七夕の雨とカササギの橋
昔々、あるところに小さな島がありました。穏やかな内海に浮かぶ、漁師たちの集落です。
そこへ、若い娘さんが送り込まれてきました。
貧乏な武家の娘さんです。
実家への支援と引き換えに、豪商の息子へ嫁ぐことになったというのです。ですがその豪商の家は、向かいの大きめの島にあるのです。
娘さん……いえ、お嫁さんの家は、下級武士と言われる家柄でした。正直、家計は年々厳しくなる一方でした。戦国の世が終わり、平和な時代になると、腕一本でのし上がるような機会はないのです。
さて、豪商は箔をつけるために、息子の嫁を決めました。数人のかわいい娘っ子に目をつけていた息子は、それが気に入りませんでした。
息子には端から嫁を大切にする気などなかったのです。
祝言をあげ、おざなりに夫婦の務めを果たしました。優しさの欠片もない行為に、花嫁は涙を流すことしかできませんでした。
「お前は貧相な体をしているな。抱くのは年に一度で充分だろう。
七夕婚とでも呼ぼうか。あはは、いいな。そうしよう」
若旦那はそう笑うと、身請けした元遊女のところに行ってしまいました。
あまりの振る舞いに、旦那様に言いつけようという使用人と、若奥様に恥をかかせると止める使用人に分かれました。
ですが、結局は「明日出ていくお嫁さんだから」と、見て見ぬ振りをすることになったのです。
次の日には小舟に乗せられ、豪商と取引のある網元の一人に預けられました。
武家とはいえ、貧乏で下男が一人いるだけの家でした。炊事も掃除もお手の物。
くるくるとよく働くお嫁さんは、その小さな島で歓迎されたのでした。
海の幸をたっぷりと食べ、お嫁さんは顔色も良く、器量よしになりました。
次の七夕が近づくにつれ、お嫁さんは口数が少なくなりました。夜も眠れていないようです。
そして、七夕の日がやってきました。
朝露で墨を摺り、文字の上達を祈ります。
悪乗りした若旦那は、悪友たちを連れて、島を訪れました。
その次の日、お嫁さんは日が高くなる頃に、ようやく顔を見せました。
うつむきがちに、「一年に一度……次は一年後」とそればかりを繰り返していたそうです。
月日は流れ、男が突然訪ねてきました。
ある武家と喧嘩になり、相手を団子の串で刺してしまったと言うのです。その一族に報復されそうな気配を察知して、逃げてきたと――。
この島で匿ってくれと言いました。
「ですが、あなたが本当に私の旦那様か、旦那様を騙る悪党か、どうやって見分けたら良いでしょう?」
お嫁さんは首をかしげます。
「馬鹿か。亭主の顔もわからないとは……」
「そう言われても、結婚した日とその後に一度お顔を見ただけですから。絶世の美男子ならともかく、普通の男の人など覚えていられる自信はありません」
男は青ざめました。
「網元! お前ならわかるよな?」
「……いいえ。申し訳ねえんですが、旦那様はともかく若旦那様は遊び歩いていて、仕事で顔を合わすことがねぇもんで」
網元の周りの村人たちも、うなずいています。
「ふざけた奴らだ。覚えていろよ」
追っ手から匿うという約束をもらえなかった男は、また小舟で別の島へ向かいました。
折しも七月七日の夕方でございました。
にわかに降り出した雨は、稲妻を連れてきます。小舟は荒れた海に翻弄され、姿を消しました。
網元は蓑笠を纏って、暗くなりゆく海を見つめていました。
「今年はカササギの橋が架からなかった。それだけのことだ」




