青春と女子トイレ
秋には四人で季節はずれの肝試し大会を決行、近所のちょっとした山の麓にある廃病院に、同僚の買ったワゴンで乗り付けてみました。もちろん丑三つ時に。周囲をフェンスで覆われたそこに到着するまではみんな強気だったんだけど、いざ実際現物を前にするとひたすら沈黙というね。
とりあえず中のぞきに行きますかと懐中電灯をもってフェンスを越えれたのが僕と百六十七センチのみでしたと。
勝手に帰ったりしたら後でもっかいここにひきずってきて、霊安室跡に縛りつけて放置の刑ねと言いおいて出発。
「期待させてくれた割にはなんもないなぁ、薬品とか注射器とかあったら持ち帰ったろおもとったのに」
「そんな管理厳しいもんあるかいな、ウチが倒産したとしてパソコン残ってると思う?」
ゴミやガラスの破片、族の落書きなどで歩きにくくなった院内を適当に見て回りつつの会話ね。ロープが張ってあったりする場所とかにはさすがに近寄らず軽く見て回るだけにする。
「おー、ベッドは残ってんねんなぁ」
「運び出し面倒なんかねぇ、机も結構のことるし」
「鉛筆にクリップ発見、あいつらに使わせよか」
「ええね。一ヶ月後くらいに、誰もおらん机の上で勝手に動いとった鉛筆や。とかフカシたったらおもろそうやん」
道中案内板を発見して、とりあえず多目的ホールまでいってみようとなった途中、百六十七センチが楽しそうに振り返ってきた。
「おい見ろや、女子トイレやで。中探検しとくかぁ?」
「廃屋系のお手洗いって匂いこもっとるからキッツイで。それに入ってもあんまおもんないやん、小便器のうて洗面と鏡が大きいくらいちゃう? ああ、汚物入れあるかあとは」
あ、部屋の色合いがブルーかピンクかの違いもあったっけ。
「何でそんな詳しいねん、変態かおまえは」
「なんでて、後夜祭とかでガッコん中でヤるやん。そん時に何回か女子トイレ入ったんよ。個室は絶対人来ぉへんからええね」
「なんやねんそれ! 俺そんなんなかったぞ!」
「祭り中に普通に誘われるやろ、この後会わへん? って三、四人くらいに。選ぶのめんどいからいつも最初の子と校内でヤってたけど。百六十七センチは外行く人やったんや」
男子トイレじゃなくて女子トイレを選んでる理由は単純に香りの問題ね。女の子には変態っぽいとか笑われたけど気にしない。
「ちょ……待てや……、なんやねんそれ……。バルサン、テニスサークルかなんかかい?」
「普通に漫研やったけど」
「ああ、なんや漫研の女かい」
「いや、普通にチアの子とかやろ?」
「……今わかったわ、おまえ俺の宿命の敵やな」
「僕の部屋で百六十七センチ飛ばしよった時からそない思っとたけどちゃうかったんや。てかなんやのん、どないしたん?」
「そんな話いっぺんもなかったっちゅうねんボケ! そもそも大学中女から話しかけられんかったわ!」
なんか必死な形相に、あれそーだっけなって気分にさせられそうになって慌てて自分を取り戻す、なんかわかんないけど勢いに丸め込まれたら後でいい笑いものじゃん。
「嘘やん、たとえば講義サボったら女の子からメール来るやろ普通。ノートとっとこか? みたいなんが。で、よろしくー、今度どっか遊びにいこーね。おごるわー。って普通に返すやろ、したら、マジで? じゃ映画みにいきたいなー。みたいな普通の返事来るやん、でまぁ、うんわかったー、週末どお? そんな感じで普通に女に困らんやろ大学なんて」
「さっきから普通、普通、普通、普通っておまえの普通はどこの世界の普通やねん、死ねやボケ! そんな妄想はAVやらマンガん中にしかあらへんわ!」
「えー、実体験をマンガやAVにしてんねやろ?」
「……なんやろ、こない話通じひんの初めてやわ」
「僕のセリフやて、日本語やのにまったくかみ合ってへん気ぃする。あんなはっちゃけた下ネタ持っとるクセにえっらいウブやねんね、百六十七センチさんは……」
「下ネタちゃうっちゅうねん、男ならあれくらい普通や! バルサンみたいにスカしとんのが異常やねんぞ」
「ごめんそれどこの普通? ここの寮に来るまで見たこともなかったわ。絶対ここのが異常やって、部屋くらい掃除しよな?」
「おまえ俺のオカンか、大きなお世話じゃボケ。だいたいウブってなんやねん?」
「女の子に話しかけられても返事でけへんのやろ?」
「話しかけてもらえへんゆうとんのじゃボケェェェェ!! 何言わすんねん。もうええ、おまえと俺は今から敵同士やな、話しかけてくんなよボケが」
なんかものすごい必死でどん引きしちゃった。そういうとこが女の子に話しかけてもらえない原因なんじゃない? って思ったけど廃病院より違う意味で怖くて言えなかったよ、一方的に目の敵にされるとか可哀想な僕。
多目的ホールは予想通り族のたまり場になっていたようでゴミの散らかりっぷりがひどい。壁には一面意味不明な漢字やマークが落書きしまくってあったりしてゲンナリする。
「僕がここの幽霊ならこの子ら全員、顔にこの卑猥なマークの形に痣がでる刑に処すけどね」
なにが面白いのか女性器のマークがご丁寧に数種の色分けされて描かれているところもあった。興ざめするよねこういうのって……。
「そーゆー話は聞かんよなぁ、事故って死んだなんて話もないし。単に経営行き詰まっただけやろここ」
