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番外編 Rizer Sharp beginning(3)

 暗闇から姿を現わしたのは、機械。四つ足の蜘蛛のような形をしており、頭の辺りに赤いランプと円盤がはまっている。特徴から推測するに、コイツは十中八九、隣町の管轄のヒーロー・スピリットガンナーITTOの敵、機械獣の一種と見て間違いないだろう。ここに現れたのは恐らく、「たまたま」。ただの偶然だろう。ITTOこと真田一斗は俺の教え子であるが、それを知って襲ってきたという訳ではないと思う。こいつらにそこまでの知性は無い。スピリットガンナーの管轄から出てしまっている事にも多分気付いていない。因みにこの辺りはバルカイザーの管轄だ。マッドXという悪の組織もちゃんとある。

「ポンコツめ……後で絶対マッドXの連中と揉める事になるぞ」

 言ったところでどうせ理解しないだろう台詞を呟き、俺は車椅子の底面に括り付けておいたアームバンドを腕に装着する。ヒーローと係わりの深い職業柄、悪の組織に狙われるという可能性が無いわけでもない。万が一に備え、許可を貰って、現役ヒーロー時代の変身具であるアームバンドは返却せずにおいてあった。

「サイバーチェンジ」

 俺ももういい歳であるからさすがに現役時代のように大声で叫んで変身するのは躊躇われ、小言で呟くに留めた。懐かしい感覚と共に身体が黒い特殊金属の鎧に包まれる。が、もちろん事故で動かなくなった両足が動くようになるわけではない、俺は車椅子に座った状態のままサイバネスコップ・ブラックに変身した。正直、あまり格好が良いとは言い難い姿だが、そんな事に構ってはいられなかった。機械獣は赤いランプの目を、俺の背後に向けていた。後ろ2本の脚が深く折り曲がる。奴がロックオンしていたのは確実に、走り去る賢太郎の背であった。なるほど、車椅子は戦力外だと認識するだけの知能はあるようだ。俺は、今にも飛び上がろうと沈み込んだ機械獣の後脚を、特殊金属の腕で掴んだ。赤いランプが驚いたようにこっちを見る。

「うちの生徒をデビュー前にブッ壊される訳にはいかねんだ、よっ!」

 そのまま横にぶん投げる。勢いで車椅子が傾いてヒヤッとしたが、何とか持ち堪えた。機械獣は耳障りな音をたてて歩道脇の低い石垣に突っ込む。しかしすぐに跳ね上がり、こちらに飛び掛かって来る。受け止めてはみたものの、真っ向からのパワー勝負となると、両足を踏ん張れない俺のほうが圧倒的に不利だ。致命的なマウントを取られる前に頭突きで奴の目を破壊する。

「どっ、せいっ!」

 怯んだ隙に、若干弱そうな脚の関節を狙ってフルパワーの一撃を加える。

「オッルァア!」

 卑怯だとか、見た目的にどうだとか、イメージが悪いとか、そういう事はこの際気にしない。もちろんヒーローとしては駄目の見本のような戦い方だが、俺は既にヒーローは引退している。今は研修所の講師だ。生徒だけ守れればそれでいい。

 片目の三本足になった機械獣は、悲鳴のような金属音を上げて残りの脚を無茶苦茶に振り回した。うち1本を掴むつもりだったが、座った姿勢からでは届ききらず、逃した。同時に左側から飛んできたもう1本が俺の脇腹に向かって来る。見えていたが避けられなかった。

 別に、トラックに撥ね飛ばされて一生動かなくなった両足の事を後悔してはいない。そうしなければモッズヘアの俺の妻は今頃、墓の下だった。後悔はしていないが、しかし見切っていても動けない、と言うのはやはりいい気分ではなかった。

 鈍い衝撃、一瞬遅れで口の中に鉄の味が広がる。傾いた車椅子のバランスを立て直すために、俺は両手を使わざるを得なかった。おかげでもう一撃食らってしまう。特殊金属の装甲から火花が散る。

「……クッ」

 いかん、装甲自体が老朽化していて大したダメージ軽減が出来ない。無理矢理体を捻って車椅子を回転させ距離を取った。くそ、腰にきやがる。年齢か。

 俺は次の攻撃が来る前にすぐさま車輪を向き直らせようとしたが、その途端、ガチン、という嫌な音と共に妙な腕に感触を覚えた。思わずため息を漏らす。ブッ壊れた、車椅子が。さっきの攻撃で軸が折れたのだろう、車輪が外れかかっている。どうにもならない。奴の赤いランプが俺を見据えた。


