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第七話 Knock on the door.

 一体 誰なんだろう おれの部屋でパーティをやっているのは

 夢の中のレヴのポケットに相変わらず家の鍵は無く、

 困ったな 帰るところも他にあるわけじゃないし

 ドアーは開かない。

 この部屋は もう他の誰かのものになってしまったんだろうか

 頭痛。

 しかたないのか ずっと 留守にしていたし 心が からっぽだったのだし

 後頭部に違和感。

 つまりもう おれは用無しなのかな いや 用無しでなかった事なんて そもそも あったっけ?

 その部屋以外の場所はとても暗く、街灯ひとつ立っていない。レヴはしかし、やはり部屋の中の声が気になって。

 ドアーに、耳を、すます。


 

一方、こちらはグレイム家の台所。

 紫色の煙が吹く魔力鍋の蓋を慎重に持ち上げるセド。

「どうか元通りになっててくれ、お願いします!」

 と、覗き込む。鍋の底には紫の液体が泡を立てて、その真ん中にぷかぷかと闇竜の玉が……

「あ、あああ~……」

 割れたままの状態で浮いている。修復は失敗だったのだ。セドはがっくりと膝を付いた。

 だ、駄目だった……。

 泣きそうになったが、しかし一度の失敗ごときで諦めるわけにはいかない。

 復元魔法がだめなら、そうだ、癒着魔法がある。

 セドはテーブルにつかまってよろよろと立ち上がった。瞬間、吐き気を伴う胃痛に襲われる。

 ああっ、でもその前に、少しだけ、少しだけ休もう……

 片手で胃を撫でさすりながら、セドはネロの眠る四畳半へ向かった。愛する弟の寝顔を見て少し癒されようと考えたのである。起こさぬように、そっとドアノブを回して。

 ああ、ほら可愛い小さな寝息が聞こえて……

 だが寝息は聞こえない。ベッドは、空だった。

「……ネロ?」

 返事は無い。住み慣れた狭いアパートが、急に、広く寒々しい空間に感じられて、セドはぶるぶると震えた。

「ネロ何処だ?」

 弟の姿はトイレにも居間にも洗面所にも無かった。胃の痛みが増していく。

 ネロが自分に何も告げずにこんな昼間に出かけて行くなんて、有り得ない。嘘だ。

 セドは廊下にへたりこんだ。

 誰もいない。レヴもネロも。誰も。胃が痛む。刃物を差し込まれたような胃痛。視界が、上部から青暗くフェイドアウトしていく。

 しかし肉体的な異常よりもセドの頭の中を占めていたのは、圧倒的な淋しさ。

 誰も居ない……。

 レヴは、俺が様々にプレッシャーを与えるから家にいづらくなったのかもしれない。

 ネロは、親でもない俺の干渉が悲しくて家出してしまったのかもしれない。

 ああ俺のせいだ、俺のせいで兄弟がバラバラになってしまう。

 胃痛とネガティヴ思考の相乗効果。透明な涙と入れかわりに、セドの意識は落ちてゆく。両親の死に、本当は、最もダメージを受けていたのは長男だった。愛すればこそ、セドは、淋しさに耐えられないのだ。



