを抜きつつ配り終えていた。

 抜き足差し足猫らしい静かで素早い動きだ。

 クラス内が点数で一喜一憂する中、夏雪と厳道は自身の点数を見て、また固まったのだった。


 生徒たちは次の授業のため、教室から移動中だ。

 たどり着いたのはまだ魔物たちが入ったこともない場所で、入り口の上には『家庭科室』と書かれている。

 中は広く、巨大な冷蔵庫やコンロや水道や調理器具、ミシンや布、長い机に椅子が備わっていて、裁縫や料理に適している。

 皆が中を見て回っているうちに、火楼もやってきた。

「おーし、適当に席につけー。いまから皆に学んでもらうのは――」

「はい先生」

「はい夏雪」

「腕相撲か?」

 お互い向き合う形で座るテーブルを前に、なにやら熱くなっている。そんな夏雪をスルーして火楼は話を続けた。

「……料理だ。料理は大事だぞー。魔物とはいえ、人と同じ物を食べるのはこれまでの生活で分かったが、ならばこそ、料理はできるに越したことはない。現在寮に暮らしているものもな。いずれ一人暮らしを始めた時、役に立つはずだ」

「はい先生」

「はい夏雪」

「料理ってなんだ?」

 聞かれて火楼はずこっと肩を落とす。

「お前はこの間見てただろっ。破子と結子の家に泊まった時、カレーとか作ったじゃないか。まあ説明すると、食べにくい食材を食べやすく加工したりすることだ」

「あー、あの野菜や肉がああいう風になることか」

「班は、今座っているグループでいいな。今日作ってもらうのは、味噌汁とそれからもう一品、好きなものを作ってくれ。食材は冷蔵庫に入っている。そこにある炊飯器で米は炊いてあるから、それで簡単な定食の完成だ。作り方は話し合いで決めること。どうしてもわからないことがあったら聞いてくれ。どんなものが出来上がっても、先生はちゃんと食べる。それでは開始ー」

