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リアルとダーク

 ワゴンくんの寝息が聞こえる位から、やっと本題のゲームをプレイしだした。コピーとしか書いてなかったけどタイトルは、勇気一つを友にして。国営放送の国民ソングで有名な歌のタイトルから拝借してきたもの。流れる安っぽい電子音は、数百年前に著作権の切れた木が有名な星の楽曲の内、水の部分。打ち込みがカスでも聴けてしまう偉大な人類の遺産に感心しつつ、葉巻くんのファーストプレイ。


「勇気一つを友にして、ってなんやえらいかっこええタイトルやな」


「国営放送で流れてた歌まんまのタイトルやけどね」


「え? そうなん? こんなええタイトルの歌あんの?」


「うん、蝋の翼で太陽に挑んだ子が舞い上がって地面に激突するまでの歌」


 正直、モデルになった神話からは、風車に挑んだ向こう見ずより余程の愚行話としか思えなかったんだけどね。他力の虚栄心と自尊心に溺れて現実に窒息死するという、どこの国にも一つは伝わるであろう、分際を弁えろ。という含蓄あるお話のはずなのに、何故か勇猛果敢な開拓者扱いだから困る。危険な状況を知らず教わらず、崖に激突して死ぬツバメとか、体格、種族差を省みず人間に挑み死ぬノミまで勇者になっちゃうじゃん。


 まぁ、牛人間を討伐する為に、牛人間の姉をたらし込んでおびき出して闇討ちした後、連れ帰る約束してた姉を放置して英雄として凱旋。というイカした勇者様のお話なんだから、そんな虫けら並の知性と行動が勇者扱いになってもおかしくはないのかもしれないけど、なんで海を渡った国でこんな勘違いされる結果になったんだか。


 しかし、本編では道化に近い端役が、見た目はいいのに知性と行動がその辺の蛾以下。というギャップを売りにして一部熱狂的なファンを獲得、伝説へ。というのは神話の時代からよくある事だったんだ、と思えばご先祖様が愛おしくなってくるというもの。進歩のなさに絶望しない事もないけどね……。所詮世の中見た目で大抵の事が正義になっちゃうって訳ですよ!


「……死ぬやん」


「死んだねぇ」


「葉巻、やめとけ、こうなったら時間の無駄や。ゆうても奴には伝わらん」


 人生において、正しく物事が伝わっている時ってのが一体どれほどあるっていうのか。百六十七センチは他人に期待しすぎだと思うの。


「あー、大分思い出してきた。章タイトルが章攻略のヒントみたいなもんね。んでこれ、剣と魔法と怪物が存在する中世ヨーロッパで、取り立てて何もない農村から、十五歳の誕生日に一人都市の自由市民となって、成り上がる。というストーリー」


「そこで勇者になるとか、冒険家なるとかならんのがバルサンらしいな」


「ああ、確かにそんな事書いてるね、セーブは?」


「F10とかやなかったかな、F9で解説」


「解説、と。おお……。主人公、クシャーラ・クテイ。十五歳。百七十センチ、六十五キロ。瞳と髪はブラウン。そばかすが未だ残るあどけない年齢。本来この年の子なら手、肩、首、腰などに過酷な肉体労働の影響が出ているはずだが、そういったものは見受けられない。また日焼けも非常に薄い。クテイは家名ではなく村名。山間にある小さな農村にて農奴の子として出生。農奴の子がまた農奴に、と発展も衰退もないまま、緩やかに時だけが過ぎていく村で、クシャーラも同じように村に取り込まれるはずであった。七歳のある日、一人で行った山菜取りにて神隠しに会う。一年半後、突然村に戻ってきた彼は、どうしていたのかという問いに、妖精と過ごしていたと繰り返すのみだった。仕事の手伝いもろくに出来なくなり、自由、といった村にない概念の話を繰り返す彼を前に、妖精にかどかわされ、頭がおかしくなってしまった。と人々は噂した。しかし実際は、都市部から放逐された元自由市民の山賊崩れに慰みものにされていた、というものである。自由の話などはこの合間に彼らから得た知識であり、拉致されてから一年後、隊商の護衛にあっさり全滅させられた彼らのアジトに、放置されていた空白の半年間で得た体験でもある。村を受け入れられず、村にも受け入れられなくなったクシャーラは、成人と同時に僅かな資金を持ち再び自由を求めて旅立った」


「……引くわ」


「えー、ちゃんと設定してるやん」


「いや……、なんやすごい暗ない?」


「うそん、夢と希望溢れる普通の主役設定のはずやけど」


「葉巻、ええから慣れろ、バルサンの普通は普通やない」


「ええけど、解説で出た文章も解説されるから真面目に見てると話すすまんかも」


「攻略のヒントってやつもあるんか?」


「あるんやない? ちょっと覚えてへんなぁ」


「……、村名、人口調査そのものがあやふやであり、男性しか戸籍が認められていない時代。都市部でもない限り市民に性は不要であったので、街に出た時は名前・○○村名といった名乗りが通例」


「農奴、領地同士横の繋がりがほぼない箱庭状態から、僅かずつ文明が進歩するに連れ、単純作業しか出来ない奴隷では作業効率に問題が生じてきた為、僅かながら権利と報酬が付与された状態。領主より一定の土地を貸与され、収穫物を年貢として納める。割合は六~七割。その大半は、食べて、働いて、寝てを繰り返して終える」


「神隠し、山に入った人が忽然と消える現象。妖精にさらわれた、神の世界に誘われたなど推測されるが、大半は深さ三メートル前後の泥濘に誤って足を踏み入れ、誰かに気付かれる事なく沈んだものと思われる」


「ファンタジーちゃうんかい! なんやねんこれ、ゲームやっとる気がせんぞ!」


「なんの特色もない村のなんの学もない農奴が、いきなり自由! とか声高に叫び始めて、更に行動力があって、自由を我が手にしたいなんて望んで実行してるんだよ。どう考えてもファンタジーの領域じゃん、しかも多分現実にもあったと思うよ」


「ゲーム始める前からお腹一杯になりそやわ……」


「あら、シリアス苦手なんや」


「え? これシリアスなん? ダークに入るおもうでこれは」


「マジで? ファンタジーって難しいなぁ」


「難しいんはお前の物の考えを理解することやがな」



「自由市民、都市部に入り、一年と一日を過ごした者に与えられる権利。正式な市民となり、選挙や結婚が可能となる。当然、そうなる事を阻止する為に近隣の領主は出入りに重い税や制限をかける事となる」


「要はリアリティを重視してますってことか? 同人で作ったわけやないんやろこれ、ようやるな」


「リアリティ云々を言い出すんならあれやん、言語表記が日本語の時点で失笑ものやん。専用言語作って、それを表記するよう組んで、それを理解出来るだけの根気と能力をプレイヤーに要求して、やっと基礎の一つ完成やで。リアリティなんてのは最初に切り捨てるもんやろ。小説と変わらんゲームやるてなって、タッカラプト、ポッポルンガ、プピリット、パロ。とか文字が流れてやる気すんの」


「いや、それはしゃーないやろ? リアリティであってリアルの話やないやん」


「そういうのなら王道のコピーで間に合う話やん、単に生活感出したいから解りやすさと身近さの為にやってるだけやって。後は統一感かな、そういうもんやって割り切ってもらうために」


「それ拘っとるゆうんやないんか」


「拘りだすんならまずモデルにした国に最低一年は生活して、土地文化をある程度吸収して、そこからオリジナル展開をして、って話になるやろ? 机の上の知識をこねくり回しただけで拘りになるんやったら苦労ないて。まぁ拘りに拘る議論するんちゃうやろ、話すすめな」



 予定より一日遅れっちまったが、なんとか自由都市アバッケンに到着出来た。夏の日中でクソ暑い中、ご苦労にも既に門の前には行列が出来てやがる。


 夜に到着した奴らや、暮らしていけなくなった奴らのためか、周りには宿や色売り、それに簡素な飯屋がある。簡素っていっても俺の村よりは遙かに活気がありやがるが……。



「え? いきなり都市到着してんのこれ」


「村から出発とかにしとけや……」


「っていわれてもなぁ、村民全員から気味悪がられて送り出されるオープニングってさい先悪いやん」


「だから、普通に送り出されるようにせぇや!」


「いやいや、中世で農奴が穀潰しを十五歳まで生かしていたって時点で怖いくらい普通じゃないじゃない。都市までの道のりもひたすら地味な移動ばっかやったから割愛したんやし」


「生かしておく、とか、怖いくらい、とかってオープニングで出る単語やない思う」


 ホラー系なら定番なんじゃないかな。ファンタジーだって知恵ある怪物に襲われて一人生き残る話なら普通だと思うよ。



 並んでいる奴の大半は出入りの商人ってやつらしい、警備兵と二言三言話しては門の中へ消えていく。うらやましい話だ、なんとか俺もそうならないとな。そう決意を新たにしている内に順番が来た。


「アバッケンに何の用だ? 商用か?」


「移住希望です」


 門兵は軽くうなずくと奥の小屋を顎で指した。


「向こうで手続きを受けるように。次!」


 横柄な態度にムカついたがここで文句をいっても仕方がない、指示通り小屋へと向かった。


 荷物を検査される間に市民になる為のありがたい説明って奴を受けているんだが、さっきより遙かに悪い扱いになってるのが気にかかるところだ。


「市民の権利と義務、選挙、結婚の説明はこの台帳に書いてある通りだ、目を通したらこっちの台帳にサイン、サインくらいは出来るな?」


 字はいくつか、村に関わる単語が解るだけだ、だから当然、なんて書いてあるかなんてわかりゃしない。説明してくれる気もなさそうだ。サイン、という自分の名前も、正式に意味が解ってるわけじゃない。昔連れ去られた時に、自分の名前だと言われた文字を、丸暗記したに過ぎねぇってのに無茶いいやがる。初めて見る濃い橙色の羊皮紙って奴の末尾に、すぐに文字がかすれるインクとペンでサインを記す。こんなんなら、石版に彫った方がマシってもんじゃないのか。そんな事を思ったところで荷物が返ってきた。


「入領税は二十万だ」


 いざ、都市へ。と盛り上がった心を、いきなり上から殴りつけられたような気分だ。村を出るまで数年かけて貯めた金額丸々持っていかれちまう!


 1、仕方ねぇ、払うよ


 2、ふざけんな! 足下みてんじゃねーぞ!! 


