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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
志賀夏椎編
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志賀夏椎編3(警察庁)

(夏椎)

 

 夜空のような淡い黒髪、青と緑と橙が織り交ざった美しい宝石のような丸い瞳、均整のとれた細身の体躯を包む警官服があまり似合っていない。

 俺の知る警察官は、恰幅のいい人ばかりだった。こんな綺麗な女の子が警察官をしているなんて、本当に映画の世界に入ったようだ。

 

「ニールでトラブルだって言うから何の騒ぎかと思えばお前らかよ」


 でも口調はまるで男の人だ。どう見ても女の子なんだけど、勝手なことは言えないので俺はみんなのやり取りを見守っている。

 

「あは。柚ぽんが来るとは思わなかった〜」

「たまたま俺の手が空いてたんだよ。怪我がなくて良かったな」


 エスカレーターを上がって、今度は白いタイルではなくて少しくすんだ灰色のタイルが現れる。

 ショッピングモールの中はとても広い。時々お店の人が前に出てきて、翔真に柚ぽんと呼ばれる警察官に向かって手を振っている。


「柚木ちゃん、お仕事中?」

「そうだよ。俺は警察官だからな!」


 ちゃん付けされているのに、警察官は俺と言っている。


 この人、どっちだ。いや別にどっちでもいいんだけど。声は高めだけど男の人だよな。柚木、と言う名前らしいその人は、靴屋に着くと俺達を振り返った。


「どれがいい?」

「スニーカーでいいんじゃない?」

「お前ら、本人に聞けよ」


 晃が俺の背中をぽんと押した。俺は戸惑いながらも靴屋へ足を踏み入れる。

 すると、中から頭が牛の店員さんが出てきた。白と黒の模様の乳牛の店員さんは、白と黒のジャージに身を包んでいる。柚木さんがぺこりと頭を下げた。なんだか妙に丁寧な人だ。


