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事件発生(1)

 山神高校には探偵部という、いわば裏のクラブが存在した。その歴史は古く、学校創立時にあったと伝えられている。元はと言えば、校内で発生した事件に対処するための組織だったらしい。つまり警察の手を借りることなく、窃盗や盗難事件を隠密に解決する自治組織だったのである。

 このクラブの存在は生徒にはもちろん、校長をはじめとする教職員にも知られてはいない。いや、正確に言えば、ある講師一人を除いては、ということになる。

 その人物の名は鍵谷笹夫。彼は化学の非常勤講師として、もう二十年近く山神高校で教鞭を執っているベテランである。彼は大学で研究する傍ら、証拠品の鑑定を警察から依頼されるほどの権威者でもある。そんな彼は、昔からこの探偵部を陰ながら支え、その存在については他言することなく、一人胸の内にしまっていた。

 探偵部の部長は生徒会長が務める権利を有し、歴代の会長は皆、この裏組織の存在を伝え聞かされてきた。会長によってはまったく興味を示さない者もいたが、それでも新しく生徒会長が誕生する度に、その話だけは伝承されてきた。

 探偵部員の募集については、部長に一任されている。基本的に部員は在学中の生徒から選ばれることになるが、去年まで部長を務めていた佐々峰奈帆子の場合、中学生の妹、多喜子を部員としていた。奈帆子の卒業後、今は森崎叶美がその座を引き継いでいる。

 今回、沢渕晶也は探偵部に籍を置くことになったのだが、それによって学校生活が変わることはなかった。事件が発生して、部長が部員を招集しない限り、活動は始まらないからである。

 あれから校内で森崎叶美、堀元直貴、久万秋進士らの姿を見かけることはなかった。彼らとは教室が離れているし、今のところ大きな学校行事もないのだから、それは仕方のないことだった。

 ただ一度、生徒会長の声を校内放送で聴くことがあった。しかしそれは探偵部の沢渕に向けて発せられたものではない。生徒会という、どこか遠い国から届けられた声の便りに過ぎない。

 唯一、佐々峰多喜子とは毎日教室内で顔を合わせている。しかし彼女の方から積極的に声を掛けてくることはなかった。元々彼女はあまり活発な性格ではなさそうだった。休み時間は他の女子の笑い声をよそに、教室の隅で一人本を読んでいるか、ぼんやりと過ごしていることが多かった。お互い秘密組織の部員である以上、教室内で仲良くして、周りに勘ぐられるのは避けなければならないが、それにしても沢渕との接触があまりにもなさ過ぎる。

 探偵部とは名ばかりで、実体のない組織だと沢渕は思う。あの日の出来事は夢だったのではないか、そんな気さえしてくるのだ。

 五月に入り、授業も本格化してきた。来月には早くも中間考査が行われる。沢渕は次第に探偵部のことを意識しなくなっていった。


 球技大会の日を迎えていた。この日、授業は一切行われず、全校がクラス対抗でバレーボールのトーナメント戦を行う。

 朝から雲一つない晴天だった。そんな青空の下、全校生徒は体操服に着替えてグランドに集合した。

 そして今、開会式が始まった。

 生徒会長の森崎叶美が壇上に上がった。今日は自慢の長い髪は後ろで縛って、純白の体操服に紺のハーフパンツ姿だった。

「みなさん、おはようございます」

 彼女が淀みなく挨拶を始めた。どこまでも広がる青い空に、白い上半身が見事なコントラストを作っている。胸元が眩しかった。

 沢渕は、森崎叶美と友達になれたと勝手に思い込んでいた。だが、実はそうではなかった。こんなことなら、むしろ知り合わない方が、やきもきすることもなかっただろう。初めから手の届かない偶像であるならば、それ以上の感情は生まれないからだ。

 叶美の姿を遠くに眺めながら、沢渕はぼんやりとそんなことを考えた。

「それではみなさん、クラス一丸となって頑張りましょう」

 一つのクラスを三つのチームに分けて、それぞれが他のクラスと戦っていく。沢渕は佐々峰多喜子とは別のチームになった。

 午前は一年生同士の戦いとなる。そこで勝ち残ったチームが、午後から上級生チームに勝負を挑む。しかしこのシステムでは圧倒的に一年生が不利である。新入生が先輩相手に勝てるとは思えないからである。よって午前中に適当なところで負けるのが、分相応なシナリオだと誰もが考えていた。