 胸元にスーパーボールを抱えたネロは、たばこ屋の前の横断歩道を、未熟な翼を使って道路から数センチ浮きぎみに、急ぎ渡る。

 いつもならたばこ屋の隣にある「?」マークの看板をじっと見つめて「これは何なんだろうな」などと、考えながらゆっくりと歩く道だったが、今日はそんな余裕は無い。

 早く帰ってこれを見せて大にいちゃんを安心させなきゃ

 むく犬のいる家の角を曲がればコーポ村石。階段を駆け上がり、ネロはそっと204号室のドアを開けた。

「……タダイマ」

 黙って出て来た後ろめたさもあって、小声で呟く。妙に、静かだ。ネロは何故だか動悸が早くなった。

「にいちゃん……?」

 安アパートの構造上明かり取りが無いため、昼でも薄暗い廊下の真ん中に、セドが倒れていた。

「どうしたの!?ねえ!そんな所で寝たら……」

 ネロはセドを揺さぶったが、ぐにゃりとした兄の身体は反応が無く、翼のたたみ方も、奇妙に折れ曲がっていておかしい。ネロはぞっとした。両親の葬式を思い出す。

「や、やめてよ、にいちゃん!起きて!起きて!」

 半泣きで叫ぶがセドは浅い息をするばかり。ネロは慌てた。どうしていいのかわからなくて、

「中にいちゃん……帰ってきてよう」

 レヴの名前を呟いた。

 何。と、いつもならすぐに居間から顔を出すレヴはいない。ネロは呆然と廊下に座り込んだ。



 砂山砂子は昼間にも関わらず、珍しく起きていた。といって、特に何かしていた訳ではなく、仕事も夜にならないとやる気があまりしない。見飽きたお笑いのDVDをつけっぱなしにして烏龍茶を温めていただけである。

 面白くもない、日常。このような漫然とした生活をしていて創作屋がつとまるわけがない。仮にも少女漫画描きの自分が、恋の1つも成就させられないとは、何事だ。と、砂子は自分を叱咤するが。

 苛々と掻き立てられる心と裏腹に、身体は伸びきってソファの上で、だらりと。

 ああー女子力が落ちていく

 砂子は気合いの入った高校時代を懐かしく、遠く思った。

 プリン食おうかな

 砂子が、まだギリギリくびれがあると思いたい自分の身体を引っ張り上げ、ソファから立ち上がったその時。

 テーブルの下から、けたたましい電子のロックンロール。携帯である。

 うーお面倒臭い、誰だ。

 液晶には閉じた瞼にマジックペンで眼を描いた、間抜けな青年の写真が表示されていた。砂子は携帯を耳に

「なんじゃよお~」

 と、腑抜けた声を出す。相手が親友の津賀賢太郎だからできる事だ。これが他の男だったら多少なりとも高めのトーンで喋っているか、もしくは最初から電話に出ないに違いない。しかし電話口から聞こえてきたのは、キコキコと耳障りな金属の雑音だけだった。

「お~い、どうかしました?ツガケン?」

 砂子が呼ぶと、5、6秒してから雑音混じりにようやく津賀の声が返ってきた。

「わわ、砂山さんゴメン……オレ今ちょっととりこんでて」

「とりこんでてって、アハッ、ばっかだね~アンタがかけて来たんじゃん」

 と、砂子は笑った。しかし津賀は。

「うん、そう、なん、だっ……けどっ、きゃああ!こえー!」

 様子がおかしい。背後から何かが割れる音がして、砂子は少し不安になる。

「ツガケン?」

 2秒の雑音の後、津賀は言った。

「砂山さん……あのさ、もしもだよ?もしも仮に、オレが砂山さんの、好きな人に、必殺ライザーボルトかけたら、砂山さん……泣く?」

「んーん、泣かない」

 砂子が即答すると、

「えっ?な、なんで?」

 電話の向こうで津賀が驚いた。

「そうゆう質問してくるってのがもう、アンタにそんな事はできないって証拠だから」

 津賀が妙に真面目に聞いてきたので、砂子も少し真剣に答えてしまって。気恥ずかしさと同時に砂子は津賀の身が本当に心配になってきた。

「てゆうか何なの、それ。ツガケン今、どこにいるの?そこに、誰かいるの?」

 津賀はその質問には答えずに、

「ああ〜そっかぁ……言われてみればそりゃそーだよね……ウンあの、ごめんね。そんだけなんだ。ありがとう、じゃ」

 唐突に、電話を切ってしまった。

「え?ちょっと、もしもし?」

 切れた電話に喋りかけるほど、砂子の頭の中は混乱していた。なぜ津賀はあんなにも慌てて、あんな質問をしたのか?どういう、意味が、あって?

