第四話 ヒーローは和菓子で泣く
OBだらけの総本部で、覆面ライザー#(シャープ)こと津賀賢太郎は情けない声を出した。
「うううだってしょうがないじゃないすか」
「しょうがない、じゃないんだよ。ちっとは反省しろよお前、わかってんのかよ。三十二代続く覆面ライザーとして自覚あんの?」
もと八代目覆面ライザーの叱責に、津賀はションボリと肩を落とした。
「禁じ手技のオクラホマミキサーを使うなんて……初代が聞いたら泣くぞお前」
と、諦めたように言ったのは二十五代目。津賀は涙目で小規模な反論をする。
「だってだってオレ、まじでアレ使わなきゃ危なかったんすよう」
「つーかそもそもお前、弱すぎだろ?」
「えええ……そ、それは、でも、しょうがないと……」
ひどいなあ、と津賀は俯いた。覆面ライザーは津賀で三十二代目になる伝統の変身ヒーローである。しかし代替わりするごとに人気は下落の一途を辿っていた。となると当然、予算も減る。初代の頃はオートバイで悪党どもを蹴散らしていたものが、やがて原付きになり、津賀に到っては自転車で現場に行かなくてはならない始末。人体改造手術自体のクオリティも下がりに下がっており、オートバイ一台程度の値段で行われた津賀の改造人間手術ももちろん、価格に見合った最低ラインのものでしかなかった。そのように、覆面ライザーというヒーローそのものが没落している訳だから、たまたま三十二代目に抜擢されただけの津賀に目覚ましい活躍を期待するのは酷である。そもそもヒーロー適正の高い優秀な人材が、ろくに給料も出ない覆面ライザーなど志願するはずもなく、三十二代目ライザー募集に応募して来たのはったった3人、うち一人は連絡も無しにドタキャン、もう一人は四十八歳。消去法で津賀が選ばれたというだけの話で、彼に特別な才能があった訳ではまったくない。実質、覆面ライザーを運営するのはOB会だが、OBたちの多くは過去の栄光に捕われて現実が見えていないのだった。
津賀は昼間の事を思い出す。
いつものように本部から連絡があって、津賀は自転車を飛ばした。正直、深夜ついつい隣の小さな友人とのお喋りに夢中になってしまっていたせいで、眠かった。こんなふうにコンディションがいまいちな日は、チャチャッと必殺技を出して終わらせちゃおうかな、と考えていたのだが。
今日に限って、いつもと勝手の違う敵。気がつけば津賀は完全に追い詰められていたのである。
ウワアア無理これ、死んじゃう。
そう思った津賀は咄嗟に、禁じ手とされる「オクラホマ・ミキサー」を使ってしまった。それは目くらましのような技で、ヒーローとしては最悪の、逃走専用の技だった。
歴代覆面ライザーOBたちに散々油を搾られ、総本部を後にする。
「う、ううう何だよ何だようう、オレばっかり悪いのかよ、OB会のオタンチン!」
立ち乗りで思いきり自転車を漕ぎながら、津賀は叫んだ。確かに、幹部クラスでもない下っ端の改造人間相手に逃走技を使うのはヒーローとしては情けない事かもしれない。だが「怪奇コウモリ魔人」は、普段の安い改造人間とは絶対に違う。津賀はそう確信していた。
第一、あいつはリアル過ぎる。以前倒した「恐怖ミヤマクワガタ魔人」の大顎の、プラスチック的つるつる具合や、「暗黒チャコウラナメクジ怪人」の駄菓子的な色合いなんかと比べると、コウモリ魔人の羽毛のマットな感じは、あまりにリアルだったのだ。その爪と翼は、即席で取り付けられた低予算改造人間のそれと言うより、まるで元々生えていたもののように滑らかで、素早かった。攻撃をかわす技術には多少自信のある津賀にも、全部見切るのは至難の技だ。
急にあそこまで精巧な改造人間を作るなんて「デストロイ・ブラック団」はどうしたんだろう?宝くじでも当たったのかなあ。
捻挫ぎみの足を引きずってコーポ村石の階段を上がりながら、津賀は考えた。
ていうか、次にコウモリ魔人と戦う時、オレどうしよう?勝てんのかな。無理くない?