 グランドに設置された特大のボードに、現在勝ち残っているチームの名前が出ていた。その数も時間とともにどんどん減っていく。

 沢渕のチームは初戦をどうにか勝ち抜いたものの、二回戦で負けてしまった。その後は出番もなく、クラスメートの応援に回ることになった。

 一方多喜子のチームはどうにか勝ち進んでいるようだった。沢渕は気楽な気持ちで彼女の試合を見守った。

 多喜子は小柄で、背もあまり高くない。両手を思い切り伸ばしても、ネットの半分しか届かない。そのせいもあって、ボールは彼女の所へ集まってこなかった。偶然やって来たとしても、それは彼女の手に触れた途端、本来描くべき軌道から大きく逸れてしまうからである。

 突然、相手のサーブが多喜子の小さな身体を襲った。まるで宇宙からの隕石を食らったかのように、彼女はコートの外まで弾き飛んだ。

 これには敵チームの応援も一時は止んで、誰もがその事態を見守ることとなった。

「大丈夫か?」

 沢渕は思わず駆け出していた。

 その行動にクラスの誰もが驚いたようであった。沢渕自身も、どうしてとっさに身体が反応したのか分からなかった。

 多喜子は脳しんとうでも起こしたのか、すぐには反応しなかった。

「大丈夫かい?」

 もう一度、声を掛けた。

 多喜子の顔に一瞬不思議そうな表情が浮かんだが、口元に笑みが蘇った。

「沢渕くん?」

「怪我はないか?」

「平気よ、このくらい」

 そう言って立ち上がろうとしたが、

「痛っ」

 と、すぐに左足をかばって倒れ込んだ。

「そのまま動くなよ」

 沢渕は手で制した。

 誰が呼んでくれたのか、救護班が駆けつけてくれた。

 多喜子は保健委員に左右から抱えられてコートを去っていった。沢渕も後を追った。背後では笛の音が大きく響いていた。

 彼女は救護テントへと連れていかれた。椅子に腰掛けると医務員の診断が始まった。

 沢渕はその様子をテントの外から見守っていた。外傷はないようだが、どうやら無理な力がかかって、左足をくじいてしまったらしい。

 沢渕の背中を押しのけて、誰かが飛び込んできた。すぐに多喜子に駆け寄る。その後ろ姿には見覚えがあった。森崎叶美である。

「タキちゃん、大丈夫?」

 まるで母親のような心配ぶりだった。足を近くから舐めるように何度も見回した。

「全然、平気です。ちょっと捻っただけですから。それに……」

「それに?」

「沢渕くんが居てくれたので」

 叶美は多喜子の視線の先に気づいて、弾かれたように振り向いた。そしてゆっくりと立ち上がった。

「あなただったの?」

 すぐ目の前に叶美の顔があった。

「意外と優しいのね」

 沢渕は何か気の利いた台詞でも言おうとしたが、言葉が喉に張り付いて声が出せなかった。

「ありがとう。あとは私がやるから、あなたはクラスに戻って」

 叶美はそう言うと、後ろからそっと背中を押した。

 沢渕がコートに戻ると、クラスメートの誰もが一斉に彼を見た。多喜子が倒れた時、どうして必死に飛び出したのか、その訳を探ろうとしているのだった。沢渕は敢えて素知らぬ顔を決め込んだ。

 先ほどの試合はどうやら多喜子のチームが勝利を収めたらしい。一人戦力を欠いたまま、それでも試合に勝てたとは、いかに彼女がチームに貢献していないが分かった。

 そして昼から行われる上級生との試合は、なぜか沢渕が多喜子の代わりに出ることになってしまった。

 教室に戻って昼食を取っていると、携帯が音を立てた。探偵部からの呼び出しメールである。無題で「化学準備室」とだけ書いてある。どうやら沢渕にだけ宛てたメールだった。探偵部のルールによれば、これはできる限り早く指定場所に集合せよ、という意味である。なお、このメールへの返信は一切禁止で、確認後直ちに削除しなければならない。

