階段転落現場に遭遇しましたが、落ちた令嬢二人がめちゃくちゃ元気に殴り合っています
お読みいただきありがとうございます!
明日8月10日午前7時頃に、続編短編を公開予定です。
よろしければブックマーク・作者お気に入り登録でお待ちいただけますと嬉しいです!
↓作者お気に入りはこちらから
https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/2924274/
「誰か来て!お嬢様が階段から突き落とされました!」
その叫びを聞いた私、伯爵令嬢であるセシリア・アースキンは、つい先ほどまで婚約者の浮気現場だった離れを飛び出した。
背後では、寝台の上でレオナルドとミランダが何やら喚いている。
婚約は解消すると伝えた。証人もいる。
あとはガルシア侯爵に任せておけば、少なくとも「何もなかった」と言い逃れられることはないだろう。
今はそれより、階段から落ちた令嬢である。
「こちらです!」
使用人の声を頼りに廊下を曲がると、広間へ続く大階段が見えてきた。
その下に、二人の令嬢がいた。
「この嘘つきの泥棒猫が!」
「嘘をついている泥棒猫はそちらでしょう!」
元気に殴り合っていた。
「……」
足を止めた。
追いついてきたリタも、その隣で止まる。
一人は相手の髪を掴み、もう一人は相手の腕を叩いている。
二人ともドレスは乱れ、髪飾りは外れかけていたが、少なくとも今すぐ命に関わるような状態には見えない。
「お嬢様」
「ええ」
「お元気そうですね」
「とても」
「この女が私を突き落としたのよ!」
私に気づいた令嬢が、相手を指さした。
「何を言っているの!突き落とされたのは私よ!」
もう一人も立ち上がる。
「私です!」
「私よ!」
「いえ、まずお二人とも落ち着いてくださいませ」
「落ち着いていられるものですか!」
「殺されかけたのよ!」
殺されかけた二人が、再び殴り合いを始めた。
「……医師を呼びましょう」
遅れてやってきた侍女のリタへ告げると、二人の動きがぴたりと止まった。
「医師?」
「必要ありませんわ」
「ですが、階段から突き落とされたのでしょう?」
「ええ!」
「もちろんです!」
その言葉に顔を上げた。
大理石で造られた階段は、踊り場までだけでも二十段以上ある。
しかも絨毯は中央に敷かれているだけで、両脇は硬い石が剥き出しだ。
ここを上から下まで転げ落ちたというのなら、擦り傷程度で済んでいる方がおかしい。
「どちらから落ちられましたの?」
二人が揃って階段の上を指さした。
「あそこからです!」
「一番上から!」
「……そうですか」
もう一度、二人を見る。
やはり元気だった。
片方など、先ほど相手を叩くためにかなり勢いよく腕を振り回していた。
「本当に、あちらから?」
「何が言いたいの!?」
「いえ。二十段以上ございますので」
「だから何よ!」
「お二人とも、ずいぶんお元気だと思いまして」
「運が良かったのよ!」
「私もよ!」
「お二人とも?」
「……」
「……」
今日は妙なことが多すぎる。
婚約者の情事があまりにも長く、途中から幻術を疑ったばかりだ。
今度は、二十段以上の石階段から落ちた二人が殴り合っている。これぞまさにキャットファイトだ。
「念のため申し上げておきますが、私は探偵でも王宮の捜査官でもございません」
「存じておりますけれど?」
「では、なぜ皆様、私に説明なさるのでしょう」
答える者はいなかった。
「セシリア様は先ほども浮気を見破られたと……」
「見破っておりません。ただ、みんなで見ただけです」
窓から。
かなり長時間。
「とにかく、順番に伺います。まず、お名前を」
「サリー・エヴァンスです」
金髪の令嬢が答えた。
「私はスザンヌ・ベルニエよ」
茶髪の令嬢が続く。
「ではスザンヌ様。何があったのです?」
「あの女が、私の婚約者を誘惑したのよ!」
「はあ!?誘惑なんてしていないわ!」
スザンヌが立ち上がった。
「嘘!昨夜、あの人が寝言であなたの名前を呼んだのよ!」
「私の名前を?」
「ええ!『マリー……もっと強く踏んでくれ……そうだ、そこだ……』って!」
周囲が静まり返った。
リタが視線を逸らした。
私も、とりあえず何も聞かなかったことにしたかった。
「……それで?」
「それでって、それだけで十分でしょう!?」
「いえ、その……寝言の内容についてではなく、お名前が」
「だから、マリーよ!」
「私はサリーよ!!サリー・エヴァンス!さっき自分で名乗ったでしょう!」
「……」
スザンヌの顔から怒りが消えた。
「マリーではないの?」
「違うわよ!」
「でも似ているじゃない!」
「最初の一文字しか違わないけれど、別人よ!」
「一文字しか違わないなら、間違えることもあるでしょう!」
「あるわけないでしょう!」