「いらっしゃいませ」

「試しに履いてもいい?」

「大丈夫ですよ」


 穏やかな口調で店員さんが話している。当たり前に日本語を話す牛に違和感はあるけれど、この非日常な様子に少しは慣れてきた。


 俺は3足試し履きして、黄緑色のラインの入ったグレーの靴を買ってもらった。柚木さんは牛の店員へ手を振って、またエスカレーターへ向かって歩いて行く。


「翔真、迷い子見つけたらすぐ警察に連れて来いって何度も言ってるだろ」


 エスカレーターに乗り込むと、柚木さんは両手にスリッパをはめて手を合わせて遊んでいた翔真に向かって咎めるような視線を向けた。

 迷い子?迷子のことかな。俺も翔真を見ると、翔真はにぱーっと懐っこい笑顔を向ける。


「だってさぁ、夏椎ったら靴も履かずに来ちゃったんだもん。靴擦れできたらかわいそうじゃん。それに晃が付いてきてたの知ってたし」

「えっ、そうなの?」


 俺は後ろに立つ晃を振り返る。晃はしっかりと頷いて、親指を立てた。何に対してのサムズアップなのかよく分からない。


「平日の昼間だし、ワンチャン襲われないかなと思ったんだけど。でも夏椎に怪我がなかったからオッケーだよね!」

「オッケーじゃない。あのなぁ、人間の子どもが一番危ないんだぞ。アイツら見境ねぇんだからな」


 エスカレーターから下りると、突然足元に黒い穴が空いていた。

 がくんと傾く俺の体を支えて、柚木さんはぽいっと俺を前へ放り出す。柚木さんは穴の向こうに向かって「ダメ!」と大きな声を出した。

 翔真と晃はひょいっと穴を飛び越えて着地した。穴はゆっくりと閉じていき、ふ、と跡形もなく消える。


「俺がついてるのに⋯⋯」

「もはや柚ぽんだからじゃない?」

「警官のくせに何の牽制にもならないとは情けない」


 なんかボロクソに言われてる。柚木さんはぐぬぬと歯噛みすると、翔真と晃を俺の隣へ押し出した。


「翔真、晃!ちゃんと側についてろよ!」

「言われなくてもそうしますぅ」

「お前なんか頼りにしてないからな」

「分かってるよ!」


 ぷいっと顔を背けて、柚木さんはニールの出口へ向かって歩き出した。


「夏椎、行こっか」

「どこに?」

「警察庁。島に来た人がみんな行くところだよ」


 柚木さんを指さして、翔真も歩き出す。俺が立ちすくんでいると、晃が隣に並んだまま顔を覗き込んできた。


「一緒に行くぞ」

「⋯⋯う、うん」


 晃に並んで俺も歩き始める。

 賑やかしい音を背中に受けながら、自動ドアが開く。俺は眩しい光に目がくらみそうになりながら、先程の出来事を思い出していた。


「晃⋯⋯」

「何だ」

「俺、食べられるところだったの?」


 あの青い男と、赤い男は自分を捕まえて何がしたかったのか。

 いや、分かっている。何となく分かっている。正直、聞いてどうするのかって言う話だけど。


「まぁこの島に来た人間が死ぬのは、大抵その理由が多いな」


 晃はさらりと答えた。

 やっぱり。俺はぞっとする。何か他の生き物の捕食対象になったことなんて、生きていてこの方一度もない。

 死に方ワースト5には入る死に方じゃないか。生きたまま食べられる自分を想像していると、晃の反対側の隣から翔真がひょっこりと顔を覗かせた。


「大丈夫!おれと晃が夏椎を守るよ!」

「あぁ、任せろ」

「⋯⋯そう言えば、晃は俺達に着いてきてたって言ってたけど」

「そりゃそうでしょ。晃がせっかく見つけた夏椎から離れるわけないもんね」


 翔真はとんとんと跳ねて地面を鳴らした。俺が地面へ視線を向けると、翔真は動く影に向かってぴんと人差し指を立てる。


「晃はね、影使いなんだよ」

「影使い⋯⋯!?」

「魔法の影バージョンみたいな?晃も、おれと同じで人間じゃないんだよねぇ」


 俺が晃を見上げると、晃は頷いた。

 見た目は人に見えるけど。俺と何が違うのか分からない。髪もあるし、目も2つだし、肌も人間と変わらないように見える。

 それとも、中身が違うとか?じぃっと晃を見上げていると、晃は困ったような顔をした。あ、見すぎたかな。


「ごめん。俺とどこが違うんだろうと思って」

「俺もよく分からん」

「魔族とユーゴー?してるんだよね。ねぇー柚ぽん!」


 翔真が柚木さんに向かって声を張り上げた。

 気が付けば、柚木さんは道端の木に登っている。子猫を抱いたまま飛び降りると、木の根元でにゃあにゃあと鳴いていた母猫のそばへ下ろしてあげていた。


