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探偵部、海へ。(3)

 白いミニバンはいつしか海岸線に差し掛かった。

「海が見えるわ」

 奈帆子の声に車内は沸き立った。

 車は小さな漁村を縫うように走った。質素な家々が身を寄せるようにして建っている。その隙間からは青い海が見え隠れした。

「海水浴場まではもう一息よ」

 徐々に道路が混み始めた。どうやら皆目的地は同じようである。

 しばらく走ってみたが、無料の駐車場は見当たらなかった。仕方なく麦わら帽子の若者の誘導に従って車を停めた。

 海の家の駐車場である。料金はかかるが、海岸はすぐ目の前なので移動は楽である。

 車のドアが開いた途端、磯の香りが飛び込んできた。かすかに波の音が聞こえる。

「では、男性諸君。場所取りをお願い。荷物も忘れずにね」

 叶美が胸の前で両手を合わせた。

「お前たちはどうするんだ?」

 クマの問い掛けに、

「着替えに決まってるじゃない」

 雅美が外国人のジェスチャーのように両手を広げた。

 女子の姿が見えなくなると、

「何が着替えだよ。もったい付けずに車の中で済ませばいいんだよ」

 車外には、レジャーテーブル、クーラーボックス、パラソルなどが山積みになった。男四人はそれらを手分けして運んだ。

 まだ昼前だからか、砂浜は思ったほど混雑していなかった。ただ容赦なく太陽がじりじりと照りつけている。

 一仕事終えると、雅希は早速サッカーボールを取り出してドリブルの練習を始めた。砂を巻き上げてボールは彼の意のままに転がる。

「ちょっと走ってくるよ」

 そう言い残して雅希は波打ち際を走っていった。

「そのまま、海外遠征にでも行ってくれ」

 クマが見送った。

 男三人はパラソルの下、並んで海を眺める格好になった。

「あ、そうだ。クマ先輩にお願いがあるんですよ」

 沢渕が思い出したように言った。

「金ならねーぞ」

「違います」

 沢渕はきっぱりと言った。

「今日一日、ずっと森崎先輩から目を離さないでほしいのです」

「何だ、そんなことか。お前に言われなくても、あいつの水着姿をじっくり堪能するつもりだ」

「いや、敢えて離れたところから見守ってもらいたいのです」

「そりゃ、どういう意味だ?」

「これから森崎先輩とは常に行動を共にしてもらいます。今日はその練習をしてください」

「クマは森崎のボディーガードだからな。頑張ってくれよ」

 直貴はそう言うと、クーラーボックスから缶ジュースを三つ取り出した。

「校内ではクラスが同じなので特に問題はないですが、校外ではしっかり守ってください」

「そりゃお安いご用だが、どうして離れている必要があるんだ? 一緒に居た方が安全じゃないのか?」

 それには直貴が答える。

「二人がいつも一緒に居たら、クマも仲間だとバレて狙われることになってしまうよ」

「それは望むところだ。俺に襲いかかってきたら返り討ちにしてやるぜ」

「いや、他のメンバーは捜査を継続して、犯人との距離を詰めていかねばなりません。ですからこちらの手の内を明かすのは得策ではないのです」

「なるほど、こちらから奇襲をかける訳だな」

 クマは飲み干したジュースの缶を一握りで潰した。

「まさか今、森崎は狙われてないだろうな?」

 クマは周囲を見回した。

「いえ、その心配はないでしょう。ここは生活の場から随分と離れていますから。とにかく今日は彼女の身を守る訓練と思って行動してください」

「分かったぜ。任せておけ」

 クマは胸をドンと叩いた。

「おまたせ」

 突然視界にすらりと長い脚が現れた。パラソルから顔を出すと、橘雅美が立っていた。上半身は白いパーカーですっぽりと覆われている。

 後から続々と女子連中が集まってきた。

 奈帆子はビキニ姿を披露した。さすがは女子大生、身体からすっかり大人の雰囲気を感じさせる。一方、多喜子はさっきと変わらぬ服装だった。足をかばって今日は水に入るつもりはないらしい。

 そして一番後ろには叶美が立っていた。肩に掛けたバスタオルが水着の大部分を隠している。

「じゃーん」

 背後から雅美がそのバスタオルを奪い取った。ピンクのワンピースが露わになった。全身が織りなす柔らかな曲線は実に女性的な魅力に溢れていた。

「おお」

 思わずクマが声を上げた。

「ちょっと!」

 叶美は慌ててしゃがんで、身体を丸めた。それでも顔は笑っていた。

「あら、雅希くんは?」

 奈帆子が訊いた。

「海へと帰っていきました」

 そんなクマの返事に、

「せっかくの水着を見てもらおうと思ったのにな」

 と残念そうに言った。

 突然沢渕の目の前に、雅美が仁王立ちになった。

「聞いたわよ。あなた、推理が得意なんですってね」

 沢渕は何も言わず苦笑した。

「それじゃあ、ちょっと推理してみてよ」

「何をですか?」

「私がこのパーカーの下にどんな水着を着てるかを」

 そう言って胸から腹にかけて白い手を往復させた。

「絶対に当たらないと思うけど」

 雅美は身体を斜めにして沢渕を覗き込んだ。ポニーテールが大きく左右に揺れた。

「そういうのは推理とは言いませんよ」

「いいから、早く当ててみて」

「僕は霊能者じゃありませんから」

 他のメンバーもこのゲームに関心を持ったようである。その証拠に、誰もが黙って事の成り行きを見守っている。

 そんな雰囲気に耐え切れず、

「分かりました。答えは学校の水着、じゃないですか?」

「えっ?」

 雅美は一瞬放心したように見えた。

「ワ、ワンピースかビキニか、どっちよ?」

 どうやら意外な返答に動揺を隠せない様子である。

「ですから、学校のプールで着ている水着、という意味です」

 沢渕は面倒臭そうに言った。

「ねえ、どうして? どうして分かったの?」

 パーカーを脱ぎ捨てた途端、飾り気のない紺色の水着が現れた。

 しかし白い砂浜を味方につけて、彼女のしなやかな身体は一段と魅力を増したようであった。

「おお」

 再びクマが声を上げた。

「悔しいわ。絶対に当たらないと思ってたのに」

 雅美は砂の上に膝を落とした。

「どんなクイズにも正解はある筈です。しかし先輩は絶対に当たらないと言った。ということは、その答えは常識からひどくかけ離れたものだということです。つまり予想を裏切る水着を着ているか、あるいは何も着ていないかのどちらかです」

