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葉巻くんと面接試験

 さて年明けはというと、煩悩の鐘がなり終わってから弟妹と一緒に三人で初詣に行ってたり。


 基本の感情が四つに過ぎないのに、恐ろしいほど多様な感情を見せるこの生物。なのに心身を乱すものの基本が百八ってどういうことなの。現在を取り巻く環境の多様化から考えても、気の遠くなる組み合わせがありそう。人の本性は善きにつくか悪しきにつくかで紀元前から揉めてるわけだけど、生まれつきがどうであろうが、これだけ多量に多様に心身を乱されていれば、結果的に悪しきにつくと思うんだけどどうだろう。


 初詣行ってくるといったら両親から、元気やねぇ。と呆れたような声をかけられたんだけど、この場合問題にすべきは、今まさに青い春を謳歌しているはずの男女三人が、この年にもなってこのタイミングで連れ添う相手が家族って点じゃないかなと思うの。彼女いない暦=年齢の僕はともかくとして、弟くんと妹さんは確かいたよね……。

 

 お賽銭を入れて願掛けするための長蛇の列の中、学生時代の思い出話をする。こういう時三人揃って同じ大学に進学してよかったって思う。話題が尽きない尽きない。先輩後輩間の微妙な恋愛関係だとか、講師の下手な小遣い稼ぎが失敗に終わった小話だとか、今は泰然としている子の入学当初のお話だとか。共通して解るネタがいくらでもあるもん。


 さて僕の番が来て願い事。月曜発売の週間雑誌を土曜に入荷してくれる所が、今度寮から五分の位置か、郊外のショッッピングモール側のどちらかに建つらしいので、出来れば寮から五分で。とお願いしておいた。


 愛と勝利を掴み取る勇ましい女神様を奉る神社になにをお願いしてるんだろうとは思うんだけど、どっちも今差し迫ってないし、勝利が謡い文句の雑誌をいち早く掴み取る願いなんだから、そう的外れな願掛けじゃないよね。


 月曜が祝日の場合、どこも早売りになるわけだけど、その場合早売り店は金曜発売になるのか? という長年の疑問が解決する可能性が手に入るかもしれないと思うとわくわくするなぁ。


 休憩所で屋台のぶどう飴とクレープを食べつつ、大学小話の続きをしながら弟妹にお年玉をあげて帰宅。


 自宅に戻ってみると、両親から僕にもお年玉が。


 あの僕今年から社会人で自立した生活してるんですけど。という至極真っ当な主張に、子供は子供。という無情なお答え。どうやら我が家のルールでは末っ子がお年玉に関して優遇されすぎているようです。お兄ちゃんなんだから我慢しなさいってのはあれだよね、食わねど高楊枝な話とよく似ていると思うの。


 あれも結局さ、意地と面子でそれを守った結果、本当に飢え死に寸前の人が続出して、アルコールなら食料じゃないから差し入れされてもいいやって、変に妥協したせいでアル中が一人変死して発見される。なんて余りにももの悲しい話が横行したわけじゃない。負の歴史として語り継がれているじゃないですか! そこからプライドがルールっておふれを御上が出した時は、それなりに手厚いフォローしないとダメって学んだはずじゃない。あれはウチもしっかり学ぶべきだったと思うよ。十八年くらい前にさ。



 二日からは百六十七センチらと一泊二日の雪遊びに。ワゴンくんに車を出してもらって、三人で行く予定だったんだけど……。


 年末に、同期入社だけど仕事が出来すぎたせいで、夏から長期の海外出張している子が一時帰国してたのね。お土産に高級葉巻を買ってきてくれたので、あだ名は葉巻くんってなったんだけど。それはともかく、その葉巻くん、夏からこっち目の回る忙しさに埋もれていたそうで、久方ぶりに人間らしく一息つける長期休暇を前にして、どないしたもんやろ、なにしとったらええんか解らん。なんて人として悲しすぎる事を言っていたので、急遽四人で行くことにしたわけです。



 さすが体育会系だけあって、百六十七センチはスノボも普通にうまい。これで硬派系をこじらせたりしてなきゃ、もてるとまでは言わないけど彼女くらいいたろうに。


 なんなんだろうね本当、この意図的な不器用さというか、甘んじている感は。もしかしてあれですか、任侠を行く男の中の男を演じる器用な男性が、謙虚にも不器用なんですという内容のコメントしたのを引きずってるの?


 男が不器用なのは仕方ない、と思うまでは解らないでもないよ。それをなんでかそのまま免罪符にしちゃう人が多いから困るんだけど、そのクチかい?


