志賀夏椎編15(アイス会議)
(柚姫)
お兄ちゃんが熱を出した。
あの時以来、熱なんか出さなかったのに。ルフちゃんと賢吾のところへ戻ると、パパも待っていてくれてほっとしたのよ。
「森谷さん、何が起きてるんですか?」
お兄ちゃんをベッドに寝かせてあげて、お布団をかけてあげながら賢吾がパパを見上げる。
パパは「うーん」と小さく唸って、お兄ちゃんの頭を撫でた。
「なんか地球に問題が起きてるんだろうねぇ」
「問題⋯⋯」
「香流だけが倒れたなら、一気に生物達の生命が脅かされる何かがあったのは間違いないんじゃないかな」
難しい話してるのよ。ゆずにはさっぱり意味が分からないのよ。
「なんかイレギュラーな出来事でもあった?」
パパが聞くと、賢吾とたくちゃんはちょっとだけお互いの顔を見たのよ。
言っていいのか悩んでるみたい。ふたりとも人間だから、あんまり首を突っ込みすぎて危ないことになったら良くないのよ。
きっとお兄ちゃんも悲しむ。ゆずは「はーい!」と元気に手を上げたのよ!
「さっき夏椎とか剣道部とかお話してたのよ!」
「夏椎⋯⋯?」
「志賀先輩って言ってたのよ!」
賢吾とたくちゃんがゆずの口を塞いできた。
これじゃ何も言えないのよ!ふたりの手をよけようとしたら、パパがゆずの手を下ろしたのよ。
「柚姫、しー」
ちかちかと、精霊達が瞬いている。
あ、これ以上は何も言わない方がいいのね。ゆずは何回も頷いた。
「とりあえず冷やすもの持ってこようか」
「そうだね、手伝うよ」
誤魔化すように賢吾とたくちゃんが動き出したのよ。ゆずも何かしてあげたいけど、分からないからお兄ちゃんの手を繋いだ。
お兄ちゃんのお手て、熱い。顔を近付けるとうっすら目を開いて、ゆずの顔を見た。
「⋯⋯ゆずき」
お兄ちゃんの声が小さい。
聞き逃さないように耳を近付けると、お兄ちゃんは苦しそうにボソボソと呟いた。
「⋯⋯ゆずきは、だいじょうぶ?」
「だっ⋯⋯!大丈夫なのよ!元気いっぱいなのよ!」
慌ててガッツポーズをしたら、お兄ちゃんは眉を下げてまた眠りについたのよ。
お兄ちゃんが優しくて、ゆずの胸が苦しくなる。お兄ちゃんはいつも人のことばかり。自分が一番しんどいのに、しんどいって言って欲しいのに言ってくれない。
「香流はどれくらいこの姿でいるんだ?」
「えっと、ゆずが帰ってきてからずっと⋯⋯。大人の姿になれないって言ってたのよ」
「香流のマナが随分減ってる。その原因が分からないと対処しようがないな」
パパがお兄ちゃんの手を繋ぐと、お兄ちゃんの身体が風が吹いたように少しだけ揺れた。
ゆっくり、お兄ちゃんの目が開かれる。ゆずが顔を覗き込むと、お兄ちゃんは大きな目を3回パチパチしたのよ。
「⋯しんどくない」
「お兄ちゃん!」
「応急処置だよ。俺の魔力を流し込んだだけだ」
「森谷の⋯⋯」
お兄ちゃんは身体を起こした。同じタイミングで、キッチンから賢吾が濡れタオルを持ってきてくれたのよ。
「熱はまだありそう?」
「だるい⋯⋯」
「香流、一気に生命が脅かされた事件に心当たりはあるか?」
パパがしゃがみ込むと、お顔が近くなるのよ。
パパの金色の瞳が真っ直ぐお兄ちゃんを見てるのよ。お兄ちゃんは賢吾がくれたタオルに顔を寄せて、パパの顔を見上げた。
「アメリカで人喰いを見た。冥界の生き物だったそうだけど、おれが見たのはそれだけかな⋯⋯」
「アメリカ?」
「夏椎がアメリカに住んでるんだって。それで、アイツが攫われたから救出しに行ったんだけど、そこにお腹に顔があって口が裂けてて、足が3つの生き物がいた」
「えっ!?」
嬉しそうなたくちゃんと、嫌そうな賢吾の声が重なったのよ。
「食べられたの!?」
「みたいだよ。食べたところは見てねぇけど」
「見たかったなぁ〜!」
たくちゃんも食べられるかもしれないのに、元気で呑気なたくちゃんよ。お兄ちゃんと賢吾は呆れたお顔でたくちゃんを見てる。
パパは顎に長い指を添えて、俯いていた。パパがお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんはびく、と少し肩を揺らしたのよ。
「⋯⋯危ないことはしてない」
