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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
志賀夏椎編
11/29

志賀夏椎編8(迷走と迷走)

(夏椎)

 

 ―――うさぎがしゃべった。

 

 俺の感想は酷く稚拙なものだった。

 何とか言葉を紡ごうとするも、それ以外の言葉が何も出てこない。

 何で、どうして、こっちの世界に喋るうさぎがいる?

 

「なぁ兄ちゃん」

 

 しかもイントネーションが独特だ。

 

「うちのお姉ちゃんがあのバッグに入っとる。お母ちゃんとお父ちゃんに返してあげなあかん」

「⋯⋯バッグに」

「そうや。お姉ちゃん、優しいねん。可愛くて、大好きやねん」

 

 小さな子うさぎが、たどたどしい言葉を紡いでいる。

 俺はその言葉を脳で反芻しながら、少しずつ気持ちを落ち着かせていた。見た目はともかく、会話が出来ることを疎かにしてはいけない。そして何より、子うさぎの口から不穏な情報が飛び出してきた。

 

「お姉ちゃんがバッグに詰め込まれてるってこと?」

「そう。眠ってる」

「あの台には寝かされなかった?」

 

 俺は静かに、声のトーンを落とした。

 

「寝てない。うち、さっきお姉ちゃんの腕から出てきてん。外に誰かおらんかなと思って」

 

 ―――まさか、まだ生きてる?

 

 その可能性が出てきた。なるほど、そういう事なら確かに早く動いた方がいい。

 苛立ちながら、男はボストンバッグを抱えて出ていった。男がどこへ向かったのかは分からない。廊下には恐らくさっきの人達もいる。

 でも、助けられる人がいるのに助けない選択肢は俺にはない。それは父さんとの約束事だった。

 

「⋯⋯よし」

 

 俺は行動のスイッチを切り替える。

 逃げから、攻めへ。

 

「ここにいな」

 

 うさぎをパーカーの左のポケットに入れて、数秒、目を瞑る。

 向こうは子ども相手の商売をしている。碌な抵抗が出来ないと踏んで随分と粗雑な警戒網だ。

 まずは廊下を制圧。目標はボストンバッグの奪還。

 俺はゆっくりと瞼を開く。

 

「落ちるから出てこないように」

 

 ポンポンとポケットを優しく叩くと、クラウチングスタートの要領で手術台の下から飛び出した。

 目指すは扉の外。開けっ放しの扉を掴んで、扉を閉める反動で勢いよく飛び出す。

 運良く、1人前に立っていた。相手が考えるより速く脇腹に蹴りを一発入れる。

 

「なっ!?」

 

 次は左右に2人。

 銃を構える右側の男。そちらは後回しにして、左側の男へと向かう。

 

「っこの!」

 

 左の男は俺を蹴りあげるためか右足を上げた。素早くしゃがんで、支柱の左足を足払いする。

 男がぐらついた。それと同時に、発砲音。

 しゃがんだままくるりと男の後ろへ回り、銃弾を肉壁へ。男が呻き声をあげた。無事を確認する暇もなく、今度は男を踏み台にして跳躍する。

 

「ひ、い!?」

 

 流れるように顔面目掛けてドロップキックをお見舞いする。着地の流れで男から銃を拝借しておいた。これで銃は2丁だ。

 

「さっきのバッグ男の声覚えてる?」

「おぼえとるで」

 

 追撃がなさそうなので、一旦小休止。ポンポンとポケットを叩くとうさぎがもごもごとポケットの中で喋った。

 

「どっち?」

「ここからは聞こえん」

「んー⋯⋯」

 

 うさぎの耳で聴こえないなら、俺に聴こえるはずもないな。俺はぐるりと辺りを見回した。

 扉の右側、最初にいた部屋の方は突き当たりに扉があった。左側には、廊下と同じ灰色の壁。

 

「階段かな」

 

 向かってみると、思った通り階段があった。段差が続いているのは上行きだけだ。なるべく足音は立てずに、静かに階段を上がっていく。

 階段を踊り場まで上がると、その先にまた階段があった。下の階と同じようなつくりの廊下もある。

 

「声すんで」

 

 うさぎがくぐもった声をあげた。

 獣の耳というのはとてもありがたい情報だ。俺は慎重に歩みを進める。廊下には扉が3つ。下の階よりも扉が少ない分、部屋が広い可能性がある。

 