 爪を噛みそうになって、砂子はオレンジのマニキュアを塗っていた事に気付き、止めた。

 何かの割れる、音。自転車を漕ぐような金属的雑音。あれは、何だった?

 ティンローン、ティンロンティンローン

 突然のドアチャイムの連打に、砂子はドキリとした。

「は、はあい」

 チェーンをかけたままそっと扉を開くと、

「う、あの、あの……助けて、砂子せんせい……」

 鼻水でぐしゃぐしゃな顔をしたネロがこちらを見上げていた。

「にいちゃんが……」


 隣室、204号室に向かった砂子は、狭い廊下に倒れ伏したセドの姿を見て叫んだ。

「わああ!救急車っ」

 息はあるが、完全に失神している。傍らのネロが潤んだ目をシパシパさせて見つめてくるものだから、砂子は、徐々に冷静になることができた。

「ま、まず。電話、貸してもらえるかな」

「うん」

 ネロが小走りでとってきた子機を受け取り、微かに震えの残る指で119番を押す。

 よ、よし。落ち着いてきた。

 手際よく状況を説明して救急車を要請した砂子は子機を持ったまま、

「レヴお兄さんは?」

 と、ネロに尋ねた。ネロは悲しそうに首を振る。

「……いないの、こないだから帰ってないんだ」

 救急車はすぐに到着した。隊員たちが手際よくセドを担架に乗せ、車に運び込む。あれよあれよと言う間にネロと砂子も乗り込まされた。二人はベルトコンベア上の商品のようにちんまり座ってセドに施される処置を見ているしかなかった。

「ご家族の方ですか?」

 突然、隊員に尋ねられ、砂子の膝はピクリと揺れる。

「い、いえ、わたしは隣の者で、この子が彼の弟です」

「そうですか。他にご家族の方は、いらっしゃらない」

「今いないけど中にいちゃんがいるんです!」

 涙声のネロが抗議の色を含んでそう言ったのは、きっと、「いらっしゃらない」という言葉に動揺したからなのだろう。それは砂子にも伝わった。

「レヴお兄さん携帯は持ってない?」

 何とかネロの力になってやりたくて、砂子は尋ねたが

「な、ないの……中にいちゃん、電話すきじゃなくて」

 ネロは下を向いて、えく、と小さなしゃっくりをした。

 ああ、レヴさんはどこにいるのだろう?

 砂子は頭の中に、ペンでレヴの姿を描いてみる。

 ダッフルコートを着た猫背に大きく力強い翼を備え、飄々としているのにどこか淋しげに見えるレヴの佇まい。砂子は、自分はそのルックスに惹かれていたのだと思っていたのだが。隣で兄の帰還を待ち侘びる小さな悪魔の体が肩に触れて、わかった。

 ああ違う。あたし、この兄弟の次男だから憧れていたんだ。兄弟が、家族が、素敵だったからだ。

 砂子は心から、この家族の長男の無事を祈った。


 

 おまえは

 なにを

 のぞんでいる?

 その声は、紫色の光を伴って、気絶したままのセドの意識の底へ届いた。遠くで聞こえる霧笛のような低く荘厳な声だった。

 セドの霞みがかった意識では、声が、現実なのかそうでないのか判断できない。

 何だろう?これは。臨死体験という奴なのか?

「答えろ。お前は何を望んでいる?」

 今度ははっきりと、声が尋ねる。

 覚醒していないセドは物理的に口を開いて話すことができない。しかし反射的に心が答えていた。

 俺の愛する家族が、バラバラになってしまうのが、悲しい、悲しくてたまらない。止めたいんだ、それを。

「なるほど。お前の望みはわかったが……」

 声は言った。

「いいんだ。そういうので」

 セドには、その言葉がどんな意味を持っているのか解らなかった。ましてやこの時、コーポ村石204号室の台所の古びた鍋の底で、割れた闇竜の玉が怪しい紫の光を放っていた事など、救急車で搬送中のセドが知る筈もない。

 いいんだ、って何が?