 投了だ。


 車椅子を捨てて避けたとしても、足の無い俺はその次の攻撃で確実に殺られるだろう。唯一幸いだったのは、目の前の死神が機械である事だった。俺を車椅子から引き摺り降ろして弄ぶような猟奇趣味がないだけマシと言える。引退したヒーローの中には現役時代の敵に復讐されて悲惨な死に方をした奴も居る。もっと言えば過去の栄光を引きずりまくって野たれ死にした奴もいるし、事業に失敗して首を吊った奴だって居たのだ。俺の場合は、残りの人生を賭けてもいいぐらいの仕事に就けたし、自分で言うのも何だが美人の妻と可愛い娘にも恵まれた訳だから、引退ヒーローにしちゃあ、そこそこ良い死に様だと思う。

 心残りがあるとしたら、32代目覆面ライザーを完成させてやれなかった事である。もしかするとだが、あれには俺も知らない、何か新しいヒーローの形というものが眠っているのかも知れないと、俺は少し思い始めていた。それだけに、完成を見ることができないのは残念だ。死なせずに済んだ事でよしとするしかないか……。

「良いヒーローになれよ」

 俺が呟くのと同時に、機械獣が小さな電子音をたてて照準を合わせた。


 鉤爪のようになった機械の脚が近づいてくる、音が、やけにゆっくりと耳に届く。人間は死に際に、脳の原始的な部分が懸命に死を回避しようと活動するせいで感覚が鋭敏になったり、過去の記憶が鮮明に再生されたりする事があるらしい。今頃は駅の辺りまで到着しているはずの、賢太郎の声まで聞こえたような気がして、俺は苦笑する。

 いや、待て、本当に気のせいか?これ。

 俺は瞑っていた目を開けて振り向いた。

「ニャアアアアアだめぇえええええーーーっ!」

 気のせいではなかった。天然パーマに眼鏡の、俺の生徒が真っすぐにこっちに向かって駆けてきている。

 おい……何で戻って来るんだ馬鹿野郎、これじゃ俺が一体何の為に変身までしたのか判らんだろうが。

「来るな馬鹿!」

 俺は叫んだ。機械が跳ぶ。同時に賢太郎も地面を蹴った。待て、待て、お前まさか、

「ごめんなっさああああい!」

 俺はその一瞬、賢太郎がついに「敵をぶっ飛ばす」気になったのだと思った。俺を救うために、覚悟を決めてくれたのだと思った。ほんの一瞬だが、少し感動すらした。しかし、

「ふぎゃー!」

 賢太郎が飛びついた相手は機械獣ではなく、俺。

「いっ……てぇえええ!こっちかよ!」

 思いきり助走してタックルしてきた賢太郎は俺もろとも数メートル転がった。機械獣の攻撃は躱すことが出来たが、強かに腰を打った。改造人間の俺だからいいが一般人の負傷者に同じ事をやったらクレームは確実のNG行為である。

「わーんししょーごめんなさい~痛かったすか~」

「ぐっ……勝手に戻って来るわ怪我人にタックルかましてくるわ……色んな意味で予想外だったぞ畜生……」

「すすすいません、オレ、なんかすごい音したからつい振り返っちゃって、そしたら何か怖いやついるし、ししょー変身してるしあのオレ……助けなくちゃって思って、色々考える余裕なくて、」

「くそ……いーよ別に怒ってねえ、お前にしちゃ上出来だ」

 叱る気にはならなかった。俺を助けようとしてやった事ではあったし、実際、あの場で死ぬのは免れた。ヒーローとしてそこまで間違った行動ではない。何というか、まあ期待しすぎたのだ。こいつがこの程度のピンチでいきなり変われるような奴なら最初から苦労していない。

 オロオロと携帯を取り出し119番を押そうとする賢太郎のジャージの裾を、這いつくばったままの姿勢で俺は引っ張った。

「そんなのは後でいいから、敵から目ェ離すな。逃がしてやるつもりだったが、戻って来ちまったものはもう仕方がない……、いま戦えるのはお前だけだ。やらなきゃお前も、俺も、おしまいだ、腹くくれ」