パーカーがあるからお兄ちゃんが猫ちゃんみたいに見えるのよ。ゆずと同じ顔のお兄ちゃんが見せる表情はゆずと違っていて、ゆずはいつもそれを可愛いって思う。
「人助けはいいことだよ。で、だ。香流、向こうは何時だった?」
「向こう?」
「あ、時差⋯⋯」
賢吾が目を開いた。お兄ちゃんとたくちゃんもはっとした顔をしている。
ゆずだけはちんぷんかんぷんよ。なんの話をしているのかさっぱり意味不明なのよ。
「昼前に向かったなら、本来なら向こうは夜だ」
「いや、⋯⋯同じだった。明るくて、太陽も見えたから間違いない」
「じゃあどっちかの時間が変になってるってこと?」
賢吾とお兄ちゃんとたくちゃんが遠くの存在に見えるのよ⋯⋯。
「なら、その齟齬を埋めるために香流のマナが使われてるんだろうな」
「⋯⋯森谷、生命が脅かされる事件って」
「急激に時が進んだり戻ったりした影響で、現世の生き物にも影響が出ているかもしれない」
「なっ⋯⋯!」
お兄ちゃんはパパの腕を掴んだ。青ざめるお兄ちゃんが可哀想なのよ。
「それはダメだ!生命にはきちんと寿命を全うしてもらわないと!」
「それは分かるけど、今は香流の生命を削られてるんだよ」
「おれなんかどうでもいいよ!早く戻してあげないと⋯⋯!」
お兄ちゃんはベッドから下りようとして、へなへなと崩れ落ちていった。
慌てて賢吾が身体を支えてあげる。お兄ちゃんは呆然としながら、悔しそうな顔で俯いた。
「時差なんて香流にはどうしようもないでしょ。時を管理する神様にお願いするしかないよ」
「誰だよ、そいつ!」
「香流、落ち着いて。香流のマナが現世へ流れてるのは生命を守るためだ。香流のマナが尽きない限り、今すぐ生命が枯れるわけじゃない」
「でも、このままでいいわけないだろ⋯!」
パパとお兄ちゃんが喧嘩してるのよ。
ハラハラしながら見守ってるとき、ゆずの頭にぴこんと閃いた。そう言えば、さっきお空のタコさんが言ってた。《記憶を》って。
「パパ、さっきお空に紫色のタコさんが浮いてたのよ!」
「タコ」
「タコさん、《記憶を》って言ってたのよ。何かのヒントかしら?」
ゆずが言うと、パパは難しい顔をした。
それで、くしゃっとお兄ちゃんの頭を撫でる。包むようにぎゅっとして、お兄ちゃんはびっくりしてたけど何も言わなかった。
「⋯⋯ちょっと調べ物をしてくる」
「う、うん」
「マナ切れを起こさないようにするんだよ。夜はしっかり寝なさいね」
「偉そうに言うなよ」
「だって俺はパパだもん」
パパは最後にお兄ちゃんの髪にキスをして、ゆっくり立ち上がった。
ゆずを見るから、ゆずはガッツポーズをつくるのよ。お兄ちゃんは任せて!ゆずは双子だからお兄ちゃんの力になるのよ!
「じゃあ賢吾、石田くん。後は任せた」
「分かった」
「夜はしっかり寝かせときまーす」
「あれ!?」
「柚姫のことも頼りにしてるよ」
パパは笑って、ふ、と姿をかき消した。
お兄ちゃんは不服そうな顔をしていて、可愛いのよ。さっきより元気そうには見えるから、きっとまたパパが魔力をあげたのよ。
「さ、香流!アイス食べて風呂入って寝るぞ!」
「アイスは食べる」
「明日雲雀にも相談しよう。これからどうするかきちんと話し合おうね」
「うん⋯⋯」
お兄ちゃんの不服そうさが軽くなって、ゆずは嬉しくなる。
お兄ちゃんにはやっぱり弟ね。そして、美味しいアイスよね!
食べかけのアイスを冷凍庫から出して、またみんなでテーブルに座る。
アイスがカチコチになってるのよ。これじゃスプーンが入らないのよ。
「香流さぁ、《記憶を》の言葉に心当たりはあるの?」
「⋯⋯ない」
「じゃあ香流、夏椎くんが来てからのことを詳しく教えてくれる?」
「おれはニールで合流してからの事しか知らないんだよなぁ⋯⋯。ニールで夏椎が襲われてたらしくて、翔真と晃が捕まえてた。そう言えば帰り道に木から降りれなくなってた猫がいたな」
「話がズレてるよ」
「あ!夏椎のやつ、目が赤くなってなんか人間じゃなかった!」
「人間じゃない?」
「おれと同じみたいな、森谷と同じみたいな、でもそうでもないみたいな⋯⋯」
あ、アイスにスプーンがやっと入ったのよ!
