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処刑台の下で  作者: 七つ夜
二話/天使の輪の中に
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天使の輪

 「――あ」

 狛枝に連れられてきた屋上そこには、見知った女性がいた。

 「天野さんじゃないですか」

 昨日と変わらず、花畑の真ん中に彼女――天野さんはいた。

 「あ、ナラカさん……」

 こんにちわ、と彼女は微笑んで。

 「狛枝さん、お仕事早いんですね」

 俺の隣でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている狛枝に労いの(?)言葉をかけていた。

 ドアの前と花壇とでは、10メートルほどの距離がある。立ち話に、この距離は向かないな。

 天野さんはそこから動きそうになかったので、俺と狛枝が花壇の所まで歩いていった。

 「知らなかったよ、アマノ。もうナラカと仲良くなってたなんて」

 「うん……とは言っても、一度話しただけなんだけどね」

 談笑している二人。……狛枝と天野さんは、どういう関係だ?

 ……まあ、狛枝も天野さんも年頃の男女。そういう――所謂、性差的に懇意な――関係であっても何らおかしいことは無い。「ははっ、僕の彼女を紹介するよナラカ」なんて狛枝を俺は知らないが。どんなキャラだよ。薀蓄語る変なキャラじゃなかったのか、お前は。

 そんな心に映り行く由なしごとを徒然なるままに傍観しているうちに、何故かイライラが込み上げてきた。

 「あのさ――」

 この俗世から乖離している桃色青春空間にどす黒い絵の具をぶちまけてやる、なんて思いながら発した言葉は、根性なしのそれだった。

 「――二人って、どういうご関係で?」

 男らしくないな、なんて思いながら二人の顔色を伺う。

 天野さんはこっちを意外そうな顔で見ている。

 一瞬きょとんとしたものの、狛枝はいつもの読めない顔に。ニヤニヤしないでくれ、イライラするから。

 「ナラカさんなら、そう尋ねてくると思ってました」

 きっと狛枝がまたピーピー喚くんだろうと高を括っていた俺は、予想外の事態に返す言葉を見つけられなかった。

 天野さんが、ニッコリと笑みを浮かべながら折りたたまれた紙を差し出してくる。

 「ここに書いておきましたから、納得のいくまで読み返してください」

 「……はい」

 一瞬、風が天野さんの髪を撫で……思春期の――とはいっても、見た目の年齢で判断しているに過ぎないのだが――女性の香りが、ふわりと鼻腔を擽る。甘い、甘い、『花』の香り。『無邪気』、『悪戯心』を象徴するそれは、天野さんのイメージからは少し意外な印象を受ける。

 ――それより、早く読もう。

 急いで紙を開いていく。

 そこに書かれていた言葉は――。

 『斯く斯く然々』

 「読めねえよ!」

 しかも、たった六文字。

 お陰で、ついつい汚い言葉が。

 「え~、『かくかくしかじか』も読めないなんて……ナラカ、あったま悪いんだね」

 知らぬ間に後ろから覗き込んでいた狛枝の一言。

 「後で紅蓮地獄な、お前」

 地獄に落ちろ、なんて曖昧な表現はコイツには生ぬるい。しっかり落とす地獄まで指定してやる。

 「嬉しいよナラカ、僕の血で咲かせた花を君が愛でてくれるなんて!」

 「ちょっと黙れ!」

 ちなみに紅蓮地獄とは――あまりの寒さに皮膚が裂け、そこから流れ出た血が凍って紅い蓮に見えることから名づけられたんだそうな。知識のある変質者はコレだから手に負えない――。

 藪蛇どころじゃない。魑魅魍魎が飛び出してきた上に、逃げた先には百鬼夜行……手に負えない。

 しかも、本題である手紙に書いてあることの意味も分からないときた。

 災厄を振りまくだけのパンドラなんて、開けなければよかった……。

 恨めしや、天野さん。

 じろり、と天野さんのほうを見る。

 天野さんは、クスリと笑って。「お楽しみいただけたようで、よかったです」

 「どこが楽しそうに見えますか」と俺。

 「まあまあ、抑えて抑えて」と狛枝。お前が煽るからだろうが。「二人が、軽口叩けるぐらいには仲良くなれたみたいで僕は嬉しいよ」

 「「――あ」」

 ホントだ、と二人して向き合って、笑いあう。

 こんなに楽しいのって、いつ振りだろう――そう、それは随分前だった気がする――眩しいほどに綺麗な笑顔――それはまるで向日葵のようだった――今は……そう、蓮のような――。

 思考は加速する。時はその流れを次第に止めてゆき……視界は、現在から過去へ。……思い出の、中へ――。

 (――神の御許へ)(誓いなさい)(あなたがやったの)(わかるわね?)(タナトス)(愛)(写し身)(父は先に――)

 鳴り響く狂騒。笑顔の少女。冷徹なその瞳。黒く光る鉄塊。そして――紅蓮。

 「……っ」

 唐突に、ぐわん、と頭を駆けた鈍痛が時を再加速させた。

 情報の奔流、オーバーフロウ。人の身には過ぎた力だとでも言いたげな、ゆらりと揺らめくそれは二つの影で。 

 瞬間、彼らの笑顔がとても哀しげで――それでいて、どこか喜んでいるようにもみえた。


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