 かくして調理実習は始まった。

 作り方を教えてそれを真似させるのではなく、まるで料理コンテストのようだ。

 素人にそんなことをさせれば何が出来上がるのかわからないが、火楼の胃は全てを受け入れる準備ができている。

 こちらは、破子結子、薬宮、鈴。

 なにを作るかについて話し合っているようだ。

「まったく、投げやりな先生ね」

「ねえ結子ちゃん。クッキー作ろう」

「いくら好きなものって言っても、ご飯とお味噌汁にクッキーは変よ」

「二人は相変わらずだナァ。やっぱり定食といえば、定番は焼き魚にきまってるナァ」

「それ、あなたが食べたいだけよね。しかも完成する前に食べちゃいそう」

「ナァはは、バレたか」

「薬宮さんはどう? 何がいいと思う?」

 来てそうそう机に顔を突っ伏していた薬宮に、結子が尋ねた。肩をゆするおまけつきだ。

「ん~、ん~? から、あげ」

「唐揚げ、揚げ物ね。ちょっと難しいけれど他に案もないし、やってみようかしら」

「ねえ、美味しくなるお薬とかないの? あれば満点間違いなしなの」

 破子が薬宮にむちゃな要求をする。

「こら破子ちゃん」

「美味しくぅなればいいのぉ?」

「うんうん」

 薬宮は小瓶をどこからか取り出し、破子に手渡した。そしてまた夢の世界へ。

 粉末状で、所々きらきらとしている。

「やった」

「あらあら」

「いいのかナァ。何が起きてもしらナァい」

 ただの調味料ではないだろうなと、嫌な予感がやまない鈴だった。


 こちらは、夏雪、読奈美、厳道、蠢。

 同じように何を作ろうかというところ。ただし、こちらの班は別の問題があった。

 破子や結子は二人で暮らしていて、自分達でたべるものは自分達で作っている。

 鈴もお婆ちゃんの手伝いで、多少は料理というものを知っている。知ってるか知らないかは大事だ。

 対して、夏雪も読奈美も厳道も蠢も料理なんてしたことがない。

 そのことについて、早々に四人とも理解したのだ。

「はん、見事に寮組が揃ったもんだぜ」

「おい、お前何か作れないのか?」

 厳道が、唯一寮暮らしではない蠢に問いかける。

「ハ、料理なんてしたことねーよ。あいつだって、忙しいとか言っていつも電話一本で食べ物が来るやつばっかりだ」

 前に電話口で登場した女性の食生活を語った。出前のことだろう。

「…………」

 なんとも言えない空気が漂う中、読奈美が口を開いた。

「だ、大丈夫ですよ。ほら、これ」

 手元の端末を操作し、ぱっと料理の写真が浮かぶ。レシピ本を表示したのだ。

「おお、うまそーじゃん」

 夏雪が食い入るように見つめる。さらに他の二人も。

「ね。これを見て、この通りに作れば」

「できるっ。なんだ、簡単じゃねーか。ここに正解が書いてあるんだから。こりゃもう、この班の勝利は決定したようなもんだぜ」

「えっ、そこまでの事はさすがに思いませんでしたけど。じゃあ、どれを作りましょうか」

「これなんかどうだ?」

 厳道は写真を指さす。サムネイルのように、小さい写真が並んでいる。綺麗にぱりっと焼かれたそれは、

「北京ダック……? 難しそうです。というか、材料があるのかどうか」

「これにしよーぜ。私がつくってやるよ」

 夏雪が指さしたのは、白く輝く山のような、

「これかき氷じゃないですか。今回の趣旨に反してますよ」

「ツーかなんで北京ダックとかき氷の写真が同じ場所に並んでんだ。おかしーだろこれ。なんかいいのねーのかよ」

 そう言って蠢は画面のページをめくっていく。そして、その指が止まった。

「もうこれでいいだろ。なんか簡単そーだしよ」

 蠢が強引に決めたそれは、

「豚のしょうが焼きですか。いいですね。お肉だし。えーと材料は」

 どうやらこちらの班も、何を作るか決まったようである。


 味噌汁はどちらも無難にできた。鰹節や煮干しでダシをとり、具を入れ、煮てから味噌を入れる。

「お婆ちゃんがお味噌汁大好きでナァ、よく飲むよ」

 鈴はしっかり味見をしながら作っている。

「お味噌を適量? 適量ってどれくらいだ?」

「適量っていうのは、適度な量ってことで、えーとえーと、これくらいですかね」

「それほんとに適度な量か? ていうか適度ってなんだ?」

「適度っていうのは、ほどよいってことで」

「ほどよいって――」

 夏雪と読奈美は二人で顔を近づけて端末をみたり、味噌をいじったり、泥沼な話をしたり。

 鈴達はジャガイモと豆腐、夏雪達は厳道が野菜を嫌うのでわかめと薄揚げ。

「鶏肉も好きだナァ。なんかこう、狩りに行きたくなるよ」

「ハトは駄目なの」

 結子の指示で、鈴と破子は鶏肉に下味をつけていく。そして片栗粉をささっとまぶし、一つ一つに軽くまとわせる。

「えーと、お酒とお砂糖、しょうが、お醤油、味醂、お酢、ワイン、ジャム」

「オい、それほんとに書いてあるのか?」

「え? あ、これ」

 豚肉に下味をつける読奈美だが、蠢に突っ込まれている。どうやら別のレシピを見間違えていたようだ。

「いつの間にページ変わってたんでしょう」

「マったく」

 さらにどちらの班も火を入れていく。

 唐揚げのため、油を鍋に注いで火をつけた。そして数分後。

「破子ちゃん、乾いた菜箸を油に入れて泡を見るのよ」

「わかったの」

「どうしてこっちを見るのよ」

 そして別のガスコンロの前で、夏雪と読奈美が話しあっている。

「よーし、燃える女ことこの私が、豚を焼き尽くしてやるぜ」

「危ないですよ。夏雪さん熱いの苦手でしょ?」

「大丈夫だって。むしろ今日はちょっと寒いなー。はやく火で暖まりたいなー」

「コンロで暖まろうとしないでください。ならつけますよ?」

 今日は普通に春の陽気でぽかぽかである。夏雪はフライパンを持ち、読奈美がコンロのつまみを回した。

(なんだか前にもこんなことあった気がしますけれど)

 おとなしく読奈美は見守る。

「あっづうー。ヨミナミ、変わってくれないか?」

「だから、はやいですよ。まだお肉も焼いてませんよ。わかりましたからちょっと離れててください」

 あっという間に汗だくになった夏雪からフライパンを受け取り、読奈美は料理を再開した。

 夏雪は白い煙を上げながら、机にもたれかかっている。

「ハはは、冷蔵庫にでも篭ったほうがいいんじゃねーの」

「おい、本当に実行しそうだから言うな」

 男子二人は夏雪を見てそんな風に言う。

 そして二つの班の定食は完成した。

「おー出来たか。うん、どっちも美味そうだ」

 目の前に並ぶ料理をみて、火楼は感想を述べる。ちなみに、今まではらはらしつつ、特に質問も失敗もないので生徒たちを眺めていたのだ。

「じゃあまずはこっちから、頂こう」

 と、生姜焼きを手に取る。湯気が上り、複雑な匂いが立ち込めている。しかも火加減のせいか所々焦げている。これを美味そうといえるのは、火楼の懐の深さゆえか単に身体が丈夫だからか。

「熱そうだな。ふーふーしようか?」

「駄目ですっ」

 夏雪の提案を読奈美は慌てて止めた。凍りつくのを危惧したのだろう。

「ん、ん、なかなか。この不思議な香りが豚のくさみを消していて、肉も柔らかくなってるような」

「ナんか無理してねーか?」

「してないしてない。次はこっちだな」

 火楼はさらに唐揚げを箸にとる。

「こっちは唐揚げか。うん、綺麗に揚がってるな」

「結子ちゃんはお料理上手なの」

「破子ちゃんも一緒に揚げたのよ」

 口に運び、咀嚼し飲み込んだ。

「うん、美味い。凄いなこれ、隠し味でも入ってるのか?」

「ナァは、それは」

 鈴が言おうか迷っているうちに、火楼に変化が起きた。

「うぐ、ぐ、腹が……」

 腹を抑えてそう言ったかと思うと、家庭科室を飛び出し何処かへ行ってしまった。おそらくトイレだ。

 残された生徒たちは唐揚げをみる。

「お前ら、何入れたんだ」

「……あの頑丈な先生が一口でああなるなんて、怖いです」

「これは食べないほうがいいかもナァ」

 厳道と読奈美と鈴がつぶやいた。

 唐揚げは美味しそうな匂いをあげている。

 

 その日、御神本は教室に初めて入った。

 先日の出来事から手続きをクリアし、ついに学校へ入学したのである。

 朝のホームルーム。

 皆が見てる前で、彼女は自己紹介をした。

 胸に手をあて、胸を張りながら。

「あたしは御神本よ。みんなよろしくね、いじめたら、本をぶつけてやるんだから」

 多少攻撃的な、そんな挨拶だった。

 読奈美が嬉しそうな顔をしていて、夏雪が過激に拍手している。

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