 硬派でいなきゃいけない、背中で語らなきゃいけない、惚れさせなきゃいけない。こんな三大要素をたった独りで持ち合わせれる人が不器用なはずないじゃん。もういい年なんだからいい加減現実を見ようよ……。


 そんな感じで百六十七センチとワゴンくんが雪を板で均す遊びに没頭している中、筋金入りの運動音痴らしい葉巻くんと基本親子かカップルしかいない雪だるま作りに励んでみたり、基本親子かカップルしかいないソリ遊びしてましたと。


 途中、もう面倒くさいからカップルアピールしていい? って葉巻くんに言いそうになったっけ。親子連れからは警戒の視線、カップルからは好奇と哀れみの視線がまとわりついてきてゲンナリした。



 夜は酒盛りしながらの座談会。本日のつまみは急遽参加となった葉巻くんの経歴です。なにかもう、仕事の同僚と遊ぶ時は朝から晩まで女の気配がない事が当然になってしまっている自分が怖いよ。


「休みマジで全然なかったなぁ、制御系組み終えてテストランも一区切りついたし、年末やしゆうことで一時帰国貰えたんやけど。それまでは多分長くて半日の休みやったなー」


 因みに通常の一日実働時間は十八時間以上だそうで。労働基準とか人権って一体どこに存在しているんだろう、シーラカンスですら生きた化石として現存しているというのに……。僕たちみたいな悲しきプロレタリアートにとってはドラゴン並にお目にかかれない幻想の話ってわけですか!


「それ休みいわんやろ……、寝たらしまいやん。よう体もつなぁ」


 どことなく嬉しそうに言うワゴンくん、言われた葉巻くんもなんとなく嬉しそう。まぁ、度が過ぎた話ってなんか聞く方も言う方も笑えてくるよね。


「いやでもほら、テストん時って基本組んだ奴が体張んねんよ。せやから実験時間三十分くらい多めに申請してそのまま寝とくねん。んで、上司にどないやった? って聞かれたら、あ、はい。夢心地です、快適です、全然問題ありません。って答えんねん。ほな上司が、おー、そうかよかった。じゃ次いこか。みたいな感じでなぁ……。ずっとそんな調子やったから時間の使い方忘れてもうた」


「え、ほな葉巻くん遺跡とか観光巡りも出来てへんちゃうん?」


「あー、いや、うん。太陽は月に五回くらい拝ませてもろたよ。日の光はどこも同じように俺を照らしてくれんねんなーって癒されとったわー。」


 なにか凄い切ない、いじましいというか。こんな事で幸せを感じなくていいんだよっていうか、仮にも物質的にかなり豊かな先進国出身の若者が、ものの半年とせずにここまで訓練されてしまう事に恐怖しちゃったよ僕は。


「……、ちなみにそのひなたぼっこ、一回何分くらい?」


「えー? どーやったっけな……。たぶん十分とかちゃうか……、すぐ寝てもうてたからなぁ……」


 なんだろう、その凄惨さの余り、鬼でも咽び哭くと言われた街でトルコ人みたいな名前の獄長がいるとこでも、もうちょっと長い日照権があった気がする。所変われば掟も変わるのは仕方がないけど、命の値段がここまで露骨に変動するもんだったなんてねぇ。


「ご飯とかどないしてんのそれ」


「水が合わんゆうんはマジやったなー、最初の半月くらいはずっとゲリと仕事との戦いやったし。俺と同じ出向組から三人くらいすぐ帰国させられとったしなー」


「え、ゲリで入院とかじゃなくて仕事させられんの。熱とかあっても無理やりやらされるんかね」


「おー、そういえば体調悪い日とかあった気がするなぁ。でもそれ以上に積み上がっていく仕事の量のが怖かったわ……。なもんで、メシも基本的にはレトルトとかカップ麺取り寄せて食ってたなぁ……」


「よう死なんもんやな……、いやてかそんなんやったらゆうてこいよ」


「いやそんなんいきなり頼んでええもんかなて思て」


 引きながら心配するなんて器用な真似しているワゴンくん。まぁ、葉巻くんは確か研修終えてすぐ出張入ったから、あんまり打ち解けてる同期いなかったはずだし、そんな考えに至るのは仕方ないのかも。でもまぁ、そういう時の為に、同期をひとまとめにして研修させたり、飲み会とかある訳じゃない。参加してたじゃないですか! そういういじましい遠慮は嫌いじゃないけど、我が身にもそれと同じくらいの配慮はしてあげようよ……。


