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第十六話 コンプレックスファミリー

 古めかしい装飾のなされたアジトの窓から、ちらちらとはみ出る青い炎を目にしたセドとレヴの心臓は、割れ鐘のようにめちゃくちゃに脈打っていた。

「……嘘だろう?」

 セドが鬼哭を噛むような声でそう言った。レヴは暗い目で兄を見遣る。言うな、といいたげにセドは首を振った。二人の心は、かつての悪夢、5年前、両親が、「悪魔結社ベアード」のアジトで焼死したと聞いた日の事を思い出し、震える。兄弟3人、寒い家の中で言葉も無く立ちすくんでいたあの日の光景から、さらにもう1人、家族が減る可能性。考えたくもない映像が纏わり付いて、気ばかりが焦る。胃を押さえたセドの体をレヴが支えた。

「ああ……」

 セドは、悔やんでいた。

 ネロがこんな行動をとるかも知れない事を、なぜ俺は予測できなかったんだ?見ていれば、わかったはずだ。俺は、弟の気持ちをちゃんと見ていなかった。親代わりになる事、俺自身が親のように振る舞えているかどうか、そればかり考えていたんだ俺は。

 セドは、並んで飛ぶレヴのシルエットを赤い目玉に映した。

 見ろ、それでまた、俺はレヴの事もちゃんと見えていないじゃないか。

 何が悲しいって、こんなに愛しいのにその相手がちゃんと見えていない事が悲しいのだった。

 胃が痛む。

 セドはつまり、苦手なのだ。愛するものを、正面から見つめる事が。


 セドとレヴは、正面玄関や裏口からなどというまどろっこしい事はせずに、炎の窓から中へ入って行った。混乱して悲鳴と怒号の飛び交うホールの中で、仲間の魔族達にセドは端から声をかけた。

「ちょっと、ごめん。うちの弟を見なかったか?」

 赤い角を携えた獣が、驚いた顔で言った。

「こないだ連れて来た子でしょ?来てんの!?下の階なんか結構燃えてるから心配だよ……」

 その言葉に更に不安がつのる。セドは声を張り上げた。

「誰か、子供を見ませんでしたか!」

 一方レヴは、セドの同僚達をかきわけて、ひたすらネロの姿を探した。と、一際甲高い声が耳に飛び込む。

 あれは……。

 レヴは、魔族達に紛れたいずみの姿を見つけて振り返った。

「マッキーさん」

 砂子の持っていたヒーロー名鑑によって、レヴは「マッキーさん」がキングドラゴン・マリンである事を知っていた。いずみもレヴに気付いたようだ。

「アンタ、こないだの変なドロボーじゃない。何でいるのよ。火事場泥棒でもしに……」

 言い終わらないうちにレヴはつかつかといずみに近づき、

「マッキーさん、というか……キングドラゴンの人。アンタや、アンタの仲間は、おれの弟に手をかけた?」

 抑揚の無い声で、尋ねた。いずみは、きつい目でレヴを睨み、舌打ち。

「アンタ、ばかでしょう。状況見てモノ言いなさいよね」

 いずみは両手にバケツを抱えていた。

「あのね。悪とか正義とか、敵とか味方とか、今、休止中なのよアタシ達。だから……」

 溜息まじりのいずみの台詞を、レヴは再び、途中で遮った。

「悪いけど説明いらない。不可抗力も含めて、やったかやらないか。それだけ聞きたい」

 いずみは、深呼吸でもするかのようなレヴの喋り方に尋常でないものを感じ、少し怯んだ。

「……アンタの弟って、あのちっこいガキでしょ。殺してないわよ。会ってもない」

「そう……」

 レヴは、無表情で息を吐き、ふわふわした足取りで去りかける。

「待ちなさいよ!探してるのね?あの子を」

いずみは、レヴに何かを投げてよこした。

「それあげる。魔族だったら千里眼できるでしょ」


 走って戻って来たレヴは、セドの手に、いずみから受け取った水晶のイヤリングを握らせた。

「これは?」

 怪訝な顔をするセド。

「もらった。水晶の代わりになるって……おれはそういう魔法あんまり得意じゃない。だから、兄貴、やって」

 レヴは何かに耐えるように目を閉じながら、そう告げた。

「……水晶ビジョンでネロの居場所を探るか。やってみよう」

 セドは手の中の水晶に意識を集中させ始める。が、その様子を見守るレヴが、落ちつかなげにカタカタと足を揺すっているのが視界の端に映った。爪を噛んだりもしている。

「……大丈夫か?」

「いいから」

目を逸らされたセドは、不安に感じつつも手に魔力を込めた。


 その頃。

「何故だ?なぜ俺の邪魔をする?」

 ほの暗い地下室で、ネロを抱えたファングル伯爵は、泣いてるような笑ってるような、実に、悲しい表情でそう呟いた。伯爵が、魔力の込められた笏をネロの首すじに宛てがっているため、火村は動く事ができない。

「いや……ただ、あんまりだ、と思うだけなんだ……」

 正直、正義感以外の気持ちで魔物の子供なんかを救おうとしている自分の心を説明する術を、火村は持っていない。説得で何とかするという経験が、無いのだ。

「つまり、その、何だ。自分の手下を、そんな風にするのは……悲しい事だろ」

 自分の言葉のまずさに歯噛みしつつも絞り出した火村の言葉の真意は、しかし、ファングル伯爵には未だ届いていなかった。伯爵が考えていたのは、火村とは全く別次元の話だった。

