非日常-下駄箱
朝7時20分。
千尋と遥の二人は、何事もなく学校に到着した。
二人の通う、神代高校はバリバリの進学校で、朝から課外が行われる。
それに合わせて、電車に揺られ、駅から歩いて学校に通うのだ。
「おはよ~!! 遥くーんっ」
「おはようごさいます~‼ 遥せんぱーいっ」
校門に入った瞬間に、群がる女子の黄色い声が飛び交う。
その騒がしい声に千尋は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
一方、遥は女子の声などまるで耳に入っていないかのように華麗にスルーして、スタスタと歩き続ける。
まったく、毎朝毎朝、よくやるものだ。
千尋は、もううんざりだ、と溜息をもらした。
校門に群がる女子は、遥の姿を一目見ようと毎朝こうして待ち伏せ、ハートマークつきの挨拶をするのだ。
もちろん、目的は遥であって、隣を歩く平凡な男子高校生である千尋など、彼女達の眼中にない。
それどころか、''なんであんたみたいな平凡な奴が隣あるいてんのよ"とでも言いたげな視線すら感じる。
(もう、マジで勘弁してくれ)
俺だって、好きで自分の平凡さをひけらかすために、こんな容姿端麗な幼馴染の隣を歩いているわけじゃない。
ただ、この我儘大魔王な幼馴染が、
『せっかくお前と同じ学校受けて、受かったんだから、一緒に行ったっていいだろ。てか、一緒じゃないと学校なんて行くか』
なんて、ふざけた事を言うから仕方なく……。
千尋は、ぶつぶつと心の中でボヤきながら歩く。
しばらく歩き、下駄箱に近づくにつれて、騒がしかった女子も減ってきた。
さすがにクラスまで一緒という訳にはいかず、千尋と遥は少し離れた別々のクラスの下駄箱へと向かう。
(……ん?なんだ、これ)
千尋は、下駄箱を開けると中に見覚えのない白い封筒を見つけて、首を捻った。
そして、手を突っ込んで、封筒を取り出したとき、
「おっはよう、チィー」
という声がして、ばんっと背後から背中を叩かれる。
「……おはよ、リュウ」
叩かれた所を痛そうにさすりながら、振り返った千尋は、自分より数センチ背の高い友人、瀬名 龍平に挨拶を返した。
「ああ、すまん、強く叩きすぎちゃったか……って、なに?その封筒」
龍平に指差され、千尋は先程取り出した白い封筒に視線を落とした。
「ああ、これ?なんか、下駄箱の中に入ってて……」
「なに‼ 下駄箱に?まさか、ラブレターかっ⁉ 」
千尋の言葉に、テンションをあげた龍平は、目を輝かせる。
(ラブレター⁉俺に?)
まさかとは思いながらも、千尋は期待を膨らませた。
ついに自分にも春が来たのかもしれない、と。
「チィ、開けてみれば?」
龍平に言われ、千尋が恐る恐る、封筒を開けようとした瞬間、
「見せろ」
と。
低い声がして、背後から伸びてきた手に、封筒を奪われてしまった。
その封筒を奪った手が誰のモノかなんて、いちいち確認せずともわかる。
「ちょっ、返せよ、ハル‼」
千尋は、声をあげて、後ろを振り返った。
そして、思わず固まった。
遥が、不機嫌MAXな様子で封筒を手にしていたからだ。
遥は、機嫌が悪いと何をしでかすかわからない。
それを知っているだけに、千尋も、龍平も、その場にいた生徒も、ハラハラと遥の様子をうかがう。
遥は、封筒を裏返すと、
「差出人の名前、書いてねーぞ」
と、ボソリと漏らした。
「だったら、別に読まなくてもいいよな」
言葉は疑問形なはずなのに、有無を言わせない遥の口調に、千尋はつい頷きかける、が。
(いやいやいや、ダメだろ‼ 読む必要あるって‼ 俺の春が来たかもしれなのにっ‼)
ぶんぶんと勢いよく首を振って、遥の言葉を否定した。
「ほら、なんか重要なことかもしんないし、中に名前あるかもしれないだろっ」
必死で話す千尋を見て、遥は小さく舌打ちをすると、しぶしぶといった様子で千尋に封筒を手渡した。
とりあえず、封筒が戻ってきた事に、千尋は安堵する。
「開けてみろよ」
つづいて、遥に命令口調でそう言われ、千尋はゆっくりと封筒を開けた。
そして、中に入っていた紙を広げる。
そこには、
「桐谷 千尋先輩へ
今日の放課後、大事なお話しがあります。もしよかったら、学校裏のイチョウの木の下にきてくれませんか?
待ってます。」
と。
丁寧な字で書いてあった。
(これって、マジでラブレターなのかっ⁉ 先輩ってことは、後輩かっ)
書いてあった内容に、千尋のテンションもあがる。
……しかし。
「一年五組、倉田 総司……? 総司ってことはまさか……」
手紙の最後に記された差出人の名前に、千尋はガックリと肩を落とした。
(総司って完全に男じゃねーかぁっ‼)
「まぁ、そう落ち込むなよ、チィ、ドンマイ」
肩にぽんっと手を置かれ、言われた龍平の言葉に、さらに千尋はさらに気落ちする。
(……俺にも春が来たと思ったのに)
というか……
紛らわしいことするなよっ、倉田 総司っ‼
千尋は、天に向かってそう叫びたい気持ちなるのだった。