 セドが思うと声は答えた。

「いや、予想と違う望みだったから……いいんならいいんだ。気にするな」

 望みを叶えてくれるのか?

「かなえるのではない。そのための力を、貸す。……さあ、見えるか?」

 セドの意識の闇の中に、ドアーがひとつ、浮かび上がった。



「胃を押さえてるようですが、腹膜炎は起こしていませんね」

 セドの腹部を軽く押さえながら救急隊員がそう告げる。ネロは腹膜炎が何なのか知らなかった為、それを起こしていない事が兄の命を脅かしているのだと思い込んだ。全身が総毛立つ。

 大にいちゃんのふくまくえんを起こさないと!

 ネロはもう居ても立ってもいられなくなり、隊員の脇からセドの顔を覗き込んで揺さぶった。

「にいちゃん!起きて!ふくまくえんも起きて!」

「ちょ、ちょっとボク、腹膜炎は起きてなくてよかったん……」

 隊員が言いかけたその時、車が大きく傾き、

 がつん

 と、衝撃が走った。

 電柱に衝突して前方のへこんだ救急車は、煙を上げて停止する。

「ど、どうした!」

 後部で処置を施していた隊員が、運転をしていた隊員に尋ねる。

「な、何か横切ったんでハンドルをきったら……」

 運転士の説明に被さるように

「うわあああごごごめんなさいいい!」

 聞き慣れた、少し舌足らずな喋り方が耳に飛び込んできて、ネロと砂子は思わず立ち上がり、運転席に顔を突っ込んだ。

 ペコペコと頭を下げながら自転車に乗ってやってきた人物は、青緑色に鈍く輝く素材の、鳥に似た、覆面ライザーシャープ、津賀賢太郎だった。

「す、すいませぇん、今の事故の原因オレの知り合いなんです、あの、敵に操られちゃってて」

「ツガケン!」

「つがさん!」

「す、砂山さん、ネロ君!?なななんで!?ああ……わわわ…」

 表情はマスクに隠れていたが、津賀の様子は妙だった。落ちつかなげにキョロキョロと辺りを気にしている。

「セドさんが倒れて、これから病院に行くとこなんだけど……」

 言いながら砂子は、懸命にエンジンを再起動させようと奮闘する運転士に目をやる。

「ど、どうです?動きます?」

「駄目かもしれません……」

 運転士は恨みを込めて津賀を見た。津賀はそれでもう、すっかり動揺してしまった。

「ええええっ!やっべえどうしよう……うわあああ、あのオレ、じゃあ別の救急車呼んできま……」

 そこまで言った所で津賀はふぎゃっ!と叫んで身を翻した。0.5秒前まで津賀の居た場所に、凄まじい速さで灰色の塊がぶつかってきた。瞬間、救急車の中は、ネロと砂子と救急隊員2名の悲鳴が重なり合って、でゅわん、と共鳴する。

 フロントガラスごしに、立ち上がった灰色の塊の姿を目にして、一番最初に言葉らしい言葉を発したのはネロだった。

「中にいちゃん?」

「え!?」

 砂子は、まさか、と思った。頭がかくんと前に傾いて、眠ったまま、出来の悪いマリオネットのような動きでレヴは腕を振り上げる。

 いつの間に移動したのか、開いている左側の窓から津賀が顔を出した。

「おにーさん操られちゃってるからっ!あぶねーから逃げて逃げて!」

 打ち下ろされたレヴの鋭い爪が突き刺さり、救急車のフロントガラスに巨大な蜘蛛の巣模様が入る。震えながらも運転士の隊員が後部ドアのロックを急いで外す。バクン、という音と共に車内が明るくなり、隊員たちはセドの乗った担架を持って、砂子はネロを抱えて道路に転がり出た。しかしその時にはもう、コウモリ魔人、レヴは後部側に回り込んでいて。背中のスピーカーが、がなりたてた。

