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バルサンと百六十七センチ

 トンネルくぐったら自然が増えたなぁ……。


 ボケっと車窓から眺めていた景色が急に変化して意識が戻る。僕は二十二歳の会社員、命じられるままに別の支社に出向中てとこ。紙切れ一枚で簡単に県を三つまたいだトコに行ってこいとか言われた時は面倒くさくてたまらなかったけど、会社の金で買う新幹線の切符と駅弁は学生時代の修学旅行を思い出してなかなか悪くない。


 喋り相手がいなかったので隣になったお婆ちゃん相手にゲートボールや短歌の話で盛り上がっていたのはつい十分ほど前まで、お疲れだったのか寝入ってしまわれた。お婆ちゃんからもらったようかんとみかんをデザートに口にしながら時計を見るともう午後二時を過ぎてる。今日は挨拶だけで終わりだって言ってたけど、五時までに着けるのかな……、まぁ解らなかったらタクシー使えばいいか……。


 現場も知らずに出向とか社会舐めてんのかと思うなかれ、何も僕がものぐさ大王ってわけじゃないんだ、会社から出向の話が持ち上がったのが朝十時で承諾したのがほぼ同時。何故かそこから本日中に勤務させますんで、という大変気安い営業課長のありがたいご機嫌取りのおかげで、着替えもなにも持たずに昼前に体一つで出発するはめになったというね。


 距離が距離だから出先の寮に入るように勧められたんだけど、片道二時間以上とはいえ期間はたったの一ヶ月。そのくらいなら根性見せますと断固拒否。理由は簡単で、男子寮ってのには人間が住んでいないと学んだから。ちょっと長くなるけどこの一年を振り返ってみようか。


 入社してから今朝まで所属していた支社の寮、六畳一間でキッチン・バストイレ付きの二階に入っていたんだけど、僕の部屋は同期のたまり場になっていたのね。三日に一度は掃除機かけて、一週間に一度は畳に雑巾かけたりとか極普通の常識以前の基本行為、人間として最低限度の営みだと思っていたんだけど、最後に掃除したのが一年前だとか、ゴミを部屋にそのまま放りっぱなしで足の踏み場どころか畳が見えないとか、そういった想像を絶する部屋が極普通で、どう見ても散らかってる部屋なのに、綺麗にしてるとか片付いているとかまめに掃除してんねんなぁとか恐るべき評価が下されてて、これは僕の部屋を知られたら終わりだなと思ってところに、ティッシュ貸してくれと下半身丸だしで人の部屋を訪ねてきた同僚に見られて以来、何かにつけて四~五人が部屋に居座っている日々。


 まぁそれくらいなら多分我慢出来た。窓もあけずにガンガンタバコを吸って部屋がヤニ臭くなるとか、スナック菓子を食べた手でコントローラーやマンガに触るだとか、到底同じ生き物と思えなくて、カルチャーショックの毎日を通り越して殺意が芽生えそうになっていたわけね。


 で、ある休日に出かけて帰ってくるといつも通り大量に人がいて、タバコの煙で天井にエクトプラズムが出来上がってて、うわぁまた心霊写真取り放題になってるよとゲンナリして中に入ったら、アダルトなビデオの鑑賞会してたのね。まぁこれはいいんだよ、僕も一応男だから当然そういうの持ってる訳だし、学生時代みんなで鑑賞会したのもいい思い出だからね。


 でもさぁ普通人の部屋でG行為しながら、飛距離の競争とかするかなマジで。あんまりにもあんまりなマネにガックリ来た、高橋名人の十六連射が嘘だと知ったときと同じくらいガックリ来て、思わずその足でホームセンターに行ったわけよ。で、外開きのドアと廊下の壁までの長さに丁度いい角材二本とバルサンを買ったのね。まぁここまで書けば想像はつくと思うんだけど、水を入れて発動させたバルサンを部屋に投げ込んだ後、角材で歯止めしてそのまま久しぶりにネカフェに行った。あれホント同じ生物なんかじゃないよ、人間によく似たニソゲソとかそんな感じの害虫だろどう考えたって。


挿絵(By みてみん)


 まぁその日男子寮で下半身モロ出しの奴らが窓割って飛び降りして、音に反応して外を見た付近の住民が火事かと通報して大騒ぎになり、現場に到着した消防や警察に説教されたりと、ここで終わってれば悪はバルサンによって滅びるという、まぁまぁ夢のあるお話だったんだけど、その日の内に上司から呼び出しがあって、その時から僕のあだ名はバルサンになった。


 ちょっと想像してみてほしい、二十歳過ぎたいい大人が私生活の不備で、血のつながりも何もない、ほぼ他人の大人に説教される気持ちってやつを。しかも新入社員で、入寮二ヶ月目だよまったく……。なんだかとっても死にたくなるって。いやまぁ、僕は悪くないとは言わないけども……。


 因みにその時一緒に説教されたのが、最初に述べた僕の部屋に下半身モロのままティッシュを借りに来た同僚。心底どうでもいい事だけど、飛距離大会はそいつが新記録を叩き出して優勝したそうな、その時から彼のあだ名は百六十七センチになったんだってさ。なんというか、死ねばいいとまではいわないけど、大けがして二週間くらい休職してくれればよかったのになと思った。


「お前いきなりバルサンはないやろ」


 上司から解放された帰り道、百六十七センチの第一声がこれ。


「いきなり人の部屋で飛距離大会しとった奴に言われたない」


「いや落ち着けよ、こないだ遠出したときAVの在庫一掃やっとってやな。こら鑑賞会せなアカンなとおもてやね、んでまぁくつろげる部屋で当たり探ししとったら盛り上がってきて、一日何回まで出した事があるかとかの話からどのくらい飛ぶかて話になってやな、そないなったらもう大会開催するしかないやろ?」