 しかしまぁ企業戦士とはよく言ったもんだ。仕事と戦うってのは、絶えず変化していく現実と戦うって事で、現実に勝利するってのは、在るべき未来を在りし過去にするって事なんですね。


 で、まだ途中とはいえ、文字通り命を削って戦った戦果が己が余暇すら解らなくなる程自分を見失う事って……。ハイリスクローリターン過ぎやしませんかい? 現実が濁流のように押し寄せてきている場合、抗えば粉砕され、従えば見失うほど流されるっていうんなら、三十六計逃げるにしかず、君子危うきに近寄らずだと思うの。


「でも一年目でそっち行った奴ゆうたら本社込みでも葉巻だけやろ、スゲーよなマジで」


 さすがにこの話題は続ければ続ける程お互い悲しい事になると判断したのか、話題を変える百六十七センチ。初夏にもこれくらい場に沿ったお気遣いが出来ていたら、僕がバルサンなんてあだ名になることはなかったろうに。成長という点で、意味はあったかもしれないけど、そんなお綺麗な結果論なんぞクソ食らえですよ! というのが正直な感想。


 いやだってね、ちょっと前の話になるんだけど、葉巻くんとお互い自己紹介しあったのよ、ちゃんと話すの初めてだから。その時の会話がさぁ、


「僕はバルサンでええよ、そっちのメガネがワゴンくん、後ろのアレなんが百六十七センチ」


 まぁ自己紹介の定番、所属と氏名を名乗り合った後、フランクにもいきなりあだ名から入ったのよ。同期ならみんな知っている話だからさ。


「アレてなんやこら」


「メガネてなんやおい、他ゆうとこないんかい!」


「天パのがよかった?」


「おまえマジでいっぺんぶん殴ってええか?」


「おい、アレてどないな意味じゃこら」


「いや……、なんやすごいあだ名やな……」


 この時点でもの凄い失敗した感はあった。なにも知らない人に、前提ありきの会話をしまくっちゃったこの残念感。


「あれ、知らんか? 研修終わって配属やる前に寮で警察沙汰やったアホやでこいつら」


「なに他人事にしてんの、捻挫してのけたワゴンくんともあろう当事者が」


「おっまえ、あん時ええ年して、折れたぁああ! とか喚いとったやろが」


「それゆうなや! 下も見んといきなり飛んだら捻挫くらいするわいや!」


「まぁそんな感じで警察沙汰やったアホやねんよ僕らは。あれ、その頃もう出てたっけ? 六月の頭くらいの話やねんけど」


「あー、おらんなー。五月の終わりくらいに話来て、そっから本社行ってたし……」


 うわー、やばいなぁ。説明はここまで来たらしなきゃいけないんだろうけど、ハードルあがりまくりんぐじゃないこれ。なにをどう面白おかしくしようが白けられそうなんだけど。


「おー、いやな、五月くらいからコイツの部屋たまり場にしとったんやけど……。六月の頭にコイツおらんままAV鑑賞会やってな、飛距離大会開催して遊んどったんよ」


「したらコイツ、帰ってくるなりいきなり水入れたバルサン投げ込んで、ドア角材で封鎖しよってやー。二階やったからそのまま窓開けて飛び降りする羽目なってんよ」


「ほんでそん時、煙が窓から出とるわ、マッパの奴らが大量におるわでポリも火消しも来よってや。人だかりからは写メ撮られるし、ポリコにはごっつめんどい調書とかとられるわ、ごっつ優しい口調で諭されるわでマジ最悪やったなー」


 空気が読めるのか読めないのか、ありのままを息の合ったコンビネーションで話す百六十七センチとワゴンくん。なんというか、手慣れすぎ。君ら絶対僕のいないとこでこれ定番のネタにしてるでしょ。別にそれはいいんだけど、その時僕をどんな風に話しているのかは後でじっくり聞かせてもらうかんね。


「そうそう、それでまぁ、僕はバルサン投げ込んだからあだ名がバルサンになってんよ。そこのアレな人は、その時の飛距離が百六十七センチでした。とポリコの調書に答えてのけた逸話からやね」


