捜査方針、固まる(1)
火曜日の放課後、探偵部のメンバーはカラオケボックスに集合していた。
奈帆子だけは忙しそうに店内を動き廻っていた。それでも仕事の合間を縫って、ジュースとお菓子を持って駆けつけた。
「あら、うちの妹がいないじゃない?」
そう言ってソファーに腰を下ろした。
「今日は家庭部の打ち合わせがあるんですって。少し遅れてくるそうです」
叶美が説明した。
「か、家庭部?」
驚きの声を上げたのはクマだった。
「そう、昨日入部したのよ。タキちゃんにぴったりでしょ」
「そんなクラブ、うちの学校にあったっけ? 存在感のなさは探偵部といい勝負じゃねえか」
奈帆子はコーラをグラスに注ぎながら、
「そんなことないわ。伝統あるクラブとして活躍してるもの。大会で優勝したこともあるんだから」
そう言って手際よくグラスを振り分けた。
「家庭部の大会って何やるんだよ?」
「クッキングコンテストとか、創作菓子コンテストとか、色々あるじゃない?」
と、今度は叶美。
「ふうん」
クマは鼻を鳴らした。
それから思い出したように、
「来月俺も大会に出るんだぜ。みんな応援に来てくれるだろ?」
と弾んだ声を上げると、メンバーの顔を見回した。
「それって、柔道の大会?」
奈帆子が確認する。
「もちろん、そうさ」
「でも、私ルールがよく分かってないのよね。あれって遠くへ投げたもん勝ち?」
クマはコーラを吹き出した。
「あのなあ、砲丸投げじゃないんだから、人間を遠くへ飛ばしてどうすんだ?」
「冗談よ、冗談」
奈帆子は笑って誤魔化したが、ルールを知らないのはまず間違いない。
「クマは柔道部では最強なんだろう?」
直貴がすかさずフォローを入れた。
「まあまあ、俺が次期部長って話は実は秘密なんだが、今大会の優勝候補と言っても過言じゃないな」
「秘密っていう割にはペラペラ喋っているけど」
こんな時、叶美は冷静である。
「とにかく俺を応援して、損はないと思うぜ」
クマは相当に自信があるらしい。
「おい、晶也。お前は暇そうだから、絶対に来いよな」
「わ、分かりました」
「ほらな。こうやって柔道の魅力が分かるヤツもいるんだぜ」
クマは満足そうに頷くと、ソファーに身を沈めた。
「そこまで言うのなら、考えておくわよ」
奈帆子は渋々といった感じである。
「それじゃ、気を取り直して始めましょうか」
叶美が切り出した。
「週末の捜査活動、お疲れさまでした。まずはその報告から。クマ、お願い」
「おう」
そう短く返事をすると、一気にグラスを空にした。
「俺は建川さんのトラックに乗って、古紙回収の手伝いをしてきた。二日に渡って街中をあちこち廻ったんだが、その経路は全てGPS付ビデオカメラで撮影した。作業中に森崎がくれたリストと照合してみたが、一致する雑誌は確認できなかった。でも山の上に一軒だけ、気になる別荘を発見した」
直貴が言葉を継いだ。
「その建物については、こちらで作成した地図に書き込んでおいたよ。後からみんなにお見せしよう」
「今回、大事な任務を快く引き受けてくれて、クマにはとっても感謝してる」
叶美が優しい目をして言った。
「あのな、快くではないんだよ、ちっとも。ところで森崎お前、交換条件は忘れてないだろうな?」
「ええと、みんなで海に行く話よね、ちゃんと覚えているって」
「おい、それ微妙に修正入ってないか。二人だけで行く約束じゃなかったか?」
「ううん、あなたは水着がどうのこうの言ってたけど、二人きりとは言ってなかったわよ」
叶美はきっぱりと言った。
「あっ、汚ねえ」
「まあ、いいじゃない? 来月の定期テストが終わったら、気晴らしにみんなで海へ遊びにいこうと思ってるんだから」
「仕方ねえな、それじゃあホルモンの話は覚えているだろうな?」
「クマって案外記憶力いいのね。そういうのを日頃の勉強に生かしたらどうなの?」
「うぐっ」
部屋は笑いの渦に包まれた。
「ああ、それからな。話は変わるんだが、実はタキに悪いことしちゃってさ」
「どうかしたの?」
姉がすかさず訊いた。
「俺と建川さんに弁当を作ってくれたのはいいんだが、初日、間違えて建川さんが俺の弁当を食っちゃったんだよ」
「うん? 何か問題でも?」
直貴が訊いた。
「俺の弁当は特別製だったんだよ。ご丁寧にそぼろで熊の顔を作って、その上に海苔でKUMAと書いてくれてた」
「でも蓋を開けた瞬間、建川さんも先輩の弁当だって気づいたでしょう?」
沢渕は当然の疑問を口にした。
「いや、違うんだよ。どこかで弁当が入れ替わって、建川さんのノーマル弁当を俺が先に食っちまったんだよ」
「え? 建川さんが蓋を開けると同時に、クマは全部食べ終わっちゃったって訳?」