「怪我がなくて良かったな!」


 笑顔が眩しい。まるで映画に出てくるヒロインみたいだ。

 母猫と子猫は、にゃあと一声鳴いて柚木さんの手をひと舐めしてから歩き出した。柚木さんは立ち上がると、俺達の方へ向かって駆けてくる。


「なに?」

「晃の話してたんだよ。晃って、魔族なんだよね?」

「あぁ、そうだな。便利だよなぁ、影が使えるのって」

「晃は人食べないけどね」

「美味そうに思わん」


 そういう問題なんだろうか。なんかすごくほのぼのとしたやり取りと、会話の中身が合っていないような気がする。


「そうだ。晃、お前が捕まえた奴は初犯か?」

「知らん」

「『迷い子のシルシ』のこと知ってたから、共犯者がいるか、そもそも初犯じゃないんじゃない?」

「被害者がいなかったらいいんだけどなぁ⋯⋯」


 あぁ、会話が怖い。

 食べられるのは嫌だなぁ。また歩道を歩きながら、俺はしみじみとそんな事を思う。


「夏椎、美味しそうに見えるんだね」

「夏椎は可愛いからな」

「全然嬉しくないよ」

「お前ら、さっきから夏椎、夏椎って言ってるけどコイツが例の夏椎なのか?」

「そーだよ!」


 翔真が勢いよく柚木さんに飛びついた。柚木さんはそれを受け止めて、よしよしと翔真の頭を撫でている。


「良かったなぁ、見つかって!」

「うん!柚ぽん何の役にも立たなかったね!」

「警察のくせに手がかりすら見つけられなかった無能だな」

「ごめんなさい⋯⋯」


 しゅんと柚木さんが肩を落とした。翔真と晃は顔を見合わせる。


「別に期待してなかったから、いいの!」

「お前はお前の仕事をしてろ」

「ほら、早く警察庁行こうよ!夏椎がまた襲われちゃったら大変だから!」


 翔真は柚木さんをぐいぐいと押して歩き出した。手を繋いで、引っ張るようにして歩く翔真は辛辣なことを言いながら嬉しそうだ。

 ふたりが歩き出したので、俺と晃もそれに続く。チラチラと視線を感じるのを、晃が時々威嚇するように影を出して制していた。

 

「夏椎、着いたよ」


 柚木さんと手を繋ぎながら、翔真がもう片方の手でそびえ立つビルを指さした。

 俺が顔を上げると、20階以上はありそうな高いビルが目に入った。正面入口には、『警察庁本部』と書かれている。

 コンクリート造りのビルの上を、羽の生えた人のような、人でなさそうな誰かが飛んでいる。それを俺以外は気にとめていないので、きっとこの島ではごくありきたりな光景なんだ。

 柚木さんと翔真について中に入ると、カウンター越しにいくつもの目がこちらを向いた。柚木さんが軽く手を上げると、カウンターの向こうの目はすぐ他所へ向けられる。


「安心しろ。警察庁には人喰い嗜好の奴はいないからな」


 受付カウンターには、『総合窓口』の立て札がある。4番まであるカウンターの前には、ベンチに座る人や4つ足の人、液状化している何かがあったりとここにも色んな種族が入り乱れていた。

 喫茶店でマスターさんが言っていた、「次元が違う」と言う言葉。その意味がようやく腑に落ちた。ここは、確かに俺の知ってる地球じゃない。

 当たり前のように人以外も住んでいるんだ。さながら異世界のようなこの場所では、俺の常識なんて何のアテにもならないことがよく分かる。


「柚木さんは警察官なんですよね」

「うん?そうだけど」

「この島は、何なんですか?⋯⋯本当に、地球なんですか?」


 柚木さんはピタリと足を止めた。

 俺が顔を上げると、エレベーターがある。モスグリーンのエレベーターを開くために柚木さんは上ボタンを押して、俺を振り返った。


「いや、地球だけど⋯⋯」


 それは知ってます。

 なんでちょっと引かれてるのか意味が分からない。俺が変なこと言い出したみたいな顔をしないで欲しい。


「分かりました、地球ですよね!ならここがどんな場所なのかちゃんと説明して下さい!」

「なんで怒ってんの?」


 この人もしかしてド天然なのかな?


 きょとんとした顔が悪意などないと物語っている。悪気ないのは分かってるから強く言えないけど、普通にイラッとした。

 そんな俺の肩を、翔真がぽんぽんと宥めてくれる。


「ごめんねぇ、柚ぽんちょっとアホなところあるから」

「なんだよ」

「ここはね、あの世とこの世の間の島だよ。おれ達は、夏椎が来た世界線のことを現世って呼んでる」


 笑いながら言う翔真の口から、あの世とかこの世とか物騒な単語が出てきた。

 俺は慌てて翔真の話を遮る。

 

