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処刑台の下で  作者: 七つ夜
第一話/シト、新生
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高天原の少女

 階段を昇りきって、屋上の扉を押して開く。

 風の所為か微動だにしなかったドアは、数秒力をかけるとすんなりと開いてくれた。

 さあっ、と全身を撫でていく風が心地いい。不快感を拭い去ってくれる。

 「……?」

 その風に、少しの違和感。

 花の香りがするのだ。風に乗って運ばれてきたらしい。……ただ、見渡す限りが群青の、この視界のどこに花などあるのだろう。

 その芳香を鼻を頼りに目でなぞりながら歩いてゆく。それほど広くないんだ、すぐに謎は解ける――。

 そう思いながら、振り返るとそこには。

 「……花、畑?」

 咲き乱れている、色とりどりの花々。幾つもの季節がそこに立ち止まっているかのように、それらは多種多様な輝きを放っていた。バラにチューリップ、パンジーやスズラン――。

 ――そうだった。屋上は、生徒の心を癒すため……とかいう理由で『屋上庭園』として開放されていたんだった。

 本当に痴呆が始まってるのかもしれないな……なんて思っていると、その中に一際美しい光沢を放つ黒を見つけた。

 黒い花なんて、珍しいな――そう考えながら歩みを進める。黒い花、というとどんなものがあったろうか――。それにしても、本当に綺麗な黒だ。そう、まるで女性の髪のような……。

 「……髪?」

 さらりと流れる、黒い川。そこから少しだけ覗く、白い首筋。艶かしくも美しい、それは確かに女の人の頭で。

 思い込みとはなんて恐ろしいものなんだろうか――女性を花と見間違うなんて。

 本当に花にしか見えなかった。花と思い込んでいたにしても、やりすぎなほどに。

 花弁の一つ一つだって、俺の目には確かに見えていたというのに。

 「何を……してるんですか?」

 だから、少しでもその謎を、自分に対する疑念を払いたくて声をかけた。

 やはり美しいその背。屈んでいるため丸まってはいるが、まるで気品を失っていない。むしろ神々しささえ――。

 「……花を、見てたの」振り返らず、彼女は言う。「綺麗、だったから」

 その姿に、何かが重なる。

 純白。高貴。そして、淡い。

 それは、百合。それは、睡蓮。それは――。

 「Forget me,not?」

 「……ええ、そう。勿忘草」

 「勿忘草、ねえ……」

 青やピンクのパステルカラー。その花が持つ想いは『どうか私を忘れないで』。

 この少女には、誰か想う人がいるのだろうか。

 この花には、良いイメージがない。忘れないで、という言葉の持つ悲壮な響きがそうさせるのか。はたまた、その頼りなさげな姿がそうさせるのか。

 ……沈黙。

 頼りなさげに揺れ動く彼女の瞳は、俺の方へ向けられていて。粒子の如く儚げな少女は、俺の様子を伺っているようにも見えた。

 「……誰かを、待ってるんですか?」

 空気の重さと気恥ずかしさに耐え切れずに、口を開いた。

 そうか、と一つの答えにたどり着く。

 不思議と、人の心に触れるところが嫌いなんだ。ずけずけと心を侵しては、波のように気まぐれに引いてゆく。

 ……だけど、それを思わずにはいられない。

 一つの歌が、脳裏をよぎる――。

 『水を渡り、また水を渡り。

 花を見、また花を見る。

 春の風が吹く、この道で――。』

 ――さて、この続きはいったい何だったか。

 「はい、待ってるんです。いつまで経っても帰ってきてくれなくて……」苦笑する少女。「なんだか、寂しいな……なんて」

 「……名前は?」

 「はい?」

 「ええと……よかったら、名前を教えてほしい」

 「アマノ、です」

 アマノ?ああ、なるほど。苗字か。

 「天野さん、か。よろしく。俺は堂島ナラカっていうんだ」

 そうだ、思い出した。続きは――『――覚えず、君が家に至る。』。

 群青のカーテンは、その身をちらりと揺らして、俺たちを包んだ――。


 ◆◇◆


 役者は、全て揃った。

 これは、何の変哲もない――崩壊と、再生の物語。

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