 そもそも、ファングル伯爵は生れついての「上級魔族」。下っ端悪魔をどのように統率して、どのように正義の味方と闘うか。それが全てと教え込まれて来た家系の者なのである。ゆえに、手下に、家族がいて、自分と同じように生活して人生(悪魔生)を生きているという実感が無い。彼が恐れるのは、大きな立場からの転落。伯爵は、組織を統制し、悪として世界を動かす者の座を他の誰かに奪われて、全世界の笑い者になるのが恐かったのであった。

「……高すぎるんだよ、わたしの居る場所は。こんな高い所で、隣の者を牽制し、下の者を操りながら、悪という巨大な流れの為に闘う気持ちが、お前にわかるか?いつだって誰かがわたしを引きずり落とそうとするんだ、お前も含めて皆が!」

 伯爵の嘆きは、しかし、火村には逆によく響いた。

「ああプレッシャーは、選ばれた者の宿命だ……辛いのはわかるぜ」

 火村はそう呟いて片目を細めた。

「でも違う。落ち着け。たとえ落ちてもそれは転落じゃない。よく見ろ、そこは……」

「黙れ!貴様は落ちる事の怖さが解ってない」

 伯爵は火村の言葉を掻き消すように笏からイバラの蔓をくりだした。蔓はあっという間に火村の身体にクルクルと巻き付く。

「しまった!」

 この期に及んで「しまった」などとヒーロー語が口をついて出る自分を、火村は少し蔑み、そして思った。

 わかるんだがな……この男の気持ちは。

 「正義の味方」である事に固執していた火村には、「高いところ」から降りなくてはならない怖さはとてもよくわかった。だから

「降りてしまえば怖くはない、下を見ろと言ってるんだ、ちゃんと下を、見ろっ」

 火村は自分の言葉を使って伯爵を説得しようとしていた。

「下を……見るだと?」

 ファングル伯爵は手袋をしていた。抱えたネロの体温を、彼は感じる事ができなかった。


 伯爵の腕の中でネロは恐怖に震えている。頬を伝い落ちる自分の涙の感触が、痒くて、それがとても、つらく、ネロは目を閉じた。

 ぼく、どうなるんだろう?死んじゃったら、どこへ行くんだろう?地獄は本当に絵本みたいに素敵な所なの?お母さんとお父さんに、会えるのかな?死ぬって、痛いのかな?

 小学2年の小さなネロには、全てが、謎。それが死というものだった。

 とても怖い。

 何もわからないことがとても怖かった。

 けれど、

 ねえ地獄のお母さんお父さん、そこはどんなですか?

 にいちゃんのかわりにぼくがそこにいきます。


 聞こえますか?


 闇の中に、両親の姿が見えた気がして、ネロは目を閉じたまま小さく息を吐き出した。ファングル伯爵はそのあどけない表情に一瞬視線を留める。

「下を、見るだと……」

 だが彼のもう片方の手の、笏を握りしめる力は緩まない。伸びた蔓が火村の身体を軋ませた。

 小さな瞼。下級悪魔の、閉じた、目。

 何があると言うんだ。落ちたら、終わりなんだ、わたしは大きなうねりを導いていく者として君臨していたんだ。その地位から落ちない為なら、何だって……

 その時、だった。

 ばあん。

 ドアが蹴破られ、二匹の下級悪魔が、部屋になだれ込んできた。

「何だお前ら……」

 言葉を吐く暇も無く、二匹のうち背の高い方の下級悪魔、レヴ=グレイムに頭蓋が割れんばかりの強烈な頭突きをくらわされ、伯爵はクラクラとよろめいた。

「やめろ!そんな事したらお前、」

 セドは必死に、レヴを止めようとしたが届かなかった。その勢いのままレヴは、怯えたネロを、むしり取るように伯爵の腕から奪うと、

「おれですよ。それを、盗んで、割ったのは。わざとやった。動機は、気晴らし。頭がオカシイんだ、おれ」

 そう言って、面白くなさそうにクッと笑った。

「やめて中にいちゃん!」

 叫んだその顔を見ないようにして、レヴはネロをセドの腕に抱かせた。

 セドは言葉が出ない。

「殺せば?」

 額を押さえて立った伯爵にレヴはそう告げた。

 ……やめてくれ、レヴ、お前はどうしてそうなんだ?俺もネロも、お前が大切なのに。どうして……

 セドはポロポロと涙を流した。ネロはそれに気付いてセドを見上げる。

「ボス、違うんです……そいつは俺を庇って嘘を言っているんです」

 しかし、ファングル伯爵の耳にはもはやセドの声は聞こえていなかった。

「下の奴らは、いつもこうやってわたしを引きずり落とそうとする……上がどんな所かも知らないくせに……何も解っていないんだ」

 額から滲み出た血液ごしに伯爵はレヴを睨みつけた。ポケットに片手を突っ込んだレヴは目を閉じて

「ん……」

 もう片手で、逃げろ、とセドに合図を送る。火村を締め上げたイバラはそのままに、ファングル伯爵は笏をレヴに向けた。

「お前が駄目にした物はあまりに大きい……処刑後、骸は晒す。最後に言いたい事はあるか?」

 問われて。

「そうだなあ……うん」

 レヴは淋しい声で少し笑い、

「愛してないわけじゃないんだ、ただ……おれはやっぱり頭が変だから、何一つしてやれない、消えてしまう以外には。苦しいんだ……とても。兄貴、ネロ、ごめんな」

 足元を見つめたきり、振り返りもせずそう言った。

「愛など……」

 伯爵は呟いて火村を見る。

「些細だ。個人的すぎる。やはり下には塵しか無い」

 ため息。

 伯爵は笏を振り上げた。

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