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告白(1)

 今から六年前、雨の降る夜にその事故は発生した。森崎叶美の父親が運転する車が反対車線に飛び出し、対向車と正面衝突したのである。その時、助手席に座っていた小学生の叶美は、この交通事故の一部始終を目撃することとなった。

 降りしきる雨の中、突然叶美の目の前に現れたのは、自転車に乗った人影だった。彼はまるで磁石に吸い寄せられるように車道の真ん中に入ってきた。次の瞬間、経験したことのない急制動が叶美を襲った。四本のタイヤが一斉に断末魔の叫びを上げた。

 ワイパーが激しく動くガラスの向こうに、一台の車が迫っていた。叶美は今でもその光景を鮮明に思い出すことができる。ライトに浮かび上がったのは、ハンドルを握る女性の顔だった。刻一刻と迫る死の恐怖に、彼女の顔は凍りついていた。それでも衝突の直前、彼女は激しく唇を動かした。それは「タキコ」という叫びらしかった。

 その後何がどうなったのか、叶美にはうまく説明できない。脳裏に浮かぶのは、おぞましい現場の光景である。気がついた時には、叶美は車外にいて、天から降り注ぐ雨を全身に受けていた。

 いつの間にか救急隊が車を取り囲んでいた。鉄の塊を無理矢理ほぐして助けられたのは、まだ幼い少女だった。彼女はぐったりとして意識がないまま、病院へ運ばれていった。その少女の名は佐々峰多喜子だった。彼女はしばらく生死の境をさまようことになった。

 姉の奈帆子と父親が病院に駆けつけた。事情を知った奈帆子は廊下で泣き崩れ、父親は大声で罵った。目の前で叶美の父に掴みかかり、二度、三度と顔を殴りつけた。

 叶美は子供心にも、自分たちが犯した罪の重さを実感した。その場から消えてしまいたい衝動に駆られた。二人の前で、一体どういう態度でいればよいのか、まるで分からないのである。せめて自分の父親を軽蔑しなければ、その場には立っていられないような気がした。

 その後、警察の捜査によって、事故の第一原因となった男が浮かび上がった。彼は酒に酔って自転車を運転し、ふらふらと車道に飛び出したことを認めた。彼の自供により佐々峰家とは示談が成立し、叶美の父親は刑事罰を受けることを免れた。

 叶美の父親は、佐々峰家や多喜子の病院に足繁く通っていたようである。しばらくしてから、多喜子が全快して無事退院したと聞かされた。

 あの晩以来、叶美は佐々峰姉妹と会うことはなかった。

 忌まわしい事故から四年が経過した。その頃にはすっかり心の傷は癒えていた。父親は一時期、近所や職場で辛い思いをしたようだったが、突然母親を失った家族のことを考えれば、それぐらい何でもないと娘に聞かせたこともあった。

 叶美は小学、中学を無事に卒業して、山神高校に入学した。入学式の日、叶美は心臓が飛び出るほど驚いた。新入生歓迎会で舞台に姿を現した生徒会長は、何とあの佐々峰奈帆子だったからである。叶美は彼女の顔を忘れてはいなかった。自分は運命のいたずらに翻弄されているのだ、と身体が震えた。

 しばらくは何事もない学校生活を送っていたが、叶美はクラスの代表に選ばれて、生徒会と関わるようになった。そしてある日、奈帆子から探偵部の存在を知らされた。彼女は事もあろうに、探偵部に入るよう熱心に勧誘するのである。人は自分の犯した罪から、決して逃げることができないのだと、叶美は観念した。

 覚悟を決めて、探偵部に入ってみたのだが、奈帆子は一度も事故の話を持ち出さなかった。だが彼女が気づいていない筈がない。私情の一欠片も見せない奈帆子と接することが、逆に叶美には辛かった。

 しばらくすると部長は、当時中学三年生だった妹多喜子を引き合わせた。これにはどういう意図があるのか、叶美には分からなかった。しかしそんなことよりも、あの事故の少女が、今はこんなに立派に成長していることが素直に嬉しかった。自然と彼女を抱きしめていた。涙が溢れて止まらなかった。

 しかし多喜子の方は、叶美のことをまるで知らなかった。初対面の人物がいきなり抱きついて涙を流したのには、さぞびっくりしたに違いない。


 叶美は時に肩を震わせ、涙混じりになりながらも、全てを語ってくれた。

 沢渕は静かに彼女の話を聞いていた。話が終わってからも、しばらくは口を開かなかった。

 こればかりは自分は何もしてやれない。全ては叶美自身が乗り越えなければならないことである。もし自分にやれることがあるとすれば、それは彼女の心の叫びを受け止めてやることだ。微力ではあるが、それが心の支えとなればよい。

 そう言えば、去年叶美は無謀な捜査活動を一人で行っていた話を思い出した。それは彼女の絶対的な自信から来る無鉄砲さと最初は考えていたが、実はそうではなかった。部長奈帆子の下で、自分の命を投げ出す行為が、事故の償いになると考えたからではないのか。少々無理をして傷ついたとしても、それは叶美にとって本望だったのかもしれない。

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