バースデー②
「で、千尋。倉田になにされた?」
「何されたって….….…何が?」
学校が終わり帰宅後。
話があるからと、櫻川家に呼び出された千尋は、着替えを済ませるとすぐに遥の部屋へと向かった。
櫻川家の玄関は既に開放されていたので、「おじゃまします」と挨拶してから足を踏み入れる。
そして、遥の部屋を軽くノックして……返事がなかったのが気になったが……そのドアを開けた時だった。
千尋は、思わず息を飲んだ。
目の前で不機嫌そのものの遥が仁王立ちしていたのだ。
「は、ハル…….?」
呼びかけた千尋の声は、驚きと緊張のせいか震えている。
(な、なんでこんな機嫌悪いんだよ)
恐らく、千尋が櫻川家に呼び出された理由こそが、この遥の機嫌の悪さの原因なのだろう。
しかし、正直なところ千尋には思い当たる節がなかった。
「とりあえず、座れよ」
口を開いた遥が、低い声で言った。
恐る恐る、遥の様子をうかがいながら、千尋は床に腰をおろす。
もちろん、正座である。
そして
冒頭に戻る。
「で、千尋。倉田に何された?」
いきなりの質問に、千尋は困惑した。
何のことかサッパリだ。
何故、突然倉田の名前が出てくるのかも、わからなかった。
「何されたって……何が?」
つい、そう聞き返すと、遥はさらに不機嫌そうに眉を寄せる。
「今日の昼休み、お前が倉田に呼び出されてホイホイついって行った挙句、空き教室に連れ込まれたらしいじゃねぇか」
「….….…え?….….あ」
遥のやけにトゲトゲしい言葉に、ようやく今の状況が見えてきた。
どうやら、遥は、千尋が倉田に呼び出され、まんまと空き教室に連れ込まれたことについて言っているようだ。
そして、そのことが遥の不機嫌を引き起こしているらしい。
これは、早いとこ誤解(?)を解かなくては、と千尋は思った。
……しかし、その前にやらなくてはならないことがある。
情報の出処を確認しておかなくては。
「ハル、それ誰から聞いたの?」
「んなの決まってんだろ、龍平だ」
なるほど……
と納得してから、千尋は龍平を恨めしく思う。
空き教室に連れ込まれたことまで知っているということは、後をつけていたに違いない。
さらに、ご丁寧にそれを遥に報告するとは。
(龍平のバカヤローっ‼)
と、千尋は心中で叫ぶのだった。
「それで、どうなんだよ、千尋」
「べ、別に何もないよ」
「じゃあ、なんの用事で呼び出されたんだ」
責めるような口調に、なんだか浮気を疑われる恋人のような気分になって、千尋はムッとした。
ムクムクと反抗心がわきあがる。
「なんでハルにいちいち言わなきゃいけないんだよっ、ハルには関係ないだろ」
「関係ないわけないだろ、俺は……」
「お前が心配だから言ってんだろ」という言葉を、遥は寸前のところで飲み込んだ。
(何やってんだ俺は……)
冷静になれ、と遥は自分に言い聞かせる。
こんなの、自分らしくない。
第一、千尋と喧嘩するために呼び出したわけではないのだ。
「………千尋が話したくないなら、別に話さなくてもいい」
溜息混じりにそう吐き出す。
遥の珍しい態度に、千尋はなんだか居心地がわるくなって、気まずそうに口を開いた。
「今度の日曜日暇かって訊かれたんだ。その日、倉田試合らしくて、俺に応援に来て欲しいって」
千尋の台詞に、遥は舌打ちしたくなる。
倉田が、まさかそんな約束を取り付けようとしていたとは。
それも遥の知らない所で。
(油断のならないヤローだな。龍平に監視を頼んでいて正解だった)
自分の知らない所で、千尋と倉田が二人きりで出かけるなんて、遥には許せなかった。
なぜかはわからないが、無性に腹が立つのだ。
だから、わざわざ龍平に千尋の監視まで頼んだ。
龍平は何も訊かずに、すぐに了承してくれたが。
「…………行くのか?その、応援に」
遥がそう尋ねると、「行くわけないじゃんっ」と千尋は即答し首を横に振った。
「だって……ほ、ほら、その日は大事な日だから……」
「大事な日?………何かあるのか?」
「へ?」
(もしかしてハル、自分の誕生日忘れてる?)
首を傾げる遥に、千尋は目を丸くする。
どうやら、遥は自分の誕生日だということに気づいていないらしい。
千尋はこんなに気にしているというのに、まさか当の本人が忘れてしまっているとは。
そのことになんとなくショックを受けながらも、千尋は口を開いた。
「誕生日だよっ‼ ハルのっ」
千尋がそう言うと、「ああ、そういうことか」と遥は頷く。
それから、考えこむように腕を組んで呟いた。
「『大事な日』か………」
「誕生日は誰にとっても大事な日だろ?………ハル、その日一日はちゃんとあけておいてよ。お祝いすれるから」
「…….……無理だ」
「え……⁉」
「その日は先約がある」
予想外の遥の返答に千尋は驚きとショックが隠せなかった。
誕生日は一日一緒に過ごす。
それが、千尋にとっては当たり前のことで。だから、誕生日は特別な日なのだ。
現に、去年も一昨年もそうやって過ごしてきた…………はずだったのに。
まさか、誕生日を忘れていた上に、先約があるなんて。
ガーンッという音が聞こえてきそうなほどショックだったが、千尋はなんとかぎこちない笑顔をつくった。
「せ、先約があるなら仕方ないよな………。ハルにもいろいろ事情があるだろうし」
(そうだよ。俺もハルももう高校生。いつまでも二人一緒ってわけにはいかないんだ)
千尋はそう折り合いをつけたが、その心はどんよりと曇ったままだった。
亀更新で申し訳ないですっ(>_<)
感想を書いてくださった方っ‼
本当にありがとうございますっ‼
かなり返事遅くなってしまい申し訳ございませんっm(_ _)m