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第六話 覆面ライザーvsコウモリ魔人

 真っ黒な空間に、部屋だけが、唐突に在って。そしてドアは閉まっている。中には入れない。

 ああまた、この夢か。

 レヴはこのところ、夢ばかり見ている。何だか、おかしいなとは感じているのだがどうしようもないし、どうでもよかった。

 部屋の中には、誰かの気配。窓から覗いても、曇りガラスでよく見えない。

 おれの部屋で誰が、何をしてるんだ?

 気にはなったが、それは仕方のない事かもしれないとレヴは考える。

 ずっと部屋を空けてしまっていたしなぁ。

 鍵もない。部屋からは妙なだみ声。聞き取ろうとすると更に濃い闇がのしかかり、

 落下するみたく、

 暗転。



 小春日和だった。

「東友デパート」屋上で、覆面ライザーショーの垂れ幕がむなしく秋の日差しを浴びてはためく。ろくに観客も居ない陳腐なステージ。そこで演じるくだらない寸劇をようやく終えた津賀賢太郎が、一息つこうと自販機に向かったところ、東友の関係者が慌てて追いかけてきた。

「ちょっとちょっと、困りますよ。まだ握手会があるんですから」

「え、え、で、でもお客いないっぽかったし」

「いなくても、その分お支払いしちゃってるんですから、お願いしますよ」

 このようなショーには衣装だけ真似た代役をたてるのが普通なのだが、没落した三十二代目ライザーにそんな予算は無い。悪党退治の片手間にちょくちょく入るこの仕事が、津賀は好きではなかった。

 つまらなそうな顔をした5人の子供たちは、東友デパートお客様ご意見カードの裏にサインをしろと言う。変身した姿なので笑顔を作らなくていいのが唯一の救いだなあ、と津賀は思った。

「じゃあほら、順番に並んでね」

 言いながら、1人目の子供にサインを渡すと、子供は

「やっぱいらない」

 それを放り投げた。秋風に舞って飛んでいくサインを津賀は、ああ、と呻いて見送った。

「ううう……じゃ最初から言わないでよお。紙もったいないじゃん、やめてよもう、ひどいよ最悪だよ、最悪」

 津賀が子供を指差して責めると、別の子が甲高い声を張り上げた。

「い~!ライザーシャープが子供いじめてる~」

「ちょ、ち、違うじゃん!むしろみんながオレをいじめてるんじゃん」

 津賀の反論もむなしく、子供たちは凄まじく生意気な笑顔を浮かべ、

「い~!」

 と喚きながらライザーシャープの装甲をぼこぼこ蹴ってきた。痛くはないが、悲しい。

「や、やめろよう」

「ライザーシャープ、テレビでも5分しか番組ないじゃん。だっせ」

「あーあ覆面ライザーなんかじゃなくてドラゴンキングとか来ればいーのに」

 言いたい放題の子供たち。津賀はほんの一瞬だけ、必殺・ライザーボルトをお見舞いしてやりたいような衝動に駆られ、でも我慢。

「いたいってば!あ、あ、バカそれひっぱっちゃだめ!やめてええ!ばかーーー!」

 叫ぶが、子供の猛攻は止まず、やがてデパート関係者が大急ぎで駆けつけてきた。東友デパートの宣伝部長と思われる太った中年男性がえらい剣幕で怒鳴る。

「バカってなんですかあんた!何考えてんです!ヒーローのくせに子供を罵るなんて常識がないんですか!?」

「だ、だってこいつらが、蹴ってきて、」

 津賀の言葉にも耳を貸さない。

「まったくもう近頃の若者ときたら……」

「い~!怒られてやんの」

 ニヤニヤと見上げてくる子供たちの視線、視線。

 ううう……な、なんだよう……オレなんもしてないじゃんよ……

 鳥に似たライザーシャープのマスクの下で津賀は涙をこぼしかけた。

 と、同時に中年の説教がはたと止んで。

「ん……」

 見ると中年宣伝部長のスーツの裾を、鋭い爪の小さな手が掴んでいる。

「すいません……あのう、」

 ネロだった。

「どうしたのかな〜?」

 先程とは打って変わった客用笑顔を貼りつかせ、宣伝部長はネロに尋ねた。

「あ、あの、お金が、詰まっちゃったんです……ガチャガチャのやつに」

 屋上の隅にずらり並んだ、百円で出てくるカプセル入り玩具のコーナーを指差すネロ。

「あ、じゃあ鍵を取ってきてあげるね。ごめんね〜ちょ〜っと、待っててね」

 部長は一瞬だけ津賀を厳しい目で睨むと、エレベーターに向かって走って行った。子供たちも、ライザーシャープがこれ以上叱られないと判るや、つまんね、ゲーセンいくべ、と、それぞれ階下へ散って。