「てめえこら!逃げすぎだライザーシャープ!迷惑だろうが!一般人巻き込みたくなきゃ動くな!」

「そ、そんな事いったって……」

 車の陰から津賀が泣き声を漏らしたのと同時に、砂子の手からするりとネロが身体を抜いた。

「中にいちゃんっ」

 ネロは、後悔をしていた。レヴの異変に、自分は気付いていたのに。いつもと違う、兄に何かが起きているかもしれない気がしていたのに。

 レヴはいつだって少し淋しそうで、何だかふらりといなくなって二度と帰って来ないような、そんな風にネロには見えていて。

 そして、その時が来てしまったのかもしれない。

 ネロはそう思った。操られていると言うよりも、遠くに行ってしまったのだ。

 だから、言えばよかったのに。不安を感じたあの時に。

 兄を繋ぎとめるくらいに力のある、あの言葉を

 言えば、よかったんだ。

「きいて中にいちゃん」

 まだ、間に合うなら。

 ネロは、まるで兄が普段通りであるかのように躊躇いなくレヴに近づいていく。

「わああ危ないよネロくん!」

 津賀は驚いて飛び出すと、素早くネロを抱え上げる。しかしそれは、レヴを遠隔操作しているデストロイ・ブラック団にとってはチャンスだった。

「あーっ!今だ!はやくボタン押してはやく!」

 スピーカーの向こうで誰かが急かすように怒鳴り、レヴの右腕が、見えない糸で、びいんと吊り上げられ、そして爪は、津賀とネロの方に向いた。

「にゃああヤバイ!」

 叫ぶ津賀の腕の中、ネロは、小さく、しかしはっきりと言葉を、投げる。

「帰ってきて。ぼく、中にいちゃんのことが、大好きなんだ」



 きいて

 夢の中のレヴはビクリとしてドアーから耳を離した。今まではっきりとしなかった音の海から、突き出るように、ぽおんと飛んで来た言葉に驚いたからだ。

 今のは何だろう?

 聞き覚えのある声だ、とレヴは思った。

 もう一度、ドアーに耳をつけてみる。今度はよりはっきりと、声がきこえた。

「帰ってきて ぼく 中にいちゃんが大好きなんだ」

 レヴは気付いた。

 ああ、ネロの声に似ているんだ。おれが帰って来るのを待っているのか?

 鍵はない。しかし、ずっとからっぽにしていたと思っていた部屋に、もしも、自分の帰りを待つものがいるのなら、

 帰りたいな……

 レヴはドアーを、ノックした。



 意識の中のセドの前に現れたドアーは、部屋の内側から見たコーポ村石のドアーにそっくりだった。

 内鍵のかかったそのドアーが

 こつ、こつ

 と2回鳴る。

 その響きにセドの心は震えた。

 ああ……帰ってきた!

 セドは迷わずノブを握り、ドアーを押し開けた。

 おかえり。

 ドアーの向こうに寒そうに立っていたレヴを、セドは強く抱きしめた。

 いてくれたんだ……よかった

 レヴは兄の暖かい気配にそう呟いた。

 紫色の光に包み込まれるようにして、二人の兄弟の意識は絡み合ったまま夢の底から浮上していった。



 爪は、振り下ろされなかった。

「あれ?」

 津賀が間抜けな声を出して頭を上げる。

 レヴはぼんやりとそこに佇んでいて。

「……どこだ、ここ」

 と、困ったように頭を掻いた。その声を聞いたネロが津賀の身体の下からモソモソと這い出てきた。

「中にいちゃん」

「ネロ……」

 しがみついてきたネロの小さな手は、確かな現実感を持っていて、レヴは冷えた自分の身体に、その体温が移動してくるのを感じながら、思った。

 ああそっか……。おれ、からっぽじゃなかったんだ。ちゃんと、居たのにな、兄貴と、ネロが。

 ぱちり。

 不思議な事にレヴもネロも、担架の上のセドが目を開けた気配に気がついた。



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