プロローグ
プロローグ。ある生徒の視点。
私は寝ていたい。
目の前で若者たちが青春めいたことをしているが、私は寝ていたい。
ここは寝るのには難易度が高いプールサイド。その隅っこに私は座り込んでいる。屋外なので陽の光が眩しい。
学校に備え付けられているプールで、他の施設同様お金がかかっているのがすぐにわかる。
あの高い飛び込み台は誰用なのか。少なくとも私は使わない。
あの上で寝てもいいのなら考えるが。ちゃんとそれ用の深いプールと、競技用のプールが分かれているし。
二つも必要なのか。
皆は各々好き勝手な水着を着て、はしゃいだり暴れたり騒いだり斜に構えたりしている。
手前のプールの側で、なにやら水に入るのをためらっている二人がいた。
この双子はちゃんと泳げるのだろうか。手があんなことになっているのに。
ふたりとも、私服と同じように無駄な装飾や布の多い、黒がメインの水着だ。
ちゃんとキャップをかぶっていて、銀色の髪は少し見える程度。
「結子ちゃん。本当に入るの?」
「大丈夫よ、破子ちゃん。もし沈んだら引っ張り上げてあげるから」
「それって、ちゃんと腕を掴んでだよね?」
「ふふふ」
「どうして笑うの」
高い声とじゃらじゃらとした音が、眠気を遠ざけてくる。まって、行かないで。
……眠気が機嫌を直して戻ってくるまで、ぼんやりと周りを見ていよう。
別の方では、男子二人が仲良さそうにいがみ合っていた。ビート板が使えなくなったとかなんとか、小さいほうが騒いでいる。犯人は大きい方の男子だろう。
さらに別の方では、小さい子が大きい子に興味津々だ。これは背ではなく胸の話。
青い髪の赤いビキニをきた子が、隙を見てはメガネの子を揉もうとしている。メガネの子も四角い物を持っているが、ビート板ではない。
「な、なんで触るんですか。前にもう触ったことあるじゃないですか」
「いやー水着越しだとどんな感触なのか気になってな」
確かにあの、小説が載っているのかというくらい文字の入った、しかもその文字が凸凹としている水着は、ちょっと触ってみたい。おへそが出るタイプなので文字数は少なめなのが惜しい所。
あの子の場合は単に大きい胸を触りたいだけだろうけど。
あのままあの子の興味があちらに向かってくれていれば、私の方に来ることはないだろう。
平和が保たれる。
「まあまあ、あまりいじめてやるナァよ。そんなちっぽけなものよりも、今はこの大きなプールで泳ごうじゃナァいか」
そう言って、襲っていた女の子の肩を叩くのは、小学生のような水着の娘。小学生のような身体によく似合っている。
しかしいくらプールと比べたとはいえ、あれをちっぽけと表現するとは。
「あはは、それもそうか。よーし泳ぐぜー。この程度の狭さじゃ、あっという間に泳ぎ尽くしちゃうだろうけど、それでも一瞬くらいは泳ぐ楽しさを味あわせてくれるだろうからな」
「元気がいいことだナァ」
クラス一騒がしい女の子がそう言って水に入ろうとした時、上から声がかかった。水に向かって助走していた女の子も足を止める。
この場で上と言ったら、飛び込み台しかない。三段階にわかれた台の、最も高い地点に、先生がいた。
「おーい、皆ー、喧嘩してないだろーな。ここからだとよく見えるぞー」
確かに上から見れば生徒の様子が見えるんだろうけど、下からだと太陽のせいで先生の姿がよく見えない。
眩しそうな皆を見てそれに気づいたのか、
「とうっ」
掛け声とともに、飛び降りた。
先生は普通の人なので、空中で回転したりポーズを決めたり滑空することもない。
高すぎる場所から綺麗とも言えない落ち方をしたせいで、水が跳ね上がった。
きらきらと光が反射する。虹が見えたのは気のせいか。
すべての水が落ちても、先生は出てこない。はじめは楽しそうに見ていた生徒たちも、時間がたつごとに静かになった。
そのおかげか、眠気が仲間になりたそうにこちらを見ている。
おいでおいで。
「先生っ」
しかしすぐに、そんな大声によって私達のハートフルな展開は霧散した。
周りもざわつく中、一番に声を上げた女の子は助走ルートを変え、先生の沈むプールに飛び込む。水面が揺れ、やがて二つの頭が水中から出てきた。
溺れた者の救助といった風でもなく、先生と女の子は普通にプールサイドに上がってきた。
「いやー、ちょっとはしゃいじゃったな」
全然平気そうに、むしろ水の冷たさの方が堪えたというように、自身の身をさすりながら先生は言う。
「でも、来てくれてありがとな。心配かけてすまん」
「はん。別に先生の心配したわけじゃねーさ。あの水柱をみたら、このプールの水が無くなっちまうんじゃないかと思って、その前に泳ぎに来ただけだ。まあ、もう泳ぎつくしちまったけどな」
「ははは。ならその実力、今度は授業で見せてくれ。はじめるぞー」
先生は手を叩き、皆を集める。
私は当たり前のように座り続ける。みんなの統率がとれたのはいいことだ。
我が腕ながら、こうして組んでいるとベッドのよう。我が胸ながら、こうして頭を乗せると枕のよう。
私は寝ていたい。
ぼんやりと考えていたら、意識が途切れてきた。睡魔に身を委ねる。同じ魔という文字が付いているだけあって、仲良く――。
プロローグその2。
近年、科学の進化とともに存在が薄れていくと思われたが、予想に反して増え続けていくものがあった。
人間達は段々それらを目撃するようになり、また交流を深める者もいた。
生まれたばかりの無知ゆえか、人に迷惑をかけるものも。
政府はそんな現状に対し、とある学校に特別教室を設立するにいたる。




