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叶美の決断(2)

 駅から真っ直ぐ進むと、二十四時間営業の漫画喫茶が見えてきた。奈帆子が大学の友人とよく利用する店である。会員証と割引券があるので、その店で時間を潰すことになった。

 早朝にもかかわらず、店内は多くの客で賑わっていた。週末ということもあるのだろう、昨夜からの徹夜組もいるようだ。手足をだらしなく床に垂らして眠っている連中を横目に、四人は指定されたテーブルへと進んでいった。

「本当はあっちにカラオケの部屋があるのよ」

 奈帆子が通路の先を指さした。

「でも残念ながら、今は全部使用中なんですって」

 本来は、個室に籠もって事件を語るべきところだが、これも仕方がない。注文を済ませると、全員が自然とテーブルの中心に顔を寄せ合った。

「直貴、捜索範囲の絞り込みにどのくらい時間が掛かる?」

 叶美が訊いた。

「明日GPSカメラを回収して直ちに解析を行うつもりだが、そうだな、一日もあればできると思う」

「それじゃあ、捜査会議は火曜日ね」

「部長、随分と慌てているみたいね」

 奈帆子が不思議そうに言った。

「実は来月早々に中間試験があるんです。だから早めに着手しておきたいと思いまして」

「そうか、試験か。すっかり忘れていたわ」

「えっ、もうテストなんですか?」

 多喜子が驚いた声を出した。

「タキちゃんにとっては初めての試験よね。高校では赤点があるから、しっかり準備しておかないとダメよ」

「赤点、って何ですか?」

「あんた、そんなことも知らないの? テストで三十点取れないと赤点といって、追試か補習か、そうそう親も学校に呼び出されるのよ」

「ええっ、そんなの嫌だわ」

「タキちゃんなら、大丈夫。テストが近くなったら、みんなで一緒に勉強しよ」

 叶美が優しく微笑んだ。

「先輩が教えてくれるなら、安心です」

 しばらくしてテーブルには軽食がずらりと並んだ。コーヒーを片手に話は続けられる。

「それにしても、人質が監禁されている場所を発見するまでに、一体どのくらい時間が掛かるのかしら?」

 奈帆子が大きくため息をついた。

「該当する区域をいくつかに分けて、手分けして捜索に当たろうと思います。ですが、想像以上に大変な仕事になるかもしれません」

「一番手っ取り早いのは、建川さんが例の雑誌の回収場所を思い出してくれるか、あるいは今日か明日にでも同じ種類の本が捨てられることね。そしたらすぐに場所が特定できるでしょ」

 奈帆子が言う。

「果たして、そんなに簡単にいくでしょうか?」

 叶美は続ける。

「慎重な犯人なら、監禁場所が特定されるような場所で古雑誌を出すとは思えません。今回私たちが手に入れた本も、実はどこか遠く離れた場所から流れ着いた可能性も捨てきれません」

「でも先輩、それじゃあ場所の特定は不可能じゃないですか」

 多喜子が率直な意見を口にした。

 直貴はコーヒーカップを手にしたまま、

「そう、正直に言えば、この捜索は見当違いなものになるかもしれないんだ。だけどね、僕は人質の監禁場所は、同時に犯人の生活の場でもあるんじゃないか、そう睨んでるんだ」

「少人数で十七人を見張らなければならない、そんな犯人側の都合があるとしたら、確かにその可能性は高いわね」

 叶美が同調した。

「恐らく犯人は人質のメッセージには気づいてないだろうから、何の疑いもなく、日常生活の延長で古本を処分していると思うんだ。そこには犯人の気の緩みがある。最初のうちは緊張していた奴らも、四年という歳月を経て、うっかりボロを出しつつある。そこをうまく突ければ、我々に勝ち目が出てくる、そう考えているんだが」

「でも、犯人たちが尻尾を出さなければ、捜索範囲を広げることも覚悟しておかなければならない訳でしょ? そうなると犯人に辿り着くには何年も掛かっちゃうんじゃないかしら」

 口をへの字に結んで奈帆子が言った。

 叶美はそんな表情に微笑んで、

「まともに捜索していたのでは、時間がいくらあっても足りません。ですから、ある程度ヤマを張ろうと思うんです」

「どうやって?」

「監禁場所に必要な条件とはどんなものか、考えてみましょう」

 そう言うと、叶美は小さな手帳を取り出した。

「まずは効率よく監視するために、できれば十七人は一カ所に集めておきたいものだね」

 直貴が自信ありげに言った。

「そうなると、かなり広い部屋が必要ね。とすれば、普通のアパートやマンションは捜索から除外してもいい」

 叶美はそう言いながら、手帳に書き付けていく。

「さて、他にはどんな条件があるかな?」

 直貴が女子三人を見回した。

「みんな、食事やトイレやお風呂はどうしているのでしょうか?」

 多喜子が言った。

「タキちゃん、なかなか鋭いわよ」

 叶美は褒めて、

「私も食事については気になっていたの。人質と犯人を合わせると、恐らく二十を超えると思うんだけど、それだけの人間が朝、昼、晩と食事をするのは結構大変なことだと思うのよ」

「毎日どこかのお店で弁当を二十個も買い込んでいたら、それこそ町中の噂になってしまうわね」

 奈帆子が続けた。

「ということは、犯人は人質の食事を作って食べさせている訳です。つまり監禁場所には厨房設備が整っていることになります」

 さらに多喜子が目を輝かせて言った。

「それは案外、重要なポイントかもしれない」

 直貴がそう言うと、多喜子は満足そうな表情を浮かべた。

「あと、人目につかない場所というのは?」

 奈帆子も妹に負けじと言った。

「二十人もの人間が生活するのって、近隣から結構目立つと思うのよね。だからなるべく周りに民家がない方が都合がいいんじゃないかしら?」

 直貴は腕組みをしたまま頷いて、

「周りに人家がなく、広大な部屋を持ち、さらに厨房設備がある、そんな物件か」

「ホテル、病院、工場」

 叶美が列挙した。

「学校」

 多喜子が付け足した。

「でもね、毎日人が出入りする場所では、それこそ大勢の人質を監禁するなんて無理じゃない?」

 奈帆子が口を挟んだ。

「それなら、今は使われていない物件ならどうだい?」

 直貴が提案する。

「じゃあ、廃墟になったホテル、潰れた病院、閉鎖された工場、廃校ですか?」

 多喜子が言い直した。

「だけどね、そんな人が寄りつかない場所で、人の気配がしたり、調理の際に煙でも立っていたりしたら凄く不自然よ。すぐにバレちゃう気がするな。これまで誰にも気づかれることなく、四年間を過ごせたとは到底思えないんだけど」

「そうすると、やはり人里離れた場所にひっそりと立つ施設、か」

 直貴は眼鏡を持ち上げて言った。

「山奥のお寺なんてどうでしょうか?」

 多喜子の意見。

「確かに寺院は全ての条件を満たしているね」

 直貴は感心したように言った。

「でも、あんた、お寺なんかじゃ、みんなに一斉に逃げられてしまうんじゃない?」

 姉の厳しい意見に、妹はがっくりと肩を落とした。

「まあまあ。今は監禁場所の推測だから、寺院というのも一応候補にはなると思うわ」

 叶美は多喜子を慰めるように言うと、さらにペンを走らせた。

(彼ならどう考えるだろうか?)

 自然と沢渕晶也の顔が浮かんだ。

 早く彼に会いたいと思う。会って話がしたい。探偵部部長としてのひたむきな姿を彼に見せてやりたい。

 叶美のコーヒーは一度も口がつけられることなく、すっかり冷めてしまっていた。

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