 右側の扉。――話し声は聞こえない。

 左側の扉。――話し声は聞こえない。

 

 突き当たりの扉。

 

「マム、ダディ⋯⋯っ」

「おねぇ」

 

 俺はとっさにポケットを押さえた。

 まだ気付かれたくない。先ずは状況を把握するために扉に耳を押し当てる。

 

「おい、さっさと泣き止ませろ!うるせぇんだよ!」

「服くらい着せてやったらどうです?」

「あと数十分で南方のお貴族様が検品に来る。また脱がすのもめんどくせぇだろうが」

「じゃあ一発ぶん殴んのもダメです?」

「傷物にしちゃ値が下がる。あの人は綺麗な初物をお好みだからな」

 

 臓器売買に、人身売買と、節操のない組織だ。

 声がしたのは3人。少女と、2人の男。内1人は先程のボストンバッグの男だ。

 話の内容を加味すると、少女は今裸にさせられているようだ。貴族が検品⋯⋯見に来ると言う話なので、中は応接室のようなつくりだろうか。

 さぁ、どう攻めようか。

 俺はポケットから手を離した。うさぎがじたばた動くから、じっとしてなさいともう一度ポケット越しに軽く叩く。

 

 ――せっかく銃が2丁あるし、使わない手はないかな。

 

 ポケットから取り出した銃を構えて、扉へ標準を合わせる。

 扉を開けたら、先ずはボストンバッグ男を制する。その後もう1人だ。どうやらボストンバッグ男は偉い立場のようだし、増援を呼ばれるのはめんどくさい。

 扉に手をかける。

 勢いよく開こうとした俺の手の上に、誰かの手が覆いかぶさった。

 

《うう、ううう⋯⋯》

 

 真上から音がする。

 それ(・・)は、ゆっくりと扉を開いた。

 

「何だ!?」

「なんっ」

 

 それ(・・)は真っ直ぐにボストンバッグ男へ向かった。

 覆い被さるようにして、腹の口でボストンバッグ男を捕食している。

 腕は4本あった。顔、のような器官はない。胴体から上は平面で、尻が3つに割れていた。それに合わせて、足も3本ある。

 

「きゃぁぁぁあ!!!」

 

 少女の悲鳴で俺は我に返った。

 慌てて飛び込んで、少女を脇に抱えてUターンする。少女は、まだ100cmにも満たない小さな子どもだった。服がないけど、それどころではない。俺は学んでいた。人外に関わると碌な事がない!

 中の男は3人いたけれど、俺と少女の方には目もくれなかった。都合がいい。このまま逃げよう。アレには絶対、関わらない方がいい。

 急いで階段を上って、扉が開かないので銃で壊す。

 重い扉を蹴り開けると、そこには、全く知らない荒野が広がっていた。

 隠れる場所も、ない。どこまでも広大な荒れた大地が見えて、俺は思わず声を零した。

 

「⋯⋯マジかぁ」

 

 階下から、男たちの割れんばかりの悲鳴が聴こえる。

 俺は咄嗟にパーカーを脱いで、少女に被せた。とはいえ、ここからこんな小さな子どもを抱えてどこに逃げる?

 俺は気が遠くなる思いだった。

 


 ★★★★★



(翔真)


 夏椎が帰ってきたら犬に戻るつもりだったのに、いざ犬になったら犬の身体はとても不便だ。

 手で物は持てないし、話すことも出来ない。体は小さくて頼りなくて、愛玩動物と呼ばれる理由がハッキリと理解出来る。

 おれは大人しく柚ぽんに抱っこされていた。空の上は風が強くて、毛の長いおれのもふもふが風になびいている。

 

(なんで人型になれないんだろう⋯⋯)

「島の中は特別なんだよ」

 

 不貞腐れていると、柚ぽんが頭を撫でてくれた。ちらりと目を向けると、晃は空の上から地上をくまなく見渡している。

 柚ぽんの白い鳥(ペット)、ルフは現世でも同じ姿なのに、なんでおれだけ。こんなの理不尽だ。

 ルフの前を、数羽のヨタカが飛んでいる。

 ルフはヨタカの跡を追っていた。柚ぽんがそうお願いしていたから、きっとこの先に夏椎がいるんだと思う。

 おれはじっと柚ぽんを見上げた。頼りになるんだかならないんだかよく分からないひとだけど、今のおれには柚ぽん以外に頼れる人はいない。

 

(ねぇ、何で柚ぽんは動物の声がわかるの?)