「どーやろ? まぁそれ以外ならもっといわく聞けそうやしねぇ」
「おー、ワゴンからメール来たわ。はよかえろーや。やとよ」
ワゴンくんてのは夏のボーナスでワゴンの新車を買った同僚のあだ名ね、なんかウチのネーミングセンスって基本的に安直な気がする。関西としてどうなんだろう。
「文字数限界までたすけてとタスケテのコンボで返そか」
「ええな、ちょい待てよ。盛り上げ用に女の悲鳴何種類か持ってきといたんや、ばっちり添付しといたろ」
返信してから一分後くらいに今度は着信が飛び込んできた。
「どないする?」
「ちょい貸して」
ケータイを借りて通話を押しつつ、足下にあるコンクリの破片をジャリジャリ言わせながら歩いているように聞こえる音を中継する。
「おまえらなにやってんねん、ふぜけにゃよ」
半泣きの噛んだ声が響いてきたのでとりあえず足音をやめて息をゆっくりと通話口に吐き続けてみる。空いている手で自分のケータイを取り出し録音を開始。
「逃げよーや、マジやばいって。なぁ!」
「あいつらどないすんねん」
「知らんがな、はよ逃げな俺らもやられてまう!」
「せやけど……」
「ここ絶対やばいって、さっきも窓から人魂みえたやろ!」
笑いをかみ殺している百六十七センチ、まぁ僕もなんだけど。いいリアクションだよね。
「は……はよ逃げな! 俺らもやられてまう! やってよ。ほな俺らはもうやられとんのかい」
「窓に人魂て、それ僕らの懐中電灯ちゃうの? パニクってんなぁ」
「その録音、あとでコピーくれよ。着信音にしてあいつに聞かせたんねん」
ケータイからせっぱ詰まったような怒鳴り声がする。
「おんねやろ! はよ出てこいって! マジ帰ろうぜ、もうマジしゃれなってへんぞ!」
「無理やて! もう逃げよ!」
そろそろボロが出るので先に通話を切ってケータイを返す。
「ワゴンくんごっつええ子やん、びびりまくってんのにねぇ」
「あいつは俺の親友やからな」
「それに引き換え、もう一人と来たら……。あだ名は懐中電灯くんに決定やねこれは」
「あっさり見捨てよったよなぁ、仮になんかあったら絶対祟ったんねん。まぁぼちぼちいこか? 車ないと帰れんしよ」
「まー最悪タクシー会社電話したら迎えに来てもらえるし。二十分くらいはかかるやろけど」
都会の強み、ちょっとした山の中でも二十四時間タクシーは来てくれるのだ。
「普通に戻っとーとさすがにキレられるやろか、先謝っとくかな」
「なんでやのん、今こそ普通に戻る時やん。フツーにしゃべりながらのんびり歩いて戻って、なんもなかったわーってゆうのがええんやん」
「どうゆうことやねん」
「せやから、怪談のサービスやて。電話やメールももろてへんし、知らぬ存ぜぬで中は至って普通やったゆうたら二、三日遊べるやん? それから懐中電灯くんにさっきの着信音聴かせたったらおもろいやん」
「バルサン、おまえ最悪な性格しとんな……。入社式でみかけた時は線細そうで、見とって心配なる感じやったくせに……」
「なんやエライまとわりついてくる思てたらあれ心配してくれてたんや? 隣の部屋たずねる理由が下半身モロしか思いつかんって、絶望的に不器用やねんなぁ。そんなんやから女の子に話しかけてもらえへんのちゃう?」
「やかましいわ! おまえ覚えとけよ、いつかおまえの絶望的なピンチに颯爽と現れて見捨てたるからな」
「怖い怖い、気ぃつけとくわ。まぁ必死で不器用な子は僕嫌いやないよ、長く遊べるええおもちゃや思う」
「おまえマジでぶっ殺すぞ! クッソなんでこんなやつがもてんねん、俺のが絶対ええ奴やん。世の中不公平やわー」
「夢壊すようで悪いけど、僕はもてへん方やからね? もてる子ゆうんはサークル八割と関係してる子とかやで。一人で眠る日がないっちゅうやつやね」
「おまえでもてへんねやったら俺どないなんねん、彼女とかおったことないぞ」
「ああ、それ僕もやわ。特定の子とつき合ったりとかないで。僕と同じでもてへん子ゆう扱いちゃう?」
「つき合ってへんのにヤっとるんかい! どないなっとんねん」
「それはそれ、これはこれ。普通やん」
「だからそれどこの世界の普通やねんボケェ!」
普通に会話しながら戻ってくる僕らと、やたら騒いでる近所迷惑なワゴンくんと懐中電灯くん。
「おまえらなにやっとんねん! 無事なんやったらはよ戻ってこいや!!」
「あ、あのメールと電話なんやねん、めっちゃびびったやろが!」
「なんやねんそれ、別に中なんもなかったぞ。大体なんでおまえらがそんなびびっとんねん」
「なんや昔は族の子らがいきがってたんやなー、ゆう感じやったで。幽霊の守衛さんに不法侵入でもとがめられたん?」
「なんでやねん、変なメールと電話返してきたやろが! おまえらあんまふざけんなよ」
「知らんわい、薬とかおもろいもんなんものこてへんなーとか、女子トイレのぞいとくかーとかそんな話しながらグルっと回って来ただけやぞ」
「人魂とか出とってんぞ、ココごっつヤバいって!」
「中は別になんもないて、まぁあんだけ落書きやなんやあんのに僕らだけ祟られたらそら不公平や思うわ」
そんな感じで自分らだけ祟られるんじゃないかと怯えた二人に追い立てられるように寮に戻った一日。
ここで終わってれば秋風すさぶ青春の一ページだったんだろうけど、ちょっとした続きがあるんだよね困ったことに。