「うわあああそうですよね……やっぱそうなるですよねぇえ……」

 俺もおしまいになる、という部分が効いたのか、賢太郎は気の弱そうな猫背を若干前かがみに曲げ、両腕をフニャッと前に構えた。教えた俺が言うのも何だが、本当に全くヒーローらしからぬ構えだ。しかし、これがこいつには一番適切な構えなのである。

「来るぞ。練習通りでいいんだ、落ち着いて行け」

「あああ~……はい……」

 攻撃を躱されて地面に頭を突っ込んでいた機械獣が、体勢を立て直し、賢太郎に照準を合わせた。俺は適切な指示が出せるよう上体を起こし、片手で携帯電話を操作してスピリットガンナー真田一斗の番号をプッシュした。改造人間とは言っても賢太郎はまだ変身ベルトも貰っていない研修生で、それも非常に低品質のお粗末な改造人間なのである。敵に攻撃できないという最大の欠点を克服できたとしても、はっきり言って勝てる可能性は極めて低い。この場合、機械獣に対応できる現役ヒーローを呼び、到着するまでの時間稼ぎをさせる、というのが、最も適切な判断であると思う。本当は時間稼ぎまで俺がやるべき所だが、こうなった以上、賢太郎に賭けるしかない。

 片耳に押し当てた電話からコール音が聞こえ始まる。機械獣が大きく弧を描いて跳ね上がった。緊張してちゃんと動けないのではないかと心配したが、賢太郎は半泣きの悲鳴を洩らしつつも、ぬるぬるとした動きで擦り抜けるように上手に回避した。しかし着地する前に機械の脚が1本、横に振り回される。

「おい、右、右!」

 俺は思わず声を上げてしまう。

「はぎゃ~怖い~」

 賢太郎は身体を曲げてちゃんと躱した。わあわあ言うせいで一見危なっかしく見えたが、思ったよりしっかり攻撃を読めているじゃないか。攻撃が当たらない事に疑問を持ったのか、機械獣がもう一度賢太郎に照準を合わせる音がした。

 馬鹿め。もともと避けるのだけは巧かった賢太郎を、この俺が「基本的に全回避」する特殊なヒーローとして育てているのだ。片目のカメラを失ったポンコツメカの打撃がそう簡単に当たるものか。

 まあ、スタミナが切れるまでは、だが。

 それにしても真田一斗は全く電話に出ない。躱すだけでダメージを与えられない賢太郎では時間稼ぎにも限界がある。ただ避けるだけの状態があまり長く続けば、機械獣よりもあいつのスタミナが先に切れてしまうのは目に見えている。そうなればガードすらまともに出来ない賢太郎は間違いなくなぶり殺しになるだろう。

「くそ……っ、出ねえ」

 俺は一旦電話を切って、正義の味方委員会本部の電話番号にかけ直した。その間にも機械獣は機械らしく間髪を入れずに3本脚を振り回し続ける。頼むからもうしばらくもってくれ、賢太郎。

「お電話ありがとうございます、こちら正義の味方委員会本部です」

 数回のコールのあと、携帯から緊張感の無い声が応えた。

「西東京研修所の鵜堂だ。誰でも良いから機械系の敵に対応できる現役を1人、すぐに手配して欲しい」

「何かあったんですか?」

「緊急事態だ。機械獣に襲われている。いまうちの生徒が時間を稼いでいる。大してもたない、急げ、場所は……」

俺は早口で現在地を告げる。すると何やらPCを弄っているクリック音が微かに聞こえ、次いで電話の向こうの相手がやけにのんびりした口調で言った。

「そこでしたらバルカイザーさんの管轄ですけど、彼は今、別の場所で応戦中ですので、そうですね、位置も近いし、機械獣はそもそもスピリットガンナーさんの所の敵ですから、スピリットガンナーさんに行ってもらう事になりますね。すぐ連絡します」

「一斗には電話したが繋がらなかったぞ。他にいないのか」

「そう言われましても……生徒さんは改造人間ではないのですか?ならしばらくは、」

「ふざけんな、研修中の生徒だぞ、ヘタすりゃ死んじまうだろうが!とにかく急げ!」

 怒鳴ってから賢太郎の様子を窺った。ヤバい。まだ避けてはいるがさっきより若干キレが悪くなっている。

「おい、あとどのくらいいけそうだ」

 尋ねると、賢太郎は

「だだだめです~、あと5分ぐらいしか無理っぽいです~!」

 と、情けない声を上げた。

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