「なんでだろうなぁ」

 

 あ、誤魔化された。

 おれはぺしっと尻尾で柚ぽんに抗議した。

 

「まぁ、知らない方がいい事もあるって事だよ」

 

 そうかなぁ。知って得することはあっても、損することはなさそうだけど。

 柚ぽんはにやっと笑って、おれの鼻をつんとつつく。

 

「今は夏椎のことだけ考えてろ」

(それはそう)

 

 おれは瞬時に納得した。

 夏椎。連れ去られてしまったおれのご主人様。夏椎は小さくて戦えないんだから、おれが守らなきゃいけなかったのに。

 

「⋯⋯ん?」

 

 柚ぽんが何かを発見した。


「車があった」

 

 おれと晃も柚ぽんの視線の先を覗き込んだ。確かに、荒野の手前に緑色のジープが止まっている。

 その周りには何もなくて、ただ荒野が広がっているだけだ。ごつごつした地面に車は向かないから、乗り捨てて行ったみたい。

 

「また情報集めからかぁ」


 柚ぽんはため息をついた。ルフの頭の先を見ると、ヨタカは同じ場所を旋回している。


「夏椎のこと聞いたんじゃなかったの?」

「ヨタカは夏椎が乗せられた車しか分かんねぇってよ。仕方ない、また情報集めからだな。ルフ、一旦ここで下りるよ」


 ルフはゆっくりと羽を動かして、ジープの隣に下り立った。

 柚ぽんがおれを抱えたままひょいっと地面に飛び降りる。晃もそれに続くと、ルフがまた手乗りサイズになって柚ぽんの肩で羽を休めた。


「じゃあ、この車のこと知ってるやつ集まってー」


 柚ぽんが右手を上げる。すると、島では見かけない動物達が柚ぽんの周囲に集まってきた。


(なんの動物?)

「なんの動物だろうなぁ」

「プレリードッグ、コヨーテ、ガラガラヘビ、カッコウ」

「すごいな、晃。なんで知ってるんだよ」

「図鑑で見た」


 柚ぽんに褒められた晃は、ぷいっと柚ぽんから顔を逸らした。

 柚ぽんはしゃがみこんで、みんなと何かお話している。ほんと、なんで分かるんだろ。おれにだってみんなが何を言っているのかさっぱり分からない。

 犬の言ってることは分かるけど、ここに犬はいないもんねぇ。それにしてもガラガラヘビの顔こわっ。間近で見るとドキドキしてくる。

 

「⋯⋯洞窟?」

「洞窟?そこに夏椎がいるんだな」

「待て!まだ途中!」

 

 走り出す晃の足をガラガラヘビがくるっと掴んで晃がすっ転んだ。ごつごつしたところで打って痛そう。


「⋯⋯っっ」

 

 あ、やっぱり痛かったんだ。静かに震えてる。


「大丈夫か?晃⋯⋯」

「だいじょうぶだ」

(超強がってんじゃん)

「勝手に行こうとするなよ、知らないところなんだから」


 おれと柚ぽんが呆れていると、晃がしぶしぶ側に戻ってきた。

 柚ぽんがまたみんなとお話して、ひとつ頷くと今度はみんなのことをひと撫でずつしていく。

 

「みんな、情報ありがとうな」

 

 柚ぽんが笑いかけると、みんながビビビビ、と電撃をくらったみたいに体を震わせた。

 柚ぽんは確かに超可愛いけど、そんなに?みんな目がハートになってるよ。変なの。

 みんなはドギマギしたように体を揺らして、ゆっくりと頭を下げていった。

 柚ぽんが手を振ると、みんなが一斉に荒野や草原へ戻っていく。柚ぽんは立ち上がると、晃の腕におれを預けた。

 

「よし、さっさと行くか。――白虎(びゃっこ)麒麟(きりん)!」

 

 柚ぽんが、空に向かって誰かに呼びかけた。

 その瞬間、雷が落ちて、ゴゥ、と強い風が吹き付ける。おれのもふもふの毛並みが風でボサボサになってしまった。

 

《主様、お呼び頂き感謝します。麒麟(きりん)、今ここに》

《主!主久しぶり!》

 