「あ、俺のワゴンゆうんは関係ないぞ。俺は夏のボーナスで車買ったゆうだけ。まぁまともなんは俺だけやっちゅうこっちゃ」


「おんねやろ! はよ出てこいって! マジ帰ろうぜ、もうマジしゃれなってへんぞ!」


 なにか見下した視線と偉そうな笑顔が癪に障ったので、ケータイの録音を再生しつつ茶化してあげた。


「そうそう、幽霊に襲われとる仲間を見捨てんと必死に電話しちゃうまともなええ子やもんねぇ」


「おまえマジでいっぺんぶっ殺すぞ!」


「まぁそんな訳だから君のあだ名は葉巻くんということで」


 という感じに、ごくナチュラルに打ち解けられるようにと、気安いあだ名をつけて反応を見たときのあの顔。まさにどん引きって奴ね。まぁそりゃ部屋に人がいるのに、バルサン投げ込んで封鎖するような故意犯とはお近づきになりたくないよね。それは解るんだけど、僕はね、そのどん引きしている人を、一緒に旅行いこーよ。と誘う気満々なわけですよ。でもいきなりそんな事言って、来る人がいるわけないじゃない? だからその距離を埋めて親しみやすくしようと自己紹介したらご覧の有様ですよ!


 無駄に無意味なプライド持ってた小学生時分ならともかく、中学以降切れたのなんて数える程なんですよ。でもそれを言えば言うほど距離は離れるじゃない? だからもうホントね、雪山楽しいよー、旅行楽しいよー、一緒だったら絶対楽しいと思うよー。みたいなマシンガントークですよ。


 ごく普通に生きている僕としてはね、そんな熱心に口説く相手がもしいるとしたら、きっとすごく好みの女の子なんだろうなぁとか甘ったるい夢見てた訳なんですよ。


 蓋を開けてみればこれだよ! 今日が実質初対面の野郎相手にホント一体なにやってんのさ僕は、ってものすごくゲンナリした。現実ってのは夢さえ見れない分パンドラより性質が悪いと思うの。


 車内とかでもね、休憩とか大丈夫ー? って聞く僕に対して、ビクっとしながら、お……、おお。とかそんなんですよ。なにこれ、間に真空地帯でもあるんですか? 即答出来るような問いに、音速的に考えてキロは距離が開いてますね今! 


 そんな最悪にバッドなコミュニケーション状態から、雪だるま作ったりソリ遊びしたりしてここまで持ち直した僕はスゴいと思うの。そして、百六十七センチさえいなければ心の友って領域に達していたなと思うと、宿命の敵ってのも大げさじゃないんだよね。


 だから他人事なら、成長出来たねと、お綺麗な結果論を気安く口にしたろうけど……。当事者としてはホント、そういう毒にも薬にもならない慰めなんてクソ食らえなわけですよ。


「あー、まぁゆうても俺コネやしなー。そない大したもんやないで」


「マジで?」


「おー、ウチの親父、本社の室長やからな今。会社立ち上げの頃からおったもんである程度顔きくねん。俺が中坊の頃かな、出来たん。ごっつ楽しそうやったから、俺もそこ行くかなーって話して……、そっからずっと親の手伝いしとったからなー」


「葉巻、おまえ反抗期って知っとるか?」


「いや、そこまでは結構微妙やってん。なんかいきなり仕事辞めたーって帰ってきてからかな、よう話すようなったんは」


「そりゃよく話し合いせんとあかんね、特に夫婦間で」


「いや……、うん、せやな。男の夢や、独立するゆう奴と心中すんねん。ゆうとる親父にお袋も姉貴もごっつ冷めた目で見とったからなー。息子の俺は解ったらなアカンかった感じやな」


 結果としてうまくいくかどうかとは別に、そこにロマンを見るのが男で、現実を見るのが女って事なのかね。役割分担が綺麗に出来ていていいことだとは思うけど、家族間では簡単に消えない溝になりそうだよね。


 しかも家族で唯一、ロマンに走った人の理解者も思い切り同情票なわけだし。


 いやほんと、僕の就職先だから言う訳じゃないけどロマンが実ってよかったよかった。男性の観点から、軌道に乗るまで肩身が狭かったであろう室長さんとか、葉巻くんの家庭的立場遍歴を想像するとちょっと切ない。


「ええねんぞ、バルサンの茶化しなんかに真面目に答えんでも」


 家庭内に立ち入る気はさらさらないけど、茶化していったわけでもないよワゴンくん。女性の観点から、仕事とプライベートなんて全く別の生活空間じゃん? その片方をいきなり大きく変化させるって時に、もう片方になんの説明もせずに、苦楽を共にした密な仲だから解ってもらえるはず。ってのは甘えが酷すぎるんじゃないかって真面目に思ったんだってば。


