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新たな証拠、発見(3)

 すぐ目の前に一軒家を改造したラーメン屋があった。竹格子の引き戸には暖簾が下がっている。

「ここなんッスよ」

 梶山は足取りも軽く中に入った。一同も後に続く。

「いらっしゃい」

 店内では夫婦らしき二人が椅子に掛けてテレビを見ていた。店主の方は慌てて立ち上がると奥へと消えた。奥さんの方は次々と入ってくる客に笑顔をふりまいている。

 店は途端に賑やかになった。

 沢渕と叶美はカウンターに腰掛けた。寺田たちは気を遣ってか、背後のテーブル二つに分散した。

 エプロン姿のよく似合う奥さんがお冷を出し終わると、

「みなさん、お友達ですか?」

 と、叶美に訊いた。

「はい、そうです」

 その答えに、奥さんは不思議そうな表情を浮かべた。

 みんなが注文を済ませてしばらくすると、叶美はカウンターの奥へ話し掛けた。

「この先に自動車屋さんがありますね?」

「ああ、武鼻さんの店ね。武鼻自動車サービス」

 奥さんが応じる。

「中古車を販売してるのですか?」

「いいえ、あそこは解体専門ですよ」

「そうですか。それじゃあ解体前の中古を安く売ってもらうことはできませんかね?」

「車、買うんですか?」

「実は今度、高校の文化祭がありまして、小型のバスが必要なんです」

「バス、ですか?」

 奥さんは怪訝そうに聞き返した。

「会場に飾るだけですから、別に走行できなくてもいいんです」

「でもね、武鼻さんの店では販売してないと思いますよ。そうよねえ、あんた?」

 店主は炒め物をする手を休めて、

「特殊な車両なら販売してくれるかもしれませんよ」

「そうなんですか」 

 叶美は顔を輝かせた。

 店主は天井を見上げるようにして、

「バスねえ、そういやあ、そんなのが停まっていたなあ」

「本当ですか?」

「ええ。出前に行った時にね、確かに置いてありましたよ。あれはマイクロバスだと思うんだけどな」

「今でもあるのかしら。それっていつ頃のお話ですか?」

 叶美は自然と身を乗り出していた。

「もう随分前になりますけどね」

「去年の夏頃じゃないの?」

「うん、確かにその頃だ」

 記憶力はどうやら奥さんの方がよさそうだ。

 これは梶山の証言とも一致する。問題は、犯行に使われたマイクロバスがどうして武鼻自動車に置いてあったかである。

 彼は犯人の一人なのか、それとも偶然手に入れただけなのか。

「お店は武鼻さんって方が経営されているんですか?」

「そうですよ、お一人でやってます」

 奥さんが答える。

「マイクロバスを安値で売って下さいって頼んだら、高校生相手にちゃんと売ってくれますかね?」

「さあ、どうでしょうか」

 奥さんにとって、これは難しい質問のようだった。

「武鼻さんってどんな方なんですか?」

「そうですね、もう五十は超えてるんじゃないですか。奥さんに先立たれて、今は一人暮らしをしてるみたいですよ」

「怖い人ですか?」

 奥さんは笑って、

「いいえ、別に怖くはないですけど、ちょっと若い人は取っつきにくいかもしれませんね」

 沢渕は考える。

 武鼻自動車サービスの敷地は確かに広いが、雨風をしのげる場所は事務所と車庫ぐらいのものである。そんな場所に十七人もの人質を監禁することは不可能である。

「他に従業員さんはいらっしゃらないのですか?」

「いや、見たことないですね。昔は若い人を雇っていたこともありましたよ。でもね、武鼻さんは少し頑固な所があるから、みんな続かないんでしょうね。最近では一人で仕事をするのが性に合ってるって言ってましたよ」

 やはり武鼻はシロのような気がする。

 誘拐犯たちは相当強い結束の下、与えられた役割を黙々とこなしていると考えられる。これまで警察の捜査に一度も尻尾を出さないのは、それだけ組織がしっかりしているからに他ならない。恐らく目的や利害が完全に一致するメンバーで構成された組織に違いない。

 そこへいくと、武鼻はどこか一匹狼的で集団に身を置くような性格ではなさそうだ。

「お待ちどおさま」

 後ろのテーブルにはラーメン、餃子、チャーハンなどが所狭しと並べられた。

 沢渕の目の前には今、ラーメンが出された。よく煮込んだスープの香りが空腹にしみわたった。早速箸をつけた。

 隣の叶美はしばらく何かを考えているようだった。


 食堂を出ると外はすっかり暗くなっていた。時刻は八時を過ぎている。

「どうもお世話になりました」

 叶美と沢渕は頭を下げた。

「どういたしまして。俺たちでよければ、いつでも力になりますよ。それから、久万秋さんによろしく」

 寺田が丁寧に言った。

 五人の男たちはいつまでも二人を見送った。


 駅へ向かって歩いていると、直貴から連絡が入った。

 沢渕は叶美の身体に寄り添うようにして、彼の声に耳をすませた。

「ネットで調べてみたんだが、その『鏡見谷旅館』というのはすでに廃業しているね。閉館してもう七年が経つ。場所はここから二百キロほど離れた山中にある。今でも建物が残っているかどうかは不明だが、全盛期には本館と別館を持つほどの大旅館だったみたいだ。写真やパンフレットの一部を入手したから、これから送るよ」

「ありがとう。助かるわ」

 写真が数枚送られてきた。

 五階建ての立派な旅館である。本館と別館が紅葉した山を背景に写っていた。パンフレットには、温泉や娯楽施設そして送迎バスの記載があった。

 バスの写真は小さいが、形状から判断すると武鼻自動車に置いてあったマイクロバスと見ていいだろう。

「沢渕くん、どう思う?」

「そうですね、この旅館は一度調べる必要がありますね」


 二人はようやく駅に辿り着いた。

 今日は長い一日だった。この駅を出たのがひどく昔のことのように感じられる。

 大時計の針は九時を指していた。

 この時間になると、地方の駅には人影が少ない。靴音が天井まで響き渡っていた。

 構内の照明が叶美の全身を映し出した。その姿に沢渕はびっくりした。

 白のブラウスの所々に黒い染みが滲んでいたからである。

「先輩、その格好」

「えっ?」

 叶美は胸の辺りに目を落とした。

「あらまあ、凄いことになってるわね。今まで全然気がつかなかったわ」

 そしてすぐさま、

「沢渕くん、あなただって私以上に汚れてるわよ」

 確かにその通りだった。まるで火災現場から帰還した消防士のようであった。

 近くを通る人が物珍しそうな視線を浴びせていく。

「何だか、二人とも泥んこ遊びをした子供みたい」

「そうですね」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 トイレに立ち寄ろうと考えたが、ちょうど列車が来る時刻と重なってしまった。これを逃すともう一時間待たなければならない。

 仕方なく二人はそのまま列車に飛び乗った。

 車内は空いていた。

「今日はとっても疲れちゃったわ」

 叶美は目の前のベンチシートに腰掛けた。沢渕も横に座った。

「でも色々と収穫はありましたよね」

「そうねえ」

 考えることがたくさんあった。しかし今は疲労感が思考を鈍らせる。

 二人は黙り込んだ。

 左右に揺れるシートの上で、叶美は何度も肩を寄せてきた。沢渕が慌てて覗き込むと、彼女は目を閉じて眠ってしまっていた。

 柔らかい頬が沢渕の肩に触れた。

 まもなく列車は到着する。

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