 3、出直す……か? 外の飯場である程度稼いでからの方が……。



「さぁ、遂に最初の選択肢やね」


「間違ったら死ぬんやったな」


 ちょっと面白そうな百六十七センチ。


「よう覚えてるやん、頑張りなや葉巻くん」


「三番……かな」


 

 門兵に呆れられたが、なんとか一ヶ月後まで待って貰う事にして、飯場に職を求めに行く。幸い人手は足りていないらしくて、料理屋の下拵えとしてあっさり仕事が決まった。給料は村に比べて格段に良く、切り詰めれば一ヶ月で二万は貯めれるだろう。それだけあれば都市でも一週間はなんとかなる、その間に仕事にありつけりゃいいか。


 一週間後の給料日、俺は安宿に戻ってベッドのシーツ下に隠した金銭に受け取ったばかりの給料を足そうとしていた。


 荷物を取ろうとした所で、ふと、外の壁に何かが当たる音がするのに気付く。


 石か何かが当たる音だ、定期的にこの部屋めがけて投げているのは間違いない。職場の奴か誰かが、急用でも出来たんだろうか? そのまま窓に寄り下を見たとき、突然ドアの開く音がして、振り返る間もなく背中に熱くて冷たい感触を感じ、そのまま暗闇に――


 享年十五歳。


 セーブしますか?



「おい、なんやこれ」


「選択肢を間違えると」


 喋ってる途中で重ねてくる百六十七センチ。


「どのへんが間違ってんねん! しかもなんやねんこの死に方!」


「あっさり終わってもたね……」


「まぁほら、確か解説が説明してくれる手筈にしてたと思う。セーブすればね」



 自由都市アバッケン ― 人口三万人の都市。この時代では珍しく物流に対しての税が少ない。一地方の豪族に過ぎなかったアバッケン家だが、四代前の領主が流通を重視し商人に対して税率や開店をやや優遇するようになった。以降、徐々にではあるが周囲の領土を吸収合併して大きくなってきている。主な構成は貴族と騎士、十字架教と修道騎士、商用連合と護衛隊。それぞれ自分たちを頂点として都市を運営すべきであると結論しており、そこに妥協点はない。貴族は王都に、十字架教は神聖帝国に、商用連合は自由流通都市が最終目標。お互い全力で足を引っ張りあい、三竦みを形成出来たからこその安定治世ではあるが、仮に三者共に団結して都市の為に存在していれば今頃は……。というもの。世の中はつくづく理屈ではないという解りやすい実例。



「イヤミったらしいなおい」


「戦争特需、なんて現実には一度たりと存在しなかったものを信じている訳でもないのに争ってしまう僕たちだから。本当に、理屈じゃないんだよね」


「ゲームでくらいスカっとしようとかないねんね……」



 結婚 ― 移住と密接に関わる場合、人頭税が減るという理由で基本的に制限される行為。出身領の領主に申請と結婚税を払って回避する。


 選挙 ― 市政を司る者を選出、または立候補する権利。ではなく市民の代表者を選出する権利。


 市民の代表者 ― 都市民の平均年収が百万の中、五百万以上の納税を行い、五十以上の市民からの推挙があった者達の中から選挙で二十人が選ばれる。市政、司法の会議に参加、発言権があり、また決定事項を市民に頒布する義務がある。半名誉職であり、市民から名誉貴族となる為の重要な足がかりでもある。


 名誉貴族 ― 卑しき生まれが、金か権力、或いは両方を持って手にする地位。貴族に準じた扱いとなる。当然だが、貴族は名誉貴族に対して悪感情しか持ち合わせていない。そのため貴族とは、適当に利用しておいしいとこどり。を狙い合っている関係。尚、戦時中における武功にて市民が取り沙汰された場合はちゃんと貴族扱いになり、騎士見習い、または家士となる。


 識字率 ― 全体の五%程度、都市部でも二十を切っている。サインだけは、己にのみ与えられた紋様。という程度の理解で七十%程度が可能である。


 羊皮紙 ― 子羊や子牛など、動物の皮をなめして切り取り、磨き、乾燥させたもの。高級なものは白く張りがある。出入国の管理要項は一応公文書であるため、未だ紙に切り替わらず羊皮紙となっている。しかし粗悪ではないにしろ、高級とは言い難く、また保存状態も悪いようだ。ペンやインクも同様。


 入領税 ― 通行税と並んで高く、領主の税収の一割を占める。厳密にいくら、と決まっているわけでもなく、入国の管理をしているものが、荷物検査をするついでに所持金を調べ、その大半をふっかける。などというのは日常茶飯事。管理者に袖の下を払って回避する。袖の下を払うコツは露骨にやらない事。これは要求する側にも言える事だが。


 都市の周りにある飯場 ― 都市内ではないので税金がかからない。当然、都市の庇護も受けれない。このようなギリギリの商業が成り立つにはある程度以上発展している都市の周りである事、警備兵に賄賂を送るなどして、ある程度都市との関わりを持っている事などがないと厳しい。


 給料 ― 都市外の、しかも飯場での給料支払いが日払いではなく週払いである点から、治安と文化水準の高さが伺える。


 隠した ― 実際の所、ベッドなどはガサ入れの際、真っ先にチェックが入る位置の一つである。とはいえ、ベッドと机以外の物がない石造りの部屋で他に貨幣を隠す場所を、田舎から来たばかりの者が思い付くかは疑問。お札ではなく硬貨の時代、財布はそれと解るように持っていた方が強盗に目を付けられた時、まだ命が助かる可能性があるのだが……。硬貨を大量に持ち歩き、音で鴨と吹聴して回る程愚かではないつもりで、変に小金を持っていると勘ぐられ命まで奪われてしまった。


 硬貨 ― 金貨、銀貨、銅貨の三種。


 金貨 ― 三.五グラム。含有率七十%。一万円相当。主に大口の商用取引や貴族間で使用される。庶民間ではまず滅多に見られない通貨。


 銀貨 ― 五グラム。含有率七十四%。千円相当。主に平均以上の庶民間で使用されている。とはいえ金貨に比べ非常に多く出回っている通貨。給料の支払いを銀貨で行う所は人気。


 銅貨 ― 十四グラム。含有率八十六%。百円相当。売買の最低単位でもあり最も出回っている通貨でもある。食料や雑貨などは纏めて百円になるよう調整して出す。


 含有率 ― 百%でその金額相当の重量。不純物の割合がそのまま国家の儲け分でもあり、同時に純度が国家の信用の目安。とはいえ、金銀は鉱山の確保も難しい課題として横たわっている。アバッケンも現状は特に問題ないが、大凡五十年以内には新たな鉱脈を確保しないと鐚銭が流通する事になるだろう。尚、当該ゲーム中では変動制と他国通過を考えないものとする。



「よう解らんが大事なんかこれ」


「文化を語る上で通貨と言語は外せないんじゃないでしょうか」


「言い方悪かったな、これゲームに関係あんのか? ノベルゲーなんやろ」


「ゲーム中では出ないね。金山や銀山とかも」


「省いてよくない?」


「世界を身近かつ具体的に想像出来るかなと思ったんやけど……」


「ファンタジーを具体的にするのはまぁええやろ、せやけど身近にする必要ないやろ、魔法どないすんねん」


「いやいや、すごくファンタジーじゃないですか。頑張れば一代で貴族になれんねんで」


「なんか、なんでこんなファンタジーに食い違いが出んねやろ……」


 

 石か何かが ― 肉体労働者や農民は一日四食から五食の時代。五食目は十七時~十九時の合間に取るので、それに合わせて提供し、朝の仕込みと掃除を終えて二十時には帰宅となる。この時代に生活する人々は、月明かり程度があれば三十~百メートル程度の夜目が効く。


 明かりのない ― 蝋燭は存在するが、非常に希少であり高級。油は存在するが、灯籠といった類のものは存在しない。火は教会によって厳しく管理されている聖なるもの。


 教会 ― 十字架教の礼拝所。または教義の研究、管理、指導を行う人達の総称。時計の存在しない時代だが、三時間毎に礼拝の鐘を鳴らすという役割もある。時間の計測は蝋燭を使用。街の中心部には大きな神殿がある。


 十字架教 ― 光と十字架を崇拝する一神教。善と悪、敵と味方しかない、非常に限定的二元論を数百年に渡り維持する団体。この大陸において九十五%以上の信仰率を誇る。


 厳しく管理 ― 火や光を教会の指導、管理以外の方法で使用した場合、磔刑となる。窯は教会の管理するもの、蝋は教会が作成するもの、などがある。当然だが生活必需であるため、莫大な利権と需要が発生する。光と火を宗教が寡占した結果、文字通りの暗黒時代がやってきたという状況。



「なんやこれ」


「マフィアよりマフィアらしい、政治と金団体」


「魔法で火とか出せるんやないの……」


「管理・指導要項から外れた異端行為と認定され、一両日中には磔刑。悪は滅びました、めでたしめでたし」 


「俺の気分が暗黒時代やっちゅうねん! もうちょっとマトモな設定出来ひんのかお前」



 熱くて冷たい感触 ― 入領税を払って素寒貧で都市に入る事を拒否し、ある程度の小金を持とうとする者は一定数いる。そしてそれを食い物にする連中も同じく。給料日に金をため込んでいる場所へ案内させてから、気を逸らして後ろから襲っている辺り、かなりの熟練した複数人の犯行であろう。恐らく短剣で腎臓付近を下から上に突き上げ、ひねって抉ったと思われる。失血死する前にショックで体が麻痺し、あっと言う間に死亡したのだろう。本来、最初に冷たく、次いで熱くなるのが道理のはずだが、逆に感じた理由は不明。出来れば生涯知りたくないものである。



「解説もされたないっちゅうねん! お前ふざっけんなやマジで!」


 理由を聞いておいて、解説したら怒鳴られるってどういう理不尽? 普通に考えてふざけた対応されてるのは僕だと思うんだけど、言わない方がいいんだろうねぇ。


「なんゆうか……ハードやねこれ……。十八禁?」


「まぁ、会社の人がやるの前提やからねぇ。ある程度厳しくてもええんやないかなと」


「ゲームやる気失せるくらい厳しいやろこんなもん! お前、プレイヤーに言語の理解を求めるのはアカンとかほざきよったくせに、どんだけの覚悟求める気やねん」


「え……、まぁ遊び用じゃないし。形を成してるかどうか判別出来ればええ訳やから、気に食わんなら適当に流して機械的にテストプレイすればいいんちゃうのって思ってんけど。作るの苦労してんからテストする側にも苦労してもらいたいなってのもない訳やないけど」