「いやー、あ、バルサンくん。なんか知ってる人やと思とったけどやっと解った。あれやろ、ゲーム作った子。て言われとったやろ?」


 さん、とか、くん、とか付けると妙ちくりんな感じにしかならないから、呼び捨てにしてくれと頼んではいるんだけど、初日じゃ難しいかな。


「あー、あったねぇそんなあだ名。出来ればそっちで通したかったなぁ」


「なんやそれ?」


「親父から聞いたんやけどな、お前の同期なる奴やけど、面接でゲーム作ってきた奴おるぞーって言われてや。入社式ん時に顔見とったんやけど……、印象ちゃいすぎて今まで思いだせんかった」


 なんかどこぞの百六十七センチも似たような事言ってたなぁ。そんな変わった気がしないんだけどねぇ……。あれかしら、朱に交われば赤くなるとか、青は藍よりい出て藍より青しとか、そういう身の毛もよだつようなおぞましい変化の渦中にいたりするのかしら今の僕ってば。


 あれ? そのまま正当に進化していくと最終的に飛距離を自慢しだすの? 生まれて初めて自殺を真剣に検討しちゃうよそんなん。百六十七センチが最初に僕に抱いた印象の正当進化版、目の前の人間と目線も合わせずメールでコミュニケーションとろうとする人。になったほうがなんぼもマシなんだけど。


「え、なんか微妙に話しちゃうでそれ。四回生の春に筆記受けに行って、なんかやってきて言われたから夏終わりにゲーム作ってったら受かってたって話しやねんけど」


「え、面接は?」


「受けてへんよ。あ、いや、筆記終わらせた後に監督とダベってたんが面接っちゃ面接かも」


「意外やな、バルサン就職決めたん四回生ん時かい。こういうの先に決めそうやのに」


「いやぁ、院にも誘われとってねぇ。就職か院か迷ってる内に四回生なってもてや、しゃーないから夏まで就職頑張って、無理なら院にって決めてん。で、試験ってどんなもんかと、募集の一番上にあった会社取りあえず受けてんよ」


「おまえまさかその舐めくさった態度で受けたんがウチの会社ゆうんやないやろな」


 女子トイレ前で女の子の話ししてた時と同じような敵意の視線。


「まさにそうやで、小論文が二十分くらい時間余ってたからさ、雑談しとったんよ。就職試験初めてやから緊張しますわーとか。したら残り五分で監督が履歴書持ってきて、君この職種素人やろ? なんで初の試験にウチ受けたん? って聞いてきてやね」


「俺やったら帰れや言われてんのか思うな」


 思いっ切り苦笑しながら言うワゴンくん。珍しく同意見だね。


「うん、僕もそう思ってね。募集で一番上の会社やったからですよ、夏までは就職期間と決めてますんで、毛が生える程度になってからもっかい受けに来ましょうか? って聞いたら、おー、ええなー。ほな名刺渡しとくから、なんか夏までに作ってきてや。そない言われたら、解りました、よろしくお願いします。しかないやん?」


「え? ほなバルサンくん三ヶ月くらいでゲーム作ったん?」


「いやー、確かほぼ半年かかったよ。言語の基礎からやったしねぇ。二ヶ月くらい基本の勉強して、そっから解りやすい成果としてゲームにしよう思て、シューティングかノベルで迷って、最終的にノベルゲー作って出しに行ってん」


「筆記のところから全部ありえんわ……、時間余ってなんで見直しやのうて雑談になんねん」


「雑談とか怖ぁて出来んやろ普通……。しかもその内容なんやねん、失せろ言わとるようなもんやんけ。すいませんくらいしか返しようないやろ普通……。」


「しかもこれ、筆記終わった三日後くらいに実家に合格通知来てたらしくてやね。家族も全然連絡してこんから、知っとるもんやと思っとったらしくて。名刺の人も、軽いプログラミングの基本が出来るようになっとれば御の字やねー。っていう程度のつもりやったらしくてさ、家族とか名刺の人にどん引きされたわ。めっちゃ空回りで恥ずかしかったなぁ会社行った日」


「俺ここ二十社以上受けててやっと入れたとこやねんけど……」


「俺もそんなもんやって……、まぁバルサンがおかしいんはいつものこっちゃ……」


「うん、その名刺の人が俺の親父ね。監督やってたわけやないで。たまたま空いとったから試験見に行ったらおもろいのおったーってゆうとった。んでそっから半年くらいして、なんか作ってきてゆうたらゲーム作って来た子おるぞーって話しとったわ」


