日常?→超非日常-櫻川 遥の部屋
午後7時30分
一人っきりの夕食を済ました遥は、自分の部屋でその日の学校の課題に取り組んでいた。
夕食は、桐谷家で一緒に食べることもあるが、さすがにそこまで迷惑をかけるわけにはいかないだろうと、桐谷家で夕食を取ることは比較的少ない。
遥は、机の上に広げたノートや教科書、筆記用具を片付けると、壁に掛かった時計を見やった。
もうそろそろ、千尋が来る時間だ。
桐谷家のだいたいの動きを把握している遥は、夕食が終わる時間も容易予想できた。
(にしても……あの倉田とかいう奴……)
遥は、今日の出来事について考えを巡らせる。
倉田 総司は、一体千尋に何の目的で近づいたのか。
あの挑発するような睨み方。
思い出すだけでムカムカする。
普通なら、遥に睨まれたら、あまりの迫力にほとんどの人が怯えるはずだ。
それなのに、倉田はあろうことか、睨み返してきたのだ。
あんな風に睨み返されるとは思わなかった。
何もかもが気に入らない。
年下のくせに、睨み返してきたことも。
千尋に近づいたことも。
(チヒロは、俺のモノ……なのに)
勝手に話しかけるな、触るな、笑いかけるな。
そんな独占欲が頭の中を埋め尽くす。
実際、遥自身、なぜこんな気持ちになるのかわからなかった。
ただ、千尋は小さい頃からずっと一緒で。
当たり前のように側にいて。
自分だけのモノで。
千尋の中の優先順位は、いつも自分が一番じゃないと気が済まなかった。
そんな我儘な独占欲の正体も、遥はつかめないまま……。
ピーンポーンと。
ふいにチャイムのなる音が響いて、遥の意識は現実へと引き戻された。
遥は立ち上がると、窓を開ける。
すると、夜の風が頬をなでた。
下を見下ろすと、千尋が玄関の前に立っているのが見えた。
「鍵、開いてる」
千尋に向かってそう言うと、「じゃあ、入るぞー」という返事が聞こえた。
そのまま、千尋が玄関から入っていくのを見届けると、遥は窓を閉めた。
別に、わざわざチャイムなど鳴らさなくても、千尋にはあらかじめ合鍵を渡してあった。
だが、千尋はあまり合鍵を使わない。
恐らく、他人の家に勝手に入るのに、抵抗があるのだろう。
使うとしたら、朝、起こしにくる時くらいだ。
(ま、別に使わなくてもいいんだけどな)
合鍵なんてなくても、いつだって会える。
そんな、根拠のない確信があった。
「ハル、来たよ」
ノックとともに、千尋の声が聞こえた。
「入れよ」
そう言うと、ガチャリとドアが開いて、ドアの隙間から、千尋の顔が覗く。
「お、お邪魔します……」
初めて入るわけでもないのに、なぜか千尋は緊張した面持ちで部屋に入ってきた。
そして、遥の正面に向かって正座した。
(……そんな身構えなくてもいいだろ)
遥はそう思ったが、あえて口には出さなかった。
なんだか、正座をして身構える千尋がおかしかったのだ。
可愛い、などと思ってしまうくらいに。
「……ハル、もしかして怒ってる?」
そんなことを遥が考えているとも知らず、千尋は少し不安そうに首を傾げた。
「別に怒ってねーけど」
遥はそう言って否定したが、
(本当かよ)
と、千尋は若干疑っていた。
(今日は一日中不機嫌だったじゃん)
千尋は、今日一日を振り返って溜息をこぼす。
確か、遥は一日中不機嫌オーラを振りまいていたはずだ。
今も、なんとなく機嫌はよくないように感じられた。
「……それで?お前は、あの倉田とかいう生意気な後輩に何言われたわけ」
(生意気な後輩って……)
棘のある言い方に、千尋は苦笑いをこぼす。
よほど遥は倉田が気に入らないらしい。
「えーと……告白……された、かな」
千尋が遥の様子をうかがいながら、恐る恐るそう言うと、
「ああ?」
案の定、遥は顔を顰めた。
(告白……?あいつが、千尋に?)