でもちょっとしか取れなかった⋯⋯。イチゴの果肉も取りたかったのに取れなかったのよ。
「夏椎くんが原因なのは間違いなさそうだね。夏椎くんが島へ来た時にもう時差が壊れていたていたと考えるのが妥当かな」
「でもニールをウロウロしてた時はしんどくなかったけどな」
「⋯⋯俺は何も感じないけど、少しずつ色んな生き物からマナを回収してたのかもしれない。拓次、学校は問題なかった?」
「うちのクラスは特に⋯⋯?他の学年も生徒がいないクラスはなかったかな」
「なら、島への影響はないのかな。現世の状況は⋯⋯あまり芳しくはないみたいだね」
アイス溶けてきた!イチゴの果肉美味しいのよ〜。
それにしてもずっとお喋りしてるからお兄ちゃん達のアイス溶けちゃうのよ。
「原因不明の体調不良を訴える人が急増⋯⋯。病院の外来がパンクしてる⋯⋯」
「夏椎くんがここで過ごしていればいずれ落ち着くのかもしれないけど、またあちらへ戻るならその度に時差がおかしくなるのかもしれない」
「⋯⋯つまり夏椎を島から出さない方がいいってことだな!?」
「短慮だけど、そういうことだね。でもあの子の意思はどうなのかな」
お兄ちゃんが黙ったから、お兄ちゃんにアイスをあーんしてあげたのよ。
お兄ちゃんはびっくりしてたけど、口を開けてくれた。そうだ、アイスが溶けないようにゆずがあーんしてあげるのよ!
「学校に通う予定なんだっけ?」
「居住権利書が出来次第だけど⋯⋯あっ、遊んでたからまゆに言うの忘れてた」
「うん、そんな気はしてたよ」
お兄ちゃんが口を開けたからアイスを入れてあげるのよ。お兄ちゃんが柚を見る。柚偉いのよ。
「⋯⋯柚姫」
「なぁに?」
「いや、ありがとう⋯⋯」
「どういたしまして!」
「今雲雀に連絡しておいたから、明日には出来るでしょ。幸いアメリカで事件があったようだから、帰らない方がいいと伝えているからしばらくは向こうに帰らないと思う」
「シゴデキぃ〜」
たくちゃんが拍手したから、ゆずも拍手をする。お兄ちゃんも慌てたようにつられて拍手をしたけど、賢吾は嬉しくなさそうに首を振った。
「あの。まだ何も解決してないんだよ」
「ま、時間が解決するんじゃない?時差だけに」
「何で石田はそんな楽観的なんだよ。現世の状況も分からないのに」
「そうだね。香流が熱を出すなんてよっぽどだよ。⋯⋯香流は神様なのに」
賢吾が言うと、お兄ちゃんは手のひらで賢吾の言葉を止めた。
「おれは神様じゃない。地球の管理人」
「あぁ、そうだったね。ごめん」
「香流さぁ、現世の事は分かんないの?」
「それが何も分かんないんだよなぁ⋯⋯。使い勝手の悪い不便な能力だよ」
お兄ちゃんがため息をついたから、またアイスをあーんする。ゆずのアイス係としての腕が発揮されてるのよ。あ、ゆずのアイスも溶けそう!大変!
「明日ゼウスに呼ばれてるから、聞いてみるよ。天界なら地上のこと分か⋯⋯」
「いや、ダメだろ」
「その姿で行くのは反対かな」
急にたくちゃんと賢吾がガタンと椅子から立ち上がった。
お兄ちゃんはきょとんとしている。ゆずもきょとんとする。何で怖い顔してるのか分かんないのよ。
でも、ふたりの言いたいことは分かる。
お兄ちゃん、また熱を出すかもしれないのよ。ふたりはきっと心配してるのね!
「ならゆずが行くのよ!」
「えっ」
「柚なら空を飛べるのよ!それでお話聞いてくるのよ!」
「いや、それは⋯⋯」
「それがいいよ」
「適材適所だね」
「お兄ちゃん以外反対意見が出なかったから、決定事項よ」
お兄ちゃんはまた不服な顔をして、「何でだよ⋯⋯」と唇をつんってするけど、賢吾もたくちゃんも何も言わずに座り直した。
しんどいお兄ちゃんが、またしんどくなるのは嫌なのよ。それはみんな同じ気持ちだもの。それに、ゼウスさんならゆずだってよく知ってる。
「ゆずだって管理人の半分だもの。お兄ちゃん、任せて欲しいのよ」
「柚姫⋯⋯」
「それで、なんのご用事だったの?」
お兄ちゃんはパーカーのポケットからスマホを出して、画面を開いた。
そこには、志賀夏椎っていう子からメッセージ画面が表示されていたのよ。
『明日、柊さんと天界に行くのを着いてきて欲しいです』
お兄ちゃんは『了解』と打ち込んでた。ゆずはスマホを取って、『俺は行けないので妹が行く。困ったらすぐ連絡しろ』と送信する。
「お兄ちゃんっぽく返信しておいたのよ」
「お前、勝手に⋯」
「お兄ちゃんのお仕事はお休みすることよ。ゆずがきちんとお話してくるから、後は任せて欲しいのよ!」
ゆずはどんと胸を叩いた。お兄ちゃんは困った顔をして、何か言いたそうにしながら唇を結んでいる。
「天界に夏椎くんを連れて行くんだね。何か分かればいいけど」
「よーし、じゃあ翔真と晃は任せろ!引きずってでも学校連れてってやるから!」
「拓次なら本当に引きずりそうだね」
これできっとばんじかいけつよ!あとはゆずに任せろなのよ!
「⋯⋯納得いかない」
むすっとしたままのお兄ちゃんのお口に、ゆずは最後のひとくちのアイスをあーんしてあげた。