「なんやろ、最後にしか重みを感じれへんよ」


「バルサン、ほんま嫌がらせにだけは熱くなるやっちゃな」


「えー、そんなめんどい事に熱くなったりせぇへんで。これも最初やしゆうことでめっちゃ気ぃ遣ったイベントやのに」


「お前これで気遣ったつもりなんやったら、一生気遣いは封印したほうがええな」


「てゆうか、どこ? どこらへんを、どう気遣ったん」


「いやー、ちゃんとお金稼いで、資金三十万にした辺りでもっかい並ばせて、管理者から笑顔で、入領税三十万ね、お疲れさん。って言わせてもよかってんけどね。やっぱり最初が肝心やし、ある程度ショッキングな方が解りやすいやん、どうゆうゲームかってさ」


「都市入るんにそんだけアコギな真似されるゆうんで充分ショッキングやっちゅうねん、お前プレイヤーに一体なにを求めとんねん」


「えっらいイヤな洗礼やな……」


「目が覚めるやろ? 勇気一つを友にして。ってヒント出してんのに、いきなり金を持とうとする現代的な考えじゃ死ぬよっていう。まぁ推理が得意らしいワゴンくんなら気づいてくれたんちゃうかな」


「自覚ないようやからゆうてみるけど、これは足し算教わった直後に因数分解やらされるようなもんやで。無理やって」


 うーん、ある程度一般受けは捨てて作ったつもりだったけど、ここまで否定されるとは思わなかったね。ロールプレイがゲームの基本で、その通りに全く違う人生と世界をやってみただけなんだけどさ。


「ほなしまいにする?」


「いや、なんかムカつくからやる」


「消化不良やしな、負けたみたいでムカつく」


 ムカつくならやらなきゃいいのに、百六十七センチも葉巻くんも面倒くさい性格してるなぁ。


「お、選択肢から再開か」


「ああ、セーブ地点は死ぬ前にやったとこからやねんね」


「うん、死んだ後のセーブはそこまでのデータから解説加えるだけ」


「まぁ一番なんやろけどな、ここはあえて二番を見てみたいんやが」



 ふざけるな! と思うと体が勝手に動いていた。テーブルを思い切り壁まで押しやり、管理官を嫌な手応えと共に挟む!


 同時に扉へと駆け出し、検査官に体当たりして腰に下げていた鍵を奪い取った。押し倒した状態から手近にあった椅子で思い切り殴りつけ、しばらく動けないようにしておく。


 逸る気持ちを抑えながら、扉の鍵を捜し当て、都市内部へと駆け込んだ俺の後ろから怒声が響いた。


「密入だ! ひっ捕らえろ!!」


 内心舌打ちしながら路地へ出る。


1、人通りの多い方へ


2、路地裏へ



「まさかの正解か」


「いや……ちゃうやろこれは……?」


「まぁ一番やろ、これは」



 恐らく中央を走る通りに出て、混雑する市場を突っ切って走る。村の祭りよりも遙かに多い人の群だ、今日は何かの記念日ってやつか? いい気なもんだと思う間もなく後ろからの怒声と鐘を鳴らすような音がする。


 この辺りでどちらかに曲がってみるか、という頃、突然人波が散り武器を持った男達に囲まれていた。


 いきなり斬りつけられ、何かを思う間もなく捕縛される。石を口の中に突っ込まれたかと思うと、ようやく追いついた管理官に棍棒で殴られ、歯のいくつかが吹き飛び、頬が内から大きく裂けた。


「バカなヤローだ、舐めたマネしやがるからこうなる……。牢に放り込んでおけ!」


 どこかの地下と思われる石牢にたたき落とされ、意識が遠のいていく……。


 享年十五歳。


 セーブしますか?



「なんやこれ」


「選択肢を間違えたら」


「それはもうええっちゅうねん!」



 密入 ― 都市に不法な方法にて侵入する事。良くて奴隷落ち、普通は死刑の重罪。貨物に紛れ込んで、という類は日常茶飯事。こちらは口利きと規定の十倍払いで保釈も可能。年に一度くらいはこうして、理不尽な税に耐えかね、勇敢にも強行突破を試みるものが現れるようだ。管理官や検査官、門兵なども全て騎士であり、つまりは貴族である。面子を汚した平民には死あるのみ。


 祭り ― 聖霊降臨祭、収穫祭などの事。人口六百人程度のクテイ村に千人近くの人間が一カ所に集まり騒ぐ日。人口三万人強の都市アバッケンの中央通りを、クシャーラが何かの祭りと勘違いしてしまったのも無理からぬ事であろう。


 中央通り ― 治安維持目的で日に三度軍による見回りが行われている。鐘の音と間隔で緊急の事態や場所に卸した警報となっており、クシャーラを包囲出来た。歯を食いしばらせ石を口の側面に詰めて殴る、というのは非常に古くからある痛みの与え方。暴徒を瞬時に制圧出来、鬱憤も晴らせる為、かなり一般的に用いられる。隠語は食いしん坊。


 石牢 ― 砦建設時に、捕虜を収容する目的で地下に作るもの。脱獄防止の観点から、深さ三~五メートル程度の石造りにし、入り口となる穴からたたき落とす。出すときは穴からロープなどを使い、普段は施錠してある。食料なども穴から投げ入れるのみ。落ちた衝撃で死亡、またはその時の怪我が元で死亡する事もよくある。人権の重要さを噛みしめるべきか、犯罪者には当然の末路と思うべきか。

いずれにせよ、勇気と無謀は似て非なるもの。という教訓が残った。



「なぁバルサンくん、なんでこんな極端なん?」


「日常生活を」


「生活感じる前に吐き気感じてまうわボケ! なんや食いしん坊って」


「サディスティック先行で、実効が疑わしい悪趣味な拷問ほど、妙に可愛らしい隠語で呼ばれるんだよね」


 これをやられると、一命を取り留めたとしても当時の医療技術込みで考えて確実に今後、流動食くらいしか食べれなくなるわけで。食に対する欲求と健常だった過去に生きている様を嘲笑しての食いしん坊。という由来の説明は胸に秘めておいた方がよさそう。




 人通りが少なく、細い道を進んでいると、活気に溢れた街並みがあっという間に消え失せた。死んだ目をしてそこにいるだけの男や、数日前には死んでいたと思われる死体が放置してある。追ってくる奴らは大分少なくなったが、このまま振り切ったとしても真っ当に生活するのは難しいだろう……。


 チクショウ、なんでこんな事に……。夢を叶えに来たはずだってのに! 何度目かの絶望と悲しみの波に、うっかり泣き出しちまいそうになった。まだそんな余裕はない、早くどこかで身を隠さないと……。


「こっちだ! はやく!!」


 突然現れた男の言葉に、一瞬躊躇ったがすぐに着いていく事にした。これ以上悪くなることなんざないだろう。


 男に連れられるままやってきたのは娼婦館だった。都市外で見たそれより更に見窄らしい外観とすえた独特の臭いから、ここが最下層にあたる地域なのは間違いなさそうだ。出来ればこんなとこにいたくはなかったが、助けられたのは事実だ。俺は渋々ながら礼を言った。


「助かった、でもなんで?」


 男は笑って述べた。


「いいってことよ、俺もあの門兵どもは大嫌いなんだ。ところでお前さん、面と向かって刃向かうなんて大したもんだ。どうだい、俺の、このガシャさんとこで働く気はねぇかな?」


 別に望んでこうなった訳じゃないが、そんな事でも褒められると中々嬉しいもんだ。借りも出来たしアテもねぇ。俺は二つ返事で男に従った。



「ようやくマトモっぽい展開やな」


「でもこれじゃ犯罪者やん」


 豪華客船にいきなり乗り込んで来て色や金で人を釣って殺し合いさせた悪魔も、最初は善人の振りをしていたんだけどね。言うとネタばらしになりそうだけど、前提が性悪説だって事くらいは伝えておいたほうがいいのかな。



 二年後――


 第二章 ― 出口のない迷路 ―



「急やなおい、しかも強行突破で正解なんかい!」


「ヤマとタニしか書く気になれんからねぇ」


「ほんま極端やね……。つかこれまたネガティブな……」


 そりゃ、あんな展開でポジティブな人生が待ってたら、それが一番のファンタジックストーリーでしょうよ。ネタばらしになるから言わないけど。


挿絵(By みてみん)


「おお、挿し絵あんねや」


「事件起こして正解ってどないなゲームやねんこれ」



 二十一時過ぎ、目当ての女に袖にされた俺は不貞腐れてヤサに戻った。寝入ってしばらくした後、場末の塒に安っぽい酒が届く。受け取りながら内心舌打ちする、面倒な依頼が来やがった。


 とはいえ、俺には拒否権ってもんがない。密入をチクられるだけであっと言う間に縛り首だろう。こういった仕事を文句も言わず受け入れている間だけ、匿ってもらえるってわけだ。騎士様連中の手がここに伸びて来ないのは、単に泳がされているだけだってのに最近気がついた。成功してもよし、失敗してもよし、そんな誰かの手のひらなのが気に食わないが、だからといって何が出来るって訳でもねぇ。そこがまた特段気に食わねぇ話だ。


 結局の所俺は、誰かの作った血を流す予定の川に、延々血を流し込んでる一人に過ぎないんだろう。そして、その誰かにとっちゃ、そいつらが血を流し込む時に考えてる事だとかそうなった経緯だとかってな、どうだっていい話なんだろう。薄っぺらい紙切れ一枚に、薄っぺらく最小限の文字を書いているだけの誰か。いい気なもんだぜ、くたばっちまえ!


 真っ昼間でも明かりさえ取れないようなおんぼろ居酒屋の屋根裏で、三人組の人相書を渡され、ガシャから詳細の説明を受ける。


「常にその三人で行動しているようだ、今回の標的は真ん中の小男。ヤサとアタリはさっき言った通りな。通り魔として、どこかの路地裏で始末するようにとのお達しだぜ。間違っても建物や表じゃ手を出すなとさ」


 標的の宿から行き着けまでの道筋を頭でなぞり、適当な地点と時間を絞っていく。方法や場所指定が付いているのは面倒くせぇが、今回のケツ持ちは大物らしい。条件さえ満たせば後はどうとでもなるだろう。


「目眩ましが欲しい、物乞い役のアホジジイ二匹」


「手配しておこう。いつになりそうだ」


「メドついたらすぐ塒に寄越せ。今日の晩には、喜ぶ奴らがいるだろうよ」


 満足そうにガシャは笑って闇に消える。女衒から薬、殺し、詐欺まで手広く斡旋している仲介屋。あのクソ野郎、毎度毎度人の足下見やがって、端金でとんでもねぇ仕事ばっか持って来やがる。どうせ半分以上抜かれてんのかと思うと我慢ならねぇ。だが、昔ゴネて見た時、


「困るのはお前で、俺じゃないな」


 やれやれと言わんばかりに芝居がかった肩のすくめ方、顔にもケツの穴が付いてやがるんじゃねぇのかクソが! 思い出しただけでムカついてきた。いつか、あのちょろつくネズミみたいな動きが気に食わねぇってんで、始末の依頼が舞い込んで来るだろう。そん時ゃ三割引で請け負ってもいいくらいだぜ!