 パンドラから希望を掘り出すくらい不毛なまねは自分の部屋でやってよ……。ため息ついでに精一杯の愛想笑いしながら口を開いて、


「そのまま二階からの飛距離大会になったんやね、誰が一等賞やったん?」


「おっまえ、あれめっちゃ恥ずかしかってんぞ。ポリはなんでかめっちゃ優しい口調でタオルよこしよるし。バルサン解るか? ポリコがいつものがっさ偉そうな口調ちゃうねんぞ、めっちゃ不安なるっちゅうねん、部活かなんかの学生どもから写メ撮られまくるしよ」


「室内でもトイレとお風呂以外に下半身出しよったら恥ずかしなるて勉強なったやん」


「お前、前から思とったけどスカしすぎちゃうか? もっと自分を出さなしんどないか?」


「人の部屋で百六十七センチいわすんがスカさんことで、二階からモロ出しで飛び降りかますんが自分を出すゆうことなら一生スカしでええわ」


「バルサン、歩み寄りて知っとるか?」


「二十歳超えて下半身出したまま廊下歩いたり、窓から飛び降りるやつとは出来ひんことやろ」


「悪かったて、お互い男やから、騒いどったら素の自分出しやすいやろ思ててん」


「今日見れたやん。よかったねぇ、満足?」


 振り返って見れば、意気消沈といった感じでため息をついている百六十七センチ。行動が行動とはいえ、普通これだけ殺されかかって、恥をかかされて、その後も敵意を向けられたらもうちょっと攻撃的になりそうなもんだけど。


「そういや、絶対ポリコ僕のとこ来る思てたのに来んかったわ。傷害か殺人未遂くらいは覚悟しとったのにな、もしかしてなんもゆうてないん?」


「お、おお……、AV見ながら飛距離大会しとる時に部屋にゴキブリが出て、殺虫剤なかったから手近にあったこれでええわてバルサンつけたらエライことなってまいました。ドアは立て付け悪くて開かんかったんで、窓かち割って飛び出しましたてゆうといた。他の奴らもなんかようわからんけどバルサンから煙出てて、なんでかドア開かんかったくらいしか言えんかったからそれでしまいや」


 署の取調室で調書にそんな事書かれてるシーンを想像したらちょっと苦笑しちゃった。


「アホやん、ポリコにめっさしぼられたんちゃう?」


「おお、調書てごっつ色々聞かれんねんなぁ、飛距離百六十七センチで優勝してましたゆうのまで書かれたわ。ホンマこれ何の罰ゲームやねん思たで。」


 その時の調書とってた人の顔を想像したら吹き出した。


「ポリコから、バルサンはね、人おるとこで焚くもんちゃうからね、下手したら入院したり死んでたかもしれんで、気ぃつけような。殺虫剤ちゃんと常備すんねんで。ドアには油さそな。ガラスの掃除気ぃつけるねんで。友達によう謝っときや、上司の人にもちゃんと頭下げて誠心誠意謝るねんで。それと男やからそういうビデオみて盛り上がるのはしゃーないけど、そろそろ歳考えな。一人で出来るようになろな。てなもんでよ、ごっつ優しい口調で、おまえ俺のオカンかなんかか! ゆうくらいこまい事言われてや、一つなんや言われるたんびに、生まれたての子鹿みたいに縮こもてふるえながら、あ、はい、すんませんっした。ゆうとぉ俺の気持ちわかるか? ごっついたたまれんかったわ」

 

 さっきまで見境なくなるくらい怒ってたんだけどね、この時にはもう地面に膝をついてお腹かかえて笑ってたなぁ。


「笑いすぎやろ、ホンマ死にたなってんぞ言われとる間」


 言われて一息ついて、近くの自販機で水を買って頭から被ってみる。うん、頭はもう十分冷えてるね。


「僕は謝らんで、バルサンは部屋の分でチャラや。やから礼だけゆっとく、バラさんでくれてありがとうな」


「バルサンだけにか、おまえもそんなしょーもないことゆうねんなぁ」


 時間とか決意とか、いろんなものが吸い出されていくような感覚、どう言えばいいのかなこういうの……。


「なんやろう……、なんかすごいガッカリした。ええ感じにお日様の香りついとぉ布団取り込む時に鳥の糞がついたくらいガッカリした。百六十七センチは僕を怒らせたりガッカリさせる天才や思う」


「真顔でしみじみゆうなや! 傷つくやろが」


 そのままなんとなく流れでラーメン屋に行って至高のラーメンは塩か醤油かという、パチンコで今日は負けたけど年間トータルでは勝ってる、というのと同じくらい不毛な論争をしている内になんだか全てがどうでもよくなって来て、結局いつの間にか前より仲良くなっていたというね。

 

 バルサンを焚く時は周囲の部屋と自分の部屋に人がいない時に、断りをいれてからにしましょう。


 アダルトなビデオは自分の部屋で一人鑑賞すること。競争厳禁! 


 というなんだか特定の人物を名指ししているような寮のルールが追加されていて、本格的に体は大人、行動は子供扱いされてるのかと悲しくなった一日でした。

 

 ちなみに僕の正式な処分は、百六十七センチらの嘆願もあって自宅謹慎三日と当月給与五%減給、それから窓ガラス代四万円の弁償だけ。内訳はガラス代一万八千五百円、出張施工費二千五百円だったから半分は罰金みたいだけど。その後は会社や寮を追い出されずにすんでよかったねーと、その時のメンバーで反省文の山を作りながら談笑してたり。もちろん禁煙になった僕の部屋でね。


 雨の香りと木々の香りとお日様の香りが胸一杯に湧き立つ夏の始まり頃のお話

 

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