「ちょっと待って。俺死んだってこと?」

「死んでないよ。生きてるじゃん」

「夏椎、紙をハサミで切り取って繋げた時には境目が出来るだろ。ここはその間ということだ。そのどちらにも属さないだけで、死んだということにはならない」

「⋯⋯次元が違う、ってそう言うこと」


 だから、色んな人が当たり前のように存在していられるんだ。

 道中、足のない人もいた。天国とは違う。地上とも違う。そのどちらにも属さない世界線―――それがこの島なんだ。


「妖怪さんとか、ここから現世に仕事に行ってる人もいるよ。向こうからこちらには来られないんだけどね」

「マスターさんが言ってた⋯⋯呼ばれた人しか来られないって話?」

「そう。おれと晃が夏椎を呼んだんだよ。どうしても会いたくて、⋯⋯10年もかかかっちゃったけど」


 エレベーターのドアが開いた。

 中から、上半身のない何かが降りてくる。右腕のない3本角のモンスターにしか見えないひともいる。

 みんな、受付に挨拶して去っていく。見た目にそぐわない、朗らかなやり取りがあべこべだ。


「お前ら、説明上手だな」


 エレベーターに乗り込みながら、柚木さんが感心したように目を丸くしている。翔真と晃は肩を組んでピースサインをつくった。


「夏椎が帰った時の練習してたからね!」

「お前は頼りにならんからな」

「はい、すみませんねぇ」


 翔真と晃に責められても、柚木さんは怒る気配がない。

 むしろ、一緒に笑っている。そんな大人は初めて見た。俺の知ってるあの人は、生意気な口をきくなと怒鳴り散らしていたのに。


 ―――あの人?


「柚ぽん、ニールで何してたの?」

「だから見回りだって。仕事してたんだよ」

「C地区長なのにぃ?」

「そーだよ。そのお陰で俺が駆け付けられたんだからいいだろ」


 また聞き慣れない単語が出てきた。

 C地区?島のどこかの名前なのかな。


「柚ぽんで良かったよー。話が早いもんね」

「感謝しろよ」

「俺が感謝する方なの?と言うか、お前らまた学校行かなかったんだな」


 学校まであるんだ。ぽかんとしていると、柚木さんが俺の方を向いた。


「夏椎は学校は?」

「あ、俺は⋯⋯行きそびれました」

「晃が急に呼んだからだよー。ねぇー、夏椎。夏椎もおれ達と中学一緒に通おうよ」

「え、っと⋯⋯」


 翔真がひょいっと飛びついてくる。俺はそれを受け止めながら、思考を巡らせた。

 

 なるほど。この島にも学校があるなら、翔真の言う通りここで学校に通ったっていいのか。問題は父さんがどう言うかだけど、恐らく俺の決めたことに反対はしないだろう。

 今通っている学校に仲のいい友人がいるわけでなし⋯⋯と言うより、なるべく人を避けていたから友人はひとりもいない。

 父さんは子どもがいることを公表していない。

 もし父さんの息子だと言うことがバレたら面倒な事になる。俺の存在を隠すことは、父さんのマネージャーが俺に薦めたことだった。

 父さんはまだ30歳。14歳の息子がいるには若すぎる。


「もしこっちの学校に通いたいならいつでも言えよ」

「は、はい」

「クラスメイト、いい人ばっかだよ!まぁおれあんまり学校行ってないけど!」

「俺も行ってない」

「行けよ、学校」

 

 ポン、と電子音がして、見上げるとエレベーターの電光が指すのは30階。このビルの最上階のようだった。

 エレベーターが開く。目の前に現れたのは白い壁に黒い扉。それ以外には何も、誰もおらず、とても静かな空間だった。


「森谷!翔真と晃の探しものが見つかったってよ!」


 柚木さんは勢いよく扉を開く。

 俺は思わず息を飲んだ。中の部屋が、あまりにも異様な部屋だったからだ。

 右手に真四角の黒い檻、左手に真四角の白い檻がそびえている。

 そのふたつの檻に挟まれるようにして、中央にはグレーのカーペットが敷いてあった。その奥を見ると、漆作りの仕事机のようなものが備えられてある。でも、そこには誰もいなかった。


「⋯⋯アイツ、またどこかふらついてるな」


 柚木さんがはぁーとため息をついた。踵を返すと、またエレベーターの方へ向かって行く。


「悪い、森谷を探してくる。部屋で待ってろ」

「はぁーい」


 翔真が元気よく返事をした。柚木さんがエレベーターへ乗り込むと、すぐにエレベーターが動き出す音が聴こえる。


 それにしても、異様な部屋だ。

 まるで裁判所のような、牢屋のような⋯⋯。俺が部屋に入るのを躊躇っていると、翔真が俺の手を取って言った。


「とりあえず、のんびり待ってよっか」


 翔真の笑顔は緊張感を和らげる。

 俺もぎこちなく微笑み返すと、翔真は嬉しそうにブンブンと尻尾を振った。

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