「こら、これなんや」


「二年の歳月はおのぼりさんを逞しくさせるんやねぇ」


「これ逞しい違う、すれとるゆうんや思う」


「どない逞しなったらサラっと人殺しするようなっとんねん!」


「しかもこれ、なんや事情あるとか、主義信条の末とかそんなんやないな。ちょっと遠出せなアカン、くらいの面倒くささとハシタ金で殺人やる主役って……」


 事情ならあるじゃん、言うこと聞かないと死ぬって状況なんだから、本人としては緊急避難程度にしか思ってないよ。同情出来る事情じゃないって言いたいなら同意するけど。



 ノックが三度なった後、一拍置いて再度鳴る。


「入れよ」


 ドアを開けたのはガシャ、落とし物の届け役なんて使い走りを自前な点からも、今回の入れ込みが解るってもんだ。後で吹っ掛けてやろうかとも思ったが、それよりは後々使えそうなネタ探しする絶好の機会か。


「おう、爺さん、コイツがさっき言ったアンタらに儲け話を持ってきてくれた奴だぜ。じゃあ、後はよろしくな!」


 愛想笑いしながら軽く手をあげて去っていくガシャ。後にはやたらと震えが酷いジジイが二人。


 ゲロ小便、それから安酒の染み着いた独特の臭い、当然、末期の酒崩れ。気に食わねぇ奴だが、ガシャの人選だけはたいしたもんだ。


「爺さん物乞い得意だよな、そいつでちょっと、すがりつくかなんかして、気を引いて欲しい奴がいるんだよ」


 聞いているのか聞いていないのか、白目が黄色くなり、瞳の部分も腐ったネズミみたいな色の目だけでうなずくジジイ共。話なんてせずに現場で指示だけ淡々と出してもいいんだが、それじゃ俺が盛り上がりに欠ける。


「この三人組なんだけどな、左右は護衛なんだが、真ん中の奴、昨日酒場で金持ってるの見かけてなー。大したもんだぜ、三十万は持ってやがる。で、このオッサン物乞いが苦手らしくてな、アンタらに頑張ってもらって、この護衛共をけしかけるようし向けて欲しいのよ。で、俺様がその隙をついて後ろから財布をガメるってわけだ」


 難しい事をいったか、一度に多くを述べすぎたか、反応が薄い。もう半分くたばっちまってるんじゃねぇのかこのジジイども。とはいえ、この役だけは死んでもやってもらわねーと俺が困るってわけだ。活を入れるとっておきの言葉をそのまま続ける。


「なんせ三十万だろ、山分けで十万ずつだぜ! それだけありゃ酒なんぞ浴びる程飲めるし女も引っかけ放題ってわけだ! 気合い入れていこうぜ爺さん!」


 金か酒か女か、どれに反応したのかは解らなかったが死んだ魚の目に活気が戻ってきた。これでなんとかなるだろう。


 酒が飲みたい、とほざくジジイのケツを叩いて、なんとか細い裏路地の出口に待機させる。標的が泊まっている宿屋から、行き着けの薬屋まで最短を通ればここしかないはず。比較的安全な道はさっき、反目しあってるアホ二匹をけしかけてケンカさせてきた所だ。憎み合ってる癖に、殺すどころか大怪我すらさせれないようなアホ共。どうせ言い訳がてら二~三発殴り合って、そっからは大声の口喧嘩で粘るだろう。標的はトラブルを避けて行動しているから、マトモな判断能力があればそっちの道を通ったりしないはずだ。


 ガシャがジジイ共を連れてきた辺りからつけられている気がして、騒ぎに乗じてすぐに姿を消したつもりだったんだが、たぶん付かず離れずで見られているな。監視役って奴か? ここまで気配薄いんならそのままソイツに仕事させりゃいいのに、全くお偉方ってのはご苦労なこったぜ!


 狙い通り、標的は細い路地を進む事にしたらしい。護衛が警戒しながら前後についているのを、俺は出口付近の建物の屋根から見物していた。両手に一本ずつと腰に一本の、計三本短剣を準備してある。もちろん買ったものじゃない、酒場で酔いつぶれていた奴からコツコツ頂いておいたものだ。鞘はぼろ布に近く、刃は数打ちの赤錆びたもの。武器としては頼りないが、使い捨ててもアシの付きにくさが気に入ってる。



「うわ、最悪」


「なんや、どないしてん」


「いや、こういうざーとらしい説明は全部解説でするよう打ち直してんけどねー。やっぱ見落としあるもんやね」


「ん? なにそれ」


「短剣の準備云々のとこよ」


「なぁバルサンくん、その拘り、向けてみるべき所が絶対他にある思うねんけど」


「やっぱ話の中で自然解るようにせなあかんかなぁ。でも難しくてさー、本職やないしええかなって」


「そこやないっちゅうねん! 話の入り口をもっと広げとけや! 出来たやろこれはお前!」


「だからファンタジーに」


「うん、ダークファンタジーはもの凄く間口狭いよ」


「マジで? まぁこれはファンタジーやけど」


「……、なんやろね、いっそバルサンくんのダークが見てみたい気もする」


「たぶんこれと同じもんが出てくるな。現実は時にダークやから。とか解るような解らんような事ほざきよってな」


 よく解ってるじゃん百六十七センチ。だったら四の五の言わず黙って見てりゃいいのにね。



 ヨレヨレの死にかけジジイ共が予定通り護衛の足に縋り付くようにすり寄る。殴られても蹴られても離さないその姿勢は大したもんだ。標的はしばらくジジイ共を睨みつけていたが、やがて意を決したように護衛に軽く手を振って指示を出した。護衛も軽くうなずくと剣を抜き、それぞれにまとわりつくジジイをあっさりと切り捨て――


 るために刃を振り降ろした瞬間、屋根から右側の護衛に向かって飛び降りる。上も警戒してたようだが、さすがにこの瞬間は無防備で、あっさりと背中にのし掛かった。


 両肩に膝を乗せるように降り立ち、後頭部に両手を合わせて全体重を乗せる。その衝撃で護衛がうつ伏せに倒れる瞬間、屋根から飛び降りた衝撃を移すついでに、右手の短剣を首筋に突き立て息の根を止めておく。


 地面に崩れ落ちる前に、蛙のような姿勢のまま後ろに飛ぶ。左側の護衛が驚きながらも、振り降ろそうとした剣を止めきれずジジイに食い込む。惜しい、あれじゃ浅いな。まぁほっときゃ今日には死ぬだろうが、後で念のためとどめておくか。そんな事を考えながら振り返って俺を見下げる間抜けな護衛の、がら空きの喉元へ左手の短剣を向ける。


 しゃがんだ体勢を伸ばす勢いも乗せて腕を突き上げた瞬間、威力が強くなりすぎるのを感じたがもう遅い、内心の舌打ちと同時に、骨と命の折れる手応えがした。


 楽な事に、標的のオッサンは壁にへばりついて置物化してやがる。ガタガタ震えながら、月の市でたまに聞く言葉を喋っていた。蛮人がなんて言ってるか解らないが、命乞いってのは不思議とよく伝わってくるもんだ。


 そんな蛮人のオッサンを尻目に、さっきのジジイ共の身長に合わせ中腰になる。ちょうどへっぴり腰って奴だな、これなら刺し傷もいい感じになるだろ。


 いかにも素人っぽく、一度刺してから左右に刃物を振って、二度目から連続で刺しておく。一度目で致命傷の感覚、四度目で絶命の感覚があったが、地面に赤だけじゃなく黄色や灰色のものが混じるようになるまで淡々と刺し続けた。まったく、お気の毒様ってやつだな。


 ざっと目に付く金品を奪い、使った短剣の鞘をジジイの腰に当てる。右側の護衛に付いたジジイには左利きになってもらうか。左のジジイはまだ息があったので刺さった剣を抜いておく。微かにあった背後の視線が、いつの間にか消えていた事に若干の安堵と満足を得つつその場を後にした。



「どないっとんねんこれは」


「なんでも屋さんって大変だよね」


「いやプレイヤーが大変やから。さばさばと作業的に残酷殺人見せられても」


 殺人を含む仕事、なんてものを職業にしちゃったら作業的に淡々とこなせないと、不幸になるだけだと思うけどね。多分そんな問題じゃないと言われるだけだろうから口にしないけど。



 装飾品なんかはアシが付きそうな凝ったデザインだったんで、盗品専門の叩き屋に降ろした。随分舐めた値段だったが、そもそもこれ自体役得の品だし、こういう処分をするのが条件でもあるんだろうと。後はどっかの荷物に紛れてどっか余所の国で売り払うって訳だ。俺が手にした額よりゼロが多い値段で。なんだって世の中ってのはこう気に食わない話ばっかりなんだろうな。


 手にした小金で、お気に入りの娼婦を一日買い取り、昼日中からベッタリして過ごす。人殺しの後は暴力的になるって野郎もいるが、俺は逆でなんだか人寂しくなる。今回で言えば五人、この世から消えてなくなった訳で。なんだかそれが信じられない位大変な事の気がして、誰か適当な人肌を求める。もしくは、人通りの多い所へ出かけ、そのまま適当な野郎と酒を飲みに繰り出して過ごす。そうこうしてると世の中は変わらないんだって安心する。


 ――だけど、そういう日の夜、ふと目覚めて水を飲もうとする時に、なんとなく空を見上げちまったりすると……。


 自分は今、たった一人で、出口のない迷路にいるんじゃないのかって気がして、狂ったように叫び出したくなる。俺はこれからどうすればいいってんだ? どこにも行けず、誰とも連めず、ただ凌いでいくだけ。さっきまで安心出来ていた変わらない世の中に今度は絶望する時間が来る。


 俺は間違っているんだろうか? 生きていくのはそれだけで罪深く、誰だって幸せになる権利はある、はずだ。なのに、俺には罪だけが残っている。俺の幸せになる方法は、どこかの誰かに吸い上げられちまったままだ……。


 突然ノックが三度、それから一度鳴った。ガシャの呼び出しだが、叩き方が違う。それに気配も、足音もしなかった。拙い事態だな、内心は苛立ち半分、暗い思考を中断出来る安堵半分で短剣を構えながら扉に向かった。


 壁伝いに移動し、扉の裏側から開――


 くつもりが、ちょうど扉に左手が届くか届かないかの位置に着いた瞬間、突風のように扉が乱暴に開かれ、同時に開いた扉の死角から右手の短剣目掛けて剣閃が走る。


 僅かに引いた剣先が再度、俺の喉元十五センチほど手前へ突きつけられ、玉響もなく短剣が床に落ちる音がした。新たに出来た月明かりの反射で落ちた位置を見当付けながら入ってきた男を見据えていると、部屋の様子を確認し終えたらしい男が口を開いた。


「こんばんは、夜分に失礼。君の仕事ぶりをあらためさせてもらいに来た」


 安っぽい服装だが身のこなしも物言いにも、とってつけたような笑顔にも洗練されたものを感じる。騎士か? 明らかに騎士の中でも上位の腕前だというのに、こんな時間に単独行動で捜査……?