「はああ……まいったな、も~」
夜逃げ、の三文字が津賀の頭を掠めたその時、背後からも誰かの溜息。振り向くと、階段に205号室の砂山砂子が立っていた。
「砂山さん!」
「あっ、ツガケン」
部屋に半分鍵を差し込んだ時点で、砂子は動きを止める。
「ちょうどいいや。ツガケンいまひま?」
そうして白い箱を目の前にかざして見せて。
「あたし和菓子やけ食いするけど、ツガケンもどう?」
津賀は眉間にシワを寄せ、箱の側面の文字を読んだ途端に黄色い声を出した。
「きゃー!みめ屋!食うよ食うよ!」
〈みめ屋〉の和菓子は、超がつくほど美味い。けれど本当は、津賀にとって大事なのは、砂子と一緒に和菓子を食べて過ごせる時間そのものなのだった。
砂子は時折こうして津賀をお茶に誘ってくれる事がある。大概、仕事が煮詰まっている時の気晴らしだ。砂子にとってそれは友情なのだろうという事を、津賀はよくわかっている。それでも、その心地よい時間は津賀の宝物だった。
砂子はボーンチャイナの椀にコポコポと烏龍茶を注ぎつつ
「よっしゃ食えツガケン~。あたしのおごりだ~」
と促す。
「いただきまああす!」
津賀と砂子は猛烈な勢いで「みめ屋」の味を堪能した。時々、津賀が
「くはあ、この、あんこのコレが、実に、ああっふ、もうダメ、オレ……」
と、怪しい声を出す度に砂子は
「ちょっとー、ばかが居るんですけどここに」
と、吹き出した。
ゆず栗大納言を頬張りながら感動にうち震えていた津賀は、砂子に
「ツガケンは悩み無さそうでいいねえ」
と、しみじみ言われ、みめ屋の甘味で一瞬忘れていたコウモリ魔人の件を思い出す。
「ううん……オレだって悩みくらいあるよお」
砂子はそれを聞いて大きな(と言うより化粧で大きくした)目をぱちくりさせた。
「まじすかツガケンさん」
「まじだすよ。こー見えても、最悪夜逃げしなきゃなんないかもだすよ」
ふざけた感じで言ってみたら何だか逆に悲しくなってきて、津賀は、うう、と呻いた。
「……砂山さん、ダメなんだオレ、ヒーローなのに、頭悪いし根性ねえんだ、」
気付けば津賀は堰をきったように、昼間の事を砂子に話してしまっていた。
「なるほどねえ……」
砂子はボーンチャイナを傾けながら、津賀の話と鼻水をかむ音を静かに聞いていた。
「えくっ……みんな初代の頃は、初代なら、って言うんだよ……オレが初代みたいにできる訳ないじゃんか……」
しゃくり上げる津賀に、砂子は大納言をもう1つ勧めながら。
「気にしない方がいいよツガケン。初代は初代、ライザーシャープはライザーシャープ。逃げるのも作戦じゃん。何が悪いっつうのよ。単行本のおまけページで誹謗中傷してやろうかって、思うよまったく」
大納言を受け取った瞬間、津賀は砂子の手の温度をほんのりと感じた。
「砂山さん……オレ今、ジャイアンがよく言う、心の友よって言葉がよくわかる……」
そんな風に言う事で、津賀は砂子を抱きしめたくなる衝動をごまかした。
二人してゆず栗大納言の包装紙をなめていると、外からコトン、と音がした。砂子は、あ、と小さく呟いて時計を見る。午後七時。
「ちょっと、しぃ……」
人差し指を唇にあて、そっと立ち上がると玄関に向かう砂子。覗き穴から様子を窺う姿が、津賀には可愛く感じられた。津賀は思う。
オレ、砂山さんとどうなりたいんだろうな……。
津賀が恋をしているのは、サバサバとした、親友としての砂子なのだった。だから、好きだとか何だとか、そういう事で今の関係を怖したくないという気持ちもまた、どこかにあるのかもしれない。
それに……
「砂山さんどうしたの」
玄関から戻ってきた砂子は浮かない顔をしている。
「次男じゃなかったー」
それに、たぶん脈は、無い。
「色々ありがと。オレ、もう帰るね」
津賀は少しばかりいたたまれない気分になったが、今日、砂子にはコウモリ魔人とOB会の事を慰めてもらえたのだ。それでよしとしよう、と思い直した。
「んっ」
きんつばを噛りながら砂子は玄関先までついて来た。
「じゃーね砂山さん」
「ツガケン」
「ん?」
「元気出しなよね」
にゃーっと、頬の筋肉が緩むのが、津賀は自分でもわかった。
あ……なんか、いいや、オレ、友達でも。
目の前の小さな幸せが津賀には大事だった。和菓子、砂子の笑顔、隣室の小さな友達。OB会はそういう器の小ささも気に入らないようだが、構うもんか、いいもんオレはオレだもん、と、津賀は思った。
部屋に戻ると、散らかった自室の真ん中にスペースを開けて、津賀は寝転んだ。天井に貼ってあるのは、頭が小倉パンでできている有名なヒーローのブロマイドである。実のところ津賀は、初代覆面ライザーよりもこの「小倉パンマン」を尊敬していた。そんな事を言おうものならまたOBたちにどやされるに違いないのだが。
「小倉パンマンは最高だな」
ビジュアルがいまいちな所も好みだが、津賀が特に凄いと思うのは、彼が住む町の究極的な平和ぶりだった。行雲流水のほほんとして、敵である細菌マンすら時折楽しそうな顔を見せる。あれも小倉パンマンあってこそ。
津賀は
「小倉パーンチ」
と呟いて、戯れに変身してみる。寝転んだまま覆面ライザーシャープとなった津賀は、あら、と、声を漏らした。ヒーローの恰好のまま、部屋でひとり。その状況のシュールさに気付いてしまった津賀は、くつくつと笑った。不思議な光沢を放つ濃紺の素材でできたライザーシャープのボディが、散らかったアパートの一室では妙に新鮮に感じられて、津賀は電気に手をかざす。
昼間に付けられた傷も治りかけている。この素材、結構頑丈なんだなあと津賀は思った。
コウモリ魔人の攻撃を全部かわす必要はないのかもしれない。思いきってカウンター狙ってみよっかなあ……
天井の小倉パンマンに向けて津賀は囁いた。
「ね、オレ、そんなにダメじゃないよね……」
写真の中の小倉パンマンはにこにこと、落ち着いた笑みを浮かべて黙っていた。