山神高校探偵部(1)
大きな桜の木が見えてきた。校門をすっかり覆うほどに咲き乱れた花は、私立山神高校に春の訪れを告げていた。
沢渕晶也は真新しい制服に身を包み、やや緊張した面持ちで校門をくぐり抜けた。まっ白な靴の上に薄色の花びらが一枚、また一枚と降りかかる。
今日が高校生活の一日目である。これから三年間、どんな出来事が待ち受けているのだろうか。心の中は不安と期待が交錯する。
型通りの入学式が終わると、続いて生徒会による新入生歓迎会へと移った。こちらは堅苦しい式典とはうって変わって、軽快な音楽で幕を開けた。体育館の二階の窓が遮光カーテンで覆われると、途端に場内は暗闇に支配された。
ステージの上をスポットライトが縦横無尽に移動する。ついこの間まで中学生だった新入生らは心を躍らせ、一瞬たりとも目を離せずにいた。
重なったライトが今、一人の人物を浮かび上がらせた。それはすらりと背の伸びた、細身の女子生徒だった。彼女はありふれた制服の上からも、その魅力を存分に発散していた。清楚で、凛とした足の運びは自信に満ちている。肩にかかる髪が何度も波のように揺れた。
「みなさん、ご入学おめでとうございます! ようこそ我が山神高校へ」
彼女は満面の笑みを浮かべ、両手を左右いっぱいに開いた。大きな瞳が光の中で輝く。ゆったりとした仕草で壇上から会場を見渡すと、それはまるでアイドル歌手のコンサートを思わせた。
続いて舞台の両脇から次々と男女が飛び出してきた。彼らは今、十人ほどが一列になってアイドルの後ろに整列した。
「はじめまして、私は生徒会長の森崎叶美です。そしてこちらは山神高校の生徒会執行部の面々です。今日みなさんと会えることを心待ちにしていました。どうか最後までお付き合いください」
一瞬の間を置いてから、会場は拍手の渦に包まれた。
暗闇のどこかで、
「森崎先輩!」
黄色い声援が上がった。同じ中学の後輩だろうか。森崎叶美も手を振って応える。
次の瞬間、スポットライトが嘘のように消えて、舞台の背景に巨大な映像が浮かんだ。そこには「山神高校の一年」という英文字が踊っていた。
寸劇やクイズなど、飽きさせない構成であっという間に歓迎会は終了した。新入生にとってそれは心に残るイベントとなった。
この圧倒的なパフォーマンスをやってのけた生徒会とは一体どんな組織なのだろうか。中学時代とはスケールが違い過ぎる。沢渕晶也は感心しきりだった。自然とこれからの高校生活に胸が躍った。今は周りの誰もが感動の余韻に浸っているようであった。
新入生が一団となって教室に戻る際、前を行く男子二人の声が耳に入ってきた。
「あの生徒会長はなかなかの美人だったな」
「森崎先輩って言ったっけ、あの人と知り合えるなら、俺も生徒会に入りたいよ」
確かにあの生徒会長は、沢渕にとっても気になる存在だった。しかし彼女と関わることなど、まずあり得ない。人前に立つことが苦手な沢渕にとって、生徒会だとか、執行部だとか、それはまさに無縁の世界である。高校三年間全てを費やしても、彼らと接点を持つことはないだろう。沢渕はそういう人間である。