「税金の払い忘れなら、明日にでも出頭するよ」


 時間稼ぎに、愛想笑いしながらつまらん冗談を飛ばして反応を見る。


「不労所得だろう、お勧めは寄進だよ。それはともかく、ここ一ヶ月の仕事とその関係者を話してもらおうか。素直に応じるなら、無事に寄進に行ける」


 剣先にある力を維持したまま、同じく愛想笑いの反応が返ってきた。舌先三寸で誤魔化すのは無理なようだ。


「オーケー、後ろの机に依頼書が入ってる。……俺が出した方がいいのか?」


 降参の意を示すように、両手をゆっくりと挙げながら話す。


「ベッドのレディに床掃除の手間を増やしたくなければ」


 一歩ずつ、ゆっくりと机の方に後ろ向きに歩く。ように見せて、落ちた短剣を左足で踏む為に慎重に進む。


 相手は着いてこない。ただ、二歩目で見透かされたか、剣を戻して刺突の構えを取っている。妙な素振りを見せれば、最初に見せた反応すら出来ない剣閃が来るだろう。


 神経をすり減らしながら一歩ずつ進み、ようやく視界の下端に短剣が入った。勝負はここからだ。夜が明けてしまいそうな程の時間を感じながらしかし、実際には一分と経っていない不思議な瞬間、俺は可能な限りさっきまでと同じように右足で一歩を踏み出し、慎重に道筋をつけながら左足の爪先を短剣の鍔部分に降ろす。


 短剣で滑るように、バランスを崩して転倒したような動きをしながら、爪先をねじり上げて右手で捉えれる位置へと短剣を中空へ跳ね上げる。たたらを踏んだような姿勢から、全身を吹き上げる力を蓄えていく。


 右手を短剣へと伸ばした瞬間、凄まじい速度で騎士が前進し、ほぼ同時に右腕めがけた刺突が走る。


 伸ばした右手で短剣を騎士へと弾きながら、姿勢を更に低くし全力で前進する。右肩から背中にかけての肉が持って行かれたが痛みや熱が追いつくよりも先に前へ!


 顔目掛けて弾いた短剣が首を捻って回避されるのを見ながら、突き出ている相手の右足に内側から踵を狙って右足で蹴った後、戻さず後ろ側を制するように置く。


 間髪入れず騎士の右肘に己の右肘を合わせながら後ろへと回り込む。


 右足の爪先を相手の踵に合わせながら左足で脹ら脛を踏み抜く、同時に右肩を下に押しやり、騎士が主君に取る臣下の礼のような体勢にキめた瞬間、左肘に全体重を掛け首筋に落として頸骨をへし折った。

 

 一度大きく仰け反るように跳ねた後、動かなくなった男をしばらく呆然と眺めていた。


 やっちまった! よりによって騎士を手に掛けるなんて。


 ふと冷静になった瞬間、右肩と背中に熱が走る。痛みでバランスを崩した瞬間左足に力が入らず尻餅をついた。いつの間にか左足の付け根に短剣が生えている。後ろに回ったあたりか? 止血しながら己の悪運に息をつく。


 鍵を開けられたんだから、小屋の持ち主とは話が付いているのは間違いないだろう。周囲は既に囲まれているのかと様子を探ってみたが人の気配はしない。この騎士様は偵察が高じて独断専行したって訳じゃなさそうだ。まだ機会はあるか?


 馬車の貨物に紛れて都市から脱出するしかないだろうが、夜明けが来るまでの時間勝負だろう。


「どうするつもり?」


 騎士が来てから初めて女が口を開いた。怯えるでもなく落ち着いた口調で、肝の座りに感謝する。ここで喚かれでもしたら始末沙汰が増えるだけだ。


「逃げるしかないだろ? でも運が悪いな、ユーナ。こいつは多分騎士様だ、現場に居合わせたってだけでお前も追われるだろうぜ」


「あなたと知り合った以上の不運があるなんて思わなかったわ、殺し合いなんて男同士で勝手にやればいいのに」


「男ってな勝手やったツケを女に甘えるのが好きなんだよ……。朝までにどっかとんずら出来るアテはあるかい? ないなら都市を出るまでくらいは面倒みれるぜ」


「今更甲斐性ぶらないで。……もういいわ、どうせそれしかないんでしょう。いい加減ここにもうんざりしていたとこだし」


 荷物を取りに行くという女に合流場所を伝え、以前から何度か外での仕事の時に使ってる業者に仕事を依頼しに行った。足が思い通りに動かず、血を流しすぎたかふらついてきたが、なんとかたどり着き二十万ほど握らして二人分の枠を作ってもらった。


 朝一での行商に紛れ込む馬車を確認し、御者に挨拶をしておこうと近寄った瞬間、幌から風切り音がしたかと思うと意識が遠のいていく……。


 舌打ちと共に男の声がした。


「二人分の依頼だ、もう一人仲間がいるはず。探せ!」


 享年十七歳


 セーブしますか?



「まぁ、言いたい事はようさんあんねやが、一つ。選択肢はどないなっとんねん!!」


「章タイトルは展開のヒントを」


「出口の問題かこれが! 入り口がどこにあったかすら解らんままゲーム終わったんやぞ!」


「人物や情景描写がほぼなしで、戦闘ってか殺人だけエッライ丁寧なんが気になるんやけど」


「田舎の、なんの教養もない社会の縁の下の力持ちが、詩的に情景や人を評価しながら歩いているのが基本。という設定が余りにもファンタジックすぎてねぇ。三人称ならそれでええんやろうけど、難しいらしいから、初心者おすすめの一人称よ」


「だったらストーリーも初心者お勧めの王道展開にせぇや! 別に恋愛物とかでよかったやろが! 学生時代のただれた関係があんねんからな!」


「いや、恋愛とかは普通やん。ただれたって言われても……、そういう関係は年頃なら普通やろ?」


「そんな普通があってたまるかボケェ! お前の普通は普通やないて何遍ゆうたら解んねん」


 普通に普通じゃない部分がある事まで含めて普通じゃないの? まぁそんな言葉遊びで茶化すのも可哀想な感じだから言わないけどさ。


「初心者やのに殺人オッケーなん?」


「味のなくなったガムは紙に包んでゴミ箱に。って意識で殺人教唆出来る人たちのツケが回ってるお話だからねぇ」


「クシャーラくんて主人公なんやんな?」


「うん、だからたった二年でクズ仕事のプロになってるやん。しかも不意打ちで手心あったとはいえ騎士様にも勝ってるし」


「だからなんでその主人公様がいきなり死んどんねん!」


「解説で」


「ゲーム内で解るように展開せぇ! っちゅーとんねん!」


 世の中、解説なしでカラクリを見通せる事象がどれだけあるってのよ。この高度情報化社会においてすら一部にしか触れれないまま死んでいくってのに、あんな社会の縁の下の力持ちが、全てまるっとお見通し。なんて展開シリアスじゃないでしょ真面目に。


「てか、あの挿し絵はなんやったん? あれ正解やから表示したんやないの」


「ああ、なんとなく描きたくなって」


「どんなオープニング詐欺やねん! なんとなくでいらん期待させんなや!」


 いやいや、崖っぷちで空を見上げて夢を見るくらいしか自由が残っていない人、っていうイメージ画像なんだけどね。出口のない迷路って感じでいいじゃないと、自信作だったんだけどねぇ。まぁそれは要するに手遅れって事なんだけど。


「崖から落ちて、やっと危機感持って頑張り出す子っているよね。でも、もうどうにもならないから手遅れっていうわけで。だけど、どんな人でどんな状況でも、夢見たり祈ったりするくらいは赦されてもいいんじゃないの?」


「冒険に出ますていわんばかりのオープニング詐欺やめろっちゅーとんねん!」


「手遅れって主人公に使う言葉違うと思う」


 だから死という当然の報いが来たじゃないですか。この辺りすごい意識の差を感じるね。主人公に期待しすぎなんじゃないの? ヒーローだって一歩間違えれば死ぬはずじゃん。



 クシャーラ ― 十七歳。百八十二センチ、七十七キロ。都市に不法に住み着き二年になる男。ガシャんトコの下っ端、もしくはなんでも屋と認識されている。初めの内は偵察や監視が多かったが、それなりに回るオツムを見込まれ、実行部隊を任されるようになっていった。特に殺人や誘拐など、実行犯の処理が悩ましい業務において、共犯を自ら処理し、犯行を元手に依頼主に強請集りもせず、周囲に仕事を吹聴して回ったりもせずという職業的犯罪者だった。現場で機転が利き、必要最小限以上は見ざる言わざる聞かざるに加え考えざると、犯罪関連における才能はそれなりに高かった為、常に人材不足な業種であることも重なり口封じ対象外になっている。軍の治安維持部門では、事切れる前の被害者から、北部訛りの男。と証言が出たことから北風の悪魔と称されている。


 常に人材不足 ― 乱戦などの混乱状況でなしに、面と向かった状態から、相手や自分が死ぬかもしれない行動を取れる人物は一割を切る。遠距離からの飛び道具や、人質など極度の重圧をかけて三割強。命令だから、仕事だからとあっさり割り切って行動出来る人物は、例え貧民街であっても少ない。


 軍 ― 騎士、修道騎士、護衛隊にて構成されているアバッケン武力の総称。上層部が派閥による熾烈な足の引っ張りあいをしている割に、現場では意外と問題なく機能している。命に直結している部分ではある程度実用主義にならざるを得ないという事だろうか。結果として、机仕事と靴仕事の軋轢はますます強まるのだが……。また非常に維持費がかかり、単純に人手のいる団体であるため、アバッケンの財政と治安における悩みの種。諸外国からの離間工作による一環と、表面上の平和続きから年々縮小傾向にあり、死活問題になりつつある。現在二千~二千二百程度の人数で構成されている。十年前が三千人程度。このままいけば傭兵を視野にいれなければならないだろう。