 沢渕は弁当の残りをお茶で流し込むと、すぐに立ち上がった。

 化学準備室まで小走りで急ぐ。一般の教室とは別棟にあるので、休憩時間でも廊下はひっそりしていた。

 準備室の引き戸に手を掛けた。探偵部の通常の集合場所は例のカラオケボックスだが、緊急の場合にはこの部屋を使うことになっている。

 乾いた音を立てて戸が開くと、突き当たりの窓枠の中に、青い空とポニーテールの少女の横顔があった。

「森崎先輩」

 沢渕は少し息を切らしながら、声を掛けた。

「急に呼び出してごめんね」

「大丈夫です」

「実はタキちゃんのことなんだけど」

「彼女はどうなりましたか?」

 勢い込んで訊いた。

「さっき先生と一緒に病院に行ったわ。たぶんすぐに戻ってくると思う」

「家族には連絡したんですか?」

「それなんだけど、家には誰もいないのよ」

 叶美はため息をついた。

「お姉さんにも連絡がつかないのですか?」

 奈帆子の顔を思い出して言った。

「タキネエは大学のフィールド調査で、今、一泊二日の旅行中」

「両親は?」

「実はタキちゃん、お母さんはいないの。お父さんは今週いっぱい中国に出張してる」

「そうだったんですか」

 それ以上の言葉はなかった。多喜子の知られざる一面だった。

「だから沢渕くんにお願いがあるんだけど、この大会が終わったら、タクシーでタキちゃんを家まで送ってほしいのよ」

「分かりました」

「あの子の家、アパートの二階なんだけど、上がるのを手伝ってあげてね」

 叶美は両手のひらを合わせるような格好をした。

「いいですよ」

 多喜子の孤独な境遇に同情する気持ちが湧いていた。これぐらい何でもなかった。

「大会の片付けが終わったら、私もすぐに駆けつけるから」

「はい」

「これタクシー代。それじゃあ、また後でね」

 叶美は千円札を数枚手渡すと、ポニーテールを元気よく揺らしながら慌ただしく廊下に駆けていった。

 午後は、二年生との対戦である。

 コートに集合すると、ネットの向こう側にどこか見覚えのある巨漢が立っていた。久万秋進士である。彼がもう一人横に並べば、コートの端から端までを十分カバーできるほどである。

 クマは沢渕に気づいているのか、いないのか、表情一つ変えることなく山のように立ちはだかっている。沢渕のクラスメートは彼を一目見ただけで、直ちに勝敗の行方を悟ったようだった。

 ネットのすぐ前には森崎叶美が立っていた。クマに気を取られて、全然気がつかなかった。二人は同じクラスだったのだ。叶美のオーラも、今はクマが全て吸い取ってしまっていたのだ。

 ホイッスルが空に響いた。いよいよ試合開始である。

 まずはクマのサーブ。

 白いバレーボールがまるで米粒のように見える。スコップのような手から今ボールが繰り出された。

「アウト!」

 パワーがあり過ぎて、サーブがコートの中に収まり切らない。

 この勝負、意外に勝てるかもしれない。クラスの中にそんな期待感が芽生えた。

 森崎叶美が身体を左右に揺らしながら構えている。その動きはまるでしなやかなバネのようである。

 そこへ一年生のサーブ。

 彼女は転がりながらも見事にボールに反応した。観客から拍手が起こった。

 続けてネット際から急角度のスパイクが繰り出される。

 審判の笛。

 やはり勝てる相手ではなかった。クラスの誰もがそう思った。

 結果は、やはり惨敗に終わった。

 この日優勝したのは、結局三年生のクラスだった。

 長い一日がようやく終わった。朝と同じように、全校生徒がグランドに整列して閉会式が行われた。壇上に上がったのは、副会長の堀元直貴だった。彼を見るのはあの日以来だった。