 現れたのは2頭の不思議な動物だった。

 1頭は龍みたいな顔に長い角が生えていて、黄色いウロコで覆われた鹿に似た体と、牛のしっぽと馬のひづめを持っている。

 もう1頭は、全身が雪のように真っ白な大きな虎だった。

 

《白虎。それは挨拶ではありません》

《主〜!》

「重い!やめろ!」

 

 勢いよく飛びついてくる白虎と呼ばれた虎を押しのけて、柚ぽんはきっと睨みつけている。それでも白虎はすごく嬉しそうだった。

 

「麒麟、そこの黒い子どもとわんこ乗せてやれ。白虎はさっさと俺を乗せて走れ!」

《どこまで行くの?てかこっちで呼ばれたの何年ぶり?》

「い、い、か、ら、は、や、く!」


 すごい、全然話を聞いてない。

 テンションが爆高い。まるでギャルのよう。柚ぽんが白虎とケンカしてる間に、もうとっくに不思議な生き物は晃とおれを乗せてスタンバイしている。


「いい加減にしないと置いてくぞ!」

《それはやだぁ〜》

 

 白虎は口を尖らせながら伏せの姿勢をとった。柚ぽんは呆れ顔で白虎に飛び乗って、肩に乗っていたルフの頭を指で撫でている。おれも晃より柚ぽんの方が良かったなぁ。晃の抱き方なんかちょっと雑いんだもん。

 

「ルフ、行くぞ」

《主!帰りもあたしが運んであげるからね!》

「はいはい。白虎、この向きで直進しろ」

《わーい!主とお散歩♪お散歩♪》

 

 柚ぽんが前方へ指を指し示すと、白虎はご機嫌そうな様子で駆け出した。

 後からおれ達を乗せた麒麟も続く。晃は口を真横に結んでいた。そんな晃に、麒麟が優しく声をかける。

 

《お二方。主様の恩恵を受けられるなんてアナタ方は幸せ者ですね》

(⋯⋯そうなの?)

《この地球上において、そんな誉高(ほまれだか)い生き物は多くありませんから》


 このひと、ものすごい崇拝具合だ。

 なんで柚ぽんって昔から動物にやたらとモテるんだろ。よくわかんないや、おれは夏椎の方がいいもん。

 柚ぽんって、優しいんだけどどっか抜けてるんだよね。天然と言うか、幼いと言うか⋯⋯。もう立派な大人のはずなのに、おれ達の方がしっかりしてるもん。

 でも、優しいよね。柚ぽんにとっては夏椎は知らない子のはずなのに、当たり前のように助けになってくれた。

 夏椎がいなくなって、どこにも行くところがなかったおれと晃に住むところと食べものを与えてくれた優しいお兄ちゃん。

 夏椎探しだって手伝ってくれた。それでも夏椎は見つからなかったし、結局夏椎を見つけてくれたのはマスターなんだけど。

 

(頼りになるんだか、ならないんだか⋯⋯)

 

 おれには少しお兄ちゃんのように思えなくもないのは内緒の話だ。

 晃は、どう思っているのやら。ちらりと晃を見上げる。晃は、とても不安そうな顔をしながら俯いていた。

 晃は、ずっと思い詰めてる。夏椎がいてもいなくても、夏椎で必死なんだ。

 

「⋯⋯なんだあれ?」

 

 前から柚ぽんがぽつりと零したのが耳に入った。

 おれが顔を上げると、視線の先に夏椎が見える。必死の形相で、何かから逃げている様子だった。

 

(夏椎!!)

 

 キャンキャンと声が出る。違う、吠えたいんじゃないのに。夏椎の名前を呼びたい。おれはここにいるよって教えてあげたい。

 夏椎の、後ろに何かが見えた。夏椎が何かに追われている。首のない、胴体だけのよく分からない奇妙な生き物?かすごいスピードで足を動かしていた。

 

「夏椎!」

 

 晃が麒麟さんから飛び降りた。晃の声を聞いて、夏椎がおれ達の方を向く。

 

「晃!?」

 

 びっくりした顔をして、夏椎の足が止まる。

 

「しまっ⋯⋯!」

 

 せっかく会えたのに、夏椎は慌てて引き返す。背中を向ける夏椎の向こう側に、夏椎のパーカーを羽織った女の子が見えた。

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