休日-昼すぎ
午後3時
櫻川家からの帰還を果たした後、昼食をとった千尋は、特にすることもなく、自室でのんびりと読書にふけっていた。
小さい頃から本を読むのは好きだった。
一方、遥の方は滅多に本を読んだりしないが。
(朝は大変だったけど、今日はのんびりできそうだな……)
と。
千尋がのんきにもそんなことを考えていると、ふいに家のチャイムが鳴った。
誰かが訪ねてきたらしい。
(ハル……かな?)
千尋は一瞬そう思ったが、桐谷家に通い慣れた遥がわざわざチャイムなど鳴らすはずもない。
では、一体誰だろう?
と疑問に思っていると、
「千尋、お友達よー‼」
母親のそんな声が聞こえて、千尋は首をかしげる。
(友達……? 誰だろ)
特に、今日は遊ぶ約束をした覚えもない。
千尋は読書を中断すると、玄関へと向かった。
そして、向かった玄関先で訪問者の正体を知った千尋は、目を丸くすることになる。
「こんにちは。千尋先輩」
「倉田っ!?」
そこに立っていたのは、つい昨日知り合ったばかりの倉田 総司だった。
彼は、ニコニコと爽やかな笑顔を浮かべて、千尋に向かって手を降っている。
「お前、何で俺の家知って……⁉」
「ああ、これですよ、これ」
驚いている千尋をよそに、倉田は相変わらず笑みを絶やさず、ポケットから生徒手帳を取り出した。
その生徒手帳に記された名前は、「桐谷 千尋」
どうやら、生徒手帳に書いてあった住所をもとに、ここまでやって来たらしい。
「なんで、俺の生徒手帳……」
自分の生徒手帳が、倉田の手の中にあることに千尋は驚く。
確か、生徒手帳は制服のポケットにしまっていたはずだった。
「昨日、拾ったんですよ。先輩が櫻川先輩に連れて行かれちゃった時に落としたやつ。だから、届けに来たんです」
倉田は言いながら、生徒手帳を千尋に手渡した。
それを受けとった千尋は、それが確かに自分のものであることを確認し、ホッと息をつく。
生徒手帳は、一応それなりの個人情報が詰まっている。
無くしたら大変なことになってしまうだろう。
「そっか……ありがと」
千尋は、にっこりと笑って礼を言う。
遥がその場にいたら、真っ先に倉田が本当の事を言っているのか怪しむが、千尋は素直に倉田の言葉を受け止めていた。
「でも、別にわざわざ家に来なくても、学校で渡せば良かったのに」
「……いえ、その、先輩に話したいこともあったので」
倉田の少し言いずらそうな様子に、千尋は今さらながらハッとした。
(そういや俺、まだ告白の返事してなかったな……)
「えーと……ここで話すのもアレだし、中、入れよ」
千尋は、隣に建つ櫻川家の様子をうかがいながら、倉田を促した。
遥は、まだベッドの上で惰眠を貪っているのか、それとも他に何かやっているのかはわからないが、倉田が桐谷家を訪ねてきているのに気づいている様子はない。
(ハルは、なぜか倉田のことを毛嫌いしてるし、今倉田がいることが知られたらまずいよな……)
そう考えて、千尋はとりあえず見つからないように、自分の部屋に倉田を招き入れることにしたのだ。
「い、いいんですかっ⁉」
一方倉田は、焦ったような、慌てたような様子で、倉田は驚きの声をあげた。
まさか、千尋が家にあげてくれるとは思ってもみなかったのだ。
「いいからっ、はやく」
千尋は、遥に見つからないうちにと、倉田の手を引っ張り、強引に家の中に連れ込む。
倉田は、千尋に引っ張られながら、内心ほくそ笑んでいた。
倉田にとって生徒手帳を届ける、というのは、やはり、単なる名目でしかなくて。
本当の目的は、千尋の家の場所の把握と、休みの日でも会って話すことだった。
そのための口実づくりに生徒手帳をこっそり、千尋の制服から抜きとったのだ。
律儀に校則通り、制服のポケットに生徒手帳をしまっていた千尋は、抜きとられたことには全く気づいていなかった。
そしてまんまと、倉田の策略にはまってしまったのだ。
それにしても、倉田にとってこれは思った以上の収穫だった。
好きな人の家にこうも簡単にあがりこめる機会が訪れるとは。
少しは警戒してもいいはずだ。
倉田はそう思うが、見る限り千尋には警戒のけの字もない。
(先輩は……こっちが心配になるくらい鈍感で、純粋で……無防備だ)
さて……これからどうよう?
せっかく家にあがれたのだ。
このまま何のアクションも起こさずに帰るつもりなど、倉田にはさらさらなかった。
倉田は……ちょっぴり腹黒いです(笑)