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晶也の推理(2)

 全員が固唾を呑んで彼の言葉を待った。

「バスですよ」

 探偵部のメンバー誰もが黙りこくっていた。沢渕の言葉の意味を考えているのだった。

「地図上のこの線は、ほぼ大通りを走って駅へ向かっています。恐らくこれはバスの路線図と重なる筈です」

「ちょっと待ってくれ。それじゃあ、最終バスに乗務していた小酒井とかいうのが犯人ってことか?」

「クマ先輩、まあそう慌てずに」

 沢渕は手で制した。

「たぶん小酒井という運転手は、事件とは無関係でしょう。なぜなら彼は事件後のんびり車庫に残っていて、しかも悠長に派出所に電話を掛けてきているからです」

「ああ、そうか、分かったぞ。だからバスが十分遅れたのか」

 直貴が眼鏡の奥で目を光らせた。

「そうなんです。小酒井運転手は車椅子の女性客を手伝っていて、定刻に遅れたと証言しています。たぶんこの女性は犯人グループの一味ではないかと考えられるのです」

「わざとバスを遅らせる工作をした、という訳ね」

 多喜子が指を鳴らした。

「その通り。バスを十分遅らせておいて、その前に別のバスを定刻で走らせたんだね」

 直貴の説明に久万秋は目を輝かせて、

「なるほど、そういうことか。誰だって時刻通りにやって来たバスに何の疑いも持たない。誘拐されるとも知らずに、まんまと偽のバスに乗ってしまう。走り出してしまえば、乗客を装っていた犯人が凶器で脅して黙らせる、か」

「確かにこのやり方なら、少ない人数でも犯行は可能ね。それにみんな無抵抗に拉致されたのも説明がつくわ。被害者たちは自ら犯人の懐に飛び込んでいったのだもの」

 多喜子が興奮した調子で言った。

 沢渕は続ける。

「どうして被害者の数が十七なのか。例えば、五や、二十ではだめなのか。そこが引っかかったのです。ではこの十七という数字は意図したものではなく、偶然の産物だったらどうかと考えたのです。この日の夜、たまたまその数字が生まれた。つまり犯人らは最初からこの人数を狙っていたのではなく、最終バスを走らせて捕獲できた人数だったのです」

「だが、犯人たちは、ある程度集まる人数は予測していたんだろう?」

 久万秋が訊いた。

「はい、もちろん、それは十分計算済みだったと思いますよ。例えば一週間前に最終バスに乗ってみれば、どんな乗客が何人ぐらいバスに集まってくるかは把握できた筈です」

「君の言う通りだとすると、犯行に必要な人数は、運転手一人、そして乗客を騒がせないようにする見張りが一人か二人。これなら数人でも十分だね」

「そうですね、あと本物のバスを遅らせた車椅子の女、合計で三、四名ってところでしょうか」

 沢渕は補足した。

「そいつはいいとして、前を走らせるバスはどこで手に入れたんだ? バス会社の車庫から盗んだのか?」

 そんな久万秋の問いに、

「いや、それはないと思います。バス一台を盗み出していれば、大きなニュースになると思うのです。従業員にバレないように盗んで、使用後また戻しておくというのは、ちょっと現実的ではありません。それにバスは当面十七人を監禁しておく場所として役立ちますから、犯人もしばらくは手放せないと思うのです」

「ということは、自分たちで用意したのかしら?」

「おそらくそうだと思うよ」

「お前、簡単に言うけど、同型のバスを買うのに一体いくらかかると思ってんだ。そんなものが簡単に用意できるなら、犯人たちは余程金持ちの道楽者ってことになる」

 それには直貴が答えた。

「確かに同じ物を用意するのは難しいだろうね。だが乗客が乗るまで騙せればいいのなら、大きさが同じ位の中古のバスで十分通用するんじゃないだろうか。廃車寸前の古いものならそれほど高くはないだろう」

「そうですよね。夜のことだし、乗客はそれほどバスの形に違和感を持たないと思うわ」

「そうか。それじゃあ晶也、続きを聞かせてくれ。正規のバスの前を行く偽のバスはその後どうしたんだ?」

 久万秋が訊いた。

「もちろん駅までは行かなかったと思います。さすがに駅前では人目につく。日頃見掛けないバスが走っていたら当然噂になってしまいます」

 沢渕はそう言って広域地図に目を落とした。

「最後の犯行現場は駅前から数百メートル離れたこの停留所です。ですからこの地点を最後に大きく進路を変えたと思われます」

「大通りは避けただろうね。十分もすれば本物のバスが来てしまう。プロの小酒井運転手に目撃されては具合が悪い」

 直貴が言った。

「バスはその後どこに向かったのかしら?」

 多喜子は地図から目を逸らさずにつぶやいた。

「おそらくこの町からは出ていないんじゃないか。町を出るには、高速道路や幹線道路を通らなければならない。だがこういった主要道路には警察のNシステムが設置してあるから、不審車はナンバーを記録されてしまう。それは避けたんじゃないかな」

 直貴の意見に沢渕も続けた。

「僕もそう思います。事件が発生した夜から今日に至るまで、バスもそして人質も町からは出ていないのではないでしょうか」

「人質が書いたと思われるメッセージが、この町の本屋で発見されたからか?」

 久万秋が訊いた。

「そうです。バスから人質を降ろした後、建物内に監禁しているのだと思います」

「でも、もう五年近くも経っているんだぜ。少なくとも女子高生二人は残っているのかもしれんが、十七名の一部は別の町に連れて行かれた可能性はないのか?」

「さっきの推理が正しければ、犯人グループはせいぜい五名。監禁場所を分割すれば、それだけ監視もやりにくくなります。ですから人質全員がこの町に残っていると思います。全員が今も生きていれば、という前提ですが」

 その言葉に多喜子は身震いした。

「犯行後、バスはどうしたんだろうね?」

 そんな直貴の質問に、

「今もまだ倉庫に残っているかもしれません。ですが、これは証拠物件になりますから、すでに解体してしまったかもしれません。これまでに時間は十分あった筈です」

「くそ、時間が経ち過ぎているぜ、まったく」

 久万秋が大声を出した。

「沢渕くん、人質は全員無事かしら?」

 多喜子が心配そうに訊いた。

「犯人の目的が何か分からない以上、断言はできないけど、今は全員生きていると信じたいね。だから僕ら探偵部が頑張らなきゃいけない。今は言えるのはそれだけ」

「お前、いつからそういうクールなキャラになったんだよ。新人には十年早いんだ、十年」

 直貴は、

「よし、それでは役割分担を確認しておこう。クマは今週末、古紙回収業の手伝いをすることになっていたよね。そこで監禁場所の絞り込みを行う」

「俺はやるぜぇ」

「そして佐々峰姉妹は部長が古本屋で聞き出した雑誌を片っ端から調べて、他にも被害者のメッセージが残されていないかどうかを調査すること」

「はい」

「了解」

 天井のスピーカーからも返事がした。

「中古のバスの線は、僕が調べよう。そして明日、鍵谷先生が学校に来るから、古本から指紋の検出をしてもらおうと思う」

 そこで直貴は沢渕の方を向き直って、

「君はどうする?」

 と訊いた。

「そうですね。まずは僕も同じ最終バスに乗ってみたいと思います。それから新野工業の社長に会ってみたいです」

「新野社長に?」

 直貴は驚いた声を上げた。

「はい。どこかにツテがあると助かるんですが」

「分かった。それは何とかしてみよう」

 直貴はそれ以上深くは訊かなかった。

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