「もしくは男性用の水着をつけているか、だな」

 クマが付け足した。

「何よ、それ?」

 雅美はキッと顔を上げた。

「ふんどしだよ。ふんどし」

「何ですか、それ?」

 横から多喜子が不思議そうな顔をして訊いた。

「説明が面倒だが、要するに特殊な男性用下着のことだ」

「ふん、馬鹿みたい」

 雅美はプイと横を向く。

「でも、橘らしくないな。君なら派手なのを着そうなものだけど」

 直貴が言った。

「もちろんお気に入りのビキニがあったのよ。だけど、昨日着てみたらお尻がきついのよ。仕方がないから今年新調したスクール水着にしたって訳」

「身体ばかりが成長して、精神がまるで成長してないんだよ、お前は」

「何ですって!?」

 かくしてクマと雅美の喧嘩が始まった。


「私、荷物番してますから、どうぞ泳いできてください」

 多喜子がメンバー全員を見回して言った。

「それじゃあ、焼きイカでも食ってくるか」

 クマが立ち上がった。周りに気づかれないよう沢渕だけに目配せをした。

「私も付き合うわ。車の運転でお腹ぺこぺこ」

 奈帆子も続いた。

 しばらくして直貴と雅美も海岸へ出ていった。

 今、パラソルに残されたのは、叶美と多喜子と沢渕の三人だった。

「沢渕くんは泳ぎにいかないの?」

 多喜子が訊く。

「後でね」

 そう言ったものの、実は沢渕にはここでやる仕事があった。クマの動きが適切かどうか、叶美の目線で確認することである。

「叶美先輩は?」

「うん、私はタキちゃんの傍に居るわ」

「私のことは気にしなくてもいいですよ」

 三人の間に沈黙が生まれた。

 叶美は、多喜子と沢渕を交互に見て、

「ひょっとして、私、お邪魔かな?」

 と言った。

「先輩が邪魔だなんて、そんなことはありません」

 多喜子は即座に否定した。

「ね、沢渕くん?」

「はい、先輩にはずっと居てもらいたいです」

「ありがと」

 叶美は安心したのか、そのまま寝転がった。

 三人はシートの上で川の字を作っていた。会話は何も生まれなかった。パラソルの下では静かに時が流れていった。

 波の打ち寄せる音がかすかに聞こえる。すぐ傍を家族連れの笑い声が通過していった。

 沢渕はふと上体を起こして、隣の女子に目を遣った。二人とも目を閉じている。

 叶美の向こうで多喜子は軽い寝息を立てていた。

「起こしちゃダメよ」

 突然叶美が目を開けた。

 沢渕は音を立てないようにゆっくりとシートに背中を戻した。

「タキちゃんったら、ぐっすり眠っているわ。可愛いわね」

 それには何も応えず、

「先輩、ちょっと事件のことを話してもいいですか?」

「いいわよ」

 二人は白いパラソルを裏から見上げながら話し始めた。

「この事件で、犯人と接触を果たしたのは先輩だけです。ですから、その時の様子をもう一度詳しく聞かせてほしいのです」

 この件については、事件の翌日叶美から聞いていた。しかし当時は興奮冷めやらぬ状態で、犯人像を正確に描写できない可能性があった。今なら冷静に向き合えるのではないか、沢渕はそう考えたのである。

「あの日の出来事は今でも鮮明に覚えているわ」

 叶美はそう切り出した。

「現場には二人居たけど、姿を見たのはそのうちの一人。能面をつけていたから顔までは分からないのだけど」

「その能面男とは会話をしたのですよね?」

 沢渕は確認した。

「そうよ」

「話し方に特徴はありましたか?」

「訛りのない、若い声だった。私たちと同世代のように感じたわ。だからこちらも相手の脅しに屈することなく、強気に出たのよ。そうしたら明らかに動揺してた」

 沢渕は黙って聞いていた。

「脅し文句も口にしていたけれど、それは役者の台詞みたいで、まるで現実感が伴わないのよ。経験が少ないというか、精神年齢が低いというか、社会人ではないと思うわ。未成年か学生のような気がする」

「もう一人の年格好は不明でしたね?」

「ええ、一言も喋らず、突然襲ってきた。今にして思えば、あいつは能面よりも年上で、社会経験がある人間かもしれないわ」

「落ち着いていたから、ですか?」

「うん、それもあるけど、もしあいつも学生なら能面と私の言い争いに加勢したような気がするのよ。私が挑発的な言葉を投げかけ時、黙ってはいられずに脅し文句の一つでも言ったと思うの。でも背後から無言で近づき、私を殴っただけだった」

「これはクマ先輩に聞いたのですが、人を一撃で倒すのは難しいらしい。つまり相手は武術に長けている人間なのかもしれません」

 多喜子が突然寝返りをうったので、そこで二人は互いに言葉を飲み込んだ。

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