 傭兵 ― 金で雇う兵士のこと。大口を叩く割に、戦争開始となると我先に逃げ出すものが多い。逃走中に雇われ国での略奪行為を働くものが多かった為、当該大陸では忌避されている存在。似た扱いに冒険者も入る。基本的に流れ者は単独なら歓迎されるが、複数では警戒される。


 場末の塒 ― 元は資材置き場だった小屋を住めるようにしたもの。家賃は月に千と破格。無論、管理人のとある悩みを表に出来ない方法で解決した見返りである。ノックの回数などで依頼その他を分けていて、対応を決めている。飲食物が運ばれるのは火急の印で、その飲食店にて待っているの意味。深夜に火急で酒場というだけで面倒な依頼だと断定出来る程度の労働環境。


 血を流す予定 ― 都市アバッケンに、自称行商薬師がやってきた。東部と南部の領主からの官吏登用を拒否、庇護を求めて都市へ。というものであった。子飼いを拒否した理由を調べる内、交易し、牽制もし合っているカミラビーバ国にて生死問わずのお尋ね者であると判明。さる魔術師の秘密を知ってしまった事に依るもので、国家より正式に引き渡し要求があった。亡命を受け入れるべきか、引き渡すべきかで論争が起こる中、元老院はカミラビーバの外交官と密約を交わし、嗜好品関税の引き下げ、補給地点として三つの港の解放を条件に殺害を決定する。非公開会議にて結審、軍にも一部にしか情報を出さずに処理となった。貧民街での実行を指示した理由は後始末と内外への弁明が簡潔で済むため。


 カミラビーバ国 ― アバッケンと海を挟んだ位置にある大陸で人口七万人を擁する国。分裂と統合を繰り返していた為か景気はよくないが、艦隊運営には定評があり、遠方からの奴隷仕入れや嗜好品輸出などで盛り返してきている。アバッケンは持ちつ持たれつの上得意である反面、他の領主を取り込んで肥大化するのを恐れており、離反工作には余念がない。


 さる魔術師 ― カミラビーバ国第一種国家機密指定に入る魔術を行使する人物。本人も機密指定されており、名前と両足を封印しているらしい、といった程度の事しかアバッケンには伝わっていない。祝福と安寧を祈る祈祷師から、よりその存在を強調した生死を司る魔術へと分かれた一派があり、その中でも希代の天才と謡われた者。四十路

を過ぎてから突然、死の方向にのみ傾倒し十余年の歳月を経て死の神とその真理の一端に到達。名前と身体の一部を捧げその分だけ死に近づいたんだとか。全ての生命に同時の死をもたらせば、創世の神話を再現してくれるに違いないと、その一瞬、神性を感じる為だけに自らを含めた全てに死を祈る研究を続けている。カミラビーバに身を寄せているのは、突き詰めた研究の安定した出資者がいるため。国もその死を示威として利用中。志を同じくする四人の弟子がいる。


 

「だとかってなんや! なんで途中でふざけた口調が入っとんねん! 台無しやんけ!」


「あっれ本当だ、これもチェックしたつもりやったんやけどなー」


「いや……、なんか安心したわ。普段ようしゃべるのにテキスト全部淡々としよるからめっちゃ違和感あんねんよ」


 まぁ最初はそんな感じでだらだら書いていたんだけどねぇ。なんか途中から自分の世界を自分が一番効率よく破壊している気がしたから修正しまくったんだけど……。こういう取りこぼしの失笑感がハンパないねこれは……。



 魔術 ― 神々の奇跡の一部を、世界に宿る魔力にて、修練や閃きの末発見した法則に依り執り行う事。千三百年程前、十字架教と魔術師の対立が激化し、泥沼の争いが続いたが、魔術の敗北で決着がついた。以来奇跡の奴隷扱いが続いているが一部魔術として独立している所もある。基本的には目立たない、地道なもの。発動から効果までに年単位のズレがあるものも存在する。



「どういうこっちゃこれ」


「農耕地で育成期に雨が一ヶ月近く降っていません。このままだと干ばつで年貢どころか自分たちの食い分すらままならない。という訳で雨乞いの魔術師に依頼して、引き受けて貰いました。オッケー、結果が出るまで二週間くらいかかるよ! その間は供物も儀式の場所も最上級の奴用意してね! とまぁそんな感じ」


「二週間ありゃ雨くらい降る日もあるやろそら」


「みなさまの真摯な祈りが土地神様に通じたようです。今後もご贔屓に。というみんな幸せなお話になります」


「降らんかったら?」


「いつも祈りが届くとは限らない、今回はご縁がありませんでした。と就活お祈りメッセージのような感じになります」


「それ詐欺し放題や」


「魔術です」


「いやそれた」


「魔術です」


「……、まぁ、ええけど。詐欺、いや魔術師大繁盛ちゃうのそれ」


「まぁ、当然の対策として、祈祷中は村から出られないようにしてあるだろうし、結果も出せないとなったら命で詫びる羽目になったりするんじゃない?」


「そうなった時に使うもんやないんか魔法って」


「そうね、大体十日かそこらで当たりそうもなけりゃ、逃げ出す算段固めるんじゃない?」


「詐欺師じゃ」


「魔術師です」


「……、なぁバルサン、詐欺師と魔術師の違いは?」


「愛ある夫婦と結婚詐欺師の差異と同じ。結果で判断出来ます」


「たまたま雨が降った場合と魔術によって雨が降った場合の違いは?」


「神様と魔術師のみぞ知る」


「おか」


「それが魔術ですから、魔術ってそういうものですから。という設定にでもしておかないと基本的に道具を使う文化が発達する理由がなくなるんだよねぇ。奇跡と魔術で争って、奇跡が勝ったのはどっちがより多くの人を納得させれたかとかもあったろうし」


 やられたのでやり返してみたけど、人の発言に意図的に被せて発言するのも中々面白いもんだね、国の行く末を決める本会議中に議員先生がやっちゃうわけだわ。立場ってもんを無視して考えるならだけど。


「でも基本は詐欺なんやんな?」


「奇跡も魔術も大半は。でも極まれにホンモノがいる、という設定。ただし魔術師になれる素質そのものが万分の一、そこから魔の素質が自分にあると気付く確率千分の一くらいかな? さらに魔術師なんてヤクザ商売に進むことが許される環境である確率千分の一くらい、そこからうまいこと詐欺師ではなく本物に弟子入り出来る確率が……。と考えると本物の天然記念物どころか、絶滅危惧種だね。多分本物の魔術師さんは仕事の他に、素質のある人を探して育成するって作業もやってると思うよ。出なきゃ自然消滅だ」


「普通に自然消滅出来る確率やないかそれ」


「いやいや、都市部に生まれれば殆ど解決する話じゃない? 宗教か国家を背景に育成に力入れてればさ、人口三万なら、三人はいる計算じゃない。国が新生児を片端から検査して、素質があれば最優遇措置としておけばさ、確率は実質万分の一で済むよ。その代わり都市部以外の素質がほぼ死に絶えるけど」


「解説には書かへんの、その辺」


「うん、今考えたし」


「……、なんでや、なんでたかがノベルゲーしてるだけでこんな疲れんねや……」


「コーヒーでも飲む?」


「黙っとれ」


 こういう時に気遣うと必ず裏目に出るんだよね、解っちゃいるけど何かすごい理不尽。



 封印 ― 魔術の行使中は対価として寿命や財産等を捧げ続けるのだが、自らの一部を恒久的に捧げる事で、儀式、期間、対価を簡略化する事が出来る。名前は魂に次ぐ最上級の供物であり、これを行った者は、己、己と同じ神に捧げる者、神以外からは存在と結果を認識されなくなる。さる魔術師の成果は同じ神に抹消部位を捧げている四人の弟子が代弁、代行中。


 元老院 ― 立法、諮問機関であり、政治運営機関でもある。アバッケンでは三十人前後で構成されている。成り立ちから政府による公的な機関だった訳ではなく、外交上高度な政治判断を要求される状況での相談役。として独自の情報、武力を持ち都市の繁栄と持続を目的としていた。現在はいつの間にか多様な繋がりが出来、結果本来の意味と意志が少しずつ失われ出している状態。


 非公開会議 ― 市民に公開しない会議。ではなく外務を含めた大臣や関係各所にも情報と決定事項を通達しないという事。当然反感を大きく買う事になるため、反発やその後の嫌がらせ等弊害も出てくる。その為の独立機関という訳だが、最近はお互いそれなりの繋がりを持ち始めている。この会議も数日後には知れ渡るだろう。


 後始末 ― 本件は、商業関連で国賓扱いの人物が、貧民街をお忍びで視察中強盗により刺殺された。と発表される。その後謝罪と治安回復名目で浄化作戦を決行し、内外へ通達という手順。ついでに最近目に付いてきた商用連合に責任を被せ、しばらく大人しくさせるという目論見も成功した。人命は時に、欲望という濁流の前に木の葉より軽いものとして扱われる。



「視察中に刺殺されるっていうダジャレのつもりで入れたんだけど、こうして見ると寒いねぇ」


「いや寒いのはそこだけやないから! もっとお寒い事書いてるからここ!」



 浄化作戦 ― 貧民街を武力によって大規模粛正する事。今回でいえば大凡六十人程度が人柱となっており、ガシャを初めとした関係者並びに、そろそろ関係が危うくなっていた汚れ仕事連中をこの機会に纏めて浄化した。


 三人組 ― 標的はイロ、護衛左はティン、護衛右はサーン。


 イロ ― 四十五歳男性。百七十センチ、八十五キロ。肥満傾向。さる死霊術師に師事し、三年で破門となった。その後死霊術師を詐称して、死後硬直やその弛緩時の動き、肺に残る空気の振動などをお告げや占いの元として使い、預言者を自称していた。五年ほど順調であったが、ある日目撃したさる魔術師の様相と、修業時代の経験からたまたま、封印された秘密に迫ってしまう。魔術師は自身の魔術に出た悪影響から、秘密に近づいた存在を確信し、イロはあぶり出されたネズミのように国を追われ命を狙われている。さる魔術師を視認出来ている以上、ある程度の才覚と結果は持っていたはずだが、自分の才能をうまく使いこなせなかったらしい。


