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伯爵令嬢セシリアは今日も修羅場に遭遇する

階段転落現場に遭遇しましたが、落ちた令嬢二人がめちゃくちゃ元気に殴り合っています

作者: 木風
掲載日:2026/08/08

お読みいただきありがとうございます!

明日8月10日午前7時頃に、続編短編を公開予定です。

よろしければブックマーク・作者お気に入り登録でお待ちいただけますと嬉しいです!

↓作者お気に入りはこちらから

https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/2924274/

「誰か来て!お嬢様が階段から突き落とされました!」


 その叫びを聞いた私、伯爵令嬢であるセシリア・アースキンは、つい先ほどまで婚約者の浮気現場だった離れを飛び出した。


 背後では、寝台の上でレオナルドとミランダが何やら喚いている。

 婚約は解消すると伝えた。証人もいる。

 あとはガルシア侯爵に任せておけば、少なくとも「何もなかった」と言い逃れられることはないだろう。


 今はそれより、階段から落ちた令嬢である。


「こちらです!」


 使用人の声を頼りに廊下を曲がると、広間へ続く大階段が見えてきた。

 その下に、二人の令嬢がいた。


「この嘘つきの泥棒猫が!」

「嘘をついている泥棒猫はそちらでしょう!」


 元気に殴り合っていた。


「……」


 足を止めた。

 追いついてきたリタも、その隣で止まる。

 一人は相手の髪を掴み、もう一人は相手の腕を叩いている。

 二人ともドレスは乱れ、髪飾りは外れかけていたが、少なくとも今すぐ命に関わるような状態には見えない。


「お嬢様」

「ええ」

「お元気そうですね」

「とても」

「この女が私を突き落としたのよ!」


 私に気づいた令嬢が、相手を指さした。


「何を言っているの!突き落とされたのは私よ!」


 もう一人も立ち上がる。


「私です!」

「私よ!」

「いえ、まずお二人とも落ち着いてくださいませ」

「落ち着いていられるものですか!」

「殺されかけたのよ!」


 殺されかけた二人が、再び殴り合いを始めた。


「……医師を呼びましょう」


 遅れてやってきた侍女のリタへ告げると、二人の動きがぴたりと止まった。


「医師?」

「必要ありませんわ」

「ですが、階段から突き落とされたのでしょう?」

「ええ!」

「もちろんです!」


 その言葉に顔を上げた。

 大理石で造られた階段は、踊り場までだけでも二十段以上ある。

 しかも絨毯は中央に敷かれているだけで、両脇は硬い石が剥き出しだ。

 ここを上から下まで転げ落ちたというのなら、擦り傷程度で済んでいる方がおかしい。


「どちらから落ちられましたの?」


 二人が揃って階段の上を指さした。


「あそこからです!」

「一番上から!」

「……そうですか」


 もう一度、二人を見る。

 やはり元気だった。

 片方など、先ほど相手を叩くためにかなり勢いよく腕を振り回していた。


「本当に、あちらから?」

「何が言いたいの!?」

「いえ。二十段以上ございますので」

「だから何よ!」

「お二人とも、ずいぶんお元気だと思いまして」

「運が良かったのよ!」

「私もよ!」

「お二人とも?」

「……」

「……」


 今日は妙なことが多すぎる。

 婚約者の情事があまりにも長く、途中から幻術を疑ったばかりだ。

 今度は、二十段以上の石階段から落ちた二人が殴り合っている。これぞまさにキャットファイトだ。


「念のため申し上げておきますが、私は探偵でも王宮の捜査官でもございません」

「存じておりますけれど?」

「では、なぜ皆様、私に説明なさるのでしょう」


 答える者はいなかった。


「セシリア様は先ほども浮気を見破られたと……」

「見破っておりません。ただ、みんなで見ただけです」


 窓から。

 かなり長時間。


「とにかく、順番に伺います。まず、お名前を」

「サリー・エヴァンスです」


 金髪の令嬢が答えた。


「私はスザンヌ・ベルニエよ」


 茶髪の令嬢が続く。


「ではスザンヌ様。何があったのです?」

「あの女が、私の婚約者を誘惑したのよ!」

「はあ!?誘惑なんてしていないわ!」


 スザンヌが立ち上がった。


「嘘!昨夜、あの人が寝言であなたの名前を呼んだのよ!」

「私の名前を?」

「ええ!『マリー……もっと強く踏んでくれ……そうだ、そこだ……』って!」


 周囲が静まり返った。

 リタが視線を逸らした。

 私も、とりあえず何も聞かなかったことにしたかった。


「……それで?」

「それでって、それだけで十分でしょう!?」

「いえ、その……寝言の内容についてではなく、お名前が」

「だから、マリーよ!」

「私はサリーよ!!サリー・エヴァンス!さっき自分で名乗ったでしょう!」

「……」


 スザンヌの顔から怒りが消えた。


「マリーではないの?」

「違うわよ!」

「でも似ているじゃない!」

「最初の一文字しか違わないけれど、別人よ!」

「一文字しか違わないなら、間違えることもあるでしょう!」

「あるわけないでしょう!」