叶美が呆れるように訊いた。
「あのな、さすがの俺でもそんな瞬時に全部食えるかっての。仕事が忙しいから、お互い時間をずらして食ったんだよ。先に俺が建川さんのノーマル弁当を誤って食ってしまったんだ。まさか俺の弁当にそんな仕掛けがあるとは思ってもみなかったからな」
「あの人も、スペシャル弁当を食べることになって、さぞ困惑しただろうね」
直貴が口を挟んだ。
「本当は黙っていようと思ってたけど、隠し事はどうも苦手でな。だから今、ここでみんなに発表したんだよ」
「その件は彼女に伏せておいた方がいいかもしれないな」
「しかし、あいつに秘密にしておくのは気が引けるなあ」
クマは意外と正直者である。沢渕は感心した。
すると突然、部屋のドアが開かれた。
「すみません。遅くなりました」
多喜子が息を切らして入ってきた。後ろ手にドアを閉めた。
絶妙のタイミングで登場した彼女に、メンバーは全員固まってしまった。
「あれ、どうかしましたか?」
クマは何とか平静を装って、
「ちょうど今さ、タキの作ってくれた弁当の話をしていたところなんだ」
「ああ、あれ。どうでした? びっくりしたでしょう?」
多喜子は小さな制服を揺らすように言った。
「それなんだが」
クマが何か言おうとしたが、それは多喜子の耳には届かなかったようである。
「実はそぼろの色合わせって結構難しいんですよ。あの飾りつけに一番時間を取られたんです。でも自分で言うのも何ですけど、上手くできたと思うんですよね」
「そ、そうだな。とてもよかったと思う。さすが我が校伝統の家庭部。大会に何度も優勝してきただけのことはある」
「とは言っても、まだ部員になって一日目なんですけどね」
多喜子は笑みを浮かべた。
さすがのクマも、彼女のはしゃいだ気持ちにブレーキを掛けることはできなかったようである。
「それではタキちゃん、コーラでも飲んで落ち着いたら、例の雑誌の件、報告お願い」
「はい」
多喜子は鞄から一冊の雑誌を取り出した。
「これなんです」
テーブルの上で、あるページが広げられた。そこには外国車の華やかな内装、そして豪快な走りの写真が散りばめられている。
目を凝らしてみると、やはり喉の所に鉛筆で何か書きつけてあった。
沢渕は思わず手にとって、綴じ目の反対側のページとを等分に見た。
「ユウカイ」。さらにその下に見覚えのある二つのイニシャル。
クマも沢渕から本を奪うようにして確認した。
「こりゃ、前と同じやり方だな」
沢渕はそんなクマに目を向けていたが、正面から強い視線を感じて顔を戻した。叶美の真剣な眼差しがそこにあった。
「沢渕くん、どう思う?」
「メッセージの順番としては、『ユウカイ』された『助けて』でしょうね」
「おい、晶也。『助けて』『ユウカイ』されたんです、では駄目なのか?」
「別にいいですけど、僕はもう一個メッセージがあったような気がします。助けを求めるなら、その居場所を言う筈だからです。例えば『ユウカイ』されて、今『別荘』にいるから『助けて』となる」
「ということは、監禁場所に関するメッセージがこの後出てくる、ということかい?」
直貴の眼鏡が光った。
「そうです。自分たちが閉じ込められている場所を理解しているかどうかは不明ですが、分かる範囲で何かを書いているかもしれません」
「そうだとすると、一番重要な部分が書かれた雑誌を、どうしても手に入れる必要が出てきましたね」
すっかり息の整った多喜子が言う。
「その通り」
沢渕が頷くと、
「しっかし、回りくどいやり方だよな。一気に全部書いてしまえば、それで済むじゃねえか」
クマが大きな声で言った。
「だからそれは同じ部屋にいる犯人に万が一雑誌の中を覗かれても、気付かれないように配慮しているからじゃなかったかしら」
奈帆子が言う。
「そうよ。クマって本当に記憶力がないんだから」
叶美が追い打ちをかけた。
クマの目が点になった。
「いずれにせよ、もう一冊メッセージの書かれた雑誌を見つけたいね」
直貴がそう言うと、
「しかしそれは難しいかもしれません」
沢渕が後を継いで言った。
「監禁されている二名は、その場所にたまたま置いてあった雑誌に連続してメッセージを残したのでしょう。つまり一連の文章は監禁場所から一斉に外部へ出た訳です。だが建川さんが店に売れる本とそうでない本を選別した際に、真ん中が抜け落ちてしまった可能性があります。そうなるとその大事な部分は古紙として処分されてしまったことになります。土日を掛けて、佐々峰さん二人が店を調べて出てこなかったことから、その可能性は十分高いと思います」
「なるほど」
直貴は素直に頷いた。