 ティン、サーン ― ティンは十八歳男性。百八十七センチ、九十キロ。サーンは十九歳男性。百八十五センチ、八十五キロ。アバッケン商用組合の護衛部門に属する。二人ともアバッケン生まれのアバッケン育ちで商家の子、幼なじみ。ティンは三男、サーンは四男であるが、両家とも家督は長男、宗俗は次男が無事行っており自由が許された状況。運動が得意だった彼らは十歳の頃から自警団に属しており、十五歳の頃に護衛部門へ引き抜かれた。公私共に二人揃って活動しており、息の合った連携を見せる。揃っている時の愛称はニゴ。昔五人の野盗に囲まれた際、二人だけで護衛対象と荷物を増援が来るまで庇いきったことがあった。その後隊長に労われたとき、俺たちは二×二で五倍の実力ですから! と揃って応え、お前等は商家の子息のくせに数勘定も出来ないのかと笑いの種になった経緯から。イロは亡命希望だが、国家間の兼ね合いがあり、応対未定であるイロの護衛を軍に任す訳には行かず、行商人であるという自称を否定出来なかった商用連合にお鉢が回り、たまたま暇をしていた彼らが貧乏くじを引いた。


 ガシャ ― 二十九歳男性。百七十九センチ、七十三キロ。祖父の代から貧民街に住まう。祖父は付近の村民が領主に年貢の減免嘆願に向かう途中脱走し、そのまま都市へと流れ着いたもの。幼い頃から周囲の人間を使う事に長け、犯罪を繰り返していた。十七歳で軍に逮捕され、司法取引を経てなんでも屋となる。様々な思惑が絡み、政治的事情が大きく表沙汰に出来ない、依頼者が厳密に誰、と解らないような依頼が出た場合最優先でこれを解決すること。が生かされている条件。言うまでもないが解決に当たって軍部などのお目こぼしはない。二十四歳で結婚し、三歳の娘がいる。趣味は貯金。夢は娘を日の当たる世界へと送り出すこと。


 

「浄化されてんねんよな」


「されちゃってますね」


「一家もろともか?」


「まぁ家族揃って真っ先に拉致、今後の浄化対象情報を搾るだけ搾って全員浄化コースだろうね」


「どうにもならんのか」


「こればっかりはもう決定事項ですから。お上の尻拭いなんてどこも大抵そんなもの」


「ファンタジー違う……」 



 目眩まし ― 三人を貧民街で殺害するだけなら、適当な路地に入ってしばらく歩かせた所を、前から三人、後ろから二人で挟撃すればよい。古来より伝わる簡単確実な方法だが、五人を確実に口封じするにはそれなりの手練れが十五人はいる。更にそれを……、と非常に難解な事態を避けるには一人が望ましい。そんな場合、死亡前提での協力者がいると楽である。目眩まし、或いは囮と呼ぶ。



「なんや古来より伝わるって」


「洋の東西問わず、ちょっと治安悪い通り歩くとこれやられるよ。前からニヤ付いたヤバそうな人たちが来て、本能に従って戻ろうとしたら後ろからもってやつ。物騒な地域だと、大人しく財布出そうとすると殺されたりね」


「あー、なんか聞いたなそれ。武器を取りだそうとしてるって判断されるんやっけ」


「そっそ。だからハングアップしたまま、相手に金品の場所教えて相手に盗らせるんだって」


「なんやねんその物騒な豆知識は……、地球のどこで役立つねん」


「日本でもちょいガラ悪い学校とかやとケンカの時にやってるらしいけどね」


「この辺まだ平和でええよねー」


「うん、そういう意識を持ってもらう為にわざとこういう設定をしてみた」


「ほざけ」


 まぁそんなご大層な意識があった訳じゃないけど、最初に述べた通り普段と違う世界をロールプレイ出来たらなと思って作ったのは本当なんですけどね。どーも嫌がらせのみで作成したように思われているのが気にかかる。



 威力が強くなりすぎる ― 老人が七~八人で寄せ集まっていた所で三人組と揉め、取り囲んで身ぐるみを剥ごうとして、犠牲を出しつつも老人側が強盗殺人に成功した。という筋書きで事を終えるつもりであったため、一突きで骨までへし折っていては問題があると思っての舌打ち。実際にはこの後、さらには翌日以降の始末も既に決定しており、貧民街で死体さえ上がっていれば、それがどういったものであってもよくある強盗殺人として処理されていた。とはいえ、この気の回しようがクシャーラの生かされていた理由でもある。


 素人っぽく ― 初めて人を刺した時は、手応えのなさから焦って、刺したまま捻ったり振り回したり、何度も刺したりすることが多い。ガシャの連れて来た老人は貧民街ですら毒にも薬にもならずに、ただ一日を過ごしている手合いだった為、不自然のないように行っていた。


 月の市 ― 中央通りには地方からの輸入販売露店も立ち並んでいるが、そこの目玉は月に一度開かれるカミラビーバからの行商市である。臨海国家から持ち込まれる、アバッケンでは非常に希有な魚介類の販売が大人気で、昼前には完売御礼となっている。また、カミラビーバ産の塩や香辛料は一部の貴族や商人に強い愛好家がいる。


 希有な魚介類 ― 内蔵を抜いて塩漬けにしたものではあるが、川魚すらマトモには取り扱いがないアバッケンでは珍味として有り難がられている。塩漬けの魚に慣れた貴族や商人が、何かの機会でカミラビーバに行き、取れたての魚を調理した現地の名物料理、オリーブとトマトの煮込みなどを食べると言葉を失ってしまうらしい。 


 蛮人 ― 言葉の通じない、余所から来た者に対する一般的な蔑称。人口三万人程度の都市で貧民街に住まう者が、人口七万人の国家から来た者に対して抱くには不適当だが、自分の周り以上の想像がつかない時代では、自分ら以外は全員蛮人という思考になる。単数はバルバロス、複数はバルバロイとも。


 叩き屋 ― 盗品や情報を主に取り扱う場所。普通の盗品は溶かして素材別に卸すかそのまま横流しでいいが、目立つ意匠が施してある装飾品などはそれなりの値が付く。しかし現地で捌くのが難しい為別の領地、あるいは別の大陸に持ち込む場合が多い。販路の確保、盗品と知って襲撃する盗賊の類に対抗する武力、お上からお目こぼし頂けるようにする根回し、儲けさせてはいけないが、足元を見すぎてもいけない持ち込み客。と以外に危うい中成り立つ商売。



「お、誤字っとるぞ」


「え? あ、本当だ。意外と以外とか機会と機械とか気を付けていたんだけどねぇ」


「もっと気を付けて欲しいとこあんねんけどね、しつこいけど」



 出口のない迷路 ― 今回の件でクシャーラが得た報酬は三十万+叩き屋からの四十万で計七十万となっている。それだけあれば一般区への移住は無理にしても、全く別の土地で人生をやり直すには十分な資金である。外に出るコネもあり、十万程度の手持ちがある日が意外とあったにも関わらず、やり直すという選択肢そのものがない。全ての行動に責任が取れる訳ではないが……、責任を背負う気がないにも関わらず、投げ出すでもなく、ただ一日に対し姿勢を低くやり過ごす。何のことはない、彼は自ら己の道に迷い入り口と出口を塞ぎ嘆いているのである。主役が行うにあるまじき程度の低さに相応しい末路だろう。 



「容赦なしやな」


「主人公、はやっぱ善悪に関わらず格好よくないとあかんやん」


「バルサンくん的にはこれ小者の話なんやね……」


「実際小者やろ? 関わってる話そのものは国家規模やけど、そこの最末端を構成してるだけやで」


「ホンマ容赦なしやな」


 設定したの僕なんですけどね。容赦なしの意味がよく解らないけど、聞いても呆れられるばかりかと思うとねぇ。さてはて一体どっちが容赦ない対応なのか是非聞いてみたいもんだね。

 


 騎士か? ― バラビーン・コンガーラ。二十二歳。男性。百八十三センチ、八十一キロ。名目上はアバッケン宗教部門の修道騎士。実際は元老院子飼いの犬である。元老院付きとは、本来借金や不名誉などで没落した元名家に言葉巧みにすり寄り、引き上げとお家復興を餌に、汚れ仕事だが無能や市民には任せられないような任務を一手に引き受けさせられる人たち。同じ騎士からの評判もすこぶる悪く、死神部隊。といった騎士として恥ずべき、名誉の欠片もないあだ名で呼ばれている。因みに元老院の出す餌に食い付ける騎士は一割以下で、死亡除隊は二割を越えているため、このあだ名はそう的外れではない。バラビーンはコンガーラ家の長男として出生後、騎士となるべく英才教育を受け、才覚もあり若干十七歳にて騎士となった。コンガーラ家は特に目立った遍歴もなく、元老院との繋がりが薄い侯爵一族である。真っ当な出世が十分狙える生まれと才覚の持ち主でありながら、自ら望んで死神部隊に入った異端児。さる立食会談の折、元老院の中枢を担う一人と警護中に言葉を交わし、熱を上げてしまい、幾つかの審査を経て入隊してのけた。元老院に入れ込む毎に家族仲は冷めていき、絶縁問題にまでなったが、入隊が決まる一週間前、馬車で移動中の当主が崩落事故に巻き込まれこの世を去った。独断がやや多く、統括や指示には向かない性質だが、剣術に優れている。軍における武術大会では二十歳の時より入賞を続けており、昨年度はその圧倒的な刺突によって、貫く者。の称号を得た。アバッケンでは弓術か槍術使いが代々手にしてきた称号であり、剣術では彼が初。現在は十字架教に潜入、工作中。クシャーラに平民の格好で洗練された振る舞いを見せていたのは、騎士であるという露骨なアピールの為であって、演技一つ出来ない無能という訳ではない。元老院から後始末を仰せつかっており、ガシャから情報を搾り取り、関係各所を灰にして回っている途中だった。愛称はラビーネ。本来バル、となるはずなのだが、女性形の愛称が定着しており、本人もそれを訂正する気配がない。中性的で整った面立ちと大陸では珍しい黒き長髪に加え、侮蔑の意味を込めてつけたと思われるが……。名誉を重んじる騎士らしからぬ人物、と思われがち。だが真に仕えるべく主君を見い出し、その真意に沿って行動する。周囲にどう思われようとそれを貫き、そこにのみ執着する様は騎士の鑑であるともいえる。

 