 再び二人が掴み合いそうになったため、間へ入る。


「では、スザンヌ様の婚約者は、マリー様という方のお名前を寝言で呼ばれた」

「そうよ!」

「そして、スザンヌ様はサリー様をマリー様だと思われた」

「……そういうことになるわね」

「なぜです?」

「だって、この女、最近あの人と話していたのよ!」

「舞踏会で一度挨拶しただけよ!」

「笑っていたでしょう!」

「挨拶で泣く人はいないわよ!」


 もっともだった。

 今度はスザンヌを見る。


「では、サリー様は?」

「私は、この女が私の婚約者と浮気していると思ったの!」

「どうしてです?」

「同じよ!あの人が寝言で女の名前を呼んだの!」

「なんと?」

「……」


 急に言い淀む。


「確認のためです」

「……『セザンヌ……首輪は外さないでくれ……今夜はずっと、このままで……』」


 再び、周囲が静まり返り、遠くで楽団の音が聞こえている。

 誰かが小さく咳払いした。

 サリーが目を丸くした。


「あなたの婚約者、そんな趣味なの?」

「あなたの婚約者に言われたくないわ!」

「踏まれたいより首輪の方が――」

「そこは今、比較しなくてよろしいです」


 気を抜くと逸れてしまいそうになる話を戻す。


「それで、サリー様はスザンヌ様をセザンヌ様だと思った?」

「そうよ!」

「私はスザンヌよ!」

「似ているでしょう!」

「一文字違うわ!」

「あなたも同じことを言ったじゃない!」


 二人が睨み合った。

 そして、同時に黙った。


「……」

「……」

「ちょっと待って。あなた、マリーじゃないのね?」

「違うわ」

「私もセザンヌではないわよ」


 二人の顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。


「じゃあ……マリーって誰?」

「セザンヌって、誰なの?」

「他にいるのね!!」

「他にいるのよ!!」


 先ほどまで殺し合いでも始めそうだった二人が、突然同じ方向を向いた。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ!そもそも、階段から突き落とされた件がまだ――」

「ああ、それなら」


 近くにいた若い従僕がおずおずと手を上げた。


「私、最初から見ておりました」

「目撃者がいらしたのですか?」

「はい。ただ、どうお止めすればいいのか分からず……」

「何が起きたのです?」

「お二人とも、階段の上で相手を突き飛ばそうとなさいまして」

「ほら!」

「やっぱりそっちが!」

「ですが、お互いに腕やドレスを掴んでおられたので、どちらも落ちませんでした」

「……はい?」

「押して、踏ん張って、一段下りて。また押して、踏ん張って、一段下りて……と」


 従僕が階段を指さした方向を見つめる。


「そのまま十数段ほど」

「では、転げ落ちたのでは?」

「最後の三段ほどだけです」


 どうりで元気なはずである。

 サリーとスザンヌが視線を逸らす。


「それを『一番上から突き落とされた』と?」

「だって、最初に押されたのは上だったもの」

「私もよ」

「途中は自力で下りていますよね?」

「押されながらよ!」

「私だって!」


 どちらも譲らない。

 内心、額を押さえたくなった。


 結局、双方が相手を突き落とそうとして、双方が抵抗しながら階段を一段ずつ下り、最後に仲良く三段だけ転がったらしい。


 被害者が二人。

 加害者も二人。

 しかも発端になった浮気疑惑は、二人とも完全な人違い。


「とにかく、お二人とも医師には診ていただいてください。それから、婚約者の方に事情を確認するにしても、今度はお名前をきちんと確認なさってくださいませ」

「分かったわ」

「ええ」


 二人は神妙に頷いた。

 これでようやく収まった。

 そう思った次の瞬間。


「マリーを探すわよ!」

「セザンヌもよ!」

「行くわよ!」

「ええ!」


 二十段の階段から突き落とされたはずの二人は、ドレスの裾を持ち上げ、ものすごい勢いで廊下の向こうへ消えていった。


 速い。

 あまりの速さに、止める気すら失せたまま、その背中を見送った。


「……階段転落とは、何だったのでしょう」

「最後の三段では?」

「そうでしたわね」


 リタと二人、しばらく黙って廊下を眺める。


 婚約者の浮気を目撃し。

 その情事が終わらないので証人を集め。

 ようやく婚約を解消したと思えば、今度は階段から突き落とされたという令嬢が二人。


 そして原因は、婚約者が寝言で口走った別の女の名前だった。


 今日はもう十分ではないだろうか。

 ため息にして大きすぎる息を吐き、広間へ戻ろうとした。


 そのときだった。

 開け放たれた扉の向こうから、よく通る男の声が響いた。


「お前との婚約を破棄する!」

次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…

気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!

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