番外編 Rizer Sharp beginning(4)
「お前でも良いから、早く誰か寄越せ。5分以内だ」
「そんな無茶な、」
委員会で仕事をしている奴はもれなくヒーローOBである。何処の何だったかは知らないが受付係の男もかつては何らかのヒーロー業務についていたはずだ。俺は電話に向かってまくしたてた。
「無茶でも何でも、やるんだよっ!この野郎、俺の生徒殺す気かてめえ。もし間に合わなかったらサイバービームでお前の頭粉々にぶっ飛ばしてやるからな、覚悟しとけ」
「ちょ、何言っ……」
まだ何か言っていたが電話を切った。いかん、さすがに今の発言はヒーロー的にアウトすぎたか。手本となる講師がこれではいけない。だが頭にきたのである。連中は、一般人ともヒーローとも違う「ヒーロー未満」、つまりちょうど境界線上の者たちに対してあまりにも無頓着だ。ヒーローほどの力が無いのにもかかわらず、ヒーローからの保護は雑。俺は前からその辺りに不満を持っていたから、つい爆発させてしまった。冷静にならなければ。
「いいか、落ち着いて聞け、賢太郎」
「うわー、はいい」
機械獣の脚と脚の間を、にゅるっとくぐり抜け、賢太郎は返事をした。
「現役を呼んだ。5分で来いと言ったが、どうもすぐに来そうもない」
「はい、ぇええ、どどどうしましょう~」
「攻撃しろ。時間を稼ぐためには、少しでもダメージを与えていくしかない。だが安心しろ、相手は機械だ。生き物じゃない。RB2700を叩くのと変わらない。やれるな?」
「……あ……え、と…」
「どうした」
「や……なんかキイキイ言ってんすけどこの子……あの、なんか、動き方とか、すごいケモノっぽい時あるんすけど、この子ほんとに機械ですかししょー」
何でそういう所ばっか勘が鋭いんだこいつ……。
俺はため息をついた。確かに機械獣は機械ではあるが、実は意思を持っている。別名、考える機械。こいつらの親玉であるRE-Xはその最たるもので、完全に人間と同じような感情を持つと言われている。それ故に悪と呼ばれる存在になってしまった訳だが……。いや待て、おい待て、この子、だと?今そう言ったのか?
「おま、……馬っ鹿野郎、何がこの子、だ!そんな言い方したらお前永久にこいつ壊せないだろう!なにもう動物扱いしてんだよ!ああもう、何でそうなんだお前はっ……!」
「あああ……ごめんなさ~い!」
「ごめんなさいって、はああ……お前なぁ……」
何だかもうがっくり来た。がっくり来ている場合じゃないのだが、脱力通り越して、泣きたいような笑いたいような、しょうもない気分になってしまった。どこまで敵意ゼロだこいつ。こんなバケモン相手に「この子」じゃねえだろ、拾って帰ってペットにでもするつもりかよ。どんだけだ。この馬鹿、これじゃあこの世の何もかもに同情しちまうんじゃねーのか。
「あ……、」
だからか。
俺は、賢太郎が言っていた同級生の言葉とやらを思い出した。
お前みたいなヒーローがいたらいいと思うよ
そう背中を押されて、賢太郎は面接を受けた。俺は今、その「同級生」がどういう意味でそんな事を言ったのか、どういうヒーローを望んでいたのか、わかったような気がした。
何にも憎まない、悪党も善人も何もかもを幸せにする、
津賀賢太郎の中に眠るのは、きっとそういう形のヒーローなのだ。
「どこのホトケ様だよ……とんでもねー難題じゃないか……」
無茶を言う。育てる人間の身にもなってみろ。俺はそう思ったが、同時に、わーわー言いながらも逃げ出す事なく、ただただ機械獣の攻撃を躱し続ける賢太郎の姿を見て、もしそういうヒーローの形が存在し得るとしたら、それになれるのは、あいつのような特別な奴だけなのだろう、とも思った。
示してやらなきゃならない。
俺がその形を作ってやらなければ、賢太郎はただの不完全なヒーローにしかなれない。考えるんだ、外枠が見えた今ならば、きっとわかる、
その時、俺の脳裏に、幾つかの映像が瞬いた。
ジャンプして襲い掛かってきた機械獣の脚、
俺にタックルしてきた賢太郎、
壊れた車椅子、
「……見えた、」
俺は、賢太郎に向かって叫んだ。
「聞けっ!今から俺の言う通りに動け、そいつを救うんだ!」
息を切らしながら振り返った賢太郎が驚いた顔で俺を見つめる。
「えっ、えっ、救うって、何を、どうやって、」
俺は痛む肺に息を吸い込み、声を張り上げた。
「いいか!そいつは、もうじき到着する現役ヒーローに、頭を叩き潰されてスクラップになる!」
「……えっ」
「そうなる前にお前が、動きを止めろ!脚だけ断線させるんだ、電子頭脳が無事ならそいつは死なずに済む!暴れてなきゃあ、現役もそれ以上ブッ壊す必要なくなるだろ?後は、頭脳を残したまま、説得するなり別のボディを作ってやるなり、すればいい。俺が知り合いの博士に連絡してやる、絶対だ、約束する!」