 沢渕は教室で制服に着替えてから、保健室へ出向いた。そこで多喜子と待ち合わせをしていたのだ。

 彼女は体操服のままで、ベッドに腰掛けて窓の外を眺めていた。

 声を掛けると、保健医に一度頭を下げてから、足を引きずってやって来た。

「痛くないか?」

 多喜子の荷物を持ってやりながら訊いた。

「大丈夫よ、ただのねんざだから」

「だけど、足を動かすと痛いんだろう?」

「うん、でも腫れは引いたみたい」

 沢渕は彼女に肩を貸してやるべきかどうか迷った。それほどまでに異性と接近するのは恥ずかしいし、何より彼女の方が拒むような気がした。しかし森崎叶美がいたら、薄情だと非難するかもしれない。

 校舎の入口にタクシーがつけていた。多喜子は辛そうに身体を曲げて乗り込んだ。

「沢渕くん、本当に家まで送ってくれるの?」

「ああ、部長の命令なんでね」

 そんな風に返した。

 多喜子の家は街外れの団地群の中にあった。高度経済成長時代、丘を切り開いて作られた場所である。同じ形の建造物が飽きることなくどこまでも続いている。その一角でタクシーは停まった。

 料金を支払って、沢渕は先に車を降りた。多喜子を引っ張り出すように、ゆっくりと車から降ろした。

 古い団地なのでエレベーターはない。灰色の階段を一歩、一歩多喜子について上っていった。

 部屋の鉄扉は所々に錆が浮いていた。鍵を回すと、廊下に響き渡るほど大きな音がした。

「沢渕くん、よかったら上がっていって」

 多喜子は勝手に閉まっていくドアを、身体で押さえながら言った。

「それじゃ、ちょっとだけ」

 中は狭かった。玄関を上がるとすぐに台所があり、奥には二部屋が続きであった。それでも女性が暮らす部屋らしく、小綺麗に片付けられている。

「あんまり人に見せるようなお部屋じゃないんだけど」

 多喜子は、ばつが悪そうに言った。

 父親と姉妹の三人暮らし。その父親も単身赴任で、今は家を空けている。沢渕は若い姉妹の日々の暮らしを想像した。

「さあ、ここに座って」

 多喜子は座布団を用意すると、沢渕をこたつ机の前に座らせた。

「そうだ、おいしい紅茶があるんだけど、飲む?」

 答えも聞かぬうちに、彼女は台所へと消えていった。

「どうぞお構いなく」

 奥の部屋には洋服や化粧道具が所狭しと置いてあった。あれは姉の奈帆子の物だろうか。

「はい、どうぞ」

 目の前に、紅茶とカステラが置かれた。

「これはシナモンティー。沢渕くん、飲んだことある?」

 多喜子は嬉しそうに喋る。

 カップを近づけただけで、爽やかな香りが鼻腔を刺激した。

「おいしい」

「よかった」

 多喜子は満足気に笑った。

 少し間ができた。窓の外から団地の子供らの遊び声が聞こえてくる。

「今日はありがとう。私、嬉しかった」

 沢渕が黙っていると、

「あの時、あなたが一番に駆けつけてくれたでしょ、だから」

 どうやらバレーの試合中、倒れた時のことを言っているらしい。

「同じクラブの仲間なんだから、心配するのは当たり前だよ」

「沢渕くん、自己紹介も覚えていてくれたじゃない?」

 多喜子は続けた。

「私って、学校では目立たなくて地味なタイプだから、こんな風に人に気に掛けてもらえるなんて思ってもみなかった」

 そう言うと、多喜子は笑顔を見せた。

 しばらく二人はお互いのことを話し合った。

 彼女は途中で洗濯物を取り込んだり、畳んだりと家事をこなすのも忘れなかった。

 玄関のチャイムが鳴った。

 多喜子に代わって沢渕がドアを開けると、久万秋進士だった。大きな身体に隠れているが、背後には森崎叶美の姿もあった。二人ともいつもの制服姿に戻っていた。

「待たせたな」

 クマが狭い廊下を、身体を斜めにして入ってきた。叶美もそれに続く。

「タキちゃん、ごめん。遅くなっちゃったわね」

 四人はこたつ机を囲んで座った。

「今夜、みんなで焼肉しない?」

