狂信者は神に祈る
自由に空を駆けるあの鳥のように、翼を広げ、飛んでみたい……そんな風に思ったことはないだろうか?
そう思うことになんの不自然はない。憧れ、羨み……嫉む。自分にないモノを求めるのが人だ。
……しかし、我々は一つ思い違いをしているのではないだろうか。そう、重大な見落としを。
人は、飛べるのだ。
今は飛べない魔法にかかっているだけ。
――飛べた頃の、本当の自分を知らないだけ。
その事実から、目を逸らしているだけ。
◇◆◇
暗い部屋の中。白衣に身を包んだ男――朝霧玲人――が一人、椅子に腰掛けている。
彼は、事務室に設置されているモニターをじっと見つめていた。
その瞳はただただ、そこから放たれる光を反射するだけ。そこから発される光情報を処理するだけ。それは機械よりも無機質で、虚ろな水晶だった。
彼が画面の中に広がる白い部屋を見つめはじめてから、もうかれこれ一時間ほどになるだろうか。
瞬きも碌にせず、一心不乱に一点を観察するその視線は狂信的であるとさえいえた。
そういえば、と彼は記憶を辿る。やはり、その目の先は固定されたままで。
数日前――廊下ですれ違った堂島ナラカ。『彼』は、私をどう認識しているのだろうか。私の姿は、『彼』の世界にどうあったのだろうか。……私を、捉えていたのかさえ。無能な私。力の及ばない私。……私は、世界に存在することさえ許されない――。
縋るように、懺悔するように……白い檻に閉じ込められた神に問う。
「私は――どうすればよいのですか。救われることはないのですか。貴方に必要とされているのですか」
意識を沈ませ、眠りに就いている『彼』に答える術は無い。今そこに在るのは――。
「慈悲を。――私を、導いてください」
映像の中で、ベッドに横たわる堂島ナラカの瞼が、ぴくりと一瞬震え。
……その澄んだ瞳が、この世を映した。