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新野慎一の証言(1)

 沢渕はタクシーに揺られながら、一人思索にふけっていた。

 停滞していたかに見えた捜査もここへ来てまた動き始めた。探偵部に新しく加入した橘雅美(みやび)の兄、雅希まさきを介して新野工業の社長と面会できる機会を得た。彼は事件の被害者の一人、新野悠季子(ゆきこ)の父親である。

 沢渕は十七人の人質のうち、最も財力のある彼に目を付けていた。犯人は必ず二度目の取引を持ちかけているに違いなかった。よって彼は報道されていない、犯人に関する何らかの情報を持っている可能性があるのだ。

 タクシーが停車した。ドアが同時に三枚開くと、沢渕をはじめ、叶美とクマが降り立った。

 三人を出迎えてくれたのは「新野工業株式会社」の大きな看板である。

 この会社は主に大手電機メーカーの下請けをしているが、金属加工の技術には定評があり、ここ数年業績も上向きで、この地域においてその名を知らぬ者はいないほどである。

 沢渕は守衛に身分を伝えて、玄関に案内された。敷地内では小型リフトが忙しく駆け回っている。

 沢渕はクマを玄関先に待機させた。

 本来、叶美は捜査に参加してはならない身分である。犯人に顔を知られた以上、屋外活動は安全とは言えないからである。

 しかし叶美は沢渕に同行すると言って聞かなかった。そこでクマの護衛を条件に直貴から許可が下りたのであった。

 予め電話で面会の予約を済ませておいたので、受付で声を掛けるとすぐに事務員が応対してくれた。

 すぐ隣には工場が併設されているため、プレス機の動作音や金属を加工する音が絶えず響いている。

 二人は二階の社長室へと案内された。

 出迎えてくれた新野氏は恰幅のよい男性だった。しかしただの中年太りではなく、筋肉が身体全体を覆っている様子で、その昔何かのスポーツ選手だったことを容易に推測させた。

 すぐ隣には、か細い女性が立っていた。

 沢渕と叶美は深々と頭を下げて、それぞれ名を名乗った。

「まあ、座ってくれ給え」

 新野は深くソファーに掛け直した。

「こちらはうちの家内だ」

「初めまして、弥恵子やえこと申します」

 彼女の物腰は丁寧だった。

「山神高校探偵部、と伺っているが」

 新野は険しい表情を崩さない。

「早速だが、用件を聞こうか」

 威圧的な声だった。妻の弥恵子は神経質な視線を夫に向けている。

「僕らはおよそ五年前に起きた誘拐事件を捜査しています。警察とは違うアプローチで犯人像を絞り込んでいます。そこで新野社長にもぜひ協力して頂きたいと思いまして」

 新野は何も喋らなかった。どうやら彼は目の前の高校生二人が果たして信用に足る連中かどうかを見極めようとしているのだった。

 叶美が口を開いた。

「念のために申し上げますが、私たちは興味本位で探偵ごっこをしているのではありません。捜査は順調で、実際に私は犯人一味と接触しました」

 弥恵子はいつしか身を乗り出して聞いていた。新野も明らかに興味を持ち始めているようだった。それを悟られまいとして、しきりに顎の辺りを撫でた。

「君たちが事件の捜査をするのは構わないが、私にどうしろと?」

「単刀直入に言いましょう。犯人と接触した新野さんにお話を伺いたいのです」

「いや、残念ながら私は犯人の顔を見ていない。それは当時の新聞記事にも出ている筈だ」

「確かに最初の取引はそうです。しかしその後、犯人から再び身代金の要求があった筈です。違いますか?」

 沢渕は自信を持って言った。

「いや、取引は一度だけだ。それも警察の失敗で、犯人とは接触できなかったがね」

 弥恵子は再び夫に強い視線を投げかけた。彼女は真実を知っている、沢渕は直感した。

「犯人グループは十七人の誘拐をして、家族それぞれに身代金の要求を行った。しかし実際に取引現場には現れなかった。つまり彼らの本当の狙いは金ではなかったのです。

 ところが彼らは人質について一人ひとり詳しく調べていくうちに、この街の名士である貴方の娘の存在を知った。そこで犯人たちは監禁のための資金確保や自分たちの報酬のため、考えを軌道修正したのです。

 彼らはグループを装っていますが、実は数人ではないかと僕は見ています。彼らは手間や効率を考えて、身代金を一人の金持ちから取ることを思いついたのです。それで再度貴方に接触してきた筈なのです」

 新野の顔色が変わった。沢渕の推理に驚いたようだった。と同時にそれは探偵部を信用し始めた瞬間でもあった。

 無言の夫に、弥恵子は業を煮やしたのか、

「貴方、悠季子が帰ってくるのなら、今はどんなことにも協力しましょう」

 と悲鳴に近い声を上げた。

「しかし」

 新野は言葉を詰まらせた。

「奥様の言う通りです。警察には警察の、僕たち探偵部には探偵部のやり方があります。人質奪回のためには可能性は広げておいた方がよいと思うのです。

 悠季子さんはきっと生きています。僕らはきっと彼女を解放できると自負しています。そのためにはもっと情報が欲しいのです。ここで聞いたことは決して口外しません。その点についてはお約束します」

 沢渕は熱っぽく語った。

「分かった、君たちを信じよう」

 新野は覚悟を決めたようだった。

「君の言う通り、犯人側から二度目の連絡があった」

「それはいつのことですか?」

「事件発生後、ひと月後ぐらいだった」

「その時は警察には話さなかった?」

「そうだ、犯人にもそう念を押されたからな」

「犯人は何と?」

「電話の内容は全て録音してある」

 新野は弥恵子に目で合図をした。彼女はさっと立ち上がると、ボイスレコーダーを持ってきた。

「お聞きになりますか?」

「ええ、ぜひ」

 これには叶美が応えた。彼女は犯人の声を聞いた唯一の証人である。それは自分の仕事だと考えたのだろう。

 テーブルの上に置かれた機器から会話が流れ始める。

「新野さんだね?」

 不敵な笑みを浮かべるような男の声。

「そうだが、君は?」

「お宅の娘さんを預かっている者だよ」

「何? 悠季子は無事なのか?」

「ああ、今のところはな」

 男は笑った。

「我々は貴方と直接取引をしたい。前回は警察に邪魔されて、取引は成立しなかった。そこでもう一度、チャンスを与えようという訳だ」

「要求は金か?」

「そうだ、今度は警察抜きだ」

「分かった、前回のことは謝る。今度は警察に内緒で取引をしようじゃないか。もちろん君たちが満足するだけの金も用意する。その代わり悠季子は無事に返してほしい。それだけは約束してくれ」

「さすがに交渉が上手だな。俺たちも大量殺人をしたい訳じゃない。素直に要求を飲んだ家族から、順次返していくつもりだ」

 叶美はずっと目を閉じたまま、犯人の声に耳を傾けていた。流れてくるのは中年男性の声である。廃ボーリング場で聞いた学生風の声ではない。しかし犯人が家族ぐるみなら、何らかの共通点があるかもしれない。叶美は精神を集中させた。

「分かった。それで私はどうすればいい?」

 新野の懇願とも取れる声が響いた。

「いいか、よく聞け。これから指示を出す」

 会話はさらに続いた。

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