 突然、叶美が言い出した。恐らく最初からそのつもりでいたのだろう。

「いいねぇ、肉を食ったら、タキも元気になるからな」

「元気になるのは、あんたでしょう」

 叶美はすかさず突っ込んだ。

「沢渕くんも、いいんでしょう?」

「はい」

「それじゃあ、決まりね」

 叶美は弾んだ声で言った。

「後から直貴も来るって言ってたから、五人分。タキちゃん、紙に必要な材料を書き出してくれない?」

「はい」

 叶美はてきぱきと仕切っていく。周りが口を挟む隙を与えない。

 多喜子が書いたメモを受け取ると、男二人に突き出した。

「買い出し、お願いね」

 彼女の手際のよさには本当に感心する。


 夕暮れの中、沢渕は久万秋と並んで歩いていた。

「あいつ、本当に人使いが荒いよな」

 頭の上から不満気な声が降って来た。

「でも、部長ですからね」

「お前ね、焼肉食べるのに、探偵部は関係ないだろが」

「いや、これは探偵部の活動の一環だと思いますけど」

「やけに森崎の肩を持つじゃねえか」

 すると、ここでクマの声のトーンが変化した。

「ははん、分かったぞ。さてはお前、森崎に惚れたな」

「別にそういう訳ではないです」

「まあまあ、隠すな。確かにあいつはおっかないところがあるけれど、そこそこ可愛いからな。間近で見ると、顔のパーツが繊細にできていて、ドキッとさせられるんだな、これが」

 クマは一人で語り始めた。

 確かにクマの無骨さと比べれば、叶美はその対極にあるのかもしれない。同じ人類として、両者はあまりにもかけ離れている。

 二人は団地の中にある昔ながらのスーパーマーケットで、主婦をかき分けるようにして、次々と食材をかごに放り込んだ。

「これで全部揃いましたね」

 沢渕はメモを確認する。

「いや、ちょっと待て。せっかくだから、ホルモンを買っていこう」

「でも、そんなのメモには書いてないですよ」

「いいんだよ。全部一緒に混ぜちまえば、分かりゃしないって」

「知りませんからね、僕はちゃんと止めましたよ、いいですね」

「お前、何、予防線張ってるんだよ。自分だけ助かれば、それでいいのか。俺たちの友情は、ホルモン一つで壊れるほど薄っぺらなものだったのか?」

「そうですね、ホルモンの皮よりも薄いと思います」

「うぐっ」


 店を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。団地の窓が一つ、また一つ黄色く染まっていく。

「ところで、クマ先輩はどういう経緯で探偵部に入ったのですか?」

 沢渕はすっかり黒い影と化した人物に声を掛けた。

「森崎に誘われたんだよ。ほら、話しただろ。あいつを救った話」

「はい。何か事件があったのですか?」

「去年の秋頃、うちの生徒が繁華街で金を巻き上げられる事件が多発しててな。その捜査で森崎が一人、ゲームセンターで聞き込んでいたら、不良連中に絡まれたって訳さ」

「先輩一人で、聞き込みですか?」

「ああ、そうさ。その時直貴も捜査に当たっていたんだが、森崎とは別行動を取ってた」

「へえ」

 沢渕は正直驚いた。

「女子一人で繁華街の聞き込みなんて、結構無茶しますね」

「ああ、俺が偶然居合わせたからよかったものの、あいつ一人だったらと思うと、ぞっとするよ」

「やっぱり心配ですか?」

「当たり前だろ」

 クマは怒ったように声を荒らげた。

「訳を聞くと、探偵部とやらの仕事だと言うじゃねえか。それなら俺が手を貸してやろう、ってことになってな」

「なるほど」

「それ以来、汚い仕事は俺に任せろ、って言ってあるんだ」

「それ、ちょっとカッコいいかも」

「そうだろ」

 クマは嬉しそうな声で言った。

「それでな、あいつが」

 まだ言葉を続けようとする巨漢に、

「あっ、もう着きましたよ」

 とだけ言った。

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