ベンチの名残りユキ
僕はキミを知らない。
正確には、僕はキミの名前を知らない。
僕はキミの顔しか知らない。
ベンチに座ってコッチを見つめるキミの顔以外、何も…。
キミはいつもそこに座っていたのを、僕は憶えている。
キミは、羨ましそうにいつも公園のベンチから子どもたちの姿を見つめていた。子どもたちはその存在に決して気づかない。
キミはいつも、息を殺してそこにいる。
僕はキミに話しかけることが出来ず、キミを見ていることしか出来なかった。
そうしているうちに、雪が降ってきて、小さな唇から白い吐息が吐き出される。寒々しいその姿を、僕はやっぱり、見ていることしか出来なかった。
手を差し伸べてあげたい…。
声をかけてあげたい…。
その冷たくなった手を握ってあげたい…。
どうしたら、どうしたら、……。
………
……
…。
嗚呼。そんなこと、簡単だったんだ…。
ピーーーーーーーーー………
無機質で、無慈悲な機械音が鳴り響く。
「手は尽くしましたが、…残念ながら」
「そんな…っ!どうして!?」
母が医者の胸倉を掴んで叫ぶ。
「やめなさい。ユキの前で…」
そう言って、父が母を止める。
白い病院内を、僕は駆ける。
早く、早く、キミのもとに…
彼女のもとに…っ!
「ねぇ?キミ、どうして独りなの?」
あぁ。やっとキミと同じになれた。
僕とキミはもう同じだ。
これで、一緒に、
天国に逝けるね。
僕とキミはもうそこにはいない。
残ったのは、溶けきらなかった、名残り雪…。