「あ、そうなんや。葉巻くんお母さん似なんやね。しかしなんてか、マジで、ごっつ恥ずかしいわ。あん時もゲーム出してさー、どうでしょうか、これで試験受けれますかね? え? え? みたいな間抜けなやり取りする羽目なってんで。いや君受かってるやろ? ご実家に通知送ってるはずやで? え? え? その場でちょっとすいませんゆうて家電話して……。妹からめっちゃバカにされたわ……。葉巻くんの親父さんにも、いやー印鑑とか登録に来ぉへんから蹴られたなー思とったら、作品持ってきましたーゆうから、あーそれ見せるまではオッケーせんのか、律儀な子やなー思ったら……。あかんでー、たまには家に連絡せな。ってごっつ苦笑されたわ……。あん時はホンマ一生分の恥かいたと思ったね、あ、はい、すいませんでした。とかポリを前にした百六十七センチみたいな事しか言えんかったもん」


「誰のせいじゃボケ!」


「自業自得、因果応報」


「ほなお前が長生きしとる理由が解らんようなるぞ」


「僕が希少な例外でよかったねぇ、今年の秋で終了するとこやったやん」


「お前ホンマええ性格しとんな」


「やろ、せやから院も会社も引く手数多よ。人望あっても体は一つて不便なもんやで」


「楽にしたろか?」


「こーわ、百六十七センチはよう僕に変わったとかゆうけど、それ君もやと思うで」


「あー、葉巻。気にすんなよ、こいつらはいつもこんなもんや」


「だからそこでなんで他人事なん? 俺らは、いつもこんなもんや。やろ? やり直し」


「いや……、仲ええな君ら……」


「葉巻もや、なんで他人事やねん。お前ももう当事者やろ」


「え……、いやどうやろ」


 まぁ、学校でも会社でも、自分のポジションってのは半分自力、半分他力で切り開くしかないもんだよね。自力の開き方が、殆ど面識のない同期達へのお土産に葉巻手渡しっていう不器用さがね、とある不器用さを思い出したというかなんというか。


「遠慮しぃなや、四日からまた戻んねやろ。こっちおる間ダベる奴おっても損ないで」


「おー、明後日まではおんねんな。なんか行きたいとことかやりたい事あるか?」


 さすが唯一のアシ持ち。


「あー、そやなぁ。バルサンくんのゲームいっぺんやってみたいねんけど」


「なんやそんなんでええんかい。明日寮戻ってやれるやろ」


 当然のように同意を求める百六十七センチ、いやまぁそれは全然いいんですけど、問題が一つ。


「えーっと……、どやろ」


「あ、やっぱアカン?」


「いや、そやのうて。ゲームどこやったか解らんねんよ」


「おいおい」


「会社に提出した分がマスターでね、一応コピーもあるはずやねんけど……。提出した日にすぐ自宅に書類取りに行ったから、多分自宅やと思うねん。たぶん」


「なぁバルサン、それ最初から最後まで自分で作ったんやろ? 普通寮に持ち込むゆうか、記念にずっと手元置いとかんか」


 呆れたようにこっちを見るワゴンくん、僕がそんな性格ならとっくに君らに自慢し倒してると思うよ。


「えー、でもなぁ。金取るわけちゃうし、ただのデモンストレーション用やし。終わった後持っててもしゃーないやん」


「なんゆうか、人の心がないゆうか、お前ホンマ執着せんな」


 人の心がない、というのは言い過ぎたとでも思ったのか慌てて言葉を続けている百六十七センチ。しつこい男は嫌われると日常生活で学んだのに、さっぱり生きていたら人間扱いされなくなるってどういうことなの。


「ちょい待って、確認してみるわ。……、あー、もしもし弟くん? まだ実家? うん、ちょうどええわ。ちょい僕の部屋のゲームの棚んとこにコピーって書いただけのアール置いてないか見てくれん? おー、ごめんね。……、あぁ、あった? ほな悪いけどそれ僕の机んとこ置いといて。明日ちょいそれ取りに行くわ。……うん、ありがとうね。ほなまた明日」


「あったみたいやな」


「じゃー明日はバルサン家か、あの辺あんま行ったことないし、ゲーム飽きたら観光やな」


 あれ? なにかもう自宅提供が決まってる? 寮の部屋の苦い経験もあるけど、何より騒動の片割れ百六十七センチ連れていくのイヤだなぁ。家族に紹介して、ああ……、あの百六十七センチさんですか! ってなるかと思うと考えただけでゲンナリするよ。どーせ百六十七センチからも普段どないな紹介しとんねんとか突き上げられるだろうし。


