超非日常-校舎裏のイチョウの木の下と茂みの中
午後5時
「まだ来てないみたいだね、倉田 総司」
教室から出て行った千尋の後を追いかけ、校舎裏にたどり着いた遥と龍平は、千尋に気づかれないよう、校舎と茂みの間に隠れていた。
そして、一人イチョウの木にもたれかかる千尋を見て、龍平が言った。
しかし、遥は龍平の言葉にはなんの反応も示さず、ただジッと千尋を見つめる。
「でもさ、倉田 総司って名前どっかで聞いたことあるんだよね」
龍平は、遥の反応など気にも留めず、話しを続けた。
「けっこう有名人だったりして。なぁ、遥は聞いたことあるか?」
龍平の問いかけに、遥は千尋から龍平へと視線を移す。
「うるさい。静かにしてろ」
ただ一言、遥はそう言って再び千尋の方を向いた。
(あーはいはい。わかりましたよ。黙ってますっ)
そっけない遥の態度に、龍平はむくれる。
しばらく二人して無言で千尋の様子をうかがっていると、スッと人影が目の前を横切った。
茂みの中に隠れていたため、その人影は遥達には気づかずに、千尋の方へと走り寄って行く。
「ねぇ、あれが倉田 総司だよ」
龍平は確信を持って遥に言った。
「どっかで聞いたことある名前だと思ったら、確か倉田 総司って、一年生にしていきなりレギュラーに選ばれたサッカー部の期待の新人だよっ‼ ルックスも良くて、女子の人気も絶大らしいし……。その人気者がチィになんの用なんだろうね」
龍平の台詞に、遥は眉を顰めた。
(気に入らねぇな)
千尋をわざわざこんな所に呼び出したのが気に入らない。
期待の新人だかなんだか知らないが、一体なんの権限があって千尋を呼び出し、自分はこんな茂みに隠れてイライラさせられなくてはいけないのか。
遥は、今すぐにでも茂みから飛び出して、千尋と倉田を引き離したい衝動に駆られる。
しかし、龍平が遥の腕をつかんで、制止をかけた。
「もうちょっと様子を見てみようよ。な?」
そう言われて、しぶしぶ千尋と倉田の様子を見る。
倉田に何を言われたのか、千尋は驚きの表情を浮かべていた。
距離が遠くて、会話までは聞こえないのが、さらに遥をイラつかせた。
続いて、倉田が右手をイチョウの木におき、そのままぐっと千尋に近づくを見た瞬間、遥の我慢は限界に達していた。
(ふ ざ け ん な)
ギリっと歯ぎしりをすると、隣にいた龍平が怯えた様子で肩を震わせる。
(怖えぇぇ‼)
かつてないほどイラついている友人に、龍平はただ顔を青ざめるばかりだ。
そして、倉田が千尋の頬に手をあてるのを見るや否や、遥は何も言わずに無言のまま立ち上がった。
ガサッという音とともに、茂みの中から遥の姿が現れる。
(あーあ……これはもうダメだな)
不機嫌オーラを纏った遥を見て、龍平は諦めの溜息をつく。
ああなってしまった遥を止められるのは、千尋くらいだろう。
龍平は茂みから出ずに、三人の様子をうかがうことにした。
一方、遥はズンズン歩き、千尋と倉田の方へと進んで行く。
途中で遥の存在に気づいたらしい千尋が、驚愕の表情で遥を見つめた。
遥はそのまま近づくと、千尋の頬にあてられた倉田の左手をつかむ。
「触んな」
威嚇するように、思いっきり倉田を睨む。
遥の存在にようやく気づいた倉田は、一瞬驚いたようだったが、すぐに表情を変えて、遥を睨んだ。
バチバチと。
見えない火花を散らす二人に、千尋はどうしら良いのかもわからないまま、とりあえず遥に声をかける。
「ハ、ハル?なんでここに……?」
すると、遥は倉田を睨むのをやめ、千尋の方を向いた。
そして、千尋の質問には答えず、千尋の腕をガシッと掴むと、グイッと引っ張って自分の方へと引き寄せる。
「帰るぞ」
「え、あ……」
なすがまま、千尋は遥に引っ張られ、その場からの退場を余儀なくされた。
「先輩っ‼ 返事、楽しみに待ってますから」
倉田は、ズルズルと遥に引きずられる千尋に向かって大声で言った。
そんな倉田を、遥はギロっと睨んだが、倉田はどこ吹く風といった様子で、背を向けると反対方向へと歩き去った。
「ムカつく……」
遥は、ボソリとそう漏らすと、千尋の方へ視線を移した。
「帰ったらキッチリ説明してもらうからな」
そう言われて、
(うわー……サイアク)
千尋は辟易するのだった。