再び二人が掴み合いそうになったため、間へ入る。
「では、スザンヌ様の婚約者は、マリー様という方のお名前を寝言で呼ばれた」
「そうよ!」
「そして、スザンヌ様はサリー様をマリー様だと思われた」
「……そういうことになるわね」
「なぜです?」
「だって、この女、最近あの人と話していたのよ!」
「舞踏会で一度挨拶しただけよ!」
「笑っていたでしょう!」
「挨拶で泣く人はいないわよ!」
もっともだった。
今度はスザンヌを見る。
「では、サリー様は?」
「私は、この女が私の婚約者と浮気していると思ったの!」
「どうしてです?」
「同じよ!あの人が寝言で女の名前を呼んだの!」
「なんと?」
「……」
急に言い淀む。
「確認のためです」
「……『セザンヌ……首輪は外さないでくれ……今夜はずっと、このままで……』」
再び、周囲が静まり返り、遠くで楽団の音が聞こえている。
誰かが小さく咳払いした。
サリーが目を丸くした。
「あなたの婚約者、そんな趣味なの?」
「あなたの婚約者に言われたくないわ!」
「踏まれたいより首輪の方が――」
「そこは今、比較しなくてよろしいです」
気を抜くと逸れてしまいそうになる話を戻す。
「それで、サリー様はスザンヌ様をセザンヌ様だと思った?」
「そうよ!」
「私はスザンヌよ!」
「似ているでしょう!」
「一文字違うわ!」
「あなたも同じことを言ったじゃない!」
二人が睨み合った。
そして、同時に黙った。
「……」
「……」
「ちょっと待って。あなた、マリーじゃないのね?」
「違うわ」
「私もセザンヌではないわよ」
二人の顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。
「じゃあ……マリーって誰?」
「セザンヌって、誰なの?」
「他にいるのね!!」
「他にいるのよ!!」
先ほどまで殺し合いでも始めそうだった二人が、突然同じ方向を向いた。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ!そもそも、階段から突き落とされた件がまだ――」
「ああ、それなら」
近くにいた若い従僕がおずおずと手を上げた。
「私、最初から見ておりました」
「目撃者がいらしたのですか?」
「はい。ただ、どうお止めすればいいのか分からず……」
「何が起きたのです?」
「お二人とも、階段の上で相手を突き飛ばそうとなさいまして」
「ほら!」
「やっぱりそっちが!」
「ですが、お互いに腕やドレスを掴んでおられたので、どちらも落ちませんでした」
「……はい?」
「押して、踏ん張って、一段下りて。また押して、踏ん張って、一段下りて……と」
従僕が階段を指さした方向を見つめる。
「そのまま十数段ほど」
「では、転げ落ちたのでは?」
「最後の三段ほどだけです」
どうりで元気なはずである。
サリーとスザンヌが視線を逸らす。
「それを『一番上から突き落とされた』と?」
「だって、最初に押されたのは上だったもの」
「私もよ」
「途中は自力で下りていますよね?」
「押されながらよ!」
「私だって!」
どちらも譲らない。
内心、額を押さえたくなった。
結局、双方が相手を突き落とそうとして、双方が抵抗しながら階段を一段ずつ下り、最後に仲良く三段だけ転がったらしい。
被害者が二人。
加害者も二人。
しかも発端になった浮気疑惑は、二人とも完全な人違い。
「とにかく、お二人とも医師には診ていただいてください。それから、婚約者の方に事情を確認するにしても、今度はお名前をきちんと確認なさってくださいませ」
「分かったわ」
「ええ」
二人は神妙に頷いた。
これでようやく収まった。
そう思った次の瞬間。
「マリーを探すわよ!」
「セザンヌもよ!」
「行くわよ!」
「ええ!」
二十段の階段から突き落とされたはずの二人は、ドレスの裾を持ち上げ、ものすごい勢いで廊下の向こうへ消えていった。
速い。
あまりの速さに、止める気すら失せたまま、その背中を見送った。
「……階段転落とは、何だったのでしょう」
「最後の三段では?」
「そうでしたわね」
リタと二人、しばらく黙って廊下を眺める。
婚約者の浮気を目撃し。
その情事が終わらないので証人を集め。
ようやく婚約を解消したと思えば、今度は階段から突き落とされたという令嬢が二人。
そして原因は、婚約者が寝言で口走った別の女の名前だった。
今日はもう十分ではないだろうか。
ため息にして大きすぎる息を吐き、広間へ戻ろうとした。
そのときだった。
開け放たれた扉の向こうから、よく通る男の声が響いた。
「お前との婚約を破棄する!」
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!