「え? 家行ってええの? バルサンくん大丈夫なん」


「ああ、うん。ええよ別に。でもゲームはそんなおもんない思うよ」


「いやー、親父がクリア出来ひんゆうとったからさー。いっぺんどんなもんか見てみたかってんよ」


 親父さんに言ってプレイすりゃよかったのに、律儀だねぇ。


「なんやミステリーかなんかか」


「俺謎解き得意やぞ!」


 ワゴンくんの意外な特技を発見しつつ期待を裏切っておく。


「いや、ただの一本道ノベルやで」


「おかしいやろそれ! それでどないしたらクリア出来ん話しになんねん!」


「まぁ選択肢はあるからね、間違えると死ぬか悲惨な死に方のフラグが立つという。せやけど正解は一本しかないゆうだけ」


「名は体を表すゆうけど、ゲームは作った奴を表すもんやな。まんまお前の腐った性格が反映されとる」


 現実においても、自分をしっかり持っていれば常に正解は一つだと思うけどね。毎回正解を出せる人なんて存在しないってだけで。百六十七センチの悪態をスルーしつつ、葉巻くんに尋ねてみる。


「変に感情的に選択しようとするからだめなんじゃない? 単純に総当たりしていくか、解析すりゃいいのに」


「制作者のセリフちゃうと思うよそれ、味気ないやんそんなんしたって。親父は三章までしかいけんかったゆうとった」


「生意気に章分けしとるくせにマルチストーリーやないんかい」


「あれ、そーやっけ? なんか十五分くらいで終わるはずやねんけど……」


「何章まであんねん?」


「え? どーやろ、たぶん五章くらい?」


「アカンわこれ、明日直接確認やな」


「自分の作ったもんくらい把握しとけや」


「過去を可愛がっても未来は甘やかしてくれんからね。前だけを見て進むのさ」


「おー、なんやかっこええことほざきよったな。バルサン投げ込んだんは後ろ向きやないんか?」


「害虫駆除と人生指針をいっしょにされても困るなぁ」


「誰が害虫じゃこら」


「お前らホンマ飽きんなぁ」


「仲ええんやねホンマ……」


 嫌味に嫌味で応える事が友好の定義なら、外交問題や金融会議なんて世界一分厚い友情ごっこしてる計算になるね。まぁ嫌味や皮肉が現実を越えた事が一度もないのは知っているので、いちいちこんな当てこすりを口にしたりはしない程度に僕は大人だけど。



 さて三日のお昼前、元気な事に小旅行から帰宅の足で僕の家でゲーム三昧だそうで。しかもその後は観光に行ったりする気らしい。


 これが若さかと他人事のように思った所で、自分がまだ二十代前半なのを思い出して愕然とした。いやでも本当に、徹夜に使う体力に関してのピークは十六歳の頃だったなぁ。あの頃は三日完徹しても平気で学校行けたもんだ。それが今じゃ旅行で飲み明かした翌日遊びを、しかも室内遊びをするってだけで若いなーなんて自画自賛しちゃうんですよ……。


 若いってのは本当、若い時に使わない言葉で、年寄りってのは本当、年寄りになると使わない言葉なのね。しかもこれ、実年齢あんまり関係ないじゃないですか! なんだろうねこの社会人以降の、体力以外で老け込んだ感は。


 守りに入ると若さが加速度的に失われ行く気がするねぇ。まぁこれが家庭を守る為に失われるのなら話は解るし当然なんだけど……。


 あれ、もしかして今僕が守ってるのって社会人という、立場。ですか。なんというプロレタリア!



「あの百六十七センチさんですかって、お前あの顛末家族に話しとんのかい!」


「名乗る前にワゴンさんですかって言われたんがごっつ気になんねんけどな、お前ホンマ普段どないな話ししてんの?」


 家に入る時家族に、同僚です。と紹介して、氏名を名乗ってもらった時の家族の反応がお気に召さないらしい。まぁ予想してたことだけど。


「君らも僕の事飲み会の肴にしてんねんからおあいこやね」


「……、いや……、てかフツー家族にあんな話するか? なんでお前もバルサンお帰りーとか言われとんねん」


 家族の団らんはいいことのはずなのに文句をつけられても困る。大体家族間であだ名呼びがダメなら、父とか母とか子供といった身分の呼び方なんてもっとダメじゃん。君らがご家族間をファーストネームにさん付けで呼び合っているっていうんなら話くらいは聞くけどね。