ムカつく。
ますます気に入らない。
一体誰の許可があって勝手に……っ‼
表情を険しくさせながら、遥は尋ねる。
「で、お前はなんて答えたんだよ」
「答える前に、ハルがいきなり乱入してきたんだろ」
「じゃあ、なんて答えるつもりだった?」
「それは……俺は男だし、断るつもりだったに決まってる」
そう言った千尋に、遥は少し安心していた。
これでもし、千尋があいつと付き合うなどと言い出したら……。
考えるだけで腹が立つ。
(千尋を独占して良いのは俺だけだ)
「もう、あいつとは関わるなよ」
遥が言うと、「?なんで」と千尋は首を傾げる。
千尋としては、せっかくできた後輩とは、なるべく仲良くしたかった。
(そんなこと、いちいち訊くなよ)
そんな千尋の様子に遥は苛立ちを覚える。
「あいつはお前のこと好きなんだろ、その意味、本当にわかってんのか」
「わ、わかってるよっ‼」
まるで責めるような遥の言い方に、千尋は思わず、大声で言い返してしまった。
サッと遥の顔つきが、変わる。
それを見て、
(あ、やば……)
と思った時には既に手遅れで。
ばんっと。
次の瞬間には、千尋は遥に床に押し倒されていた。
背中に衝撃が走って、息がつまる。
「……っちょ、ハル‼」
(いきなり、なんだよっ⁉)
千尋は、慌てて上にのしかかる遥をどけようとしたが、体格差からして、到底無理だった。
同じ年なのにどうやったらこんなに差がつくのか。
千尋は自分の貧弱さを呪った。
「わかってねぇだろ、チヒロ」
真剣な顔の遥が、すぐ目の前まで迫った。
吐息がかかるくらいの距離。
遥の端正な顔が、なぜか苦しそうに歪んだような気がして、千尋はハッと息を飲んだ。
(ハル、本気で怒ってる……?)
だっていつものハルじゃない。
千尋の知る幼馴染は、いつも余裕たっぷりで、こんな風に怒ったりしない……はずなのに。
怖い、なんて。
一瞬そんな言葉が浮かんで。
体が震えた。
すると、「はぁー」という長い溜息が聞こえて、急に、のしかかっていた遥の重みが遠のいた。
そのことで、安心したのか、千尋の体から力が抜ける。
「そんな怯えた顔すんな」
そう言いながら、遥は立ち上がった。
あまりの出来事に、千尋は床に転がったまま、放心状態だ。
「俺、今から風呂入るけど」
そんな千尋を一瞥して、前髪を掻き上げると、遥は何事もなかったかのように言った。
「あ….……お、俺、も、帰る」
一方、放心状態から脱した千尋は、なんとかそれだけ言うと、立ち上がって遥の部屋から飛び出した。
『わかってねぇだろ、チヒロ』
(わっかんないよ……‼)
自分の家へ帰る間、先ほどの遥の言葉を思い出して、千尋はカアっと体が熱くなるを感じた。
なぜ、いきなり遥があんなこと言い出したのかまったくわからない。
あんなに真剣に怒っている遥を見たのも、初めてだった。
(なんで、俺、こんなドキドキしてんだよ……)
押し倒された時のことも同時に思いだして、妙な気持ちになって、千尋は胸を押さえる。
わからないわからないわからない。
今はまだ、わからないことだらけだった。
遥の考えてることも。
倉田 総司のことも。
(もう、わけわかんねー‼)
自分の部屋に戻った千尋は、これから遥や倉田と、どう接したらいいかもわからず、頭を抱えた。
今回は、けっこう話進んだと思います‼
千尋と遥の微妙な関係?が変化し始める場面ですかね。
なんだか、キャラ(特に遥)が勝手に暴走してる気がします……( ̄◇ ̄;)