 静かになった屋上。ネロは恐る恐るライザーシャープを見上げた。

「……つがさん?」

「エ、エヘ……あたり」

 津賀は弱々しく親指を立てた。


 変身を解いた津賀はネロの手を握った。

「はああ助かったよネロく〜ん、ほ、ほんとアリガトウ、アリガトウ〜!」

 そう言って覗き込んだネロの目は泣き腫らしたように赤く、津賀ははっとした。そういえば、基本的には夜行性の悪魔の子供が、こんな昼間にデパートに1人で来ているなんて。しかも非行とは縁の無いネロが。

「どしたの、今日は」

「うん、ガチャガチャのね、スーパーボールをやりにきたの……でも何度やっても黒いボールが出ないんだ」

 ネロは鼻水をすすった。

「黒いのないと……ぼく、すごく困るの……」

 憔悴した様子。津賀は深く追及はせず、ああ、ワケありなんだなあ、と大雑っ把に納得して頷いた。

「あ。百円玉、オレあるよ!ちょい待って」

 津賀がごそごそとポケットを探り始めると、ネロは

「い、いいの大丈夫!ぼく貯金箱割ってきたから!」

 と、激しく手を振って遠慮した。津賀は思う。

 ああいいやつだなあ、この子。さっきのがきんちょどもとは大違いだなあ、もう。オレこの子と友達でよかったな〜。

「ね、じゃあ黒くないボール、オレに1個くれてよ、赤がいいな赤が。百円と交換。それならいいでしょ?」

 ホレホレ、と百円を差し出すとネロはものすごくすまなそうな顔をして、ポケットから赤いスーパーボールを取り出した。

「津賀さんありがとう……」

 可愛すぎる。思わず津賀の頬が緩んだその時、

 小倉パァ〜ンチ!メールだよ!

 津賀のポケットで携帯が、鳴いた。

 南公園前・あまくさ商店にてデストロイ・ブラック団活動中。至急鎮圧せよ。

 メールにはそのように記してあった。

「南公園かー……はあ〜い了解」

 肩をすくめて携帯をしまい、津賀はネロを振り返った。

「じゃ、オレ行くね。お兄さん心配してっかもだし、黒いの出たら一回帰った方がいいと思うよ」

「うん」

 ネロの素直な返事を背に、津賀は赤いスーパーボールをフォークボールの手つきで掴んで小走りに階段へ駆けた。踊り場で、一応誰も居ないのを確認してライザーシャープに、変、身。

 面倒臭いのでそのまま三階の窓から外に飛び降りる。しかし自転車置き場は逆側で。あれま、と津賀は声に出して呟いた。


 津賀が去ったのと入れ代わりに東友デパートの店員が現れ、ネロが百円玉を詰まらせてしまったガチャガチャをあっという間に直してくれた。中年の宣伝部長とは違う店員だったので、ネロは少しホッとした。彼のように、いかにも大人然とした大人がネロは苦手なのである。

 取り出してもらった百円ではなく、津賀から貰った方の硬貨を握り締め、ネロは心から祈った。

 どうか黒いのが出ますように!

 投入。そして目をつぶってレバーを回す。ごろん、と音がした。ゆっくりと開いたネロの目に映ったのは、

 闇竜の玉そっくりの、漆黒色のスーパーボール。ネロはそれを大事に抱きしめて、走った。


 テレッテテレッテテレッテテレッテ、

 へいボーイ、へいガール

 すぱすたでぃーじぇい

 ひーうぃごー

 テクノの曲を無理やり鼻歌に変換しながら、津賀は自転車をかっ飛ばした。十分以内に現場に到着しないと給料カットなのである。

「テレッテッテテン、テレッテッテテン……」

 耳障りなブレーキ音。あまくさ商店の真ん前に自転車を停めた津賀は、珍妙な黒い全身スーツを着た男たちに、

「おわようございまあす。ライザーシャープ入りまーす」

 とりあえず挨拶。デストロイ・ブラック団の戦闘員たちが

「ミ~ッ!」

 と吠えた。彼らはそうしてご丁寧にも一度、威嚇的ポージングをこなした後で、改めて襲ってくるのである。

 掴みかかってきた手前の戦闘員を、津賀がへろり、と、かわすと、その戦闘員は勝手にあまくさ商店の雑多な金属片の入った段ボールに突っ込んで自滅した。箱には「どれでも300円」の文字。

 えっ、あの役にもたたなそうな金属片って、売り物だったの?