「なんで名前も出んままあっさり死によったんが主役よりええ扱いやねん!」


「いやぁ、これは解説分けするの忘れてるっぽいねぇ」


 完璧に仕上げたつもりだったんだけどなぁ、二章まででこうほいほいミスが目立つようじゃ、最後らへんが怖いよ。


「え? これメインの人やないの? 死んで終わり?」


「正解のルートだと生きてるはず。たぶん」


「出番は」


「名前くらいならあるかも」


「この設定は」


「なんとなく」


「お前料理に関して普段から素材を活かしてとかのたまっとるくせに、なんで設定活かしてゲーム作ろうとせぇへんねん!」


 まぁ単独で証拠隠滅やってる人なんだから優秀じゃないと嘘じゃない? こういう経歴にしたのはなんとなくだけどそれ位は考えてるって。


「世界という素材で流れという調理を行うと歴史という料理が出来る訳やん。そこに焦点を当てると人物は添え物扱いになる場合が多いよね」


「一瞬素直に関心しかけたけど、実際ただの人殺しやん」


「国家がやるとただの人殺しが、事故、大いなる損失、といった物に早変わりするゆうことやね」


 そうして流れを作った側が、悲劇の歴史を演出する、と。ああやだやだ、世の中って世知辛い。



 死神部隊 ― 書類上は存在しない機関の一つ。所属の騎士は仮の配属先を与えられ、そこで極普通に仕事をして生活する。工作員としての専門訓練を施されたものばかりであり、武術では目録、言語では近隣国の二か国語の修得が最低条件。無事入隊出来た者は飴が二、鞭が八の割合で与えられる。任務の性質上死亡事故も多いが、その場合の遺族への補償は手厚く、後がない名家からの志願もあるが引き抜き制。


 称号 ― 国家から贈られる勲章の一形態。二つ名との違いは、公的に付く尊称であるという点。ラビーネでいえば、貫く者であり、コンガーラ地方侯爵であるバラビーン・コンガーラ様。という紹介になる。武術大会の称号は、必ず優勝者や入賞者に贈られる訳ではなく、人気やある程度のコネクションにも左右されており、出来レースで称号が決まっている事も勿論ある。貫く者。に関しても、子飼いに労いと今後の箔付けを兼ねて元老院の意向が働いていた模様。立ち入りや強制に関してかなりの融通が効くようになったようだ。


 お勧めは寄進 ― 悪銭も寄進にて善行となる。という特定団体にとって非常に都合のいい道徳規範。マフィアと持ちつ持たれつの為、腐敗が年々進んでいるが十字架教そのものの信仰には陰りがない。脱税は死罪も有りうる重罪の為、毎年納税監査の少し手前は商人、貴族、市民それぞれの寄進ラッシュになる。表に出来ない金銭を寄付頂いた事にして、一割から二割抜いて戻す。寄進額は神と寄進者だけの秘密であると非公開。という人に優しく都市に厳しい物。結局の所、世の中も十分に腐っているというブラックジョークの類。



「お前なんや、世の中に不満しかないんか」


「いやいや、ちゃんと満足してますよ」


「じゃなんでこんないちいち黒い話ばっかり出んの」


「僕のように清らかやと、逆に裏黒い部分に憧れるんやねぇ。僕もまだまだ可愛らしいとこあんねやなって思ってたわこれ作ってるとき」


「世の中、出来ひんもんは出来ひんし、思い付かへんもんは思い付かへんもんやで」


「いやいや、これは歴史の教科書からの借り物が大半ですよ」


 史実を元に、ある程度の想像とか脚色を加えてはいるけど、大体世の中どんな時代も腐ってるか終わってる話は掃いて捨てる程あったんだって。勿論同じくらいあったはずの素晴らしい話とかを書かないのは僕の趣味だけど。



 依頼書 ― 非公開会議が終わった直後、元老院は現金で一千万を本作戦費用として死神部隊に卸している。文面としての指示があったのはここまでで、それ以降の下っ端が当該作戦における経緯を知る術はない。だが、この手の仕事にある者が、依頼を請け負った状況と経緯を走り書きして、逮捕された時に罪の重さを分散させるよう準備してある事は珍しくない。万が一にも手繰られる要素を残さない為、回収に来た死神が自主的に差し出せば命だけは助けてやると思わせぶりな発言をしているのだ。因みに浄化開始前に経費五百万が追加され、計千五百万にて本作戦は終了している。



「どこに金使ってんのこれ」


「五割は初動を他部署から突っ込まれないように、理由は教えられないけど二日ほど黙認してねっていう依頼とその見返りを大臣クラスの人に撒いてる分。後は死神報酬で二割。二割が犯罪組織のトップ連中に、一割を末端の実働部隊へ。追加資金は浄化経費が一割くらいで、その後の有り難い復興援助資金が九割。費用対効果抜群だと元老院さんもホクホクだったご様子です」


「自分とこのも死んどるのにかい」


「一期一会を大事に出来る人が上に立てる人なんですよ」


「自分で焼いた貧民街を復興援助てたち悪いマッチポンプやな」


「焼いたのは責任取るって言った都市だから。そこの頭脳中枢である我々は、貧民街に住まうからといって全員に責任を求めたりはしません。みたいな綺麗事アピったんじゃないかな。かなり一方的な関係ではあるけど、都市にとっての貧民街はなくてはならないものだから」


「汚い、なんゆうか汚い」


「お陰様で綺麗は輝くわけですね、正義ってすごく流動的。という教訓が残った感じ?」


「お前の薄汚い印象ならバッチリ残った感じやな」


 これ程真摯かつ丁寧に質問に答えているってのにこの評価。世の中って本当流動的だよね。


「思わせぶりな発言ゆう事は、騎士様あのセリフ守る気なしかい」


「命がけの作戦行動中に真実をバラしてどーすんの。基本こういう会話は時間稼ぎか動揺狙い以上の意味はないでしょ」


「常識が違いすぎてついていくのシンドイねんけど……」



 ユーナ ― 二十一歳。女性。百六十四センチ、五十五キロ。三歳頃、親に口減らし目的で旅芸人の一座に売り払われる。十三歳まで子供を売りに芸を見せていたが、それが難しい年齢に差し掛かって来た為、都市での公演後売春宿に売り飛ばされていた。周りから食い物にされ続ける人生にも関わらず、心折れることなく一人芯を持って生き抜いてきた。彼女の軽妙な語り口調と男に媚びない姿勢から、一部熱心なファンがいる。親に会いたい、という気持ちはないが、記憶の彼方に微かに残る故郷を見てみたい。という思いはあり、春売りとして厳しくなってくる二十四歳になったら旅に出ようと決めている。市民や商人からも身請けの話が来ているが、首を縦に振ったことはない。憎からず思っている男性はいるようだが……。



「その思い人がクシャーラってオチは……ないんやろなお前の事やから」


「僕の事やから、っていうのとは関係なく違うね。犯罪組織の下っ端に思いを寄せれる程バカでも子供でも運が悪い訳でもないよ」


「いや運悪いやん十分すぎるほど!」


「え? ああ人生はね。恋愛も運みたいなもんやん、どうしょうもなくても好きになったり嫌いになったりはあるって」


「お前を好きになるゆうんは事故にあうようなもんやな」


「自損にすらならへんような子にいわれてもねぇ。毒にも薬にもなれんようやと事故にもあえん思うよ」


「余計なお世話じゃボケ!」



 幌から風切り音 ― 国賓の一人が殺害された、という事で治安維持部隊による緊急封鎖の一環。出口を一カ所開けておいて、そこに罠を張るというのは古典的だが、溺れる者は藁をも掴むの言葉通り、大抵の人間は効果的にこれにはまりこむ。クロスボウを装備した十人による一斉掃射で聞こえた音であり、何かを感じる間もなく即死したと思われる。重視する貫通力の関係で、腹部に当たっても臓器に傷が付かず、即死には至らないので、頭部に何発か被弾しているはず。


 クロスボウ ― 弦をバネの力で引き、機械で固定して、引き金を引く事で矢を放つ道具。飛距離三百メートル程度で、一般兵が狙って撃てる限界は七十メートル前後。今回使用されたものはゴーツフットレバー方式の為、装填から射出までに三十秒から四十秒かかる。初速は秒速五十メートル、時速百八十キロ程度だろうか。夜目が効く上に明け方とはいえ、十五メートル程度の距離から不意打ちの十連クロスボウに反応しろというのは酷だろう。売りは簡単な訓練で扱えるお手軽さと、プレートメイルを貫通してのける圧倒的な破壊力。そのため一般の所持は法律で禁止されている。軍部でも原則使用禁止の武器だが、この度異例の速度で使用許可が降りていた。


 舌打ち ― こういった状況で馬車の偵察に来るのは下っ端である。という判断から、派手な死体を出し、付近に隠れている狐を追い立てるという基本に従った。死に行くクシャーラを見てこちらが本星であると判断された程度には彼にも雰囲気があったのであろう。


 依頼は ― 舌打ちしていた人物。ヤーマネーマ・ナイラーバ。二十八歳。男性。百九十三センチ、百五キロ。ナイラーバ家長男として出生後、騎士となるべく修練を積み、十八歳より騎士団に所属している。元々文武両道だったが、三歳下の弟、マーバラーバが文官を志していると知り、武官としての道を歩み出す。騎士となって以降は机仕事より現場派で、今日も危険の最前線へ自ら赴いている。面倒見がよく、貴族としては珍しい程一般市民とも積極的に関わる為、市民から貴族まで人気は高い。戦斧使いとして有名であり、二十歳から参加した武術大会では二年目で優勝を果たした。その際、大上段から振り降ろす一撃が、来ると解っていても避けれず防げずという一撃だった為、打ち破る者。の称号を得ている。教会や商用連合に対して内心かなり否定的で、貴族による統治。に重きを置くため出世願望も強い。一回り離れた妹、フーマネーマを溺愛しており、結婚適齢期の妹をどこへ嫁がせるかで父、アータナータと熱く語り合うのが最近の楽しみ。



「打ち破る者、とかご大層な称号持っとるクセにクロスボウ使うんかい!」


「え、だってそれは戦闘する羽目になった時用の武術やん。今回はただの待ち伏せやねんから遠距離掃射になるやろ普通」


「ほんま容赦ないよね……」


 勝ち易きに勝つのは基本じゃない。命をかける事があるお仕事とはいえ、安全策があるならそうするのは上司として当然の責務だと思うんだけど。


「いやいや、名前のノリがもの凄く気に入ったから家族も似た名前で統一したし、クシャーラくんに絡む人に付けたりしてごっつ優遇してるて」


「そこやないわ! お前ほんまロマンのかけらもないな。しかも名前後決めかい!」


 家族観が自分のそっくりのキャラ過ぎるかなと思うような人なんだけどねこの人。ゲーム内に自分イメージを出すってロマン溢れる行為なんじゃないの。面倒くさいから言わないけどさ。


 なんやかんやで一時間経っていてお昼時だったので、ご飯とコーヒーを入れに行くことにした。

 


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