「そ……、」
賢太郎は一瞬言葉を忘れてパチクリとまばたきをした。俺は少し笑って、こう続けてやった。
「俺にタックルした要領で助けてやればいいんだよ。言っとくがお前がやらなかったら、誰もそいつを助けやしないぞ。お前だけだ、お前にしか、できない」
「ししょー……」
32代目覆面ライザーとなるべき俺の特別な生徒は、不安そうな笑みを少しだけ浮かべた後、迷いのない完全なる、「トラックにひかれそうな犬を見つけた時の目」を機械に向けた。
機械獣の体は、円盤形の本体ボディの下から蜘蛛に似た長い脚が4本、俺が1本折ったから残り3本だが、突き出ている。飛びかかられた時に、腹側の構造が見えた。脚が曲がると、角度によって、その付け根の可動部分に僅かながら黒いコードが覗くことがある。それをひっぱり出して切断すれば、脚は動力を失う。
「見えるか?」
訊ねると賢太郎は、攻撃を避けながら機械獣の周りをウロウロしだす。隙あらば屈んで腹を覗き込む姿は、やや変質者じみて見えなくもなかったが、そこには触れないでおいてやる。
「えーとえーと、あっ、これかな。わっ、わっ、」
腹の下に潜り込み、手を伸ばしてピョンピョンとジャンプするが付け根には届かないようだった。内側に振られた脚を紙一重で躱し、賢太郎はもう一度機械獣から距離を取る。正直、今のはかなりギリギリ躱した、という風であったので、俺は思わず携帯電話を握り締めてしまう。
「大丈夫か、おい……」
こっちが肝を冷やしているとも知らず、賢太郎はジャムの瓶が開かない時のような声で
「……とどかないすー」
と言って振り向いた。本人は真剣なのだろうが、こいつの喋り方はどうも緊張感に欠けている。
「ううん、いったん上登るしかないすかねえ、怖ぇ~、ししょー、この子登ったりしても平気と思います?」
「……よ……、いや、いい、やってみろ」
一瞬、危ないからよせと言いそうになったが、堪えた。過保護にしすぎてはいけない。こいつは今、こいつなりに考えて、戦おうとしている。俺に示された形を信じてヒーローに脱皮しようとしている。ここからは見守ってやらなければ。
しかし登るか…。意外と大胆な作戦に出たな。あああくそ、心配だ、大丈夫かよ、できるのか、いや俺が信じてやらなくてどうする、ううむ、しかし……
俺の葛藤をよそに賢太郎はウロウロと無駄に機械獣の周囲を廻っていたが、唐突に、
「ニャアアアおじゃましまーす!」
と、2本ある後脚のうち1本に飛び付いた。当然の事ながら、驚いた機械獣は体重の軽い賢太郎ごと狂ったように脚をぶん回す。
「ちょま、やだやだ怖い怖い振らないでお願いやめ……、ウエァ気持ち悪ううう!」
賢太郎は関節のちょっと下でコアラ状態のまま固まってしまった。機械獣は残りの脚でふらつきながら徐々に道の端へと移動する。コンクリート壁だ、まずい、
「止まるな登れっ!壁に叩きつけられるぞ!」
「えっ、やだそれやだ!」
俺が怒鳴ると賢太郎はカサカサと続きを登り始めた。ゴキブリそっくりだ畜生。だがけっこう速い。よし、いけっ。
機械獣の円盤ボディに到達した賢太郎は叫んだ。
「キャーつかまるとこがなーい!」
完全に腰の引けた四つんばいの姿勢でカサカサと円盤の上の足掛かりを探すが、頭の上に乗っかられた機械獣の方も必死なのか、ギイ、と悲鳴を上げるや否やバランスの悪い3本脚で無茶苦茶に走りだした。
「ああああ嘘でしょ!待ってよ待ってよ落ちちゃうよ!これオレ落ちちゃうよ、あっ!あったーつかまるとこあったー!」
あわや転げ落ちるかというところで、賢太郎は抱きついた。機械獣の目玉のカメラの部分にである。
「キィイイイイーッ!」
目隠しをされた機械獣は耳障りな鳴き声を上げてコンクリート壁に衝突した。ぶつかった反動で今度は逆側によろめき、遊歩道脇に設置してあったシーソーだかなんだか、子供用の遊具も盛大に破壊する。
「あああだめー!そっちダメだってば、みぎ!みぎみぎ!クルマクルマあるから気をつけてクルマあああああ!」
停めてあった車も蹴っ飛ばし、「憩いの遊歩道」と書かれた看板も薙ぎ倒し、賢太郎を乗せたまま機械獣はどんどん道から逸れてゆく。どこ行くつもりだよあいつら……
「おい絶対振り落とされるなよっ!耐えろ!チャンスを待って腹側に回れっ」
一応叫んでみたが、既に遊歩道を出て角を曲がりかけていた賢太郎に届いたかどうかはわからない。
「……むう……」
俺は上半身だけで這いずって追い掛けた。肋が痛んでナメクジ並みのスピードしか出なかったが、止まることは躊躇われた。ただ待っているのが不安なだけだったかも知れない。
「………」
壊れた車や塀の脇を通り過ぎる。後々、器物損壊でものすごいクレームが付けられるだろうが、そんな事より今大事なのは賢太郎の安全だ。
頼む、無事でいろ、
俺は祈るような気持ちで身体を引き摺った。