 津賀は段ボールに気をとられた隙に両側から二人の戦闘員に腕をとられそうになったが、これもギリギリで上手にかわす。二人が絡み合ってバランスを崩した所を

「ていやっ」

 と蹴り上げる。残念ながらこのように、くねくねと攻撃をかわす津賀の戦い方はライザーシャープの不人気の理由の1つとなっていたが、津賀はそれに気付いていなかった。積極的に攻撃に出るような事はせず、かわしながら楽なタイミングを探っていく。低予算のライザーシャープは攻撃力が低いので、そうするのが理にかなっているのだが、そのために、群がる戦闘員をあらかた片付けるまで二十分も要してしまった。

 うああ、これまた後で怒られるなあ……

 津賀が苦い気分で振り返ったところで、あまくさ商店独特の用途不明の怪しい雑貨棚に半分寄りかかるようにしてそいつは姿を現した。

 怪奇!コウモリ魔人、登場。

 津賀は深呼吸をして二、三回軽く跳ねてみる。足首に異常は無い。逃げようと思えば逃げられる。鳥マスクの下で津賀は唾を飲みこんだ。

「ククク……出たな覆面ライザーシャープ!今日こそ息の根を止めてくれるわ!」

 コウモリ魔人が告げる。しかしそのセリフはどうも、コウモリ魔人の背中のスピーカーのようなものから流れているようだった。コウモリ魔人のコウモリの口は閉じたまま、ピクリとも動いていない。

 怪しいよなあ、なんか、変なんだよねーこいつ

 緊張しつつも津賀は、コウモリ魔人をつぶさに観察する。よく耳をすますと、微かに寝息のような音が漏れているのも気になった。爪や翼のリアルさに比べ、頭部がすごくゴムっぽいのも変だ。何だか少しばかり可笑しくなってきた津賀が、ぷ、と軽く吹いたところで、

 かっ。

 コウモリ魔人の鋭い爪が津賀の脇腹を狙って、飛んだ。

「アブネッ!」

 間一髪でよけた津賀だったが、狭いあまくさ商店の中である。先程こぼした棚の商品「つるピカWax」の箱を踏ん付けてしまい、大きくよろめいた所を、すかさずコウモリ魔人の鉤爪付き翼が襲う。勢いで壁から「便利マグネット」が大量に落下した。

「うわい、怖ェ!」

 危ういながらも再びかわした津賀は、汚いコンクリートの床を蹴って店の外へと跳躍。そのほんの50センチ後ろをコウモリ魔人が追った。

 弧を描く、二体。

「にゃるあ!」

 1秒だけ先に両手で着地した津賀が腕を支点にして放った後ろライザーキックは、ゴム的なコウモリ魔人の頭に、イマイチなきまり方をした。

 ぺひっ、と音をたててコウモリ頭が、外れる。

「えっ、あれーっ!?」

 津賀は驚いた。頭が取れたのにもドキッとしたが、それにも増して驚いたのはその下から現れた第二の頭に見覚えがあった事。

「お、お兄さあん……」

 紛れもなくそれは、コーポ村石204号室、グレイム兄弟の次男、レヴであった。しかも、どうやら目を開けたままスヤスヤ眠っているようだ。

「えっ知り合い?ウッソ」

「まじかよ」

 背中のスピーカーが数人の声でコソコソ囁いた。

 うっわ~絶対操られてるよこれ、

 津賀は困った。

 お隣りさんに必殺技かけるのは、いくら何でも嫌だ。けれど……

 今のレヴはコウモリ魔人。だが彼は隣人であり、ネロの兄であり、砂山砂子が慕う相手でもある。

「ああ〜ど、どうしよう……」

 津賀は頭を抱えた。


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