「別にええやん、ウチでは飛ばさないでくださいね。とか釘刺されたわけやないし、問答無用の出禁ゆうわけでもない、普通のお客様扱いやろ?」


「それがイヤやゆうとんねん! 針のむしろやんけ! なんでこないにデリケートな問題を大っぴらにやれんねんお前は」


「そない繊細な話を酒の席で女の子相手にようするなぁ」


「誰が女相手にやっとるねん! 大学のツレと飲みに行った時とか話しとるだけや」


「そうそう、後は上司につき合わされた時の鉄板ネタとしてやな」


「君ら相変わらずホンマ禁欲的やね、男だけの二次会でもやってんの?」


「……なんで禁欲やら二次会の話になんねん」


「え? 僕も大学の子らと飲み会行くけど、盛り上げる鉄板ネタやでこれ。面識なしの後輩持ち帰る時のジャブに使ってんねんけど」


「ふざっけんなやお前! 女相手にこんな話出来るわけないやろが!」


「まして初対面やろ、お前それはふざけすぎ」


「ピックアップしてるとこ間違えすぎちゃう? 男の友情ごっこは女の子ウケの定番やで」


「俺がその話したらどんなピックアップでもセクハラで叩き出されるっちゅーとんねんボケェ!!」


「ちょ、落ち着きなや。百六十七センチくん、ここバルサンくん家やで」


 男は女の友情に興味ないけど、女は男の友情にあこがれてる場合が多いっていう話なんだけどね。ヤマなしオチなしイミなし系列が嫌いな女性は存在するけど、ただのほのぼの友情話を嫌いって人はまだ見たことないなぁ。


 そういう脚色をして話をすれば、意外性のある友情ごっことして結構な確率で女性ウケが取れるのにねぇ。なのにありのままを伝えようとするその姿勢が、硬派をこじらせているというか、禁欲的だと思ったんだけど……。黙ってたほうがよさそうかな。


「いやでもホンマ、バルサンくんもバルサンくん家もスゴいよね。俺ん家とは根本的にちゃうもん」


「真面目に考えるだけ寿命の無駄やぞ、百六十七センチみたいになるんがオチや」


 時間じゃなくて寿命の無駄ときましたか。そんな負荷がかかる物の考え方を意図的にしている、という自己責任を棚上げし続ける事が。っていうんなら異論はないんだけど、到底そうは聞こえませんでしたよワゴンくん。


「てかおまえの机なんでこんな葉書ばっかやねん」


「あー、それは行き着けやった美容院からの連絡やねー。最近担当の人がヘッドハントされたから僕も移ってんよ」


「なんやそれ」


「いやまんま、従業員の出入りが激しくて付いていく客がおるとどーしてもこういうんはマメになるんやろね。多分お水とかもちゃうかな、旅行屋とか宿泊屋も結構くれるよ」


「俺行き着けは床屋……」


「高校の頃は行っとったけどめんどなったな……」


「てゆうか、食品やら家庭用雑貨の会社からも葉書来てるやん。お世話になってます、ってバルサンくんなにしてんの?」


「え? いや普通にお小遣い稼ぎ。親の会社でのお歳暮とかの宛名整理と発注やって小遣いもろてたから。高校までで弟妹に引き継いだんやけどねー。まーだ僕のとこ送ってくる会社あんねんよ、贈り物ゆうたら情報が命やのにそんなんで大丈夫かいなって思うわ」


 まぁ、情報の他に人付き合いも重要な要因だから、簡単に挨拶を切れないってことなんだろうけど。


「え? 親の仕事やって小遣いもろてんの?」


「うん。あれ? 変かな、変なバイトするよりはおもろかったんやけど」


「小遣いはフツーにもらえるやろ……」


「中学まではねー。高校からはバイトして自力で稼ぐか、仕事手伝って報酬もらうか、両方か、いずれもしないかの選択制度やってん」


「んで両方やっとったと、なんかもうつっこむのも疲れたわ……」


「ワゴン大丈夫か? しんどそうゆうか眠そうやぞおまえ」


「ちょい寝とけば? ゲームだらだらやっとる間でも一時間くらいは休めるやろ。ベッド使ってええよ」


「ごめんねーワゴンくん、なんや無理させてるみたいで」


「ええよ。こいつらに運転任せられんし、しゃーない」


「悪いな、変わるつもりが思い切り寝てもたわ」


「運転ってするもんじゃなくてしてもらうもんだよね」


「……もうおまえらは乗せん」


「はいはいお疲れさま」




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